一年後
デュエル孤児院の談話室のソファーで遊羽は寛ぎながらテレビを見ていた。
右隣には真帆、左隣りには色音と沙良がいる。
遊羽の手にはテレビのリモコンが握られていた。
本来、テレビのリモコンの操作はもちろん、ソファーに座るという行為も、デュエル孤児院に来て一年の子供がしていい事ではない。
流すテレビの番組を決めるのはデュエル孤児院の古参、年長の子供に限られており新人はソファーではなく床に座らされるはずだった。
実際、この談話室に来た当初、遊羽たちもそうするように言われた。
だが色音と共に偉ぶっていた古参をデュエルで倒すことによって、それらの問題を解決した。
この世界は全てがデュエルで決まる。
現在のデュエル孤児院における子供のツートップが遊羽と色音であった。
両者の関係は対等であり、どちらが一番でどちらが二番とは決まっていない。
今回デュエルで勝利してチャンネルを確保したのは遊羽であったが、トータルの勝ち数は色音の方が二回多い。
現在見ているのは、デュエル大会のテレビ番組であった。
番組内で対峙しているのは二名のデュエリスト。
一人はリチャードという男性のプロデュエリスト。
アメリカのプロデュエリスト業界では実力者とされる男性だ。
しかし、そのプロデュエリストのライフポイントは既に500であり、フィールドのモンスターもいない。
ライフでも盤面でもプロデュエリストが劣勢だった。
そして二人目。
このプロデュエリストを追い詰めている男こそ、遊羽のお目当て。
チャンネル権をデュエルで勝ち取ってこの番組を視聴している理由。
「オラオラオラー! 早くカードを出しな!」
画面内でプロデュエリストに恫喝じみた口調でプレイを急かすこの男性。
頭にアメリカ国旗のバンダナを巻いた賞金稼ぎ。
その名をキース・ハワード。
『盗賊』の異名を持つ全米チャンピオン。
通称、バンデット・キースというデュエリストであった。
サイバー流で言うところのリスペクトデュエルの精神を欠片も持ち合わせない遊羽が唯一リスペクトするデュエリスト。
それが、このキース・ハワードという男性だ。
端的に言うなら遊羽はバンデット・キースのファンである。
「ガンキャノンショット!」
キースのエースモンスター《リボルバードラゴン》の攻撃でリチャードのライフポイントが0になる。
プロデュエリストに何もさせることなくバンデット・キースは勝利した。
ショックのあまりその場で蹲るリチャード。
バンデット・キースは対戦相手を徹底的に叩きのめすプレイスタイルをとっており、キースに負けたデュエリストの中には二度とカードに触れなくなった者もいるという。
だがそういった点も含めて遊羽はキース・ハワードという男をリスペクトしていた。
デュエルに負けてカードに触れなくなったとしても、それは負けたデュエリストの自己責任であり、キースに一切非はない。
「相変わらず、あなたはこの男のファンなのね。少し妬けるわ」
ツンと唇を尖らせながら、若干つまらなそうな口調で色音が言った。
「いつかあなたをこの男ではなく私だけのファンにしたいわ」
「今でも色音のデュエルはけっこう好きだけどね」
遊羽にとってデュエルは真剣勝負であるが、だからといって色音のエンタメデュエルを否定する気はない。
バンデット・キースが唯一無二のリスペクトするデュエリストであるなら、杠葉色音は一番のライバルであり、そして唯一無二の親友であった。
Fクラスのクラスメイトを中心にそこそこ友人はできたが、親友と呼べるのは杠葉色音ただ一人だ。
「番組、終わったみたいだからチャンネル渡してもらっていいかしら」
差し出された色音の手にチャンネルをポンと渡す。
そもそもチャンネル権を賭けて色音がデュエルした理由は、妹の沙良が見たがっていたデュエルアイドルの番組を観るためだったはず。
案の定、色音がチャンネルを操作すると、画面がデュエルアイドルの番組に切り替わった。
「言っておくけど、この番組を観たかったのは沙良だけではなく、私もよ」
「へぇ、デュエルアイドル好きなんだ」
遊羽としては少し意外だった。
「私の場合、デュエルアイドル個人が好きなわけではないわ。私が目を付けたのはデュエルアイドルという存在のファンに対する支配力よ」
確かにデュエルアイドルのダンスやデュエルに合わせて、大勢のファンが光る棒のようなものを振って尋常ではない様子で応援している。
見方によっては、これはファンを支配しているということになるかもしれない。
デュエルアイドルに左程興味はなかったが、せっかくなので最後まで番組を視聴することにした。
◇
翌日
本日は月に一度のカードパック配布の日だった。
無論、配布されるのは開封済みの3パックであるが、それでもデュエル孤児院の子供にとっては新しいカードを入手できる貴重な機会だ。
所持するカードが増えることによって戦略の幅が広がるのがデュエルモンスターズというカードゲームである。
そして現在、デュエル孤児院の子供全員が体育館に集められていた。
「いつもは教室で配布してるのに、何で今日に限って体育館だと思う?」
「さあ、思い当たる理由がないわね」
色音が首を傾げる。
初回こそ、体育館でデュエルディスクと共にカードパックの配布が行われたが、あれは遊羽がFクラスに配属される前であり、クラスが決まって以降は各教室で毎月カードパックの配布を受けていた。
「何かサプライズがあるんでしょうか」
少しだけ期待している様子の真帆。
「そうだといいね」
真帆に同意する沙良。
それから少ししてデュエル孤児院の職員が壇上に立った。
見たことのない男性の職員であり、おそらくは新人だろう。
「本日からここに赴任することになった石野です。まず、君たちには謝らなくてはいけない」
石野と名乗った新人の職員は子供たちの前で大きく頭を下げた。
「これまでのパック配布において、この施設では許されない事が行われていた。あのような行いはデュエリストとして恥ずべき行為だ」
とても憤った口調の石野。
傍にいる他のデュエル孤児院職員二人は忌々し気な目で石野を睨みつけている。
「私は内部告発も辞さないという意思を院長に伝えた。結果、今後君たちには未開封のパックが配布されることとなった」
正直なところ真帆や沙良のようにデュエル孤児院に期待はしていなかった。
だが、今回ばかりは二人が正しかったということになる。
これは相当なサプライズだ。
「今後はデュエル孤児院の授業にもメスを入れていくつもりだ。子供に質問も許さず、ただ形式的な授業を進めるだけの教育なんて間違っている」
どうやらこの石野という新人職員はブラックドミノシティでは激レアなタイプの人間らしい。
「それじゃあ列を作ってくれ。これからパックを配布する。ほら、他の先生方もお願いします」
露骨に顔を顰めていたデュエル孤児院の職員二人、その内一人に至っては聞えよがしに舌打ちをしてから渋々カードの配布に加わる。
前方から順にカードが配られ、列の真ん中ぐらいにいた遊羽にも未開封の3パックが手渡された。
カードを出そうとして、まずはパックを破って開封しなければならないことに気づく。
バリっと音を立ててパックを開けた。
遊羽にとってそれは初めてのカードパックの開封であった。
結果として遊羽の配布された3パックの中にウルトラレアカードはなかった。
多少落胆したが仕方のないことではある。
そもそもウルトラレアカードはそう簡単に出るものではない。
その確率が0ではなくなっただけ今後の期待が持てるというもの。
それに、これまでは手に入れられなかったカードなら入手することはできた。
その中でも遊羽のデッキに即座に採用できそうな昆虫族は2枚。
1枚目は《ギロチンクワガタ》。
攻撃力1700の昆虫族モンスターであり、攻撃力1500より上のカードを全てレア抜きの際に回収されるデュエル孤児院の環境では入手不可能だったカードだ。
今後はメインアタッカーとして活躍するだろう。
2枚目は《代打バッター》。
攻撃力こそ1000だが、このカードの真価は特殊能力にある。
破壊された際、レベルに関係なく手札の昆虫族を特殊召喚する効果モンスター。
使い方によっては《ギロチンクワガタ》よりも有用なカードであるが、惜しむべきは遊羽のデッキには《代打バッター》で特殊召喚するのに適したモンスターがいないことだ。
《代打バッター》の能力を最大限に生かすには最上級モンスターを特殊召喚するのがベストだが、レベル7以上の最上級モンスターを持っていない。
そもそも最上級モンスターはデュエル孤児院の職員によって全部抜かれていたので、デュエル孤児院の子供たちの間では1枚も流通していなかった。
遊羽のデッキに入っている上級モンスターは攻撃力1500の《ヘラクレスビートル》と攻撃力1600の《ハンタースパイダー》のみ。
《代打バッター》で特殊召喚を狙うなら、この2枚が候補となる。
「さて、真帆はどうだった」
後ろに並んでいた真帆を振り返る。
手に持っていたカードを見て、真帆は小刻みに震えていた。
「師匠……私、レアカードが当たりました」
言いながら真帆が見せたカードは表面が光った正真正銘のウルトラレアカード。
それも昆虫族の最上級モンスター。
《インセクト女王》であった。
《インセクト女王》
星7 地属性 昆虫族
攻撃力2200 守備力2400
攻撃力2000越えというデュエル孤児院基準では破格のパワーを誇るモンスター。
しかも、このカードの真骨頂は特殊能力にある。
フィールドの昆虫族の数だけ攻撃力を200アップするという、まさに昆虫の女王に相応しい能力を有していた。
「おめでとう、真帆」
欲しいと思わなかったわけではない。
このカードを手にしたのが真帆以外の者なら容赦なくデュエルを挑んでアンティでカードを入手しただろう。
だが真帆に対してそれをする気はなかった。
その理由は一つ。
昆虫族を好きになりたいと、かつて真帆が言ったからだ。
真帆が単なる友人であれば、デュエルでカードを入手することに躊躇いはなかった。
デュエルで勝利してカードを勝ち取るのはデュエリストとして正当な行為だからだ。
だが昆虫好きから昆虫カードを取り上げることはできない。
「師匠、どうぞ受け取ってください」
だからこそ《インセクト女王》を差し出した真帆に対して一度だけ聞き返す。
「知ってるよね。私は相手がくれると言って差し出した物は遠慮なく貰う」
少なくとも遊羽は遠慮を美徳とは微塵も思っていない。
デュエル孤児院で一年間を共に過ごした真帆なら、そんな遊羽の在り方も知っているはずだ。
「その上で一度だけ聞く。本当にいいの?」
《インセクト女王》があればデュエリストとして、もっと上を目指すことができる。
デュエル孤児院から抜け出して、アカデミアの特待生になるチャンスもあるかもしれない。
その機会を手放していいのか、と言外に含ませる。
「はい!」
一切の迷いなく真帆が言った。
「恩返しがしたいとずっと思っていました。あなたがいたから、私はデュエリストになれた」
かつて山岸からアンティで入手したカードの大半を遊羽は真帆に渡した。
山岸のカード39枚より《インセクト女王》の方が圧倒的に価値は上であり、トレードとしてはつり合っていない。
だが真帆が言いたいのはそういう事ではないのだろう。
「それに師匠は最強の昆虫族使いなんです。このカードも師匠が持っていた方が、いっぱい活躍できます」
真帆の差し出した《インセクト女王》のカードを遊羽は受け取った。
聞き返すのはあくまで一度のみ。
くれるというなら遠慮なく貰うのが遊羽の主義。
「ありがとう」
その上で真帆の瞳を見ながら感謝を伝えた。
同時に、このカードに相応しいデュエリストにならなければならないとも思った。
「インセクト女王、いいカードね」
遊羽たちと同じくパックの開封を済ませた色音が上機嫌な口調で話しかけてきた。
「だけど、レアカードを手にしたのはあなただけではないわ」
そう言って色音が表向きでかざしたのは《落とし穴》のカード。
相手が召喚した攻撃力1000以上のモンスターを破壊できる強力なレアカードだ。
「これでデュエルアカデミアに特待生として編入するというプランが現実的なものとなったわ」
無論、《落とし穴》だけではデュエルアカデミアの編入試験で上位四名に入ることはできないだろう。
だが今後、レア抜きされていないパックが配布され続けるなら、デッキにおけるカードパワーの水準を大きく上げることができる。
「色音、私もデュエルアカデミアへの入学を目指すことにしたよ」
受け取った《インセクト女王》に相応しいデュエリストになる上で、どうするべきか考えた上でそう判断を下した。
デュエリストとして上を目指すのであれば、デュエルアカデミアを目指すのが正道だ。
「私も師匠と一緒にデュエルアカデミアに行きたいです」
「姉さんと一緒にアカデミアを目指したい」
このままデュエル孤児院が正常化して、子供たちに十分なレアカードが行き渡る環境ができれば四人でデュエルアカデミアを目指すのも不可能ではないだろう。
「カードが行き渡ったようだね。それじゃあAクラスから順に教室に戻ってくれ。私はこれからデュエル孤児院をもっと良い方向に改革していく」
壇上に戻っていた新人職員の石野がそう締めくくって、この場は解散となった。
デュエル孤児院の子供たちにとって大きな希望が見えた瞬間である。
その一週間後、石野はデュエル孤児院を懲戒解雇された。
数々の汚職の証拠が見つかったとされており、その中には市の予算で配布されたパックからレアカードを抜いているという不正もあったという。
翌月に配布されたパックはフェミニズムやポリティカル・コネクトネスに配慮する等の理由で開封済みになっていた。