それはB区に来て一ヵ月ほど経過した頃。
望羽と共にカードショップを回っていた日の出来事だった。
偶然通りかかったのはセキュリティ総本部の前。
デュエルアカデミアと並んでB区において治安のいい場所だ。
本部にはセキュリティの中でも腕利きのデュエリストが多く勤務しており、故にこの付近でデュエル犯罪に及ぶ者はいない。
仮に薬物で正常な判断ができない輩が暴れたとしても、すぐにデュエルで拘束される。
そのセキュリティ本部の出入り口付近にマスコミたちが集まっていた。
マイクを向けられているのは一人のセキュリティだ。
グレージュのトレンチコートを着た緋色の短髪の女性。
年齢は二十代前半ぐらいに見える。
「答えてください! 犯人はまだ未成年の少年だったんですよ!」
「デュエルでの拘束は既に完了していた!」
「なのにあなたはデュエルが終わった後、犯人を射殺してしまった」
ブラックドミノシティにおいて、セキュリティがデュエル犯罪者を射殺することは殆どない。
そのようなことをしてもセキュリティ個人には何の得もないからだ。
このデュエルで全てが決まる世界において、人を射殺するためにはデュエルで勝利しなければならない。
射殺ができるということは、既にデュエルで犯人を無力化することができているということ。
検挙ノルマが未達ならそのまま逮捕すればいいし、見逃して賄賂を受け取るなら猶更生かしておかなくてはいけない。
「犯人にも権利はあるはずです!」
「ましてや未成年なら実名公開されず社会復帰することができた!」
「あなたはその機会を奪ったんですよ!」
「少年の親御さんに申し訳ないという気持ちはないんですか!」
マスコミから詰め寄られてマイクを向けられていた女性セキュリティが初めて反応した。
「ないよ。申し訳ないなんて気持ちは一切」
彼女ははっきりとした口調で言い切った。
「人殺しぃぃぃ!!」
マスコミの傍で中年のオバサンが叫び声を上げた。
「返して! 私の息子を返してぇぇぇ!」
おそらく、あのオバサンが射殺された少年の母親だ。
そんな加害者遺族の叫びを女性セキュリティは無視した。
「答えてください! あなたは今後もこのようなことをするつもりですか」
マスコミからの問いかけに対して、女性セキュリティは断言する。
「撃つよ。何度でも」
その言葉を最後に彼女は踵を返してセキュリティ本部の中へと入っていく。
「人殺しぃぃぃぃぃぃぃ!!」
加害者遺族のオバサンの叫びが周囲に響き渡った。
◇
ブラックドミノホテルの六階『6-4号室』。
購入してきたカードをベッドに並べながら遊羽はデッキの改良を始めた。
複数の店を梯子して入手したカードの中には、エクストラデッキに入れるモンスターもいる。
その一枚は《クワガー・ヘラクレス》。
以前に入手した《
効果を持たない通常モンスターであるため、エクストラデッキのカードの中では比較的安値で買えた。
「……さっきのセキュリティ本部での出来事。師匠はどう思う」
あの後、望羽が何か考えている様子だったのは知っている。
だから質問されたのは意外ではなかった。
「具体的に何が聞きたいの」
《クワガー・ヘラクレス》をエクストラデッキに加えながら問い返す。
「あの女性セキュリティは正しいかどうか」
これはまた難しいことを聞く。
あの緋色髪のセキュリティは一般的な価値観とやらに照らし合わせても賛否が分かれる存在だ。
彼女は裏のデュエル社会でも有名な存在であり、その詳細は調査してある。
本名は
通称、キラーセキュリティ。
殺人警官の異名を持つデュエリストだ。
その異名通り彼女が撃ち殺してきたデュエル犯罪者は1000人を超えており、その中には女、子供もいるという。
賄賂を払えば犯罪をもみ消してくれるセキュリティが一般的なブラックドミノシティにおいて、賄賂を一切受け取らず、それどころかデュエルに敗北して無力化されたデュエル犯罪者を射殺する女性。
普段はB区とC区を中心に活動しているが、場合によっては下層区まで出向いて犯人を射殺する。
デュエル犯罪者たちにとっては恐るべき存在として認知されていた。
「彼女が正しいかどうかは知らないけど、デュエル犯罪者を射殺する必要はないと思ってる」
思ったことをストレートに伝えた。
それを聞いて望羽は複雑そうな表情を見せる。
「……私はそうは思わない。少なくとも今回の犯人は撃ち殺されて当然だった」
テレビのニュースでも大きく取り扱っていた事件だけあって、望羽は今回射殺された犯人の少年の罪状を知っているようだ。
一般的な価値観では今回の犯人は死んだほうがいい存在なのだろう。
「多分、望羽の言っていることが正しいと思うよ」
これは遊羽自身の本質的な部分の問題。
どれだけ時間を経ても変わらない
◇
三日後。
遊羽はD区にあるブラックマーケットの交換場を訪れた。
出品していた《悪魔竜ブラック・デーモンズ・ドラゴン》と《
下層区に来るにあたって望羽はブラックドミノホテルで待機させている。
レアカードの引き渡しを行う交換所は正面が黒い板で仕切られており、互いに手元しか見えないようになっている。
装飾品の指輪をしているが、手の形状から取引相手は男性のようだった。
取引はブラックマーケット側が常に監視しているため、トラブルがあった場合は即座に対処してくれる仕組みだ。
とはいえ今回の《悪魔竜ブラック・デーモンズ・ドラゴン》と《
その帰り道、時刻は23時を回っている。
C区の裏道を通り抜けて、もうすぐB区に到着するというところで、遊羽の前にセキュリティが立ちはだかった。
トレンチコートを着た緋色の短髪の女性。
キラーセキュリティ。
「
「キラーセキュリティが何の用」
殺人警官の異名を持つデュエリストに名前を知られているというのは、裏のデュエル社会を生きる人間にとっては恐怖すべきこと。
「私は他区からB区に来た人間がいたら徹底的に調査するようにしている。君のこともよく調べたよ。
ましてやグレーゾーンビジネスの内容まで知られているなら猶更だ。
「フェイクトレード佐藤、ライヤートレーダー石岡、ファックトレード宮野、ダーティートレーダー西沢、そしてテンバイヤー山田。これまで君が青眼の銀ゾンビを売りつけた相手だ」
どうやらキラーセキュリティは青眼の銀ゾンビ販売の詳細をかなり把握しているらしい。
「共通しているのは、奴らが社会のクズであるということ。君はあれか、もしかして義賊にでもなったつもりなのか」
「義賊だったら稼いだ金は貧民にでもばら撒くでしょ。この街では悪党の方が金を持っているからターゲットにしただけ」
デュエルヤクザ、マフィア等を狙うと目的に支障が出るので、自然と子悪党を中心に青眼の銀ゾンビ販売を行った。
「最初に言っておくが私は賄賂を受け取らない。B区で同じことをしたら容赦はしないよ」
「だけど射殺する気はないんでしょ」
「……何故そう思うんだい」
こちらもキラーセキュリティについては一通り調査が済んでいる。
「あんたが射殺しているのは、捕まったら死刑が確実な凶悪デュエル犯か、デュエルで人を殺しているデュエル殺人鬼のどちらか。それ以外は捕縛で済ませてる」
数日前にセキュリティ本部前でマスコミが擁護していた犯人の少年は、最近C区を騒がせていた『ジェノサイドチャイルド鬼原』という異名を持つデュエリストだ。
C区において10人以上の女性デュエリストを決闘強姦後に殺害しており、犯罪に寛容なブラックドミノシティでも通常であれば死刑になるレベルの凶悪デュエル犯。
だが未成年である以上、デュエル少年院に送られた後、本名、顔写真などは公開されず社会復帰できるはずだった。
結果としてキラーセキュリティに射殺され、加害者でありながら被害者として本名と顔写真、C区の市民であることが公開されることになったが。
「それに私は足を洗ったから。もう青眼の銀ゾンビ販売をするつもりはない」
「君たちデュエル犯罪者はそう言っておきながら、何度でも同じことを繰り返す」
それは牛尾にも言われたこと。
「じゃあ、こうしよう。今から私とデュエルをしてもらう」
それは有無を言わさぬ申し出だった。
「君が勝ったらデュエル殺人以外の行為は黙認しよう。ただし負けたら私のB区から出て行ってくれるかい」
「そもそもB区でデュエル犯罪行為をする気はないけど」
「信用できないね。それに嫌いなんだ。デュエル犯罪者が」
夜桜
「確かに私は凶悪デュエル犯以外は殺さない。だけどそれは決して慈悲じゃない。軽犯罪者まで殺したらセキュリティにいられなくなるからだよ」
あくまで法に則ってデュエル犯罪者を裁くための線引きということか。
「心配しなくても女王杯に出場する時だけはB区に来ていい」
こちらが女王杯にエントリーしたことまで知られているようだ。
この一か月間、ブラックドミノホテルに出入りしているのだから当然か。
「悪くない条件だろう。確かめたいこともあるからね」
正直なところ女王杯への参加を邪魔しないなら、F区に戻るという選択肢もあった。
ブラックドミノホテルは快適な環境であるが、セキュリティと揉めてまで死守しなくてはいけない場所ではない。
遊羽一人だったらF区の格安デュエル宿に戻ることにしただろう。
「……セキュリティ相手だろうが、デュエリストとして挑まれたデュエルから逃げる気はない」
「理由はそれだけかい」
両者のデュエルディスクが展開され、カードプレートがソリッドビジョンによって生成される。
オートシャッフルシステムが起動して、互いのデッキが自動でシャッフルされた。
デュエルディスクによって先攻、後攻が決定される。
害虫 ――
VS
殺人警官 ―― 夜桜
「「決闘!!」」
先攻をとったのは遊羽だった。
「私のターン。モンスターをセット。更に永続魔法《大樹海》発動」
《大樹海》がフィールド場に存在する限り、昆虫族モンスターが破壊された際、同じレベルの昆虫族モンスターを手札に加えることができる。
「これでターンエンド」
「私のターン。ドロー」
引いたカードを夜桜
「相手フィールド場にのみモンスターが存在する時、このカードは特殊召喚できる。TGストライカーを守備表示で特殊召喚」
《TGストライカー》
星2 地属性 戦士族
攻撃力600 守備力0
現れたのはポリスモンスターではないチューナーだった。
セキュリティに支給されている《ジュッテ・ナイト》や《トラパート》よりも高額なウルトラレアカードだ。
「更にサムライソード・バロンを召喚するよ」
《サムライソード・バロン》
星4 地属性 戦士族
攻撃力1600 守備力1200
今度はポリスモンスター。
成程、夜桜
「サムライソード・バロンの効果発動。相手フィールド場の守備表示モンスターを攻撃表示にする」
その効果によって遊羽の場の裏守備モンスターの表示形式が変更された。
《共鳴虫》
星3 地属性 昆虫族
攻撃力1200 守備力1300
「レベル4《サムライソード・バロン》にレベル2《TGストライカー》をチューニング。シンクロ召喚! レベル6、ゴヨウ・ガーディアン」
《ゴヨウ・ガーディアン》
星6 地属性 戦士族
攻撃力2800 守備力2000
「ゴヨウ・ガーディアンで共鳴虫を攻撃。ゴヨウ・ラリアット!」
リアルソリッドビジョンの衝撃によって遊羽の体が大きく後退した。
セキュリティは原則として業務中セイフティモードをオフにしている。
インセクト遊羽 LP2400
「ゴヨウ・ガーディアンの効果発動。戦闘破壊したモンスターを私のフィールドに守備表示で特殊召喚する」
《共鳴虫》
星3 地属性 昆虫族
攻撃力1200 守備力1300
「なら私は《大樹海》効果発動。レベル3昆虫族モンスター、ジャイアント・メサイアを手札に加える。更に共鳴虫の効果でアルティメット・インセクトLV3を特殊召喚」
《アルティメット・インセクトLV3》
星3 風属性 昆虫族
攻撃力1400 守備力900
「カードを一枚セットしてターン終了」
「私のターン。ドロー。この瞬間、アルティメット・インセクトLV3の効果発動。このカードを墓地に送ることでアルティメット・インセクトLV5を特殊召喚」
《アルティメット・インセクトLV5》
星5 風属性 昆虫族
攻撃力2300 守備力900
「この効果で特殊召喚されたアルティメット・インセクトLV5が場にいる限り、相手フィールド場のモンスターの攻撃力は」
「トラップカード《迷い風》発動」
「何っ!」
《迷い風》は特殊召喚されたモンスターの効果を無効化して、その攻撃力を半分にする罠カード。
あれも本来のポリスモンスターデッキには入っていないレアカードだ。
《アルティメット・インセクトLV5》
攻撃力2300→1150
しかも《迷い風》には第二の効果がある。
前のターンにサーチした《ジャイアント・メサイア》の使用を一瞬躊躇するが、ここで防戦に回れば押し切られると判断する。
「ジャイアント・メサイアを召喚」
《ジャイアント・メサイア》
星3 地属性 昆虫族
攻撃力1200 守備力1500
「ジャイアント・メサイアの効果発動。墓地からアルティメット・インセクトLV3を攻撃力と守備力を500アップする装備カードとして装備する」
《ジャイアント・メサイア》
攻撃力1200→1700 守備力1500→2000
「装備カードを装備した守備力2000の昆虫族モンスターをリリースすることによって、エクストラデッキから完全態・グレート・インセクトを特殊召喚!」
《完全態・グレート・インセクト》
星9 地属性 昆虫族
攻撃力3000 守備力2600
「墓地にある《迷い風》の効果発動。相手がエクストラデッキからモンスターを特殊召喚した時、このカードを再度私のフィールドにセットするよ」
だがこの効果でセットされた《迷い風》はフィールドを離れた時除外されるし、このターン発動されることはない。
「バトル! 完全態・グレート・インセクトでゴヨウ・ガーディアンを攻撃。モス・ハリケーン!」
《完全態・グレート・インセクト》の竜巻攻撃によって《ゴヨウ・ガーディアン》が戦闘破壊される。
夜桜
できれば《アルティメット・インセクトLV5》で追撃したいが、《迷い風》によって攻撃力を1150に半減させられている。
一方で《ゴヨウ・ガーディアン》によって奪われた《共鳴虫》の守備力は1300。
戦闘破壊できれば相手の場にいようが《共鳴虫》の効果を発動できたのだが諦めるしかない。
「これでターンエンド」
「私のターン。まずは《迷い風》を発動。完全態・グレート・インセクトの効果を無効にして、攻撃力を半減させるよ」
《完全態・グレート・インセクト》
攻撃力3000→1500
「幻影王ハイド・ライドを召喚」
《幻影王ハイド・ライド》
星3 闇属性 悪魔族
攻撃力1500 守備力300
召喚されたのは、またしてもポリスモンスターではない、レアカードのチューナーモンスター。
「レベル3《共鳴虫》にレベル3《幻影王ハイド・ライド》をチューニング。荒ぶる獣の牙もて捕獲せよ。シンクロ召喚! レベル6、ゴヨウ・プレデター」
《ゴヨウ・プレデター》
星6 地属性 戦士族
攻撃力2400 守備力1200
「バトルといこう。ゴヨウ・プレデターで完全態・グレート・インセクトを攻撃!」
《迷い風》によって《完全態・グレート・インセクト》の効果は無効化されており、攻撃力も1500に下がっている。
《ゴヨウ・プレデター》の攻撃により《完全態・グレート・インセクト》が戦闘破壊された。
リアルソリッドビジョンの衝撃によって遊羽の体が仰け反る。
インセクト遊羽 LP1500
「ゴヨウ・プレデターの効果発動、戦闘破壊したモンスターを私のフィールド場に特殊召喚する」
「あっ!」
思わず反射的に手を伸ばしていた。
あれはライバルから託された初めてのエクストラデッキのカード。
「完全態・グレート・インセクトを攻撃表示で特殊召喚」
《完全態・グレート・インセクト》
星9 地属性 昆虫族
攻撃力3000 守備力2600
それが夜桜