切り札はゴキボール   作:白銀蟷螂

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part8

 五年後

 

 癲狂院遊羽、十四歳。

 このデュエル孤児院に来てから六年が経過しており、デュエルアカデミア高等部の編入試験を翌年に控えていた。

 

 結局、石野が懲戒解雇されたことによって、デュエル孤児院で配布されるパックはこれまで通りレア抜きされるようになり、希望は潰えたかと思われた。

 だが色音はデュエルアカデミアへの特待生枠での入学を諦めておらず、それは遊羽も同様であった。

 新しくレアカードがパックで配布されることがなくなったとしても、一度は未開封のパックが3パックずつ子供たちに配布されたのだ。

 言い換えるのであれば、それは一定枚数のレアカードが子供たちの間で流通したということでもある。

 

 この五年間、一部の子供たちの間ではアンティルールによるレアカードの奪い合いが行われてきた。

 特待生としてデュエルアカデミア行きを志望していたのは遊羽たちだけではなかったということ。

 色音のように元から野望があったのか、レアカードが一定数出回ったことによって希望を見出したのか。

 最終的にレアカードやパワーの高いカードの大半は遊羽と色音の手に渡った。

 

 授業を終えて自室に戻る途中、談話室のテレビが目に入る。

 流れているのはデュエル番組であり画面内ではプロデュエリスト同士がデュエルしていたが、遊羽は興味なさげに視線を外して、そのまま談話室を通り過ぎた。

 

 この五年でプロデュエリスト業界は大きく変化した。

 エンタメデュエルを推していた派閥の代表が、プロデュエリスト協会の会長となったことで、デュエリストの腕ではなくエンタメが重視されるようになった。

 一時はそのエンタメデュエルが流行となり盛り上がったものの、結果としプロデュエリスト業界のデュエルの質の低下を招くことになった。

 加えて、そのエンタメの質も色音から言わせれば二流であるとのことだ。

 

 実際、同じエンタメデュエルでも現在はデュエルアイドル業界の方が圧倒的に人気である。

 腕の良かったプロデュエリストたちは、大半が別業界や企業のお抱えデュエリストに転職するか、賞金額の高い民間の大会、或いはリスクこそあるがそれ以上に賞金の出る裏の大会へと移行した。

 

 ――デュエルの力を信じないなら、デュエル番組なんて止めろ。

 

 そう言ってプロデュエリスト業界を去っていった一人のプロデュエリストがいたが、彼の言葉はこの未来を暗示していたのかもしれない。

 現在のプロデュエリストはデュエルの腕もエンタメも二流の集団と言っても過言ではなかった。

 デュエルアカデミア初等部の子供たちのアンケートでは、人気職ナンバー1がデュエルアイドルであるのに対して、不人気職ワースト3にプロデュエリストがランクインしている。

 子供の目から見ても今のプロデュエリスト業界はつまらないのだろう。

 

 とはいえテレビをあまり見なくなった理由はプロデュエリスト業界の衰退だけではない。

 遊羽がリスペクトする唯一無二のデュエリスト、バンデット・キースが表舞台から姿を消したためだ。

 バンデット・キースが表の大会に出なくなった理由を端的に言うならデュエルに負けたから。

 単にデュエルに負けただけなら表舞台から消えたりはしない。

 だがそのデュエルの相手が素人であったら話は別だ。

 

 バンデット・キースはテレビ中継された大規模な大会で素人の女子、通称おませな女の子に敗北した。

 おませな女の子側にはハンデとして白衣を着た女性のアドバイザーがついていたが、そんなことは素人に負けたことの言い訳にはならない。

 そのデュエル以降、バンデット・キースは『おませな女の子に負けたヒト』などと不名誉なあだ名をつけられ表舞台を去ることとなった。

 

 バンデット・キースが敗北する瞬間はテレビで見ていた。

 だがそのデュエルを見た上で、遊羽のキースに対する評価は左程下がらなかった。

 それは単にファンだからという理由ではなく、デュエルそのものに違和感を覚えたからだ。

 このデュエルで全てが決まる世界において、デュエリストはイカサマをすることは法則として出来ない。

 そしてバンデット・キースがわざと負ける理由はない。敗北時に見せた「オーマイガー! オーマイガー!!」と叫びながらその場で崩れ落ちるリアクションはとてもじゃないが演技とは思えない。

 しかしそれでも、あの時のバンデット・キースのデュエルを見ていて感じたのだ。

 バンデット・キースが子供に敗北するというのは初めから決まっていたのではないかと。

 おかしな話である。八百長がなければデュエルを結果が初めから決まっているなど、あるはずがないのに。

 

「遊羽、少しいいかしら」

 

 デュエルアカデミアの筆記試験に向けて自室で勉強していると、部屋に入ってきた色音に声をかけられた。

 真帆と沙良はまだ部屋には戻ってきていないので、現在この場に居るのは遊羽と色音だけだ。

 椅子を回転させて振り向くと真剣な眼差しをこちら向ける色音の姿が目に入った。

 

「私たちがデュエルアカデミアの特待生枠で上位四名以内に入れる可能性を限界まで上げる方法は何だと思う?」

 

 ああ、いよいよこの話をするのか。

 当然のことながら、その答えはわかっている。

 

「現時点においてデュエル孤児院で集められるレアカードを一つにまとめ上げてデッキを作ることでしょ」

 

 そのためにこの五年間、アンティルールでレアカードを集め続けてきた。

 そして現在、それらのレアカードは二人のデュエリストの手によって二分されている。

 

「今、この場でとは言わない。だけどいずれ私たちはレアカード全てを賭けてデュエルする必要がある」

 

 色音の声には決意が宿っていた。

 仮に、石野によってデュエル孤児院の改革が上手くいっていれば、五年間、未開封のパックが配布され十分なレアカードが子供たちに流通すれば、遊羽と色音、真帆と沙良の四人でデュエルアカデミアを目指す未来もあったかもしれない。

 

「私は挑まれたデュエルから逃げる気はない。何を賭けようとね」

 

 だが、現実はそうはならなかった。

 ならばデュエルで決めるしかない。

 

「あなたならそう言うと思ったわ」

 

 実際のところ、デュエル孤児院にあるレアカードと有用なカードを一つにまとめたデッキを作ったとしても、デュエルアカデミアの特待生枠に入るのはかなり厳しいのが現状だ。

 競争相手になるのはC区以上の上層区に住んでいる富裕層の子供たち。

 親から潤沢なお小遣いを貰い、カードパックの入った箱をボックス買いするのは当たり前。

 高額なシングルカードがあっても親におねだりすれば買ってもらえるような子供だ。

 そんな富裕層の子供を競争相手として上位四名に入らなければならない。

 たとえ受かっても五位以下であれば学費が払えないため入学を辞退せざるを得ないのだ。

 

「その上で一つ交換条件があるの。全てのレアカードを集めると言ったけど、あなたのインセクト女王はそれに含めなくていいわ。私のデッキには合わないもの」

 

 《インセクト女王》は昆虫族のデッキで真価を発揮するカードであり、植物族メインの色音のデッキには必要ないと判断したようだ。

 だがデッキに入れないからと言ってレアカードをとらない理由にはならない。

 例えば試験会場で他の子供とトレードするといった使い道もある。

 

「それに、そのインセクト女王はあなたが真帆から託されたカード。親友として、それを奪い取る気はありません」

 

 この五年間、遊羽以上に容赦なくデュエルでレアカードを集めてきた色音のデュエルアカデミアに行きたいという決意は本物だ。

 そんな色音が《インセクト女王》は奪わないと言った。

 おそらくこれが遊羽との友情を尊重できるギリギリのライン。

 普段から演技の入った優雅さを崩さない色音にしては珍しく、親友という言葉が照れくさかったのか若干頬を赤らめている。

 

「その交換条件としてあなたに要求することがあるわ。仮にあなたがデュエル孤児院に残ることになったのなら沙良のことをお願いしたいの」

 

 最初のプリンを賭けたデュエルで色音が話した『多くのデュエリストを支配したい』という言葉は紛れもなく本音だ。

 それは六年の間、色音を間近で見てきた遊羽だからこそわかる。

 しかし色音がデュエルアカデミアへ行きたいのは決して支配欲を満たすためだけではないということも、この六年の付き合いを通して理解していた。

 デュエルアカデミアを卒業すれば就職の幅は広がり、それが将来的には妹のためになる。

 杠葉色音という少女は支配欲と妹を大切に思う気持ちの両方を持ち合わせたデュエリストなのだ。

 そんな最愛の妹を託すなら遊羽しかいないと、色音は言外に含ませていた。

 

「了解、私がここに残ることになったら、その条件は守るよ」

 

 遊羽としてはその交換条件を承諾しない理由はない。

 沙良は親友の妹であると同時に友人でもある。

 

「だけど、私はデュエルで手を抜く気はない」

 

 遊羽とてデュエルアカデミアに行きたい気持ちは同じだ。

 

「ええ、もちろん。むしろ手加減など許さないわ」

 

 より優れたデュエリストがアカデミアの試験に挑む。

 それが合理的な選択であるというのは共通見解であった。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 同日、夜21時45分。

 

 自室には遊羽を含めて色音、真帆、沙良の四人が揃っていた。

 デュエル孤児院の消灯時間は22時なので、このぐらいの時間には子供は全員自室に戻っている。

 他愛もない話を真帆としている時だった。

 部屋のドアがノックされて扉が開く。

 

「失礼するよ、うむ。全員揃っていますね」

 

 入ってきたのはデュエル孤児院の院長、園山だった。

 

「こんな時間に申し訳ありませんが、萩原真帆君と杠葉沙良君の二名に通達事項があります。院長室まで来てください」

 

 突然名指しされて真帆と沙良は戸惑っているようだ。

 実際、この六年間。デュエル孤児院の職員、それも院長が部屋を訪れるなんて一度もなかった。

 

「沙良に何の話があるんでしょう、園山院長」

 

 妹を庇うように立ちながら、園山に問いかける色音。

 

「これは本人たちにしか聞かせられない話です。姉である君にもね」

 

 はっきりと言われれば色音とてどうしようもない。

 何しろこの男はデュエル孤児院における最高権力者だ。

 孤児である遊羽たちとは持っている権限が違う。

 

「大丈夫、姉さん。私、何の問題も起こしてないから」

「私もです、師匠。お話があるなら聞いてきます」

 

 沙良と真帆が立ち上がってベッドから出る。

 

「ねえ、消灯時間まであと十五分もない。話が長引いて廊下の明かりが消えたら面倒だから、デュエルディスク持っていったら」

 

 反射的に遊羽の口から出たのはそんな言葉。

 デュエルディスクにはライトも付いている。

 暗闇の中でも懐中電灯替わりにすることができるはずだ。

 

「わかりました、師匠」

 

 デュエルディスクを手に取ろうとする真帆。

 

「ふむ、話が長引くことはありませんが」

「そもそもデュエリストなら常にデュエルディスクを携帯すべきでは?」

「……まあいいでしょう」

 

 真帆と沙良がデュエルディスクを装着したのを見て、園山の表情が僅かに曇った気がした。

 そのまま園山に連れられて真帆と沙良は部屋を出て行く。

 残ったのは遊羽と色音の二人だけ。

 

 だがそれから二十分経っても真帆と沙良は戻ってこなかった。

 既に消灯時間を過ぎており、部屋の明かりは消えている。

 

「おかしいと思わない?」

 

 暗闇の中で最初に口を開いたのは色音であった。

 

「確かに、おかしい。なんでわざわざこの時間に真帆たちを部屋から連れ出した?」

 

 色音の言葉に遊羽は同意する。

 デュエル孤児院の寮は二十二時を過ぎると各部屋、廊下も含めて強制的に明かりが消える。

 こんな暗闇の中では院長室から戻ってくるのに、別に明かりを用意しなくてはいけない。

 だが園山は遊羽が提案するまで明かりを用意させることもしなかった。

 そもそも、こんな時間に院長室に呼び出してまで、孤児相手にする通達とは何だ。

 

 真帆たちにデュエルディスクを持っていくように促したのも、明かりが必要なんてのは建前であり嫌な予感がしたからだ。

 それこそ本当に明かりが必要になったら、園山から懐中電灯でも借りればいいだけの話。

 だが、そもそも園山が真帆と沙良をこの部屋に戻す気がないとしたら……。

 

「行こう、色音!」

 

 デュエルディスクを腕に装着、ライト機能を起動させて、ベッドから飛び出した。

 これが単なる思い過ごしなら、それでいい。

 夜間出歩きの罰則は反省文と同じ文字と何度も書かせるという内容でかなり面倒だが、所詮は面倒なだけだ。

 平時であれば受けるのは御免被るが、非常時であれば無視していい。

 

「急ぎましょう、遊羽!」

 

 色音も躊躇なく後に続いた。

 

 遊羽たちはデュエルディスクの明かりを頼りに廊下を走る。

 問題となるのは目的地だ。

 園山は院長室で話をすると言っていた。

 だがその言葉自体が嘘だとしたら?

 

「正門に行こう! 園山が何かするなら、おそらく外だ」

 

 色音も頷いて同意する。

 寮を出てデュエル孤児院正門へと走った。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 正門前

 目的地に到着した遊羽と色音は人の気配を感じて物陰に身を隠す。

 そこで目にしたのは驚愕すべき光景だった。

 月明りに照らされながらデュエルをする二人の男女。

 その一人は真帆だった。

 真帆のライフポイントが0になって、そのまま地面を転がる。

 デュエルの相手は園山だった。

 おそらくは強制デュエルであり真帆は無力化されている。

 その証拠に園山は真帆を乱暴に掴み上げると、彼女のデュエルディスクを外して地面に放り投げた。

 沙良に至っては腕にデュエルディスクがなく、おそらく既に強制デュエルに敗北している。

 

「ガキが、てこずらせやがって!」

 

 普段とは異なる乱暴な口調で園山が吐き捨てるように言った。

 

「終わったようですね、園山君」

 

 正門前に停車していた車のドアが開く。

 テレビでしか見たことがないが、あれはおそらくデュエルフェラーリという高級車だ。

 F区の住人が乗れる車ではない。

 降りてきたのは高級そうなスーツを着た三人の中年男性であった。

 車や服装から見るに、あれはおそらくA区、通称トップスの市民だ。

 

「ご苦労。デュエルで抵抗してくるとは、中々生きのいい子供ですねぇ」

「も、申し訳ありません、お時間を取らせてしまって」

 

 慌てた様子で何度も頭を下げる園山。

 

「いや、かまいませんよ。僕は紳士だ。この程度の不手際は許容しますよ」

「へへ、ありがとうございます。それでは料金を頂きたいのですが」

 

 北条と呼ばれた男が園山に札束を二つ差し出した。

 おそらくは100万円の束が二つで200万円。

 もはや、この場で何が起こっているかは明白であった。

 

「毎度どうも。孤児を売っている私が言うのも何ですが、こんなゴミ共でいいんですか。北条さん程のお方なら、もっと高級なデュエルスレイブが買えるのではないかと思いますが」

「市場に出回っている決闘奴隷は調教済みで人気がありますが、僕は処女が好きでねぇ。ただ痛がって泣き叫ぶだけでは興奮しないという連中が多いが僕は逆です。未成熟な娘が快楽ではなく苦痛で呻くのが好きなんですよ」

 

 真帆と沙良に視線を這わせた北条がにんまりと笑った。

 

「うん、写真で見た通り、いい娘だ。それじゃあ連れて帰るとしよう」

 

 北条が真帆に手を伸ばす。

 

「真帆に触るな」

 

 小刻みに震える真帆を見て、遊羽は物陰から飛び出した。

 

「何!? お前は癲狂院、ガキが何でここに!」

 

 最早本性を隠す気もないのか乱暴な口調で園山が喚く。

 

「僕は車から見て気づいてましたよ。もう一人いるでしょう。でも、どうでもよかった。だってここには奴隷を買いに来ただけですからねぇ」

 

 極めて落ち着いた口調の北条。

 その言葉で色音も物陰から出る。

 

「師匠!」

「姉さん!」

 

 声をあげる真帆と沙良。

 

「ねえ、デュエルしてよ」

「ほう」

 

 遊羽の提案に薄笑いを浮かべる北条。

 

「君は自分の行動がどのような結果を招くか理解しているのですか。それとも怒りのあまり正常な判断ができないんですかねぇ」

 

 実際のところ園山や北条に対して嫌悪とかいう感情はない。

 頭も冷静であり、北条に言われるまでもなく、この行動がいかに無謀かも理解している。

 だが、それでも怯える真帆を見捨てることはできなかった。

 

「私が勝ったら、真帆と沙良を返して」

 

 隣でビクリと色音が震えた。

 青ざめた顔で拳を握りしめる親友を見て腹を括る。

 どれだけ勝率が低かろうと、このデュエルで勝つしかないと。

 

「園山君。君はもう戻ってください。面倒ごとに巻き込まれたくはないでしょう」

「よ、よろしいのですか。では私は失礼します」

 

 金を懐にしまってから早足でこの場から立ち去る園山。

 

「そういうわけだから、間宮さん、横沢さん。僕は少しこの子供と遊んであげることにしました」

 

 北条が後ろにいた中年男二人に声をかける。

 

「北条君の悪い癖が出たね」

「まあさっさと済ませてください」

 

 間宮、横沢と呼ばれた男たちの同意を得て、北条がデュエルディスクを起動する。

 

「確か癲狂院さん、でしたか。取り決めをするのは手間なので、このまま始めましょう」

 

 北条が自分のデュエルディスクを操作すると、遊羽のデュエルディスクが強制的に起動した。

 そのまま両者のデュエルディスクのオートシャッフルシステムが機能して、先攻後攻が自動で決定される。

 

 これが所謂、強制デュエルだ。

 このデュエルの敗者は無力化され一定時間の間、勝者を含めたあらゆる相手に対して無防備になる。

 この全てがデュエルで決まる世界において、それは絶対であった。

 

 

 癲狂院遊羽 /  LP4000

 

      VS

 

  北条正義(まさよし)  /   LP4000

 

 

「「決闘!!」」

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