デュエル酒場にて遊羽が持ちかけた勝負は常軌を逸した内容であった。
「ヤクでもキメてやがるのか、小娘」
「生憎と私はデュエルのプレイングに悪影響が出るようなドラッグを服用したことはない」
キースがサングラス越しにこちらの瞳孔をのぞき込んでくる。
数秒間の間、沈黙が流れた。
「……その勝負、受けてやる」
キースが銃に弾丸を一発込めてからシリンダーを回す。
そしてテーブルの上を滑らせて寄越した。
眼前の拳銃を遊羽は手に取る。
このデュエルで全てが決まる世界において、銃の価値はそれ程高くはない。
相手を射殺するには、デュエルで勝利した上で発砲しなくてはいけないからだ。
だが自分に向けて引き金を引くならデュエルの必要はない。
「おいおい、俺の店で死人を出すのは勘弁してくれ!」
ここで口を挟んできたのは酒場の店主だった。
慌てた様子でこちらに向かってくる。
「待ちたまえよ、面白そうな見世物じゃないか」
「ロシアンルーレットは中々見れるものじゃないからね」
「娘が死んだら清掃代ぐらい出すから黙ってなよ」
だが客たちはロシアンルーレットに肯定的な様子を見せた。
どうやら遊羽の頭が潰れたトマトになることをお望みのようだ。
店主と客が言い争いをしている間に拳銃を自分の頭に押し当てる。
躊躇なく引き金を引こうとした指が寸前で止まった。
遊羽自身トリガーを引けないことに驚いている。
色音や真帆を心配させないために危険なデュエルを控えていたが、今でもデュエルにおいて命を賭けることには何の躊躇もなかった。
北条正義とのデュエルの時だって恐怖はなかったし、敗北時は死を受け入れた。
デュエリストとしてデュエルで命を賭けるのはいい。
仮に負けた場合は死のうが不具になろうが受け入れる。
デュエルの結果を拒絶するのはデュエル軽視に他ならないからだ。
だがロシアンルーレットはデュエルではない。
「早く拳銃をぶっ放したまえよ!」
「そうだ、そうだ! 早く撃て!」
客たちからのヤジが飛ぶ。
逆に店主は安心したような顔を見せた。
遊羽が引き金を引けないと思ったのだろう。
そしてキースはと言えば、無言でこちらを見ている。
色音はレアカードを手にするために男に体を売った。
妹の沙良を助けるために覚悟を示した。
一度だけ色音に託そうかという考えが頭を過り、やはりその選択はできないと即座に却下する。
萩原真帆は自分自身の手で救い出す。
真帆を助けたいというこの気持ちは、決して色音が沙良を助けたいという気持ちに劣ってはいないはずだ。
遊羽は指に力を入れて、引き金を引いた。
カチッという音が鳴る。
銃弾は出なかった。
がっかりした様子で客たちがその場から離れていく。
「じゃあ、これは貰うから」
拳銃をテーブルに置きながら《アルティメット・インセクトLV7》に手を伸ばす。
この勝負はデュエルではないため強制力はなく、キースが拒絶すれば賭けは履行されない。
「クク、好きにしな」
だがキースが賭けを反故にすることはなく、《アルティメット・インセクトLV7》を無事に入手することができた。
テーブルの上に散らばっていた時点で、キースにとってはそこまで重要なカードではないと踏んで賭けを持ちかけたが正解だったようだ。
さっそく《アルティメット・インセクトLV7》をデッキに加える。
「おい、小娘。ちょっとそのデッキを見せてみな」
突然のキースの申し出に遊羽は驚く。
まさかデッキごと《アルティメット・インセクトLV7》を取り返そうというわけではないだろう。
そんなことをするぐらいなら、初めから《アルティメット・インセクトLV7》を渡さなければいい。
既に《アルティメット・インセクトLV7》が手元にある以上、酒場の出口に向かって全力ダッシュするという選択肢もある。
僅かに間を置いてから手に持っていたデッキをキースに差し出した。
実際のところ《アルティメット・インセクトLV7》だけで、デュエルアカデミアの実技試験を突破できるとは思っていない。
元全米チャンピオンであるこの男から何かしらのアドバイスを貰えればと思ったが故の行動。
「ほぉ、F区のガキにしてはカードを揃えているようだが、俺様から言わせれば戦力不足だな」
言いながらキースは昆虫デッキをテーブルに置くとジャケットを広げる。
キースのジャケットの内側には複数のデッキがあった。
「俺はあらゆる種族のエキスパートカードをこうして持ち歩いてる。そのカードを加えて最強のインセクトデッキにしてやってもいいぜ」
「どういうつもり?」
遊羽の知る限りバンデット・キースが子供にカードを無償で提供するなんて話は聞いたことがない。
むしろ子供相手だろうと容赦なくカードを奪い取るイメージだ。
そんなデュエリストだからこそバンデット・キースをリスペクトしている。
「ククク、いい金儲けの手段を思いついたのさ。てめえがそれに協力するならデッキを強化してやる」
「内容は?」
「てめえが承諾したら教えてやるぜ」
上手い話には裏がある。
だが今の遊羽に選択肢はない。
「わかった。その提案を受ける」
キースが普段から所持しているカードであれば、おそらく昆虫デッキは大幅に強化されるはずだ。
強化された昆虫デッキを持ち帰ることができれば、デュエルアカデミアの試験を上位四名以内で突破することが現実的になる。
「俺様が改造したインセクトデッキを使って、てめえには裏のデュエル場でデュエルをしてもらう」
裏のデュエル場は下層区には複数あり、現在は衰退気味になっているプロデュエリストより実力が上の裏プロや賞金稼ぎも多く出入りしているという場所だ。
遊羽も存在は知っていたが、北条正義に敗北して《インセクト女王》を失った昆虫デッキでは通用しないと判断して、そこでデュエルをするというのは選択肢から外していた。
「単純な疑問だけど、あんたが直接出た方が手っ取り早いんじゃない」
バンデット・キース程のデュエリストなら裏のデュエル場で勝つのも容易いと思ったが故の疑問。
「クク、名前が売れすぎるのも考え物でな。荒稼ぎしたってのもあるが、俺様相手じゃデカい勝負をしようって奴も減っちまったのさ」
成程。だから遊羽のデッキを強化して自分の代わりにデュエルをさせようというわけか。
「それに裏のデュエル場の多くは外ウマをやってる。てめえぐらいのガキなら舐められて高い倍率が付くはずだぜ」
自分がデュエルするのでは外ウマには参加できないが、人を使うのであれば話は別だ。
高倍率の遊羽が勝利すれば、キースの懐には膨大な額の金が入ることになる。
「ただし、そのためには俺様とてめえがグルなのは隠さなきゃならねえからな。デュエル中にアドバイスはできねえ」
「それは問題ない。だって私に使いこなせない昆虫カードは存在しないから」
自信をもって断言した。
「クク、言うじゃねえか。だが覚えときな。裏のデュエル場ではアンティルールが基本だ。てめえが負ければ、さっき命賭けで手に入れたレアカードを失うことになるぜ」
勝てばレアカードを得て、負ければ奪われる裏デュエルの世界。
だが臆することはなく、デュエリストとして高揚感を覚えている。
「そう言えば、名前を聞いてなかったな」
「遊羽。癲狂院遊羽」
協力者となる元全米チャンピオンに自らの名前を名乗った。
◇
一時間後、遊羽はE区にある裏のデュエル場にいた。
四方をフェンスによって囲まれた簡易的なデュエルリングの周囲には観客たちがおり、その中にはバンデット・キースの姿もある。
「はは、こんな子供が相手とはね。これなら僕の勝ちは決まりじゃないか」
正面にいるのは対戦相手の若い白人男性。
キースがF区のデュエル酒場にいたように、この街で外国人は珍しくない。
「自己紹介しておこうか。僕はマイケル。アメリカでプロデュエリストをしているポリコレ流のデュエリストさ」
ポリコレ流と言えばアメリカのプロデュエリスト業界で主流になっているというデュエル流派だ。
テーマやシナジーよりも、モンスターの性別や肌の色を優先したデッキ作りを推奨している流派らしい。
ポリコレ流が流行った結果、アメリカのプロデュエリスト業界も衰退していると聞いている。
「正直、この街のデュエリストはポリコレへの配慮が出来ていなさすぎる。僕がポリティカルコレクトネスに配慮したデュエルというのを見せてあげるよ」
両者のデュエルディスクのオートシャッフルシステムが起動して互いのデッキが自動でシャッフルされる。
デュエルディスクによって先攻後攻が決定される。
癲狂院遊羽 / LP4000
VS
マイケル / LP4000
「「決闘!!」」
先攻をとったのはマイケルだった。
「僕のターン。まずは白人男性系モンスター、聖騎士モルドレッドを召喚」
《聖騎士モルドレッド》
星4 光属性 戦士族
攻撃力1700 守備力1000
『聖騎士』と言えば所謂カテゴリに属するデッキであり、その中でもかなり高額なカードが揃ったテーマだったはずだ。
流石に裏のデュエル場だけあって、このような高額カードの使い手が当たり前のようにいるようだ。
聖騎士のカード全ての効果を把握しているわけではないが、戦士族に装備魔法を装備して戦うテーマだという知識はある。
「これでターンエンド」
だがマイケルは『聖騎士』モンスターに装備魔法を装備せずにエンド宣言した。
嘗められているのか、単に手札に装備魔法がなかったのか。
デッキのテーマが統一されていれば、聖騎士デッキで装備魔法が引けないという可能性は低いと思われるが。
「私のターン。ドロー」
現在の手札に《聖騎士モルドレッド》の攻撃力を上回るモンスターはいない。
「モンスターをセット」
だがキースから受け取った昆虫族カードの効果と使い方は完全に把握しており、既に戦略は出来上がっている。
「更にカードを1枚伏せてターンエンド」
「僕のターン、ドローカード」
マイケルが引いたカードを手札に加えた。
「それでは、このデッキの主役となるモンスターを召喚しよう」
新たな『聖騎士』モンスターが現れるかと思われたこの状況。
「黒人女性系モンスター、墓守の巫女を召喚」
《墓守の巫女》
星3 闇属性 魔法使い族
攻撃力1000 守備力1500
召喚されたのは『墓守』モンスターだった。
こちらもかなり高額なカテゴリのカードだったはずだ。
「墓守の巫女が場にいる時、フィールドは《王家の眠る谷-ネクロバレー》になる。更に効果で墓守モンスターの攻撃力と守備力が200アップする」
《墓守の巫女》
攻撃力1000→1200 守備力1500→1700
だが攻撃力アップの恩恵を受けられるのは『墓守』モンスターのみであり、『聖騎士』モンスターの攻撃力は変わらない。
「はは、疑問に思っているようだね。何故、聖騎士デッキに墓守モンスターが入っているのか。これがポリコレへの配慮だよ」
一見すれば、それは意味不明な言葉。
「今はアメリカの有名アニメ会社でも主役のプリンセスは黒人女性にする時代さ。ポリコレ流のデュエリストならカテゴリに関係なく、デッキには黒人プリンセスモンスターを入れないとね」
成程、モンスター同士のシナジーではなく、性別や肌の色を理由に《墓守の巫女》を投入したというわけか。
「更に装備魔法《幸運の鉄斧》を墓守の巫女に装備。攻撃力を500ポイントアップする」
《墓守の巫女》
攻撃力1200→1700
ここで初めて装備魔法が使用された。
だがその対象は《聖騎士モルドレッド》ではなく《墓守の巫女》。
「ポリコレに配慮するなら女性モンスターは男性に守られるのではなく、自ら武器を持って戦わないといけない」
どうやら《墓守の巫女》に《幸運の鉄斧》を装備したのもポリコレ流のデュエルタクティクスらしい。
「言っておくが聖剣系の装備魔法は僕のデッキには一枚も入っていないよ。あれらは戦士族にしか装備できないからね」
『聖騎士』モンスターは戦士族なのだから、それで問題ないように思える。
「戦士族のみに装備できて、魔法使い族に装備できないなんて差別的な装備魔法はポリコレに反している。ポリコレ流のデュエリストが使用するカードに相応しくないからね」
何でアメリカのプロデュエリスト業界が衰退したのか理由が分かったような気がした。
「ああでも、種族を択ばずに装備できる装備魔法なら何でもいいわけじゃないよ。たとえば《
「もういいから、さっさとデュエルを進めてくれない」
デュエルディスクのタイムカウンターにはまだ余裕があるだろうが、こうもデュエルに関係のない話をされれば、デュエルの進行を促したくもなる。
「ふん、どうやら君レベルの人間には分からないか。このハイレベルなポリコレの話は」
マイケルの機嫌を損ねてしまったようだ。
「いいだろう。ポリコレに配慮したバトルフェイズだ。戦う強い黒人女性系モンスター、墓守の巫女でセットされたモンスターにアタック!」
《幸運の鉄斧》を装備した《墓守の巫女》が、遊羽の場の裏側守備表示モンスターを襲う。
《ドラゴンフライ》
星4 風属性 昆虫族
攻撃力1400 守備力900
《墓守の巫女》が手に持った斧を振り下ろして《ドラゴンフライ》を真っ二つに切り裂いた。
「この瞬間、ドラゴンフライの効果発動。攻撃力1500以下の風属性モンスターを攻撃表示で特殊召喚する。私は二体目のドラゴンフライを特殊召喚」
《ドラゴンフライ》
星4 風属性 昆虫族
攻撃力1400 守備力900
「まさか醜い昆虫族モンスターを使うとはね! こいつはやられ役にピッタリじゃないか! ポリコレの踏み台になるといい。聖騎士モルドレッドで醜いバグにアタック!」
攻撃表示の《ドラゴンフライ》が戦闘破壊されたことでリアルソリッドビジョンの衝撃を受ける。
裏のデュエル場におけるデュエルでは、デュエルディスクのセイフティモードをオフにするのが当たり前のようだ。
癲狂院遊羽 LP3700
今回は300ダメージなので大したことはないが、仮に最上級モンスターのダイレクトアタックを受ければ吹っ飛ばされることになる。
「ドラゴンフライの効果発動、アルティメット・インセクトLV3を特殊召喚」
《アルティメット・インセクトLV3》
星3 風属性 昆虫族
攻撃力1400 守備力900
初めて使うカードであったが、遊羽はこのタイミングで《アルティメット・インセクトLV3》を出すべきと判断した。
仮に《墓守の巫女》の攻撃後に《ドラゴンフライ》の効果で特殊召喚した場合、《聖騎士モルドレッド》に戦闘破壊されるからだ。
「また醜い昆虫族か。君のデッキには多様性がないね。デュエリスト失格だ。ポリコレに配慮してこそ真のデュエリストだよ」
確かに遊羽のデッキのモンスターは全て昆虫族なので、この男が言うところのポリコレには配慮できていないのかもしれない。
だが真のデュエリストには興味がないし、昆虫族だけのデッキを使っているからと言ってデュエリスト失格だとは思わない。
「これで僕はターンエンド」
「私のターン。ドロー」
引いたカードを手札に加える。
「ここでアルティメット・インセクトLV3の効果発動。このカードを墓地に送ることでアルティメット・インセクトLV5を特殊召喚」
《アルティメット・インセクトLV5》
星5 風属性 昆虫族
攻撃力2300 守備力900
「この効果で特殊召喚されたアルティメット・インセクトLV5が場にいる限り、相手フィールド場の全てのモンスターの攻撃力は500ダウンする」
《聖騎士モルドレッド》
攻撃力1700→1200
《墓守の巫女》
攻撃力1700→1200
「くっ! やられ役のバグモンスターの分際で! 僕のポリコレプリンセスモンスターの攻撃力を下げただと!」
「更にスパイダー・スパイダー召喚」
《スパイダー・スパイダー》
星4 地属性 昆虫族
攻撃力1500 守備力1000
「装備魔法《火器付機甲鎧》をスパイダー・スパイダーに装備。このカードは昆虫族にのみ装備可能。その攻撃力を700ポイントアップする」
《スパイダー・スパイダー》
攻撃力1500→2200
「特定の種族にしか装備できない差別的な反ポリコレカードか! やはりこの街のデュエリストはポリコレへの配慮がないな」
マイケルが何か言っているが正直どうでもいい。
そんなことよりも新しい昆虫族カードをデュエルで使うことに高揚感を覚えていた。
デッキのカードパワーは格段に向上したが、昆虫族モンスターに装備魔法を装備するという戦術は以前と同じ。
キースは元々のデッキコンセプトを壊さないようにデッキを改造してくれたようだ。
「バトル! アルティメット・インセクトLV5で聖騎士モルドレッドを攻撃」
攻撃力が低下した状態の《聖騎士モルドレッド》が戦闘破壊され、マイケルがリアルソリッドビジョンの衝撃で後退する。
マイケル LP2900
「スパイダー・スパイダーで墓守の巫女に攻撃!」
「ストップ! そんな醜いバグでポリコレプリンセスモンスターを破壊するなんてポリコレに対する侮辱だ」
「私はポリコレには興味がない」
《墓守の巫女》が《スパイダー・スパイダー》によって戦闘破壊される。
マイケル LP1900
「だが、これで君の場のモンスターは全て攻撃を終えた。僕のライフはまだ残って」
「手札から速攻魔法《超進化の繭》を発動。装備カードが装備された昆虫族をリリースすることで、デッキから新たな昆虫族モンスターを特殊召喚する」
初めて使用する《超進化の繭》を遊羽は適切なタイミングで発動した。
「《火器付機甲鎧》が装備されたスパイダー・スパイダーをリリースして、アルティメット・インセクトLV7を特殊召喚」
《アルティメット・インセクトLV7》
星7 風属性 昆虫族
攻撃力2600 守備力1200
「こ、こんな子供にポリコレ流のプロデュエリストである僕が」
「アルティメット・インセクトLV7でダイレクトアタック!」
リアルソリッドビジョンの衝撃によってマイケルの体が宙を舞った。
マイケル LP0
新たな昆虫族モンスターを使ったデュエルに遊羽は確かな手ごたえを感じていた。