クイーンドームの一室。ブラインドの下ろされたVIP観戦ルームにスーツを着た三十代半ばの男性が入室した。
エリートプロ栄一。
現在のBランクプロの中で最も強いと称されるデュエリストであり、女王杯Aブロックにおける決勝進出者だ。
Aブロックの参加者は全員がVIP参加枠で出場したBランクプロデュエリストで占められており、エリートプロ栄一もその一人だった。
「お呼びですか、決闘女王。丁度良かった。僕も話があったんですよ」
現在、室内にいるのは栄一と決闘女王の二人だけ。
「それなら貴方の要件から聞きましょう」
「どうも。一つ提案があるんですがね、仮に僕が優勝して女王戦をすることになった時、八百長をしたいのですが、どうでしょう」
「具体的には?」
「1000万円払って貰えれば、わざと負けますよ」
栄一の目的は決闘王になるチャンスを放棄して金を得ること。
「もちろん普通にデュエルしても九割、いや99%は女王が勝つでしょう。プロデュエリストではアマチュアには勝てない」
他のプロデュエリストが口にしたがらない事実を栄一はあっさりと認める。
「ただ僕は他のBランク連中と違って紙束ではないデッキを持っていてね」
言いながら栄一はデッキから一枚のカードを抜き出して表向きにした。
《冥界の魔王 ハ・デス》
星6 闇属性 悪魔族
攻撃力2450 守備力1600
「女王と比べれば劣りますが、それなりのレアカードで僕のデッキは構成されている。一般的なBランクのゴミ共みたいなデュエル幼稚園児にも劣る、下手をすればデュエル孤児院の親なし共にすら負けるカスデッキではないってことですよ」
実際、栄一のデッキはこの街のデュエリストの中では平均よりやや上程度の強さはあった。
「こうなるとマグレで僕が勝つ可能性も1%ぐらいはあるかもしれない。それを0%にしておきませんか。1000万円なんて、あなたには大した金額じゃないはずだ」
栄一の話を決闘女王は表情を変えることなく聞いている。
「女王もご存じでしょうがプロデュエリスト協会はもう終わりですよ。それで他のゴミ共は自暴自棄になってデュエル犯罪行為に走る輩もいるみたいだが、僕は奴らと違って余裕があってね」
栄一もBランクプロデュエリストである以上、貰っている給料は他のプロと同じく薄給だが、それは彼にとって左程重要なことではなかった。
「僕はB区の一等地に住んでいる。トップス市民ほどじゃないにせよ、親が金持ちなんですよ。このデッキのレアカードも大半はババア、ああ、母親から貰うお小遣いで買ったんだ」
これなら薄給だろうと、或いは無給だろうと関係ない。
「それに実家暮らしなら食費も生活費もかかりませんからね」
エリートプロ栄一はデュエル子供部屋おじさんと呼ばれる人種だった。
「もちろん稼いだ給料を家に生活費として納めるような真似はしてませんよ。だってそれはアド損でしょ。ライフポイントを無駄に払うようなものだ。そんな行為はデュエリストとしてするべきではない」
生活費とライフポイント。
一見すれば、そこに関連性は皆無。
「親が死んだら遺産は僕の物になるけど相続税を払わなくちゃならない。それなら親が生きてる間は親の金で生活すれば、その分払う相続税を減らすことができる。もちろん自立なんて論外だ。そんなことしたら余計な家賃や生活費、税金がかかる。実家暮らしで生活費は一切家に入れない。これが真のデュエリストのやり方ですよ」
栄一にとってそれは必然的なロジックだった。
「最近じゃプロデュエリスト狩りが行われているそうですが、僕が住んでるのはB区の一等地。セキュリティもちゃんと仕事してるので危険性は低い」
万が一、不良デュエリストに襲われても、栄一の実力であれば迎え撃つことができる。
「余裕のない連中って哀れですよね。生活が苦しくてレアカードを売却するから、どんどんデッキが弱くなる。サービス残業させられても文句を言えずに引き受けるしかないから、金だけじゃなく時間の余裕もない。僕はそんな哀れなゴミ共とは違う」
これまで栄一はサービス残業や面倒な仕事は全て断ってきた。
その結果、時間に余裕が生まれ、空いた時間で自分が所持しているカードの効果を読み解き、デッキを不自由なく回せるようになった。
「親が金持ちなんでプロデュエリストなんていつ辞めても良かったんですよ。こういう強気な態度で普段から振舞ってたら堂本も対応を変えてきてね。実はSランクプロにならないかと誘われたこともあるんだ」
プロデュエリスト協会のリーグ戦に参加するのはAランク以下のプロデュエリストであり、Sランクプロはプロデュエリスト協会における幹部的な立ち位置の存在。
裏では堂本春男のデュエル犯罪行為の片棒を担いでいた連中だが、堂本と共に一斉検挙された。
「でも断りましたよ。だって犯罪行為なんてしなくても親の金があるからね。結果的に奴らは全員刑務所行き、やはりリスクなんてとるもんじゃない」
栄一にとって金は親からお小遣いとして貰えるものであり、真面目に働いたり、犯罪行為をしてまで手に入れる物ではなかった。
「ただせっかくプロデュエリストなんてやってるんだから、多少は旨い汁を吸いたかったんでね。堂本の頼み事を聞くことはありましたよ。主なお仕事は堂本春男を公の場でバッシングすること」
エリートプロ栄一は世間一般では良識のあるプロデュエリストとして有名だ。
テレビ番組などでも堂本春男を批判して、プロデュエリスト協会の体制を正すべきだと訴えてきた。
「女王ならご察しかと思いますが、こうすることでプロデュエリスト協会にも多少は自浄作用があると大衆にアピールできるわけですよ」
堂本春男に不満がある他のプロデュエリストたちのガス抜きも兼ねたパフォーマンス。
「あとは他のBランクプロの動向を堂本に伝えるスパイの真似事も少々ね。そんな感じで上手く立ち回って、ボーナスを貰ったりしてたんですよ」
栄一は《冥界の魔王 ハ・デス》のカードを自慢げにちらつかせる。
このレアカードは仕事の報酬として堂本から受け取ったものだ。
「ただ勘違いしてほしくないんですが、僕は別に下らないパフォーマンスやスパイ活動、そして今提案している八百長をどうしてもしなくちゃいけないわけではない。どっちでもいいんですよ。断られたところで親の資産があれば仕事やデュエルをせずに生きていける」
実家が裕福であることがエリートプロ栄一の最大の強みだった。
「プロデュエリスト協会が潰れるのは僕にとっては都合がいい。これまではババアが働けと煩いからプロデュエリストをしてましたが、この機会にデュエル子供部屋おじさんからデュエルニートにランクアップしようと思いましてね」
デュエルニートとは労働やデュエルを放棄して親の金で引き籠り生活する若者の総称だ。
近年ではB区の裕福な家庭を中心に増え続けており、トップス市民にもアカデミア卒業後、デュエルニートになる者が多数いるという。
「世間じゃデュエルニートが批判されてますが、上の連中からすれば税収が減るんだからバッシングもするでしょうや。そして働かないと生きていけない連中にとっては羨ましいんでしょうね。だからDチューブではデュエルニートがざまぁになる動画がウケている」
デュエルニートは親が死んだ後、まともに生活できなくなるというが、栄一からすれば的外れな指摘でしかなかった。
「資産を管理することができれば、デュエルニートは一生働かずに豊かな生活を送れる。ちょっと考えればデュエル幼稚園児でもわかることだが、大半の連中はそれを認めたくないんでしょう。親ガチャ外れの下民どもは、親ガチャ当たりのデュエルニートを妬まずにはいられないわけだ」
散財して破綻するデュエルニートも一定数は存在するだろうが、栄一はこれまでプロデュエリスト協会で上手く立ち回り続けてきた男。
現在の資産額であれば、一生労働とデュエルをせずに引き籠り生活ができると確信している。
「大体、税金がまともな使われ方をしてない以上、デュエルニートになって可能な限り納税額を減らすのは当然のこと。デュエル選挙の投票に行ったり、デュエルデモに参加するより、よっぽど有益な行動だ」
社会情勢を理由にデュエルニートになることを正当化する。
「少なくとも前会長の堂本や現会長とその参謀、ダイヤモンド金剛みたいに裏金を貰ってデュエル犯罪に手を染める輩よりはマシだと思いませんか。僕なんてあの連中に比べればよっぽど善良な人間ですよ」
より酷い人間を引き合いに出すことで自らを肯定した。
「それに万が一マグレで女王に勝って決闘王になっても、そんなの面倒なだけだ。デュエルキングの知名度を生かせば仕事も取りやすいんでしょうが、僕はもう労働もデュエルもしたくないんですよ。デュエルキングなんかよりデュエルニートの方がいい」
この杠葉色音という女は決闘女王の仕事だけでなく、デュエルアイドル活動を積極的に行い莫大な金を稼いでいるようで、おそらく栄一の何十倍、何百倍、或いはそれ以上の資産を保有しているのだろう。
だが栄一からすれば羨ましくも何ともなかった。
たかが金のために日々労働やデュエルをするなんて面倒でしかないからだ。
金なんて一生働かずにそれなりの生活ができる金額の資産があればそれでいい。
「話が長くなりましたが、僕の提案に対するお返事を聞かせてもらえますか」
「お断りするわ。決闘女王には何人たりとも勝てないもの」
冷淡な口調で決闘女王、杠葉色音が言った。
「だけど1000万は支払いましょう。その代わりあなたには決勝戦前の特別試合に参加してもらいます。その試合で勝ったデュエリストがAブロックの決勝戦進出者になる」
「……成程、僕はもう用済みってわけですか」
プロデュエリスト協会で小狡く立ち回ってきたこともあり、その程度のことを察する能力はある。
「ははは、確かにプロデュエリストごときが天下の女王杯の決勝戦に出るなんて身分不相応。大会の名に傷がついちまうってわけか。はは、決闘女王、あの堂本を手玉に取っただけあって怖い女だ」
元からプロデュエリストの誇りなどない栄一は愉快そうに笑った。
「了解です。特別試合に参加しましょう。これでデュエルニートになる前の臨時収入1000万円ゲットだ」
大金が手に入ることが決まり浮かれる栄一。
「ただ先ほども言いましたが僕は他のBランクのゴミ共とは一線を画すデュエリスト。だからマグレで特別試合を制してしまうかもしれませんよ。そしてマグレで決勝の対戦相手、確か癲狂院とかいう名前だったかな。そいつを倒して優勝してしまうかもしれない」
デュエルに運の要素がある以上、その可能性はあると栄一は考えている。
「その時は八百長の話、もう一度検討してくださいよ」
上機嫌な態度で栄一はVIP観戦ルームを後にした。
「お前ごときが
嫌悪感を含んだ口調で決闘女王、杠葉色音はそう呟いた。
「二の矢を用意しておいて良かったわ。まさか準決勝でサレンダーする選手がいるなんて」
ユウミというデュエリストの行動は決闘女王にとっても想定外だった。
未知の青眼を使用していたことも含めて謎の多い女だが、最後の行動は完全に意味不明だ。
敗北が確定したわけでもないのにサレンダーするなど、五億円の参加費を払った大会の準決勝でとる行動ではない。
とはいえ今は、あの謎の女のことは捨ておく。
重要なのは決勝戦だ。
癲狂院遊羽に差し向けるべく用意した二人目の刺客。
金で動くタイプの人間だったので、レイプデビル叡傲に比べて御しやすい男だった。
Bブロックの準決勝がサレンダーで終わった今、プロデュエリストが一方的に負ける予定調和のワンサイドゲーム、塩試合の決勝になることだけは避けなくてならない。
そういう意味では癲狂院遊羽に関係なく、特別試合のゲストとして招いた男は必要な存在と言える。
「遊羽、あなたはあの男のファンだったわね」
嫉妬を含んだ声色で口元を歪めながら言う。
「彼に倒されるのであれば本望でしょう」
ブラインドの閉じた薄暗い部屋で決闘女王は妖艶に笑った。
◇
特別観客席にて遊羽は試合を観戦していた。
現在行われているのはサプライズの特別試合。
この試合の勝者がAブロックにおける決勝進出者になるとのことだ。
デュエル場にいる一人はエリートプロ栄一。
現在のプロデュエリスト協会において一番強いデュエリストと言われている男だ。
事実として堂本春男とSランクプロがいなくなった現プロデュエリスト協会に所属するデュエリストの中で最強なのは間違いなさそうだった。
他のBランクプロが持っていないようなレアカードを多数所持しており、Aランクプロのように自身のカードの効果を把握していないプレイングでもない。
『リボルバー・ドラゴンの攻撃! ガン・キャノンショット!!』
エリートプロ栄一 LP0
その最も強いプロデュエリストが、対戦相手の男性に手も足も出ずワンターンキルされた。
エリートプロ栄一の対戦相手の場にいるのは頭と両手が銃口になった機械の龍だ。
《リボルバー・ドラゴン》
星7 闇属性 機械族
攻撃力2600 守備力2200
鋼鉄の拳銃龍を従えるのはアメリカ国旗のバンダナを頭に巻いてサングラスをかけた無精髭の男性だった。
その男のことを遊羽はよく知っている。
元全米チャンピオン。
かつて全米一のカード・プロフェッサーとして名を轟かせた賞金稼ぎ。
盗賊の異名を持つデュエリスト。
キース・ハワード。
それが女王杯の決勝戦における対戦相手だった。