女王杯、特別観客席。
二回戦、第三試合が始まるまでのインターバルに自席に戻った遊羽は神妙な面持ちのセレナに声をかけられた。
「その……済まなかった」
謝罪を受ける心当たりがないため遊羽は首を傾げる。
「以前、デュエルした時、お前の使う昆虫族モンスターを悪く言ってしまった。そのことを謝りたい」
そう言えば《究極変異態・インセクト女王》に対して無性に腹が立つと言っていたのを思い出す。
あとは《寄生虫パラノイド》を見た時も顔を顰めていた気がする。
「究極変異態・インセクト女王と寄生虫パラノイド。その二枚は彼女たちから託されたカードだと聞いた」
幸と望羽の方を向きながらセレナが言う。
成程、それで今になって謝ろうと思ったわけか。
おそらく試合中に何かしらの形で話題になったのだろう。
「まぁ、昆虫族が苦手な女子は多いから別に気にしてないけど」
ただ「気持ち悪い」や「嫌い」ではなく「腹が立つ」というリアクションは珍しいと思ったのを覚えている。
「いや、種族が苦手とか、そういうわけではないんだ」
セレナの口調には戸惑いが含まれていた。
自分でも不快である理由が思い当たらないといった様子だ。
「こっちの観客席は随分と賑やかそうじゃねえの」
そう言いながら近づいてきた男性を見て遊羽は目を僅かに細めた。
「あんたは……レイプデビル叡傲」
ブラックドミノシティ二大決闘強姦魔、強姦魔王の異名を持つデュエリスト、
この場で強制デュエルでも仕掛けてくるのかと、デュエルディスクを装着した腕に力がこもる。
「おいおい、そう身構えるんじゃねえよ。別にレイプをしにきたわけじゃねえさ」
「だったら何しに来たの?」
決闘強姦魔が強姦以外でここに来る理由が全く思い当たらない。
「いや、俺の特別観客席には誰もいなくて退屈なんでね。どうせなら、こっちで試合観戦しようと思ったのさ」
女王杯において選手は敗退後も特別観客席にて試合を観戦することができる。
許可さえあれば、他の選手の特別観客席を使用することも可能だ。
「はん! ふざけんじゃないわよ! この決闘強姦魔!」
声を上げたのは幸だった。
「ここには小さい女の子や学生もいるのよ」
立ち上がった幸が望羽やセレナを庇うように前に出るとデュエルディスクを構える。
「これ以上、近づくなら私が相手をするわ」
「へぇ、てめえは地獄姉妹か。裏ではそれなりに有名みたいだが、怯えてる女相手じゃ、暇潰しにもなりそうにねえな」
叡傲の指摘を受けて幸が悔しそうに唇を噛む。
実際、幸の体は僅かに震えているようだった。
過去に幸たち姉妹が父親から凌辱を受けていたことは、以前デスティニーランドに遊んだ時に聞いている。
並みの男性デュエリストならともかく、二大決闘強姦魔相手には恐怖を抑えきれないのだろう。
「おい、
遊羽は幸を守るように両者の間に割って入った。
「私の友達に手を出すな」
はっきりとした口調で警告する。
「友達? あの悪名高い地獄姉妹が? まさかとは思うが、そっちの血生臭い二人も友達だとか言わねえよな」
ミカと射亜に目を向けながら叡傲が言う。
「少なくとも私はこの場にいる皆を友達だと思ってる」
それは遊羽にとって嘘、偽りのない本音。
一般的な価値観とは異なる発言だとしても、これだけは包み隠すことなく言葉にした。
「くひひ、だったら俺とも友達になってくれや」
別にレイプデビル叡傲に対して嫌悪感があるわけではない。
むしろ遊羽とは真逆の理念を持つこの男をけっこう面白い奴とも思っている。
その上で友人になりたいという言葉に対する返答は決まっていた。
「あんたは
両手をクロスさせてバツを作りながら拒否する。
おそらくはこれが一般的な女性として正しい行動。
「……そうかい。やっぱ、てめえはキュークツな狂人だわ」
残念さと嬉しさが混じったような半笑い。
「ま、確かに女と強姦魔が友達になるのはセツリに反してるかもしれねえわな」
本人なりに何か思うところでもあるのか、あっさりと引き下がった。
「友達じゃない奴を私の観客席に座らせる気はない」
「オーケー、オーケー。だったらこっちに座るとするぜ」
叡傲が腰かけたのは遊羽の特別観客席の一つ隣、一回戦の相手だったプロデュエリスト、鈴木三郎の特別観客席だった。
観客はおらず鈴木三郎自身も一回戦が終わった後、どこかに行ってしまったので十五席全てが開いている。
「鈴木三郎が戻ってきたら、あんたを追っ払うように言ってもらうから」
「あのプロデュエリスト、もう帰っちまったんじゃねえのか」
この男は鈴木三郎同様、決闘女王の刺客をしていたので事情を知っているのかもしれない。
まぁ、この決闘強姦魔の口から決闘女王について何か聞こうとは思わないが。
「私からも警告しておくよ、決闘強姦魔」
黙ってこの場を静観していた射亜がここで口を開いた。
「君がこの場にいる女性に手を出そうとした瞬間、私と強制デュエルをすることになる」
デュエルディスクと拳銃をちらつかせながら射亜が叡傲を威嚇する。
隣にいる牛尾も叡傲に対して睨みを利かせていた。
「くひひ、キラーセキュリティ。あんたとのデュエルなら暇潰しになりそうだが、生憎と俺はこの街がけっこう好きなんでね。セキュリティに手を出せばブラックドミノシティでの生活がキュークツになっちまう」
「そんなに暇潰しがしたいなら、
死ぬか不具者になれと射亜が言外に含ませる。
「馬鹿! 幾ら何でも暇潰しで人を殺したり足を切断したりする気はねえよ! 非人道的過ぎる」
あくまでも
「俺は人間ってのは好き勝手に生きるのがセツリだと思ってるが、だからこそ、そんな寝覚めが悪くなるような真似をする気はねえのさ」
「そうか。君を射殺できないのが残念だよ」
不快感を含んだ口調でそう言った後、射亜が叡傲から視線を外した。
「しかし、まぁ何だ。ここの観客席の面子は随分カオスだな。地獄姉妹とキラーセキュリティ、デュエルヤクザ、それに噂に聞くヘルカイザー亮までいるじゃねえの」
叡傲に視線を向けられてヘルカイザー亮も反応を示す。
「……貴様はレッドアイズを使うのか」
「そうだぜ。こいつは俺の相棒だ」
叡傲がデュエルディスクから《
「俺みたいな決闘強姦魔がレッドアイズを使うのが不満か」
「何?」
「いや、随分と不快そうにしてるように見えたんでね」
確かに遊羽もそのように感じた。
普段から険しい顔つきをしているヘルカイザー亮だが、叡傲が《真紅眼の黒竜》をかざした時、表情が更に険しくなった気がする。
「何だ、レッドアイズを使うお友達でもいるのかい」
決闘強姦魔が友人と同じカードを使っているから不快になったという可能性。
「……いや、俺の知り合いにレッドアイズを使うデュエリストはいない」
ヘルカイザー亮の言葉に遊羽は強烈な違和感を覚えた。
彼の友人関係を知らないにもかかわらず、根拠もなく間違っていると感じたのだ。
そして言った本人であるヘルカイザー亮も、自身の発言に戸惑っている様子だった。
「まあいいさ。ところで次の三回戦、随分と暇潰しができそうな大物に当たったじゃねえの」
遊羽にとってデュエルは暇潰しではないが、大物という部分には同意する。
「何せヨーロッパ無敗の貴公子サマだ」
シュレイダー社の若社長であり、
ヨーロッパの頂点に君臨するデュエリスト。
ジークフリード・フォン・シュレイダー。
三回戦にして
◇
ブラックドミノシティA区、ネオユグドラシルコーポレーションの地下室にて、白衣を着た女がモニター越しに女王杯を見ていた。
年齢は20代半ば程。ウェーブのかかった黒髪の眼鏡をかけた女性だ。
「あの失敗作が三回戦を勝ち進めば、いよいよ本命、私の最高傑作である娘と当たる」
白衣の女にとって女王杯という大会自体はどうでもよかった。
重要なのは準決勝における自分の娘同士のデュエル。
そこでかつて孤児院に捨てた失敗作と現時点における最高傑作のデュエルが行われる。
「無論、勝敗は初めから決まっているけどね」
デュエルをするまでもなく勝利するのは最高傑作の方だと断言できる。
どちらの娘にも■■者である自分の遺伝子と初代原作主人公である■■■■の遺伝子が配合されているのは同じ。
だが残りの三分の一は異なる原作キャラの遺伝子であり、その遺伝子に致命的なまでの差があるのだ。
「重要なのはデュエルの内容。最終的に負けるにしても、その過程においてどの程度のデュエルができるのか。あの失敗作が今後の計画において使えるのか見極めるとしよう」
仮に使えないと判断すれば、今度こそ殺処分する。
元よりデュエリスト計数が一定水準に達しなかった時点で粉砕ミキサーに放り込んで処分するつもりだったのだ。
この異常にデュエルを重視する世界においても、デュエルディスクとデッキを持たない赤ん坊の頃であれば、デュエルをすることなくミンチにできる。
だが最高傑作である娘からの懇願を受けて、仕方なく記憶を奪ってから急速成長させた上で孤児院に放逐という温情をかけてやった。
「ツギハギだらけの歪な世界、この間違った遊戯王の世界は滅びなくてはならない」
それは白衣の女が■■した当初から持ち合わせいる思い。
こんな主人公もその最大のライバルもおらず、デュエルが暴力の手段として横行している世界は間違っている。
こんな世界は自分の■■先として相応しくない。
「だがその滅びは無駄にはならない。この世界を燃料にして私は正しい遊戯王の世界を創造する」
それこそが■■者である白衣の女の二つの最終目的の内の一つだった。
結果としてこの世界の生き物は全て死に絶えるが、それは致し方ない犠牲だ。
白衣の女は立ち上がってから巨大なガラス管の前に移動した。
「そのためにも、まずはこの男を目覚めさせたいところだね」
ガラス管の中には逆立った髪をした褐色肌の男が沈黙している。
それは原作において闇マリクと呼ばれている男だった。
他の原作キャラのようなこの世界産ではなく、原作世界において■■■■に敗北した後の魂をサルベージしてガラス管の中で生成した新たな肉体に収めた合成作品だ。
通常の■■者であれば、闇マリクは敵となる存在だが、白衣の女の目的と彼の破壊衝動、両者の利害は一致している。
闇マリクを起動することができれば、この世界を破壊する先兵にすることができるだろう。
彼に与えるデッキも既に用意してある。
《ラーの翼神竜》《ラーの翼神竜-球体形》《ラーの翼神竜-不死鳥》《古の呪文》《ゴッド・ブレイズ・キャノン》《真なる太陽神》《千年の啓示》《暗黒の魔再生》《太陽神合一》《ラーの使徒》《ガーディアン・スライム》《神・スライム》《リアクター・スライム》
これらはいずれもこの世界には存在しない、白衣を着た女が■■する前の世界から持ち込んだカードだった。
《ラーの翼神竜》は原作と随分効果が違うが、闇マリクなら問題なく使いこなすことができるだろう。
だが案の定というべきか、肉体を生成して魂を入れても闇マリクは目覚めない。
ピースが足りていないのだ。
計画を進める過程で闇マリクを覚醒させる手段は得られる。
「果たしてあの失敗作は私の崇高な目的の役に立つことができるのか。それを女王杯準決勝で判断するとしよう」
白衣の女は椅子に腰かけながらモニターに視線を戻した。
「おっと、その前に三回戦があるか。相手はジーク・ロイド、いやジークフリード・フォン・シュレイダーだったね」
■■者である白衣の女はジークフリード・フォン・シュレイダーのことをよく知っている。
「あんな失敗作でも私が腹を痛めて生んだ娘なんだ」
いっそ試験管の中で作った娘であれば、殺処分ではなく初めから有効利用することを考えた。
だが白衣の女に与えられた■■■能力は、自身の子宮で初代原作主人公の遺伝子とこの世界には存在しない原作キャラの遺伝子をランダムで合成して子供を産む能力。
それ故に毎回、腹を痛めながら計画遂行のために子供を産んできた。
そんな苦痛の末に産んだ子供が外れガチャだった時は殺処分したくもなる。
「間違っても没落貴族ごときに負けてくれるなよ」
白衣を着た女はシニカルに笑った。