切り札はゴキボール   作:白銀蟷螂

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Episode2
ブラックドミノシティB区


 懐かしい夢を見ていた気がする。

 柔らかいベッドの上で遊羽の意識は覚醒した。

 まるでオベリスクブルー寮で生活していた頃のベッドのようだという考えが頭に浮かんだのは、夢の影響もあるのだろうか。

 

 ここはブラックドミノホテルの一室。

 女王杯のエントリー者は予選までの五か月間、無料でこの宿泊施設を利用することができる。

 予選を突破することができれば本選までの一か月間、宿泊期間は延長される。

 

 毛布の中でもぞもぞと何かが動いた。

 ひょっこりと顔を出したのは、ベージュ色をしたミディアムヘアの幼い娘だ。

 三条望羽(みう)

 元トップス市民であり、元決闘奴隷の少女である。

 

「おはようございます、師匠」

 

 頭を撫でると望羽(みう)は顔を綻ばせた。

 

「おはよう、望羽(みう)

 

 ここは二人部屋でありベッドは二つあるのだが、望羽(みう)が一緒に寝たいと言うので許可している。

 F区の格安デュエル宿に数日間宿泊していた際、布団が一枚しかなかったのもあって、二人で身を寄せ合って寝ていたので癖になったのだろうか。

 或いは、まだ親に甘えたい年頃なのかもしれない。

 

「とりあえず下に何か食べに行くけど、望羽(みう)はどうする」

「私も一緒に行く」

 

 まずは現在身に着けている客室用の衣類を脱ぐ。

 クリーニングサービスから返却された、緑色のクールネックシャツを着て、紺色のジーンズを履く。

 金属タグを首から下げ、黒のロングコートを羽織ってから、デュエルディスクを装着した。

 望羽は決闘奴隷だった頃に身に着けていた、上質そうな布地の白いワンピースに着替え終わったようだ。

 

 カード状のルームキーを持って二人で部屋の外に出た。

 オベリスクブルーの寮もこのタイプの鍵だったので、割と使い慣れてはいる。

 ルームキーの表面には『6-4号室』と記載されており、それが部屋番号だ。

 

「何か新しい服でも買う? そのぐらいの余裕はあるけど」

 

 ホテルの廊下を歩きながら望羽に聞いてみる。

 現在の服以外だと遊羽の古着を着せているが、あれはサイズが合わず見てくれが悪い。

 そのため白のワンピースが普段着となっているが、決闘奴隷だった頃の服というのは、一般的にはあまり着たくないかもしれない。

 

 脂ぎった醜い禿デブのおっさんとのアンティで11億円入手して、女王杯へのエントリーが受理された際、5億円支払ったので、現在の手持ちは6億円。

 基本的にはデッキの強化に使うつもりだが、11億のアンティは望羽を賭けの対象にしたわけだし、本人が希望するなら服ぐらいは買う。

 

「大丈夫、これ以上私のために、お金を使わなくていい。あなたには沢山の物を貰った」

 

 望羽の腕にはデュエルディスクが装着されている。

 これは遊羽が買い与えた物であり、その際に決闘奴隷の首輪を外して、予備の昆虫カードで作ったデッキも渡した。

 だから今の三条望羽は決闘奴隷ではなく決闘者だ。

 

 エレベーターが到着したので乗り込む。

 他の宿泊者が二人ほどいた。

 既に一階のボタンは押してあるようだ。

 一分ほどでエレベーターが一階に到着。

 

 ブラックドミノホテルの朝食はビュッフェ形式。

 ホテルダイニングに並べられた料理から好みの物を選択して皿に乗せる。

 肉、魚、野菜、パンとバランスよくとってから席につく。

 そう言えばオベリスクブルー寮の朝食もこんな感じだった。

 

 望羽はまだ料理を選んでいるようなので先に食べ始める。

 フォークを使って肉を口に運んで咀嚼する。

 美味い肉だった。

 格安デュエル宿から一転して良い環境に来たこともあって、アカデミア時代の夢を見たのかもしれない。

 

 望羽が戻ってきて対面の席につく。

 そのトレーの上の皿に目を向けると野菜がなかった。

 

「野菜も食べないと健康に良くないよ」

 

 オベリスクブルーに昇級してから友人になったトップス市民の少女の受け売りである。

 裏に来てからはジャンクフードばかり食べていた遊羽の言えることではないが棚上げする。

 まあ、こういう環境にいる間は健康的な食事をした方がいいだろう。

 遊羽の皿のニンジンをフォークで望羽の皿に移動させる。

 

「……野菜は苦手」

 

 そう言いながらも望羽はニンジンを口に運んだ。

 すぐに飲み込んだり水で流し込んだりせず、頑張って咀嚼している。

 

 食事を続けながら遊羽は数日前の出来後を思い出した。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 六日前。

 ブラックドミノシティF区にて、遊羽は一人の男を待っていた。

 その傍には望羽がいる。

 正直、連れてくるか少し迷ったが、あの格安デュエル宿も安全とは言えない。

 現在の三条望羽は決闘奴隷ではなく決闘者であり、危険には自らデュエルで対処すべきではあるが、だからと言って率先して危険な場所に残しておくつもりもなかった。

 

「待たせたな、クズ野郎」

 

 遊羽をクズ呼ばわりしながら現れたのはセキュリティの男性、牛尾だった。

 本日は彼に10万を渡す日なのだが、女王杯にエントリーが受理されてB区に拠点を移す以上、会わずにバックレるという選択肢もあった。

 

「今日は大事な話があるの。まずは金だけど20万持ってきた」

「あ? どういうことだ」

 

 だがあえて20万の入った封筒を差し出す。

 

「これから私はB区で活動する。こういう商売もやめるつもり」

 

 奴隷杯でデュエル成金たちとコネを作り、デュエルの仕事を受けられるようになったので、青眼の銀ゾンビ(ブルーアイド・シルバーゾンビ)販売のようなグレーゾーンビジネスからは足を洗う。

 

「だから金を払うのは今回まで。だけど、あんたとの関係は残しておきたい」

 

 手切れ金ではなく、今後も最低限の関係を維持しておくための20万円。

 

「……悪いが、その金は受け取れねえな」

「何? まだ払えってこと」

「いや、実は最近、新しい上司が配属された。そのヒトはセキュリティを改革しようとしているんだ。こういう賄賂をなくそうとしている」

 

 普通に考えれば、そんな上司は邪魔でしかないだろう。

 ブラックドミノシティにおいて、セキュリティが賄賂を受け取るのは常識だ。

 セキュリティという職がそれなりに人気なのも、給料自体は高くないが賄賂込みで高収入な仕事だからである。

 

「その上司を良く思ってない連中も多くてな、だから俺がそのヒトを守ってやらなくちゃならねえんだ」

「は?」

 

 遊羽の頭にハテナマークが浮かんだ。

 一瞬、この男が何を言っているのかよく分からなかった。

 所謂、意味不明である。

 

「だから俺はもう賄賂は受け取らないと決めた」

 

 正直、信じられない。

 それなりに付き合いは長いが、このセキュリティは金が大好きなはずだ。

 上司に言われたからと言って、賄賂を受け取るのをやめるとは思えない。

 

「……もしかして、その上司って女」

「馬鹿! 俺は深影さんをそういう目で見てるわけじゃねえ! あの人の理念に共感したんだよ」

 

 その上司の名前は深影というらしい。

 黙って話を聞いていた望羽がここで口を開いた。

 

「どんな理由だろうと汚職をやめるのは良いことだと思う」

 

 それは恵まれた環境で育った元トップスの少女らしい言葉。

 

「聞こうと思ってたが、この娘は何だ」

「彼女は三条望羽(みう)

 

 この際、牛尾にも奴隷杯の経緯や、女王杯に参加することを話しておいた。

 今後も頼ることがあるかもしれない以上、事情を知っておいてもらった方がいい。

 

「決闘女王になるね。まさかお前にそこまで大それた目的があったとはな」

 

 牛尾は呆れと感心が半分といった感じの態度だ。

 

「面白れえ。本選に出場できたら応援にぐらい行ってやる」

「大丈夫? 確か女王杯って観戦チケットもかなり高額だったはずだけど」

「俺はもう金にこだわるのはやめたんだ」

 

 本当に随分な変わりようである。

 アカデミアでも学生たちの間で色恋沙汰はあったが遊羽は一線を引いていた。

 目的達成のために恋愛などしている暇はなかったし、そもそも色恋への関心も薄かった。

 それは今も変わらない。

 

「あとは何だ。俺は職業柄、足を洗うと言ったのに、またデュエル犯罪に手を染めちまった奴を何人も見てきた」

 

 これまであまり見たことがない牛尾の真剣な眼差し。

 

「お前はそうなるんじゃねえぞ、クズ野郎」

 

 その言葉を最後に牛尾は背を向けて立ち去って行った。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 そして現在。

 牛尾が受け取らなかった20万が今もコートの内ポケットに入っている。

 望羽(みう)が服を欲しがるなら、この金で買おうと思ったが、いらないと言うなら別の使い道がある。

 

「食べ終わったらカードショップに行こう」

 

 特定のレアカードを入手したいならブラックマーケットが一番だが、B区のカードショップもそれなりには品揃えが良かったので覗いておく。

 まあ今回の目的はシングルカードの購入ではないのだが。

 

 歩きながら中古スマホを取り出してブラックマーケットのサイトを開く。

 セックスデーモン豚島からアンティで勝ち取った《悪魔竜ブラック・デーモンズ・ドラゴン》と《真紅眼の黒竜(レッドアイズ・ブラックドラゴン)》を出品しているので入札状況を確認するためだ。

 仲介手数料を10%とられるがカードショップで売却するより高値が付く場合が多い。

 落札されたならD区にある受け渡し所に行く必要があるが、まだ希望落札価格には到達していないようだった。

 

 数十分後、食事を終えてブラックドミノホテルの出入り口へと向かう。

 望羽と共に自動ドアを通って外に出た。

 道を歩けばデュエル犯罪者に遭遇するF区と異なりB区の治安はいい。

 B区にはセキュリティの総本部があり、駐在所もちゃんと機能していた。

 

 ブラックドミノシティにおけるデュエル犯罪発生率はA区が1%以下、B区が10%、C区が40%、D区が65%、E区が80%、F区が85%、最下層区が100%とされている。

 

 10分ほど歩き一番近くにあったカードショップに到着した。

 それなりの規模で店内も綺麗な感じだ。

 ショーケースの中にはレアカードが並んでいる。

 とりあえず望羽(みう)と一緒にそれらを見て回った。

 

 ふと、懐かしいレアカードの前で足が止まる。

 

 《桜姫(おうひ)タレイア》

 

 値段を見ると7800万円と記載されていた。

 

「そのカードをお求めですか、お客さん。当店で高額シングルカード購入する際は基本的にクレジットカード一括払いか銀行引き落とし。B区以上の市民の方なら分割払いも対応していますよ」

 

 男性の店員が話しかけてくる。

 

「《桜姫(おうひ)タレイア》は決闘女王がアカデミア在学中に使っていたカードということもあって人気が高いんですよ。もしやお客さんも決闘女王のファンですか。実は僕も彼女のファンなんですよ」

 

 それから男性店員は商品を売り込むのではなく、決闘女王がいかに美しく素晴らしいかを長々と語り始めた。

 決闘女王のファンは並みのデュエルカルトの信者以上に狂信的と言われているが、あながち間違いではないようだ。

 

「今日はパックを購入しにきたの。売り場はどこ」

「おや、そうでしたか。カードパックの売り場はこちらとなります」

 

 タイミングを見計らって話を切り上げ、望羽を連れてパックのコーナーに行く。

 そして封筒から10万取り出して望羽に差し出した。

 

「これで好きなパックを買っていいよ」

 

 望羽は一瞬、驚いたような表情を見せてから無言で首を横に振った。

 

「別に甘やかすつもりはないから。小遣いを渡すのは今回限り」

「……でも」

 

 戸惑う望羽に金を握らせてから、ショーケースに並べられたカードパックを見て回る。

 実際、これからも毎回、小遣いを渡す気はなかった。

 決闘奴隷ではなく決闘者である以上、金は自力で稼ぐべきだからだ。

 

 生活費は面倒を見るが、それ以外は自分で何とかさせる。

 デュエリストなら民間のデュエル大会に出場して賞金を得ればいい。

 表のデュエル大会であれば、子供向けの大会もあるだろう。

 裏の大会と比べると賞金額は圧倒的に低いが危険性はない。

 望羽に渡したデッキはアカデミア在学中に使用していたカードで構成されているので、C区やB区の小規模な表の大会なら十分に通用する。

 

 見れば望羽は真剣な表情でカードパックが並ぶショーケースに目を向けていた。

 カード屋に来たのだから、やはり本心ではパックを購入したかったのだろう。

 今回購入するパックで当てたカードでデッキを改造すれば、遊羽が作ったデッキではなく、望羽自身のデッキになるはずだ。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 ブラックドミノホテルの六階『6-4号室』に戻る頃には時刻は11時を回っていた。

 遊羽はベッドの上に腰を下ろしながら、購入したパックの入った袋を隣に置いた。

 昼食まではまだ時間があるので、さっそくカードパックの開封を始める。

 六パック目を開けて中身を見ていた時に手がとまった。

 

 《簡素融合(レトルトフュージョン)

 

 1000ポイントライフを払い、効果モンスターではないレベル6以下の融合モンスター1体をエクストラデッキから特殊召喚するカード。

 特殊召喚したモンスターは攻撃できず、エンドフェイズ時に破壊されるが、昆虫デッキでも採用可能なレアカードだ。

 

 問題は現在の遊羽のエクストラデッキには《完全態・グレート・インセクト》しかなく《簡素融合》に対応するカードがないということ。

 このカードを採用するならカードショップやブラックマーケットで新たにエクストラデッキの昆虫族モンスターを購入しなくてはならない。

 

 元々、女王杯までにメインデッキの強化はもちろん、エクストラデッキのカードも買い足すつもりではあった。

 決闘女王の使用するエクストラデッキのカードは上限いっぱいの15枚。

 対抗するためにはこちらもエクストラデッキのカードを増やす必要ある。

 

 思考を巡らせながらもパックの開封を続ける。

 最終的に入手したレアカードは《簡素融合(レトルトフュージョン)》のみであり、ウルトラレアカードは一枚もなかった。

 この結果自体は当たり前と言える。

 所謂超高額ウルトラレアカードは、パックを買ってもそう簡単には手に入らない。

 だからこそ1000万や1億の値段がついている。

 

「……ウルトラレアカードが当たった」

 

 自分のベッドの上でパックを開封していた望羽(みう)がそう呟いた。

 10万円でウルトラレアカードが出るというのは相当幸運だ。

 

「何のカードだった? 魔法、罠ならデッキに採用しやすいけど」

 

 或いは昆虫族なら、そのままデッキに投入できる。

 デッキに合わないカードでも、売ればシングルカードや新たなパックの購入費用に充てられるだろう。

 何にせよ、そのウルトラレアカードは望羽の好きにすればいい。

 

「売るならカードショップより、私のブラックマーケットのアカウントを使えばより高額で」

 

 望羽が表向きにしたカードを見て遊羽の言葉は止まった。

 

 《究極変異態・インセクト女王》

 星7 地属性 昆虫族

 攻撃力2800 守備力2400

 

 それはブラックマーケットで探していたウルトラレアカードの一枚。

 女王杯までには必ず入手しようと思っていた昆虫族最上級モンスター。

 だが遊羽が絶句したのは、探し求めていたレアカードが目の前にあるからではない。

 この状況に既視感を覚えたからだ。

 

「これは師匠が使って」

 

 差し出された《究極変異態・インセクト女王》を前にして体が硬直する。

 想起するのは今朝夢で見たデュエルアカデミアに在学していた頃よりも以前の記憶。

 

「……師匠?」

 

 望羽が戸惑ったような反応を見せる。

 今、自分はどのような表情をしているのだろう。

 ホテルの窓を見ようとして、思わず視線を下に向けた。

 この光景を色音が見たら、きっと失望するだろう。

 

「……いや、ありがとう、望羽」

 

 《究極変異態・インセクト女王》を受け取る。

 これで女王杯に向けての準備がまた一つ進んだ。

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