切り札はゴキボール   作:白銀蟷螂

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赤馬セレナ

 写真の少女に既視感と違和感を覚えながら、遊羽は裏に来てから調査した『レオ・コーポレーション』の情報を頭の中で整理した。

 この正体不明の違和感以外にも、今の話には疑問点がある。

 

「私が調べた限りだと赤馬零王に娘はいなかったはずだけど」

 

 赤馬零王には日美香という妻がいるが、子宝には恵まれなかったそうで、この二人の間に子供はいなかったはずだ。

 この情報にも当時違和感を覚えたのだが、再度調べても結果は変わらなかった。

 赤馬夫妻は後継者として零羅という少年を孤児院から養子として引き取ったらしい。

 

「……それは」

「愛人の娘ってこと?」

 

 教師である美玲が言い淀んだのを見て察しをつける。

 大企業の社長となれば別に珍しい話でもないだろう。

 

「仕事を頼む以上、あなたには話しておきますが、他言無用でお願いします」

 

 そう前置きしてから美玲が語り始めた。

 

「赤馬零王は四人の女性と男女の関係を持ち四人の娘を授かったそうです。その内、三人の女性は子供を引き取りましたが、セレナだけは彼が面倒を見ることになった」

 

 それはブラックドミノシティにおいてはありふれた話。

 だがこの時、遊羽が感じたのはこれまでにない程の強烈な違和感だった。

 

「それでも赤馬零王が父親としての責務を果たすのであればよかったのでしょう。ですが彼は前妻との間にできた娘に夢中で、家にもろくに帰っていないと聞いています」

 

 まるで元あった物の原型を壊して、強引に同じような形の容器に押し込めたかのよう。

 

「会社も奥様に任せきりで前妻の娘を溺愛しているとか。その愛情を今の家族に向けることができなかったのでしょうか」

 

 ――ツギハギだらけの歪な世界

 

 薄暗いラボで白衣を着た女がそう呟く光景が脳裏に浮かんだ。

 年齢は20代半ば程。ウェーブのかかった黒髪の眼鏡をかけた女性。

 そこは見覚え内のない場所だった。

 少なくともデュエル孤児院の正門前で目を覚まして以降に行った場所ではない。

 

 ラボの机の上にはデュエルモンスターズのカードが並んでいる。

 

 《古衛兵アギド》《剣神官ムドラ》《古尖兵ケルベク》《宿神像ケルドウ》《ティアラメンツ・ハゥフニス》《ティアラメンツ・シェイレーン》《ティアラメンツ・レイノハート》《ティアラメンツ・メイルゥ》《ティアラメンツ・キトカロス》《ティアラメンツ・カレイドハート》

 

 全身に鳥肌が立つような感覚に見舞われた。

 デュエルアカデミアであらゆるカードの知識を習得したが、この中のカードは一枚として知らない。

 文字がぼやけてカードテキストを読み取ることはできないが、これらが常軌を逸した効果を持つカードであることは何故か理解できる。

 

 何より恐るべきことは、これらのカードが白衣の女性にとって力の一端でしかないということ。

 何故なら、周囲のテーブルには他にもたくさんのカテゴリのカードが並べられているからだ。

 

 《クシャトリラ・ユニコーン》《クシャトリラ・ライズハート》《クシャトリラ・シャングリラ》

 

 《ピュアリィ》《ピュアリィ・リリィ》《エクスピュアリィ・ノアール》

 

 《デスピアの導化アルベル》《烙印融合》《氷剣竜ミラジェイド》

 

 《聖炎王 ガルドニクス》《蛇眼の炎燐》《スネークアイ・エクセル》

 

 いずれも見たことがないテーマであり、カードテキストを読み取ることはできず、カード名も次第にぼやけていく。

 だが遊羽の体全体、言うなれば遺伝子が、これらのカードに戦慄を覚えている。

 

「ここは■■■と、その対となる■■■■が存在しない■■■の世界」

 

 これらのカードの所有者であろう白衣の女性が何か喋っているが、声にノイズがかかり全てを聞き取れない。

 一度だけ目が合った。

 その瞳の奥から感じられたのは歪な母性だった。

 

 

 

「大丈夫ですか、遊羽さん」

 

 名前を呼ばれて意識がはっきりする。

 美玲が心配そうにこちらを見ていた。

 

「酷い顔です。まずはそれを飲んで落ち着いてください」

 

 先程注文したコーヒーが手元にあったので口に流し込んだ。

 味はよくわからなかったが、熱さで完全に意識が覚醒する。

 

「……悪い、先生。もう大丈夫」

「その、少し意外です。失礼を承知で言いますが、遊羽さんはこういったことでは動じないと思っていました」

 

 それはアカデミアで三年間、遊羽を見てきた教師としての私見。

 

「全て聞いた上で赤馬零王に嫌悪すら抱かない。あなたはそういう生徒だったはず」

 

 実際、その通りである。

 流石はアカデミアで一番世話になった教師だけあって生徒のことをよく見ている。

 

「その依頼、受けるよ」

 

 元より恩師の頼みなので、余程自分に合わない仕事でなければ引き受けるつもりだった。

 それに先ほど脳裏に浮かんだ光景。

 これまで感じてきた正体不明の違和感。

 『赤馬セレナ』とデュエルすることで、それが何か分かるかもしれない。

 

「ありがとうございます。では依頼料を」

 

 言いながら美玲が茶色の封筒を取り出した。

 あの厚みだと100万円は入っている。

 

「先生には以前、卒業祝いとして《究極完全態・グレート・モス》を貰ってる。だから今回の料金はなしでいい」

 

 裏社会でのデュエルにおいて常に遊羽を支えた《究極完全態・グレート・モス》は、卒業式の日に美玲から受け取ったカードだ。

 遊羽は相手がくれるというなら遠慮なく貰う主義だが、今回は相手が恩師であることも踏まえて報酬を断ることにした。

 

「……あなたはあの日、女王杯に参加するため甘さを捨てて裏社会に行くと言った。ここで報酬を受け取らないのは、その甘さなのではないですか」

 

 全くもってその通りだ。

 アカデミアを卒業した日、甘さを捨てて目的を達成するため、これまでの人間関係を断ち切った。

 あの卒業式の日であれば、或いは裏に来た当初であれば、今回の100万円を受け取っていただろう。

 

 再び甘くなったのは望羽の影響か。

 否、それだけではない。

 ミカ、幸、明美、ついでに大瀧も。

 それは裏に来てから出来た人間関係。

 

 全ての人間関係を断ち切っても、また新たな人間関係が生まれる。

 そもそも、こうして美玲と会っているのだから、完全に人間関係を断ち切ることなどできないのかもしれない。

 その人間関係によって甘さが生じるというのなら、それを容認する。

 

「私はその甘さを容認した上で決闘女王に勝つ」

「遊羽さんの覚悟は伝わりました。ですがこの報酬は受け取ってもらいます」

 

 美玲が茶封筒をテーブルの上に置いた。

 

「今でも思っています。主席で卒業して決闘王に挑戦するのは、あなたであるべきだったと。だから私に女王杯の支援をさせてください」

 

 そう言われてしまえば断るわけにはいかなかった。

 主席を決める卒業試験の結果を遊羽は受け入れている。

 だがあの時、美玲とトップス出身の友人は激怒していた。

 まるで自分の事のように、遊羽のために本気で怒ってくれた。

 

「それじゃあ先生、今日は会えて良かった」

 

 茶封筒をコートの内ポケットにしまってから立ち上がる。

 セレナの件は一刻を争うので、すぐに仕事に取り掛かるつもりだ。

 

「先ほど甘さを指摘しましたが、それはあなたの良さでもあると思います。裏でもいい出会いがあったのですね」

 

 望羽以外の裏で出来た人間関係が一般的に良いかは不明だが、確かに遊羽としては悪くないと思っている。

 手を振ってから立ち去ろうとして、最後に一つだけ質問する。

 

「そう言えば《アギド》を知ってるよね」

「ええ、攻撃力1500、守備力1300の地属性、天使族のモンスター。戦闘破壊された時、サイコロを振って出た目の天使族モンスターを墓地から特殊召喚できますが、それが何か」

 

 それは遊羽も把握している《アギド》のステータスと効果。

 

「その《アギド》と同じような名前のモンスターに心当たりとかある?」

「同じような名前ですか」

「《アギド》の前に漢字があるような」

 

 単語を口にしようとして、先ほど脳裏を過った光景の記憶が曖昧になっていると気づく。

 白衣を着た女性の顔と、あの場にあったカードの具体的な名前が思い出せない。

 

「いえ。私の知る限りそのような名前のカードはありません」

 

 元より自信がなかったわけではないが、美玲の言葉を聞いて確信する。

 あの記憶の中のカードは一般流通していないカードであると。

 

 或いは、この世界に存在していないカード

 

 そんな漠然とした考えが頭の中に浮かんだ。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 一度望羽にメールで連絡を入れてから遊羽は下層区へ向かった。

 今回は下層区で寝泊まりしながらセレナを探すつもりだ。

 こういう時のために望羽には連絡用の携帯を持たせてある。

 

 まずはD区に到着したので酒場や裏のデュエル場を回る。

 ここは下層区の中では比較的治安がマシな方であり、いきなりデュエルを挑んでくる輩も少なく情報収集が捗る。

 

 早い段階でセレナの情報を多数の人から得ることができた。

 その理由は服装であり、何とアカデミアの制服のまま下層区をうろついているらしい。

 そんなことをすれば決闘強姦魔に襲われるのは当たり前だが、幸か不幸かセレナはそれを撃退できる実力があった。

 結果として更に危険な裏の大会へと進むことになったようだが。

 

 半日かけてD区を捜索した後、一旦宿で仮眠を四時間とってから行動を再開。

 知り合いのデュエル情報屋と連絡が付いたので10万円渡してセレナの情報を聞く。

 その情報屋によれば、現在セレナと思われる少女はF区で禁忌杯(パンドラカップ)の開催場所を探しているらしい。

 酒場で事情を知ってそうなデュエリストに片っ端からデュエルを挑んで情報を聞き出しているそうだ。

 

 E区に入って早々、決闘強姦魔の襲撃を受けたのでデュエルで撃退した。

 その後、間を置かずしてデュエル薬中から強制デュエルを挑まれたのでワンターンキル。

 流石にここまで来ると道を歩いているだけでデュエル犯罪者に襲われるようになってきた。

 

 八人のデュエル犯罪者をデュエルで倒しながらF区に到着。

 この辺りの地形は把握しているので最短で近場の酒場に向かう。

 一件目、二件目は外れ。

 三件目に向かう途中で決闘強姦魔が現れたのでデュエルで無力化。

 到着した三件目の酒場にもセレナの姿はなし。

 四件目では酔っ払いデュエリストから強制デュエルを挑まれたので撃退。

 

 五件目のデュエル酒場でようやく目的の人物を見つけた。

 青い髪を黄色のリボンで束ねたポニーテールの少女。

 写真と同じオベリスクブルーの青い制服を着ている。

 その姿を一目見た時、彼女が赤い服を着ていないことに違和感を覚えた。

 

 だが現在の状況を見たところ、服の色がどうとか言っている場合ではない。

 セレナと思われる少女は五人の男たちに取り囲まれているからだ。

 いつデュエルが始まってもおかしくない状況だと判断して、即座にその場に乱入する。

 

「あんたが赤馬セレナ?」

「そうだが、誰だ、お前は」

 

 確認がとれたので背後に視線を向ける。

 酒場の出口は塞がれていないので、今なら男たちが強制デュエルを仕掛けてくる前に、この場から離脱できるかもしれない。

 

「あん? てめえもこの小娘の仲間か」

 

 男の言葉を無視してセレナに小声で耳打ちする。

 

「私が合図したら出口から逃げるよ」

「……逃げるだと」

 

 怒りを含んだセレナの声。

 

「誰が逃げるものか! みんなまとめてやっつけてやる!!」

 

 そして彼女は意気揚々とデュエルディスクを構えた。

 思わず舌打ちを堪える。

 これまでの情報で分かっていたことだが、相当な猪武者だ。

 

「上等だぜ、小娘!」

「てめえら二人無事で済むと思うんじゃねえぞ!」

「デュエルだ! 女ども!!」

 

 こうなった以上、腹を括ってデュエルするしかない。

 依頼の内容がセレナの保護だったので逃走を優先したが、こうしてデュエルを挑まれた以上はデュエリストとして受けて立つ。

 

「おい、ちょっと待て」

 

 だがそれに静止をかけたのはリーダー格と思われる大男だった。

 

「この女、見覚えがある。そうだ、インセクト遊羽だ」

「奴隷杯で優勝したっていう害虫の異名を持つデュエリストか!」

「女でありながら、あのセックスデーモン豚島を倒した昆虫使い」

 

 どうやらこの男たちは遊羽のことを知っていたようだ。

 

「ちっ、相手が悪いな。いくぞ、お前ら」

 

 大男に促されて残りの四人も出口へと向かう。

 

「待て! まだ禁忌杯(パンドラカップ)について聞いてないぞ!」

「禁忌杯のことなら私が知ってる」

 

 とりあえずこう言っておかなくては、セレナから男たちに強制デュエルを仕掛けかねない。

 

「何! そうなのか。だったら早く教えろ!」

 

 男たちの一人が振り返ってセレナを睨みつけたが、五人ともそのまま酒場から出て行った。

 F区にいる中では、まだ理性的なデュエリストたちのようだ。

 

「とりあえず私たちも店を出るよ」

 

 こうして騒ぎになった以上、この場に留まるのは得策ではない。

 出口に向かうとセレナもその後をついてきた。

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