タッグデュエル当日。
ペンギンランドの事務室にて、遊羽はオフィスチェアに腰かけていた。
その正面には大瀧修三がおり、先ほどから同じ場所を行ったり来たりしている。
現在、この事務室にいるのは遊羽と大瀧の『2人』だけであった。
集合時間を既に30分過ぎているにもかかわらず、遊羽とタッグを組む予定のデュエリスト『フラワー花村』はこの場に現れなかった。
「どうなってるの、大瀧」
一般企業における社会人経験はない遊羽だが《
これでも時間の厳守は徹底しており、大瀧に指定された1時間前に更に余裕を持たせた1時間30分前にはこの事務所に来ている。
「い、いえ。それがどれだけ連絡してもフラワー花村、18歳との連絡が繋がらない」
先ほどから大瀧が何度も電話をかけたり、デュエルラインにメッセージを送信しているのは見ている。
この様子ではデュエルラインに既読すらついていないのだろう。
「そろそろ出発しないとパンダパークとのデュエルに間に合わないんじゃないの」
移動には大瀧の車を使うとはいえ、C区郊外の倉庫とはそこそこ距離がある。
これ以上待って取り決めの時間に遅れるようなら不戦敗になりかねない。
「くっ、Aランクのプロデュエリストというから高い社会人意識を期待していましたが、所詮は今風の愚かな若者だったということですか」
1時間待たされていることもあって大瀧の言葉に同意しかけたが、僅かに引っ掛かりを覚える。
確かにフラワー花村はデュエリストとしては愚かなボンクラだ。
Aランクプロデュエリストの地位もデュエルの実力ではなく枕営業によって得たものでしかない。
だが言い換えるのであれば、プロデュエリスト協会の現会長、堂本春男に股を開くことによって、デュエルの実力がないにもかかわらず、Aランクプロの座を勝ち取った女でもある。
本来、自分よりデュエルの実力が上の男性プロデュエリストたちを、枕営業によって蹴落として、高収入のAランクプロデュエリストの地位を確立する強かさを持ち合わせているとも言えるのだ。
そんな女が報酬1500万円の仕事をバックレるかという疑問。
「仕方ない、現場に向かいましょう。彼女には現地に直接来るようにメッセージを入れておきます」
現状そうするしかないだろう。
スマホを操作する大瀧を見ながら、遊羽はオフィスチェアから立ち上がった。
◇
パンダパークとタッグデュエルを行うC区郊外の倉庫に遊羽たちが到着したのは、取り決め時間の10分前だった。
大瀧の後に続いて倉庫内に入ると、既にパンダパーク側のデュエリストと思われる娘が二人いた。
年齢は遊羽と同年代ぐらいで、片方は赤いチャイナドレス、もう片方は青いチャイナドレスを着ている。
「随分と遅いご到着ね。何か不測の事態でもあったのかしら」
赤いチャイナドレスを着た娘が含みのある口調で言った。
「何? あんたたち何か知ってるの」
「さぁ、私たちが知ってることと言えば、あんたの相方になるはずのデュエリストがこの場に来てないことかしら」
赤いチャイナドレスの娘の言葉を聞いて、遊羽の中で疑惑が確信に変わりつつあった。
「ああ、それから、そのパートナーの名前がフラワー花村ってことも知ってるわ」
「な、何故それを!?」
動揺する大瀧。
「一応、自己紹介しておこうかしら。私は獄城幸。そして、こっちが私のお姉ちゃんの獄城明美。裏のタッグデュエリスト界隈では地獄姉妹と呼ばれているわ」
赤いチャイナ服を着た茶髪セミロングヘアの娘が妹の獄城幸。
青いチャイナ服を着た茶髪ミディアムヘアの娘が姉の獄城明美。
地獄姉妹といえば、確か大瀧から渡されたリストにも名前があった。
「そんなことより何故、フラワー花村、18歳がこちらのデュエリストであることを知っている」
情報の管理は徹底していたのに、と大瀧は付け加える。
「雇用主が徹底しても、雇われた側の情報管理が杜撰では意味がないと思います」
黙って話を聞いていた青いチャイナドレスの娘、地獄姉妹の姉、獄城明美がおっとりした口調で言った。
「フラワー花村さんの、デュエルSNSを確認されてはどうでしょう」
獄城明美の言葉を聞いて、遊羽は中古スマホを取り出してデュエルSNSのアプリを開く。
そしてアプリ内画面で『フラワー花村』の名前を検索した。
Aランクプロデュエリストなのもあって、本人認証済みのアカウントがすぐに見つかる。
投稿された直近のコメントを見て、遊羽は舌を打った。
黙って画面を隣にいる大瀧に見せる。
「なっ、これは!」
驚いた様子の大瀧。
フラワー花村を今風の愚かな若者と称した彼も、このAランク女子プロがここまで愚かとは予想していなかったのだろう。
フラワー花村のデュエルSNS画面には――
『今度、ペンギンランドに雇われて、パンダパークと裏デュエルすることになっちゃいました。
お給料は1500万貰えるけど、雇い主のおっさんのエロ目線がマジ不快。
いい歳してペンギン好きのエロオヤジ、エロペンギン(笑)。
それから私のパートナーはプロデュエリストじゃないアマチュアさんみたい。
プロデュエリストじゃない人を雇うなんて、エロペンギン意識低すぎ。
私と同じAランクの女子プロならよかったのに。
アマチュアさんに足を引っ張られるとマジ困るなぁ。
Aランクプロの私がヘボのアマチュアなんかと組みたくないよう。
しかもそのアマチュア、昆虫族とかいうキモイ種族を使うみたい。
女のデュエリストらしいけど、そんなキモイカード使うなんてマジ終わってる。
いざとなったらアマチュアさんは見捨てちゃっていいかな(笑)』
デュエルSNS内で遊羽と大瀧を好き放題ディスりまくっているのはこの際、置いておく。
問題なのは、フラワー花村は自身が裏デュエルをすることを不特定多数が閲覧できるデュエルSNS内で発言してしまったこと。
これは裏のデュエル社会においては、やってはいけない行為の一つだった。
女の体を武器にAランクプロの座を勝ち取った点においては強かさを認めていたのだが、再度フラワー花村の評価を下方修正せざるを得ない。
結局、この女は表のプロデュエリスト業界で成り上がる力はあっても、裏のデュエル社会においては素人だった。
「それで、フラワー花村に何をしたわけ」
遊羽の言葉に地獄姉妹の妹の方、獄城幸が口元を歪ませて笑みを深める。
こんな情報を発信した上でこの場に来ていないということは、フラワー花村はデュエルで闇討ちされて拉致された可能性が高い。
あのAランクプロデュエリストでは襲撃犯をデュエルで返り討ちにできる実力もないだろう。
「これ、なーんだ?」
愉快そうに獄城幸がポーチから取り出したタブレットの画面を遊羽に向けた。
タブレットの画面には白濁液まみれになったフラワー花村が複数の男性たちから集団で強姦されている動画が流れていた。
「き、君たちは何という事を」
画面を見た大瀧が表情を引きつらせた。
獄城幸は上機嫌な様子で言葉を続ける。
「まず画面に映ってる男たちだけど、パンダパークの男性スタッフよ。元々、フラワー花村をデュエルで拉致しようって言いだしたのは、パンダパークのオーナーなのよね」
遊羽も一度敵情視察に行ったが、確かにあのパンダパークを運営しているオーナーならそれぐらいはやりそうだ。
「そして、この女をデュエルで襲撃したのはパンダパークの男どもじゃなくて私。私自ら出向いて強制デュエルで無力化してから男たちに強姦させたってわけ」
ドヤ顔で言い放つ獄城幸。
「元々、あの店のオーナーはデュエルで拉致して監禁しておくだけのつもりだったみたいだけど、それじゃあつまんないから私が提案したのよ。監禁なんて面倒なことしなくても徹底的に犯して路上に放置しておけばいいって」
同じ女性でありながら、フラワー花村を男性たちに集団強姦させる。
一般的な価値観でいえば、それは非人道的といえる行為だろう。
だが獄城幸の口調からは罪の意識のようなものは微塵も感じられなかった。
大瀧は絶句して、言葉も出ないようだ。
「ああ、なんて……」
ここで言葉を発したのは地獄姉妹の姉、獄城明美。
彼女はタブレットの画面を見ながら体を細かく震わせている。
一見すれば、妹のやらかした行為に対してショックを受けているようにも見えるリアクション。
「なんて尊い!」
だがタブレット内の白濁液まみれのフラワー花村を見る獄城明美は恍惚の表情だった。
「私たち以外の女が、汚らしい男たちに凌辱されるのは……尊いです」
うっとりとしながら画面内で凌辱されるフラワー花村を見る獄城明美。
「こ、この外道どもが!」
怒りを露わにする大瀧。
一方で遊羽の思考は既にフラワー花村の末路から、本日行う予定のタッグデュエルへと移行しつつあった。
正直なところ、フラワー花村が監禁されてようが、犯されて路上に放置されてようが、それを指示したのが誰だろうが、そんなことは重要ではない。
何故なら、それはタッグデュエルとは何の関係もないからだ。
重要なのは、タッグデュエルのパートナーであるフラワー花村がこの場に来れないという一点。
「ねえ、大瀧。私に追加で1500万円払える?」
「どういうことです」
「フラワー花村に払う分の報酬もくれるなら、この連中を二人まとめて相手してやるって言ってるの」
一見すれば、タッグパートナー不在という危機的状況。
だがそこから追加報酬を得るチャンスを見出す。
「……勝てるのですか?」
「私は負けると思ってデュエルをしたことはない」
所持していた契約書を大瀧に差し出した。
「いいでしょう。君が勝利した際には2500万円の報酬を支払います」
渡された契約書を受け取った大瀧は報酬欄の1000万円に二重斜線を引いて金額を修正した後、印鑑を押して返却する。
「ちょっと、ちょっと。何か勝手に話を進めてるけど、重要なこと忘れてない? 今回の勝負はタッグデュエルでするって条件よ」
口を挟んできたのは獄城幸だった。
「そっちが一人しかデュエリストを用意できてない以上、私たちとデュエルする資格はない。勝負を受ける必要はないってわけ」
「二対一でも勝てないから不戦勝にさせてくださいってこと?」
「何ですって!」
単純な挑発であるが、獄城幸はそれに乗ってきた。
フラワー花村の拉致を指示したのはパンダパークのオーナーであると前置きするような娘だ。
言葉の裏にはオーナーの提案がきっかけで闇討ちしたが、普通にタッグデュエルをしても勝てるという歪んだプライドが滲み出ている。
「いいわ。一人でこの地獄姉妹相手に勝てると思いあがった馬鹿に、身の程をわからせて」
「ちょっと待って、幸ちゃん」
獄城幸にストップをかけたのは姉の獄城明美。
「こちらがデュエルを受けるか決められる権利を無条件で捨てるのは、お姉ちゃんどうかと思うなぁ」
妹よりも姉の方が冷静なようだ。
実際、このデュエルを受けるかどうか主導権を握っているのは地獄姉妹であり、遊羽としては何とか勝負させなくてはならない。
「権利を無条件で捨てたくないってことはハンデでも欲しいって事? 地獄姉妹っていうのは二対一の相手にハンデを貰わないとデュエルもできないわけ」
再度ダメ押しの挑発。
姉の方には通用しなくても、妹の獄城幸を怒らせて何とかデュエルに誘導する。
「こいつ今何って言った? あぁ!?」
激怒する獄城幸。
「お姉ちゃん、ここまで虚仮にされて黙ってるなんて無理よ」
「うん、わかってる。でもデュエルを受けてあげるなら、彼女には地獄を見せてあげたいでしょう」
「……そういうことね」
獄城幸の口元がつりあがった。
「勝負は受けてあげる。ただし、あんたが負けたらパンダパークの男どもに集団強姦されてもらうわ」
「なっ、何だと!?」
驚愕して狼狽する大瀧。
「いいよ。じゃあその条件でいこうか」
一般的な女性であれば即座に拒否するであろうこの提案。
それを遊羽はあっさり承諾した。
「て、癲狂院遊羽、19歳。本気ですか」
「さっきも言ったけど、私はデュエルに負けるつもりはないから」
それ故に遊羽は敗北時のリスクをとることに躊躇いはなかった。
手札枚数やライフポイントのハンデを求められるより余程いい。
「……気に入らない」
遊羽の態度に獄城幸が苛立ちを露わにした。
「どうやら、あんたには更なる地獄が必要みたいね」
獄城幸がポーチからアイスピックを取り出した。
「敗北時、男どもに集団強姦された後、自分の右目をこれで潰してもらうわ」
「な、何を馬鹿なことを!」
獄城幸の常軌を逸した提案に取り乱す大瀧。
「まあ追加で条件を出すんだから、私のポケットマネーから1000万は賭けてあげる」
獄城幸はスマホを取り出すと操作してから画面を遊羽の方へ向けた。
画面にはブラックドミノ銀行の預金残高が表示されている。
その金額は3000万円以上あり、口座名義は獄城幸と表記されていた。
「見ればわかると思うけど、私は1000万ぐらい余裕で出せるわけ。紅龍のタッグデュエリストでは一番稼いでるしね。あんたの片目の金額としては破格でしょう」
これによってデュエリスト間の賭けを成立させる条件は整った。
「だから、あんたはデュエルに負けたら、このアイスピックで自分の右目を刺し抜きなさい」
獄城幸が凄惨な笑みを浮かべながら言った。