ブラックドミノホテルの階段を遊羽は駆け下りていた。
悠長にエレベーターを待っている時間はない。
一階に到着したので、すぐに出口へと向かう。
エントランスホールに着いた時、肥満気味の中年男性が出口を塞いだ。
「ちょっと待ってもらえるかな、
無視して通り過ぎようかと思ったが要件だけは聞くことにする。
このタイミングで現れた時点で望羽の件に関与しているのは間違いない。
「僕は堂本春男。プロデュエリスト協会の会長をしている者だ。念のためホテルの入り口を監視していたが正解だったね。どうやら君は三条望羽の危機に気づいているようだ」
首謀者がプロデュエリスト協会の会長だったと判明した。
「強制デュエル中は通信機器を使うことができないはずだが、三条望羽のデュエルディスクに保護機能でもつけていたのかな。まったく用心深いことだ」
この全てがデュエルで決まる世界において、強制デュエルを仕掛けられた側のデュエリストは外部と通信を行うことができなくなる。
故に決闘強姦魔や決闘殺人鬼に襲われたデュエリストはデュエルに勝利しなくてはセキュリティに通報することができない。
「三十秒以内に要件を伝えて。時間を過ぎたら私は行くから」
相手の目的が時間稼ぎならそれに付き合う必要はない。
「ふむ、できればデュエルで拉致してからこの条件を出したかったのだが仕方ない。女王杯を棄権してくれないか。そうすれば三条望羽の身の安全は保障しよう」
「何であんたが私を棄権させようとするわけ」
プロデュエリスト協会の会長から恨まれることをした覚えなど一切ないはずだ。
「ぐしゃぐしゃに握り潰された君の参加者リストを見つけたんだよ。それをやったのは決闘女王だ」
おそらくその言葉は嘘ではないだろう。
「どうやら決闘女王にとって君は目障りな存在らしい。だから僕が排除することにしたんだよ。きっと決闘女王はお喜びになるはずだ」
どうやら決闘女王の指示ではなく、堂本春男が自発的にこの行動に及んだようだ。
実際、彼女のやり方にしては手緩過ぎる。
「実行犯に使ったのは龍堂院麗華という女でね。君に相当な恨みを持っているようだったよ。君と一緒にいる三条望羽にもね」
成程、プロデュエリストとは全く関係がない人間を使えば、この件がどうなろうと堂本春男が罪に問われることはないというわけか。
「デュエルが終わったら三条望羽は相当酷い目に合わされるだろう。今、君が女王杯を辞退するなら龍堂院に連絡してデュエルを止めてもいい」
「……悪いけど論外。その要求は断る」
それだけ言うと遊羽は堂本春男の横を通り抜けた。
望羽が危険に晒されているなら、セキュリティには通報するし助けにも行く。
だが女王杯を棄権する気はない。
そもそも今の三条望羽は決闘奴隷ではなく決闘者であり、自らに危険が及ぶならデュエルで対処しなくてはならない。
それがデュエリストとしての正しいあり方。
要求を呑んでデュエルを止めるのは、デュエリストである望羽とデュエルそのものに対する冒涜だ。
それでも一瞬だけ迷いが生じた。
――師匠、あなたは生きてください。
頭に浮かんだのは守ることができなかった少女の姿。
望羽は彼女ではない。そんなことはわかっている。
その思考を一旦打ち切った。
今は目の前のことに集中するべきだ。
ホテルの前に停車していたデュエルタクシーに声をかけて乗り込む。
前払いで5万円を運転手に渡すのがこの街では常識だ。
また行先はB区かC区内に限られる。
「どちらまでご利用で?」
「とりあえず
運転手に10万円を握らせてから遊羽はそう指示を出した。
◇
三条望羽 / LP4000
VS
龍堂院麗華 / LP4000
二体のブルーアイズモンスターを前にして望羽は体を強張らせた。
《真青眼の究極竜》
星12 光属性 ドラゴン族
攻撃力4500 守備力3800
《青眼の白龍》
星8 光属性 ドラゴン族
攻撃力3000 守備力2500
このターンは《レインボー・ライフ》を発動しているのでライフポイントを失うことはないが、それでもプレッシャーは大きい。
「ほほ、バトルですわ! 青眼の白龍で裏守備モンスターを攻撃! 滅びのバーストストリーム!!」
《ゴキポン》
星2 地属性 昆虫族
攻撃力800 守備力800
《青眼の白龍》の攻撃によって、セットしていた《ゴキポン》が戦闘破壊された。
「ゴキポンの効果発動。戦闘によって破壊された時、デッキから攻撃力1500以下の昆虫族モンスターを手札に加える。私が選択するのは代打バッター」
《ゴキポン》の効果で《代打バッター》を手札に加える。
「まさかトップス出身者でありながら昆虫族なんて気持ち悪い種族を使うとは。
「師匠を悪く言わないで。それから昆虫族は気持ち悪くなんてない」
怒りを含んだ口調ではっきりと言う。
「師匠? まさか
龍堂院麗華が冷笑した。
「わたくしはこれでターンエンド。真青眼の究極竜と青眼の白龍。二体のブルーアイズをあなたごときでは、どうすることもできないでしょう」
「私のターン、ドロー」
確かに現状、望羽の手札の中にこのブルーアイズモンスターを倒せるカードはない。
「墓地の《超進化の繭》の効果発動。ゴキポンをデッキに戻して一枚ドロー」
一先ず《レインボー・ライフ》のコストとして墓地に送った《超進化の繭》で手札を補充する。
「モンスターをセット。カードを一枚伏せてターンエンド」
「ほほ、防戦一方とは! やはり格が違うようですわね。わたくしのターン、ドロー!」
引いたカードを龍堂院麗華がそのまま発動した。
「《サンダー・ボルト》発動!」
セレブ流の十八番《サンダー・ボルト》によって望羽の場のモンスターが一掃される。
「代打バッターの効果発動。手札から共鳴虫を守備表示で特殊召喚」
《共鳴虫》
星3 地属性 昆虫族
攻撃力1200 守備力1300
「足掻いたところで無駄ですわ。バトル! 青眼の白龍の攻撃! 滅びのバーストストリーム!」
《青眼の白龍》の攻撃によって《共鳴虫》が戦闘破壊される。
「共鳴虫の効果発動。二体目の共鳴虫を守備表示で特殊召喚」
《共鳴虫》
星3 地属性 昆虫族
攻撃力1200 守備力1300
「だったら真青眼の究極竜で攻撃ですわ! ハイパー・アルティメット・バースト!!」
《真青眼の究極竜》の攻撃で《共鳴虫》が一瞬で消滅する。
「共鳴虫の効果発動。三体目の共鳴虫を守備表示で特殊召喚」
《共鳴虫》
星3 地属性 昆虫族
攻撃力1200 守備力1300
「どこまでもしつこいですわねぇ。そんな雑魚どれだけ出したところで、わたくしのブルーアイズの前では無力ですわ」
「無力かどうかはあなたが決めることじゃない」
「ふん、強がりを。わたくしはターンエンドですわ」
「私のターン、ドロー」
引いたカードを見て望羽はほのかに微笑んだ。
「私は速攻魔法《鈍重》を発動。フィールドのモンスター1体の攻撃力をその守備力分だけダウンさせる。対象とするのは《真青眼の究極竜》」
《真青眼の究極竜》
攻撃力4500→700 守備力3800
「なっ!? わたくしの究極モンスターの攻撃力が!」
「共鳴虫を攻撃表示に変更してバトルフェイズ。共鳴虫で真青眼の究極竜を攻撃」
《共鳴虫》の体当たりによって、《鈍重》で地面に埋まっていた《真青眼の究極竜》が木端微塵に砕け散った。
龍堂院麗華 LP3500
「よ、よくもわたくしの究極をそんな雑魚モンスターで」
「私はカードを二枚セットしてターンエンド」
「許しませんわ。わたくしのターン、ドロー。サファイアドラゴンを攻撃表示!」
《サファイアドラゴン》
星4 風属性 ドラゴン族
攻撃力1900 守備力1500
「バトルですわ! 醜い虫けらを青眼の白龍で攻撃! 滅びのバーストストリーム!」
《青眼の白龍》の光線によって《共鳴虫》が木端微塵に粉砕される。
リアルソリッドビジョンの大きな衝撃によって望羽は後方に吹っ飛んだ。
三条望羽 LP2200
「おほほほほ! あなたの小柄な体では2000に近いダメージは相当負担が大きいようですわね」
高笑いする龍堂院麗華を無視して立ち上がる。
この程度の痛み、師匠は何度でも経験してきたはずだ。
だったら弟子である自分も、こんな痛みに負けるわけにはいかない。
「それに伏せてある二枚のカードも発動しないところを見るとハッタリでしたか。所詮、
「共鳴虫の効果発動。代打バッターを守備表示で特殊召喚」
《代打バッター》
星4 地属性 昆虫族
攻撃力1000 守備力1200
「ふん、戦意喪失しておけばいいものを。面倒ですわね。ならサファイアドラゴンで新しい虫けらに攻撃」
《サファイアドラゴン》の攻撃によって《代打バッター》が戦闘破壊される。
「代打バッターの効果発動。手札からインセクト女王を攻撃表示で特殊召喚!」
《インセクト女王》
星7 地属性 昆虫族
攻撃力2200 守備力2400
「ほほ、最上級モンスターを出せたようですが、わたくしのブルーアイズには到底及びませんわ」
「インセクト女王の効果。自分の場の昆虫族の数だけ攻撃力を200ポイントアップ」
《インセクト女王》
星7 地属性 昆虫族
攻撃力2200→2400 守備力2400
「それでも攻撃力はわたくしの青眼の白龍の方が上ですわ。ターンエンドでしてよ」
「私のターン、ドロー」
引いたカードを望羽はそのまま発動する。
「フィールド魔法《ガイアパワー》を発動」
《ガイアパワー》はフィールド場全ての地属性モンスターの攻撃力を500アップして、守備力を400ポイントダウンするフィールド魔法。
《インセクト女王》
星7 地属性 昆虫族
攻撃力2400→2900 守備力2400→2000
「小細工をして尚、わたくしのブルーアイズの攻撃力には届かないようですわね」
「私はこれでターンエンド」
「ほほ、おほほほほほほほほほほほほ!!」
突如として龍堂院麗華が大声で笑い始めた。
「所詮は子供ですわね。この場面でプレイングミスをしていましてよ。モンスターを守備表示にするのを忘れてますわ」
確かに望羽は《インセクト女王》を攻撃表示にしたままエンド宣言をしていた。
「今更後悔しても遅いですわ。わたくしのターン、ドロー。バトルですわ!」
引いたカードを使用せず龍堂院麗華がバトルフェイズに移行する。
「青眼の白龍の攻撃! 滅びのバーストストリーム!」
《青眼の白龍》の攻撃が《インセクト女王》向けて放たれる。
この瞬間を望羽は待っていた。
「永続トラップ《DNA改造手術》」
「なっ!? 小娘ごときが罠カードを! ですが墓地の真青眼の究極竜を除外すれば、ブルーアイズモンスターを対象とする効果を無効にすることも」
「《DNA改造手術》は種族を宣言して発動する永続罠カード。フィールド場のモンスターは宣言した種族になる。私が宣言するのは昆虫族」
これで現在場にいる全てのモンスターは昆虫族になった。
「ほほ、何かと思えば種族なんて変えても意味がありませんわ」
「最初に説明した。インセクト女王の攻撃力は場の昆虫族の数だけアップする」
「え……?」
呆然とする龍堂院麗華。
《青眼の白龍》と《サファイアドラゴン》の二体が昆虫族になったことによって《インセクト女王》の攻撃力は更に400アップした。
《インセクト女王》
星7 地属性 昆虫族
攻撃力2900→3300 守備力2000
「返り討ちにして、インセクト女王! クイーンズ・ヘル・ブレス!!」
《青眼の白龍》の光線が《インセクト女王》の溶解液によって押し返される。
そのまま溶解液を浴びた《青眼の白龍》はドロドロに溶けて破壊された。
龍堂院麗華 LP3400
「こんな醜い昆虫の化け物にわたくしの青眼の白龍が力負けするなんて。ですが、わたくしにはまだこのカードがありましてよ。リバースカードをセット」
自信満々な様子で龍堂院麗華が魔法、罠ゾーンにカードをセットする。
「わたくしはターンエンド」
「この瞬間、インセクト女王の効果発動。相手モンスターを破壊したエンドフェイズにインセクトモンスタートークンを攻撃表示で特殊召喚する」
《インセクトモンスタートークン》
星1 地属性 昆虫族
攻撃力100→600 守備力100→0
「昆虫族が増えたことでインセクト女王の攻撃力アップ」
《インセクト女王》
星7 地属性 昆虫族
攻撃力3100→3300 守備力2000
「ほほ、好きなだけ攻撃力を上げればよろしくてよ」
「更に二枚目の伏せカード《砂塵の大竜巻》を発動。あなたがセットしたカードを破壊」
「は……?」
《砂塵の大竜巻》によって龍堂院麗華が伏せたカードが破壊される。
「わ、わたくしの《聖なるバリア -ミラーフォース-》が」
「私のターン、ドロー。インセクトモンスタートークンをリリースしてナチュル・スタッグをアドバンス召喚」
《ナチュル・スタッグ》
星6 地属性 昆虫族
攻撃力2200→2700 守備力1500→1100
「バトル、ナチュル・スタッグでサファイアドラゴンを攻撃」
《ナチュル・スタッグ》によって《サファイアドラゴン》が戦闘破壊される。
龍堂院麗華 LP2600
「あ、あり得ませんわ。わたくしがこんな小娘に」
「ナチュル・スタッグをリリースして、インセクト女王でプレイヤーにダイレクトアタック」
《ナチュル・スタッグ》をバリボリと喰らうことで《インセクト女王》の攻撃準備が整う。
《インセクト女王》
星7 地属性 昆虫族
攻撃力3100→2900 守備力2000
「クイーンズ・ヘル・ブレス!!」
《インセクト女王》の直接攻撃を受けて龍堂院麗華の体が宙を舞った。
そのまま失禁して黄色くなったパンツを丸出しにしながら地面に落下する。
龍堂院麗華 LP0
元トップス市民同士のデュエルに決着がついた。
ここでバイクに乗った男性のセキュリティが現れる。
望羽はその男に見覚えがあった。
「ほぉ、やるじゃねえか、嬢ちゃん。まさか龍堂院の令嬢を倒してしまうとはな」
「あなたは、牛尾」
牛尾哲。彼がここに来たのは偶然ではないとすぐに理解できた。
続けてこの場に一台のデュエルタクシーが到着する。
降りてきた女性を見て、望羽は顔を綻ばせながら駆け寄った。
「師匠!」
優しく抱き留めて頭を撫でてくれる。
それだけで幸福感が溢れた。
「俺がデュエルするつもりだったが、その手間は省けちまったらしいな」
パンツ丸出しで地面に転がる龍堂院麗華に近寄った牛尾がポケットから手錠を取り出す。
「な、何ですの、あなたは。セキュリティごときが、わたくしに何の用で」
「龍堂院麗華。お前を逮捕する」
銀色の手錠が四大企業元令嬢の手首にかけられた。