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ライフポイントこそ大きく上回っているものの遊羽は劣勢であった。
色音が召喚した《紅葉の女王》は《森》と装備魔法《魔菌》の効果で攻撃力を2300まで上昇させている。
そして現在の遊羽のデッキで2300の攻撃力を出せるモンスターはいない。
元の攻撃力はもちろん、装備魔法とフィールド魔法を絡めても攻撃力2300を出すことができないのだ。
遊羽のデッキにも上級モンスターはいるが攻撃力1800以上のカードはない。
デュエル孤児院の子供たちの間において、攻撃力1800の上級モンスターはかなり貴重な存在である。
1000枚以上のカードを集めた色音だからこそ、当たり前のようにデッキに投入しているのだろう。
「紅葉の女王で吸血ノミを攻撃!」
上級モンスター《紅葉の女王》によって、現時点の遊羽のデッキにおける最強カード《吸血ノミ》が戦闘破壊された。
癲狂院遊羽 LP3250
「私はこれでターンエンド。あなたのデッキの中身は知らないけど、この攻撃力を上回るモンスターがいるとは思えないわ。勝ち目がないならサレンダーしたらどう?」
「サレンダーはデュエリストとして最も恥ずべき行為だ。私はそんなことしない」
遊羽の言葉に色音は僅かに首を傾げる。
「負けが決まったデュエルを守備表示でダラダラ引き延ばす方が恥ずべき行為じゃないかしら。見ている人のストレスにもなって、デュエルのエンタメ性が損なわれるわ」
「だったら猶更サレンダーする必要はないね。だって私にはまだ勝ち目が残っている」
圧倒的優位を確信していた色音の笑みに僅かな影が差す。
「私のデッキには一枚だけこの状況を逆転して勝負を決められるカードが入っている」
「その言い方だと手札にはないのね」
「まあね」
既に色音はエンド宣言をしているため隠す必要もない。
「果たしてあなたに引くことができるかしら?」
「引いてやるさ。私のターン」
遊羽はデッキに手をかける。
「ドロー!」
そして引いたカードを見て薄く笑った。
手にしたカードをそのまま攻撃表示で場に出す。
「レッグルを召喚!」
《レッグル》
星1 地属性 昆虫族
攻撃力300→500 守備力350→550
「なんだ、あの雑魚モンスターは!」
「これは色音様に対する事実上の敗北宣言なのでは」
「サレンダーはしたくないから、負けるために、わざと攻撃力の低いカードを出したということか」
Eクラスの男子たちが的外れなことを言っているが色音の顔から笑みは消えている。
やはり杠葉色音という少女はデュエリストとして優秀なようだ。
男子たちと異なり色音はこのレッグルの効果を把握しているのだろう。
「レッグルには特殊能力がある」
効果モンスター。
それは特殊な能力を持つモンスターである。
デュエル孤児院で配布されるカードはその殆どが通常モンスターだが、カードパワーが低いものに限り効果モンスターも多少は混ざっている。
「このカードは相手の場にモンスターがいる場合でも、プレイヤーに直接攻撃することができる」
デュエルモンスターズにおいて初期のライフポイントは4000であり、攻撃力300程度のダイレクトアタックは普通なら大したダメージにならない。
むしろ返しのターンにレッグルが戦闘破壊されれば、与えた以上のダメージを受ける可能性が高いだろう。
だが現在の状況においてレッグルの特殊能力はこの上なく効果的であった。
杠葉色音の残りライフポイントは350。
そして《森》によって攻撃力が上昇した《レッグル》の攻撃力は500。
「バトルフェイズ! レッグルでプレイヤーにダイレクトアタック!!」
遊羽の攻撃宣言によって《レッグル》が《紅葉の女王》を通り抜けて色音に嚙みついた。
杠葉色音 LP0
決着はついた。
だがこの場がすんなり収まりそうにない気配を遊羽は感じていた。
デュエルディスクを構えて遊羽に敵意を向けているEクラスの男子たちが原因だ。
「色音様、安心してください」
「次は俺たちがデュエルします」
「必ずプリンを手に入れて見せます」
山岸の取り巻きと異なり主人に反旗を翻すでもなく、Eクラスの男子たちの色音に対する敬意は健在。
すぐにでも遊羽にデュエルを挑んできそうな勢いだ。
「その必要はないわ。デュエルに負けたのだから、見苦しい真似をする気はありません」
そう言って色音は遊羽に1枚のカードを投げ渡す。
《フライングマンティス》のカードだ。
「あなたの勝ちよ、遊羽。けど一つ言っておくわ。私のデュエル戦略は決して間違っていない」
一見すれば色音がエンタメを重視してモンスターを守備表示でセットする局面でも攻撃表示で出し続けてライフを減らした結果《レッグル》の直接攻撃で勝負が決まったこのデュエル。
「私の敗因はレッグルのような直接攻撃系のモンスターに対処する戦術を用意していなかったこと」
確かに《レッグル》に対して罠カード等で対処できていれば勝敗は変わっていたかもしれない。
相手が召喚した攻撃力500以下のモンスターを破壊する罠カード《ねずみ取り》ならデュエル孤児院でも流通している。
「行きましょう、沙良。ごめんなさい、プリンを手に入れられなくて」
「いえ。大丈夫、姉さん。気にしないで!」
どうやらプリンを食べたがっていたのは妹、沙良だったらしい。
プリンを手に入れられなかった姉を責めるようなこともなく、励まそうとする沙良。
仲のいい姉妹であることが見て取れる。
遊羽は《フライングマンティス》のカードに視線を落とす。
それをデッキに加えてから、机の上のプリンに目を向けると手に取った。
「おい!」
そしてFクラスの教室から立ち去ろうとしている色音たちを呼び止める。
振り向いた色音に遊羽は持っていたプリンを投げ渡した。
「どういうつもり?」
プリンを受け取った色音であるがその表情は険しい。
「そのプリン、あげる」
「……あなたはデュエルの結果を軽視するような人には見えないわ」
僅かに間を置いてから色音の口から出たのはそんな言葉。
「私がいつデュエル軽視をした。そのプリンは勝者である私の物だし、自分の物をどうしようと持ち主の自由でしょ」
単にプリンを食べる気分じゃなくなっただけだと付け加える。
「私を憐れんで施しをするつもりなら不愉快だわ」
どうやら表情が険しい理由はそちらのようだ。
「男に1000枚以上カード貢がせといて何を今さら」
「彼らは私自身の実力によってファンにした。そのファンからカードを受け取るのは何ら恥ずべき行為ではない。でも、このプリンは違う」
「まあ確かに、私はファンではないね」
だけど、と遊羽の言葉は続く。
「私はあんたの友達なんでしょ」
「……ええ、認めましょう。あなたを対等な友人と」
ですが、と色音は言葉を続ける。
「対等な友人であるなら猶のこと施しを受けるわけにはいかないわ」
「あんたのプライドが高いところ、けっこう面白いと思うけどさ、そのプリン自分で食べるわけじゃないんだよね」
自分のためにプリンが欲しかったのであればプライドを優先すればいい。
だがそうではないのなら取るべき行動があるはずだ。
「……そうね。その通りだわ」
言いながら色音は妹の沙良にプリンを手渡す。
「あなたには一つ借りができたわね。もうすぐ昼休みも終わるし、一先ずこの場は失礼するわ」
それだけ言うと色音は踵を返した。
妹、沙良もペコリと遊羽に頭を下げると色音の後についていく。
杠葉姉妹に続いてEクラス男子三人も出て行ったことで、この騒動は終わりを迎えることとなった。
◇
夕食後、真帆と共に自室に戻った遊羽はルームメイトの一人から手紙を渡された。
差出人は杠葉色音。
その内容は真帆と共に指定された部屋に来るようにというものだ。
昼間のリベンジでもするつもりなのか。
それならば受けて立つ所存であった。
デュエリストとしてデュエルから逃げる気はない。
真帆を連れて指定された部屋に向かう。
到着後、ドアのノブを捻ってそのまま中へ入った。
「ノックぐらいはしてほしいわね」
そう言う色音に慌てた様子はない。
遊羽が誘いに乗ってくるとわかっていたのだろう。
隣にいる妹の杠葉沙良も落ち着いている。
部屋の内装は遊羽が元いた部屋とは随分異なっていた。
子供用のシングルベッドが4つあり、その隣には勉強用の机。
クローゼットやタンスも設置されており、ベッド以外何もない就寝のための最低限の設備しかない元の部屋とは随分異なっていた。
「この廊下一列にある部屋だけは全部この造りになっているそうよ。何でもテレビの取材の際に撮影で使うらしいわ。あとはデュエル孤児院の公式サイトに掲載する画像もこの部屋だと聞いたわね」
あの四段ベッドに子供を寝せるのは体裁が良くないため、デュエル孤児院が用意したのがこの部屋というわけか。
「子供たちの間では古参が使うのが暗黙の了解らしいけど、私はこの部屋をデュエルで勝ち取った」
色音の実力であればそれも可能であろう。
彼女は単に多くのカードを持っているだけではなく高いデュエルタクティクスを有している。
「私は他人を自分のパーソナルスペースに入れたくなかったの」
遊羽は十六人部屋に抵抗はなかったが、色音はそうではなかったようだ。
「こういう部屋がなければファンの男子たちに丸々一部屋空けさせるつもりだったわ。あの4段ベッド1段を2人か3人で使うこともできるでしょう」
デュエル孤児院の4段ベッドは上の段の子供に危険性が伴う反面、成人男性用なだけあって1つの段に2人か、無理をすれば3人の子供が寝ても耐久性に支障はないと思われた。
色音はあの時点で21人の男子をファンにしたと言っていたので、男子たちを調整、移動させれば16人部屋を丸々あけることも可能だ。
「それに何より信用できない人間を沙良が寝ている傍に置くのも嫌だったわ」
おそらくはそれが一番の理由。
「それで私たちを呼んだ理由は何?」
腕につけたデュエルディスクを軽くかざす。
デュエルの誘いなら受けて立つという意思表示。
「今はあなたとデュエルする気はありません。まだデッキの改良も済んでいないもの。言ったでしょう、私の敗因はレッグルに対処できる戦術を用意していなかったことだと」
デュエルをするならばデッキを改造してからということか。
ならば何のために色音は自分たちをこの場に呼んだのか。
「私の要件は二つ。一つ目はこれよ」
そう言って色音は20枚ほどのカードの束を遊羽に差し出した。
受け取って中身を確認すると、それは昆虫族のカードだった。
どれも攻撃力1000以上でデュエル孤児院の基準なら中々に強力なカードが揃っている。
「昼間も言ったけれど、私は施しを受けない。だからプリンはそのカードとトレードします」
それは色音のプライド。
「そう、なら貰っておくよ」
遊羽としても断る理由がないためカードを受け取る。
「二つ目の要件はあなた達をルームメイトとして歓迎したいと思ったの。せっかくの四人部屋に二人しかいないのは寂しいでしょう」
口でそう言いつつも、色音の口調から寂しさは感じられない。
おそらくはこれも妹のためなのだろう。
「自分たち姉妹以外の人間を入れたくないんじゃなかったの?」
「あなたと、あなたのファンであるその子なら信頼できると判断したわ」
遊羽としてはこちらも断る理由はない。
高いプライドと妹への思いやりを兼ね備えた杠葉色音という少女がルームメイトになるのは面白そうだからだ。
それに元の部屋に不満があったわけではないが、環境が良い部屋に移れるならそれに越したことはないだろう。
一応、真帆に目を向けると、真帆は小さく頷いた。
「オッケー、これからよろしく、色音」
「こちらこそ、よろしく頼むわ、遊羽」
遊羽が差し出した右手を色音が手に取って握手が成立した。