過去
五年前。
ブルジョア流デュエリスト、北条
ようやく動くようになった体で遊羽はデュエル孤児院の廊下を歩いていた。
幸いなことにデュエルリンチの後遺症が残ることはなく五体満足で復帰することができた。
寮の入り口で色音とすれ違った。
お互い視線を合わせることなく、そのまま通り過ぎる。
これが現在の遊羽と色音の関係であった。
部屋こそ同室であるが、お互い必要最低限の会話しかしない。
外で会った時は他人同然に振る舞う。
顔を合わせて会話をすれば、どうしても思い出してしまうからだ。
お互い何も守れず、何も成すことができなかった、あの夜のことを。
色音が通り過ぎた後、振り返って彼女の後姿を見る。
現在の色音の服装はとてもデュエル孤児院の孤児とは思えないものだった。
羽織っている黒い毛皮の外套はブランド品だ。
香水をつけるようになり、すれ違った際もその匂いがした。
あの夜以降、色音はデュエル孤児院の外で、複数の男性たちからレアカードを貢いでもらうようになった。
彼女がデュエル孤児院の正門前で成金デュエリストやデュエル反社の男性の車から降りるところは何度か目撃している。
男性と会うたびに色音が所持しているレアカードの枚数は増えていった。
普段からつけるようになった香水は男性の精液の匂いを隠すための物だと察した。
色音の朝帰りを咎めるデュエル孤児院の職員はいない。
男性に体を売ることによって色音はレアカードと権力を手に入れた。
同性愛者の色音が男と体を重ねる。
おそらくそれは地獄の苦しみであるのだろう。
それでも色音には果たさなければならない目的があり、それは遊羽も同様であった。
その目的とは特待生としてデュエルアカデミアに入学した上で『主席』で卒業すること。
デュエルアカデミアを主席で卒業したデュエリストには『
ブラックドミノシティにおける決闘王とは単なる称号ではなく、トップスで一定の権力を持つことができる役職だ。
決闘王はブラックドミノシティA区、トップスの住人になることができる。
通常、
正式な挑戦権を得て勝利した場合のみ、勝者は新たな決闘王になることができる。
歴代の決闘王は皆男性なので
そして王杯以外で唯一、正式な決闘王への挑戦権を得られるのが、デュエルアカデミアの主席卒業者である。
王杯は参加費の問題もあるが、そもそも十八歳以上しか参加できない。
遊羽と色音は十四歳なので、来年にデュエルアカデミアの特待生枠で入学して三年後に主席で卒業するのが
決闘王になれば、トップスで活動して情報を入手する機会を得ることができる。
それは真帆と沙良を取り戻すチャンスを手にすることができるということでもあった。
◇
デュエル孤児院の正門前に到着した。
自分が捨てられた場所であり、真帆を助けられなかった場所。
感傷に浸りに来たわけではなく、デュエル孤児院の外に出るためにここを訪れた。
外出はデュエル孤児院側が推奨していない行為だが、これは何か裏があるというわけではなく単にF区が危険だからだ。
昼間ですら決闘強姦魔や決闘殺人鬼、デュエルドラッグを常用しているデュエル薬中がうろついており、夜は更に危険度が跳ね上がる。
現在の時間は午前十一時、授業中であるがサボってここに来た。
色音と同室なので多分、職員から咎められることはないだろう。
腕に装着したデュエルディスクにデッキがセットされていることを確認する。
現在の遊羽のデッキのエースモンスターは攻撃力1700の《ギロチン・クワガタ》。
仮に決闘強姦魔や決闘殺人鬼に強制デュエルを挑まれた場合、このデッキで受けて立つしかない。
門を乗り越えて外に出る。
向かう先はデュエル酒場。
男に体を売りにいくわけではない。
あれは色音だからあそこまで上手くいくのであり、遊羽が同じことをやったところで犯されるだけでレアカードが貰えない可能性の方が高い。
この世界は全てがデュエルで決まる。
逆に言えばデュエルを介さない約束など平然と反故にされる。
たとえ男性側から性行為の後にカードを受け取ることができても「これ、レアカードじゃない!」となる展開もあり得た。
色音にはレアカードを渡して次回以降も抱きたくなるような魅力があるのだろう。
並の女性では体を売るだけでは強いデッキを作ることはできない。
ましてや遊羽の場合、まな板のような胸であり、女性的魅力は並み以下と思われた。
F区の表通りを全力で走る。
色音のように車で男に送り迎えしてもらえれば安全だが、そういうわけにはいかない。
いや色音だって最初はこのリスクを冒して、自分の足で外に出たはずだ。
「おい、デュエルだ!」
曲がり角を曲がった所で浮浪者のような男性に遭遇した。
同時にデュエルディスクが自動的に起動する。
四か月前の夜と同じ、これは強制デュエルだ。
デュエルに負ければこの浮浪者に犯されるか、最悪の場合殺される。
「……やるしかないか。受けて立つ」
この危険を承知でデュエル孤児院の外に出たのだ。
幾ら何でも、この浮浪者がブルジョア流デュエリスト、北条正義と同じレベルである可能性はない。
デッキのカードパワー次第では《ギロチン・クワガタ》がエースのデッキでも勝機はある。
両者のデュエルディスクのオートシャッフルシステムが機能して、先攻後攻が自動で決定される。
癲狂院遊羽 / LP4000
VS
浮浪者 / LP4000
「「決闘!!」」
先攻を取ったのは浮浪者だった。
「俺はブロッカーを攻撃表示!」
《ブロッカー》
星4 闇属性 機械族
攻撃力850 守備力1800
「ターンエンド!」
浮浪者は守備力が高いモンスターを攻撃表示で出して、伏せカードもなしにターンを終了した。
呼吸も荒いので、もしかしたら何か薬物でもやっているのかもしれない。
一見、デュエル薬中に襲われるというのは恐ろしいことに思える。
だが少なくとも決闘殺人鬼や決闘強姦魔を相手にするよりはマシだ。
「私のターン、ドロー。吸血ノミ召喚」
《吸血ノミ》
星4 地属性 昆虫族
攻撃力1500 守備力1200
「バトル! 吸血ノミでブロッカーに攻撃!」
リアルソリッドビジョンの衝撃によって浮浪者が仰け反った。
浮浪者 LP3350
「私はこれでターン終了」
「お、俺のターン、ドロー! 闇の芸術家を攻撃表示!」
《闇の芸術家》
星3 闇属性 悪魔族
攻撃力600 守備力1400
「タ、ターンエンド!」
間違いない。この浮浪者、薬の影響でモンスターを攻撃表示で出すしかできなくなっている。
これなら現在のデッキでも十分に押し切ることができそうだ。
「私のターン、ドロー。ゴキボール召喚」
《ゴキボール》
星4 地属性 昆虫族
攻撃力1200 守備力1400
「吸血ノミで闇の芸術家を攻撃!」
《吸血ノミ》によって《闇の芸術家》が戦闘破壊される。
浮浪者 LP2450
「ゴキボールでダイレクトアタック」
リアルソリッドビジョンの衝撃で浮浪者が大きく後退した。
浮浪者 LP1250
「私はターン終了。さあ、あんたのターンだ」
「ドロー! サイバネティック・サイクロプスを攻撃表示!」
《サイバネティック・サイクロプス》
星4 地属性 獣戦士族
攻撃力1400 守備力200
「お、俺は装備魔法《ドーピング》を発動!」
「何っ!? 《ドーピング》!」
ドーピングは種族に関係なくモンスターの攻撃力を700上昇させる装備魔法であり、下層区では十分に強力なカードだ。
《サイバネティック・サイクロプス》
攻撃力1400→2100
これで《サイバネティック・サイクロプス》の攻撃力は上級モンスター水準に達してしまった。
「サイバネティック・サイクロプスできゅ、吸血ノミを攻撃!」
「くっ!」
デュエル孤児院に来た当初のエースだった《吸血ノミ》が戦闘破壊される。
リアルソリッドビジョンの衝撃によって遊羽の体が仰け反った。
癲狂院遊羽 LP3400
現在の遊羽の手札に《ドーピング》で強化された《サイバネティック・サイクロプス》を上回るモンスターはない。
だが逆転のためのキーカードは手札に温存している。
《レーザー 砲機甲鎧》。昆虫族の攻撃力と守備力を300アップさせる装備魔法だ。
「私のターン。ドロー」
引いたカードは《ギロチン・クワガタ》。
攻撃力1700の昆虫族モンスターであるが《レーザー 砲機甲鎧》を装備しても攻撃力は2000。
《ドーピング》によって強化された攻撃力2100の《サイバネティック・サイクロプス》には届かない。
「私はゴキボールを守備表示に変更。更にモンスターをセット」
ここは守りを固めて凌ぐ。
デュエルアカデミアの筆記試験のために日々勉強していたので《ドーピング》の効果は把握していた。
《ドーピング》は種族を問わず攻撃力を700上昇させる強力な装備魔法だがデメリットも存在している。
「俺のターン! ドロー」
この瞬間《ドーピング》の効果によって《サイバネティック・サイクロプス》の攻撃力が200低下する。
《サイバネティック・サイクロプス》
攻撃力2100→1900
「サイバネティック・サイクロプスで裏守備モンスターを攻撃!」
《ドーピング》によって強化された《サイバネティック・サイクロプス》の攻撃がセットされたモンスターを襲う。
《キラー・ビー》
星4 風属性 昆虫族
攻撃力1200 守備力1000
《キラー・ビー》が破壊されるが守備表示であるため戦闘ダメージは発生しない。
「タ、ターン終了」
「私のターン。ドロー! 《ギロチン・クワガタ》を攻撃表示」
《ギロチン・クワガタ》
星4 風属性 昆虫族
攻撃力1700 守備力1000
「更に装備魔法《レーザー 砲機甲鎧》を発動」
《ギロチン・クワガタ》
攻撃力1700→2000
「ゴキボールを攻撃表示にしてバトルフェイズ!《ギロチン・クワガタ》でサイバネティック・サイクロプスを攻撃!」
《ギロチン・クワガタ》に装備された《レーザー 砲機甲鎧》から放たれた光線によって《サイバネティック・サイクロプス》が蒸発する。
浮浪者 LP1150
「ゴキボールでダイレクトアタック!」
《ゴキボール》がゴロゴロと転がっていき浮浪者に体当たりした。
リアルソリッドビジョンの衝撃によって浮浪者が地面に倒れる。
浮浪者 LP0
これで浮浪者は強制デュエルによって無力化された状態になった。
地面に転がる浮浪者に駆け寄る。
無論、それは介抱するためではない。
浮浪者のデュエルディスクからデッキを丸ごと取り出した。
山岸を死なせて以降、相手のデッキを全て奪うのは控えてきたが、もうそんな甘い考えは捨てる。
少なくとも強制デュエルを挑んできた薬中の浮浪者に配慮は必要ない。
他のデュエル犯罪者が寄ってくる前にその場から走り去った。
◇
デュエル酒場に到着したので、勢いよくドアを押し開ける。
室内には複数人の男性がおり中には昼間から酒を飲んでいる者もいた。
この中から勝負ができる相手を探す。
問題は勝負の内容。
デュエルであれば勝利すれば確実に約束が履行されるが、デッキパワーに差があり過ぎれば、まともな勝負が成立しないことは、北条正義とのデュエルで身をもって学んだ。
先ほど浮浪者から手に入れたデッキには《ドーピング》以外にも何枚か使えそうなカードはあるが、それだけでこのデュエル酒場にいるデュエリストたちに勝つのは厳しいだろう。
デュエル酒場では賭けデュエルだけではなく、トランプやダイスなどを使ったギャンブルも行われていると聞いており、それに参加することを検討していた。
金はないがデュエル孤児院で集めたカードの束を持ってきている。
浮浪者から入手したカードと合わせて、それを賭けに出せばいい。
「え……?」
その男を見つけた時、遊羽にしては珍しく気の抜けた声が出た。
デュエル酒場の奥のテーブルで賭けデュエルをしている男性。
アメリカ国旗のバンダナを頭に巻いてサングラスをかけた無精髭の男。
リスペクトデュエルの精神を欠片も持たない遊羽が唯一リスペクトするデュエリスト。
バンデット・キースがそこにいた。
現役時代はなかったサングラスをかけているが、あれは間違いなくキース・ハワード本人だ。
キース側のテーブルには相当な枚数のレアカードが散らばっている。
おそらく、あれらは賭けデュエルで勝ち取ったカードだろう。
キースとデュエルしていた相手がレアカードを置いて席を立つ。
どうやらデュエルの決着がついたようだ。
退屈そうに欠伸をしながら、キースは組んだ足をテーブルの上に乗せる。
そのテーブルの上に散乱しているレアカードの中に《アルティメット・インセクトLV7》のカードを見つけた。
更にキースが所持している『ある物』が遊羽の目に留まる。
覚悟を決めて遊羽は酒場の奥のキースの元に出向いた。
「ねえ、私と勝負してよ。バンデット・キース」
「あ? てめえみたいなガキが、この俺と勝負だと?」
遊羽は《アルティメット・インセクトLV7》を指差す。
「私が勝ったら、そのカードをちょうだい」
「昆虫族のカードを欲しがる小娘とは変わってるなぁ」
「よく言われる」
どうやら多少はキースの興味を引くことができたようだ。
「まあいい、時間潰しの相手にはなるか」
キースがテーブルの上で組んでいた足を床に下す。
「オラ、デッキを出しな」
「デュエルをするとは言ってない。私は勝負と言った」
「トランプやダイスでも使おうってのか?」
キースが所持しているリボルバー式の拳銃を指さしながら言葉を続ける。
「その銃に一発弾丸を込めた状態で私が自分に向けて一回引き金を引く。弾が出たらあんたの勝ち、出なかったら私の勝ち」
「……本気で言ってやがんのか、小娘」
キースも勝負の内容を理解したようだ。
サングラスの奥の瞳が僅かに見開かれる。
「ロシアンルーレットで勝負だ」