ブラックドミノシティのデュエルアカデミアはA区に次いで治安の良いとされるB区の中でも最も安全な場所にある。
すぐ近くにはセキュリティの駐在所があり、校舎がある場所もA区との隣接地体だった。
正門には昼夜問わず専属のデュエル警備員が数人おり、上層区の市民が子供を安心して通わせることができる環境になっている。
そんなデュエルアカデミアには3つのクラスがある。
上から順に『オベリスクブルー』『ラーイエロー』『オシリスレッド』。
『オベリスクブルー』が各学年の成績上位者50名によるエリート集団である一方で『オシリスレッド』は成績下位の生徒が所属するクラスとされている。
ブラックドミノシティのデュエルアカデミアでは高等部から入学した生徒は男女問わず最初は『オシリスレッド』に配属されると決まっていた。
それは高等部の入学試験を首位で通過した遊羽であっても例外ではない。
体育館で行われた入学式には100名ほどの男女がいて、その中には色音の姿もあった。
デュエル孤児院の個室で、互いに試験に合格したことは伝えていたので驚きはない。
あとは知った顔と言えば、遊羽の最終試験を担当した古牧美玲ぐらいだ。
上級教師たちの集まりの中にいた彼女は目が合うと微笑みかけてきた。
どうやら歓迎してくれているようである。
入学式を終えて体育館で待機していた遊羽たちの前に現れたのは細身の中年男性だった。
「僕がオシリスレッドの寮長の赤田
この赤田
上級教師の着る青い服ではなく、くたびれたスーツを着ているというのもあるが、何より覇気がなく、やる気のない雰囲気の男だ。
赤田正人に案内されて到着したオシリスレッドの寮は、二階建てのボロアパートのような建物であり、それが敷地内に複数あった。
建物ごとに男子寮と女子寮に分かれているようだ。
上級生と思われる生徒の姿が見えるが、男女共に負のオーラに満ち溢れていた。
「空いてる部屋を探して好きに使うように。何か分からないことがあれば、携帯端末で確認するか上級生に聞きなさい」
そう言って赤田
雑な対応であるが、デュエル孤児院で慣れていたこともあって何とも思わない。
だがこの場にいる多くの生徒は戸惑った様子だ。
ここにいる大半はB区やC区の出身であり、このようないい加減な対応には慣れていないのだろう。
とりあえず、日当たりが良さそうな建物に向かう。
そういえば実技戦五戦目でデュエルをした金盛というトップス市民がこの場に集まった生徒の中にはいなかった。
あのまま癇癪を起してアカデミアの入学を辞退してしまったのだろうか。
まあ北条正義の情報は金盛以外のトップス市民からでも得られそうなので、いないなら別にかまわないが。
一番日当たりの良さそうな女子寮のA棟は一階、二階共に満室だった。
その隣にあるB棟の部屋を確認するがこちらも一階は満室。
二階の206号室が開いていたので中に入った。
入口の棚には鍵が置いてあり、おそらくこれがこの部屋の鍵だ。
部屋は1DKぐらいの広さであり和室。
机と椅子、鍵付きロッカーと鏡、ハンガーの他には押し入れに布団があった。
風呂はないが、シャワー室と洗面台、旧式の洗濯機はある。
遊羽としては特に不満のない環境だ。
とりあえず手に持っていた鞄を畳に置いてから開けた。
その一番上に入っているのは携帯端末と充電器。
これは入学式の際に渡されたものであり、端末の裏にはIDと仮パスワードの記載された紙が添付されている。
この携帯端末は連絡事項の確認や購買での買い物、授業の履修等を行う際に使うとのことで、ブラックドミノシティのデュエルアカデミアにおいては必須アイテムらしい。
次いで鞄から取り出したのは赤い服。
これがオシリスレッドの制服だ。
合格通知を受け取った際、一度B区の服屋で寸借は済ませている。
黒のロングコートをハンガーに掛けてから、制服に着替えてみるとジャストフィット。
デュエル孤児院では古着ばかりだったので、サイズの合った新品の服を着るというのは新鮮な感覚だった。
あと鞄に入っているのは1年目の授業で使うという教科書。
特待生として無料になるのは学費と制服代まであり、これらの本は全て自費で購入したものだ。
アンティで集めたレアカードの一部を売却して、教科書の購入費用に充てた。
とりあえず鞄と一緒に鍵付きロッカーに放り込んでおく。
部屋にあった木の椅子に腰かけながら携帯端末の電源を入れた。
ログイン画面になったのでIDとパスワードを入力。
専用画面には『癲狂院遊羽』の名前の横に5000DPという文字があった。
この『DP』というのがアカデミアの購買において使用することができる通貨である。
事前の説明で入学祝いとして5000DPが振り込まれると聞いていた。
購買では1パック100DPでカードパックが購入できるらしいので、全部使用すれば50パック購入することができる。
とはいえ、アカデミアの事をよく知らないまま、いきなり全てのDPを使うのも無計画なので、まずはオシリスレッドの寮長、赤田
分かったのは、このDPは全生徒に毎月支給されるが、クラスに応じて支給額が異なるということ。
支給額は各クラスごとに
『オシリスレッド』は1000DP。
『ラーイエロー』は5000DP。
『オベリスクブルー』は10000DP。
またDPを換金することはできないが、購入することは可能であるとのこと。
親から多額の小遣いを貰えるトップス市民なら、毎月最大10000DPの縛りはなくなると考えていい。
成程、オシリスレッドの先輩方が負のオーラに満ちていた具体的な理由も見えてきた。
この仕組みなら、オベリスクブルーの生徒はより多くのレアカードを入手して強くなり、オシリスレッドの生徒との格差は広がり続けることになる。
クラスについてもう少し調べると、オベリスクブルーの条件は成績上位50名と決まっているが、ラーイエローは曖昧らしく、アカデミアに3億円の寄付金を支払えば、オシリスレッドからラーイエローに昇級する制度もあるようだ。
つまり現在オシリスレッドにいる先輩方は、成績も悪く寄付金を払うこともできないB区やC区の市民であると推測できる。
上のクラスに行くには、半年ごとに行われる定期試験で上位に入る必要があるとのこと。
ただし、どれだけ成績が良くても、いきなりオシリスレッドからオベリスクブルーに昇級することはできないらしいので、遊羽がオベリスクブルーになれるのは最短でも一年後ということになる。
カードパック以外のDPの用途としては、食事や生活雑貨の購入にも使えるらしいが、食堂ではDP不足の生徒のために無料の日替わり定食もあるようだし、カードパックを差し置いて欲しい雑貨もない。
アカデミアの校舎内にあるライブラリに通えば、学習のための資料も無料で閲覧できるとのことだ。
携帯端末をスリープモードにして制服のポケットに入れてから立ち上がる。
ハンガーに掛けていたロングコートを制服の上から羽織り、鞄を入れたロッカーに鍵をかけた。
向かう先は購買。
これらの制度を把握した上で、遊羽は5000DP全てをパックの購入に充てることを決めた。
◇
デュエルアカデミア校舎内にある購買に到着した。
一般的な女子であれば購買にある他の商品に目移りするかもしれないが、遊羽の目当てはカードパックのみ。
携帯端末の説明によれば、パックの購入はレジで番号を指定すればいいとのこと。
入荷しているパックの情報も端末から見られるので、既に購入するパックは決めてある。
レジに到着してパックの番号を言うと店員が手慣れた様子で各パックの入った箱を持ってきた。
その箱の中から自らの手でパックを選ぶ。
商品の確認が済むと携帯端末を使って電子決算を行った。
入学祝いとされる5000DP全てを使って合計50パックを購入する。
遊羽の目的はデュエルアカデミアを主席で卒業すること。
そのためには卒業までに可能な限りデッキを強化する必要がある。
オシリスレッドのDP支給額が1000DPであるのに対して、オベリスクブルーの支給額10000DP。
できるだけ早くオベリスクブルーになった方が、卒業までのDP総支給額が増加する。
言い換えるならそれは、卒業までに購入できるパック数が増えるということでもある。
故に原則としてDPは全てカードパックの購入に使用する。
食堂で無料の日替わり定食があるなら常にそれを頼めばいいし、雑貨は元から寮の部屋にあった物で十分だ。
レジ袋を片手に寮に戻ろうとしたところで、オベリスクブルーの女子二人の会話が耳に入った。
「それでさぁ、パパに頼んで《強欲で金満な壺》を買ってもらおうと思ったの。なのに駄目って言われたのよ」
「え? 何で。いくら50億円のカードでも、福子ちゃんの親なら余裕で買えるでしょ」
「あんまり高額カードを持つと狙われるかもしれないから良くないって」
「ふーん、福子ちゃんのパパは娘思いなんだね」
改めてデュエル孤児院とは異なる環境に来たのだと実感する。
《強欲で金満な壺》は一枚50億円すると言われているブルジョアレアカード。
おそらくこの二人はトップスの市民なのだろう。
「全然娘思いじゃない。だってパパが代わりに買ってきたのは《貪欲な壺》よ」
「嘘、あれって5000万円程度の安物だよね。墓地に五体モンスターがいないと使えないクソカード」
「うん。だから購買の近くの茂みに捨ててきた。あんなクソカード、ブルジョア流のデュエリストには相応しくないし」
遊羽にとって、それは異次元の会話だった。
5000万円するカードを安物扱いして捨てることも、《貪欲な壺》をクソカード扱いしていることも意味不明だ。
《貪欲な壺》は状況次第では十分に強力なカードだと思うが、あの娘たちにとっては違うらしい。
すぐに店を出て購買付近の茂みを探してみると、本当に《貪欲な壺》が落ちていた。
即座にそれをポケットに入れる。
そしてレジ袋を片手に遊羽はオシリスレッドの寮に戻った。
◇
オシリスレッド寮、B棟206号室。
畳の上に足を崩して座り、レジ袋からパックを取り出す。
当たり前のことであるが、そのパックは未開封。
過去に一度だけデュエル孤児院で未開封のパックが配られて以来のカードパック開封だった。
バリっという音と共にパックを破る。
中に入っている五枚のカードを確認する。
残念ながら昆虫族のカードはなかったが、使えそうな罠カードはあった。
《ダメージ・ダイエット》
そのターン受ける全てのダメージを半減させるカードであり、墓地から除外すれば更に効果ダメージを半減することもできる。
デュエル孤児院であれば、間違いなく職員の手でレア抜きされている基準のトラップカードだ。
数十分後、一通りパックの開封が終わった。
ウルトラレアカードはなかったが、デッキに投入できそうな昆虫族や魔法、罠カードは何枚かあったので結果としては悪くない。
新たに手に入れたカードを加えてデッキの調整を行う。
これまでは手に入らなかったようなカードが増えた分デッキの構築も悩む。
それから一時間ほど経過してデッキが完成した。
さっそく新たなインセクトデッキを使ってデュエルがしたいと思っていた時だった。
『おい、オシリスレッドの劣等生ども、全員出てこい!!』
おそらく音声を拡張するメガホンのような機械を使って出された声。
外に出てみると10人ほどの青い制服を着た男子生徒がいた。
あれはオベリスクブルーの生徒だ。
その中の一人が手にメガホンを持っているので、やはり声の主はこの連中らしい。
『重要な話がある! さっさと部屋の外出ろ、落ちこぼれ共!』
何度もメガホンで呼びかけるオベリスクブルー生。
各棟の部屋からオシリスレッドの生徒たちがポツポツと出てくる。
A棟の二階の部屋から出てくる色音の姿が目に留まった。
大体のオシリスレッド生が部屋の外に出たのを見計らって、メガホンを持ったオベリスクブルー生が前に出る。
『俺は高等部二年の富岡。見ての通り、オベリスクブルーの生徒だ。今日は新しい養分どもが入る日だから、わざわざ俺自らオシリスレッドのルールを説明しに来てやった』
そのルールというのが、情報端末には記載されていない類の内容だということは察しが付く。
二階の廊下を歩きながらオベリスクブルーの生徒、富岡の話に耳を傾けた。
『お前らオシリスレッドの生徒は毎月一枚、レアカードを俺たちオベリスクブルーに上納してもらう』
デュエル孤児院では似たような光景がよくあったので別に驚きはない。
だがB区やC区出身の新入生の大多数はざわついているようだ。
不安そうにしているオシリスレッドの男子生徒の横を通り過ぎながら階段を下りる。
『レアカードがない奴は5000DP差し出してもらう。レアカードとDPどちらもない、或いは渡したくないなんて身の程知らずがいるなら、俺たちがデュエルでリンチしてやるぜ』
周囲のざわつきが大きくなった。
一方で元からオシリスレッドに所属していた先輩方は暗い表情で俯いている。
おそらく彼らはこの条件を飲んで、毎回レアカードかDPを支払っているのだろう。
『疑問に思った新入りもいるかもしれないな。毎月1000DPしか支給されない劣等生のお前らがどうやって5000DP払うのか。アカデミアのルールを確認した奴なら知ってるかもしれねえがDPは現金で買える。親に頼んで小遣いを貰ってDPを買えばいいってことだ』
「む、無理よ、そんなこと」
ここでオシリスレッドの女子生徒が声を上げた。
確か入学式にいた新入生の一人だ。
「私はC区の出身なの。親はアカデミアの学費を払うのが精一杯でそれ以上の余裕なんてない」
他の何人かのオシリスレッド生もそれに同意するように頷く。
『てめえ、名前は何だ』
「……吉田よ」
『なあ吉田ちゃん、親から金を貰えねえならC区でデュエル売春するなりして金を稼げばいいだろうが! 女のてめえはもちろん、若い男性を買いたがる変態もいるだろうから、男女関係なくデュエル売春はできるぜ』
確かにブラックドミノシティC区にはそういう輩が幾らでもいる。
『ただし女に限っては俺たちとセックスするなら一月分の支払いを免除してやる』
「わ、私たちをレイプしようって言うの!?」
動揺しながら後退るオシリスレッドの女子生徒、吉田。
『レイプとは人聞きが悪いな。低俗な決闘強姦魔じゃあるまいし。あくまで合意の上でのセックスだよ。俺たちブルジョア流のオベリスクブルー生に抱かれるんだから、むしろ喜ぶべきだ』
何かデュエル孤児院にも似たような事を言ってた奴がいたなと、懐かしい気分になった。
「せ、先生に報告する。そうすれば、あなた達なんか退学よ」
一見正しいように聞こえる吉田の言葉。
だがブラックドミノシティにおいては、それが間違っていることもある。
「何の騒ぎですか、これは」
ここで現れたのはくたびれたスーツを着た細身の男性。
オシリスレッドの寮長であるアカデミアの教員、赤田
「赤田先生、オベリスクブルーの生徒たちがいきなり」
「ああ、君には聞いていません」
吉田の言葉を赤田
「富岡君。先ほどのような言葉をメガホンを使って言わないでください。隠蔽するのは僕なんですよ」
「それを上手くやるのがお前の仕事だろ。ほら、今月分のレアカードだ」
富岡から手渡されたレアカードを赤田
「それじゃあ僕は何も見なかったことにします。あとは君たちのお好きどうぞ」
そう言って赤田正人は早足でこの場から立ち去って行った。
呆然した様子の吉田。
『今、こう思った奴もいるはずだ。それなら他の教師に報告すればいいと』
再度、メガホンを使って富岡が喋り始める。
『やってもいいが、それが上手くいっても最終的にアカデミアから下される罰則は厳重注意か、重くて一ヵ月程度の停学だろうぜ』
「な、何で、それだけで」
理解が及ばない様子の吉田。
だが遊羽はその理由を知っている。
『俺たちがトップスの市民だからだよ!!』
メガホンによって拡張された富岡の声がオシリスレッド寮に響き渡った。