クイーンドームの選手控室にて、遊羽は椅子に座って机の上にカードを並べていた。
現在行っているのはデッキ編集。
挑戦者は女王戦に挑む際、デッキのカードを自由に入れ替えることを認められている。
枚数に制限はなくバンデット・キースのように複数デッキを持ち歩いている者であれば、デッキそのものを変更することも可能だ。
そのルールは決闘女王の圧倒的なまでの自信の表れだった。
決闘女王の使用するデッキは『蟲惑魔』であり『落とし穴』系のトラップカードを多く用いるテーマである。
女王は挑戦者が好きなだけトラップ対策することを容認しているのだ。
だが罠カードの対策をしたからといって彼女は容易に勝てる相手ではない。
実際、決闘女王は公式大会の場で何度もサイコ流のデュエリストに勝利している。
サイコ流とは《人造人間-サイコ・ショッカー》を主軸とするデッキを使う者たちの集まりであり、サイバー流と対を成しているデュエル流派だという。
外道流派としても有名だが、世界の治安の悪化に伴い勢力を拡大、このブラックドミノシティでも多くの門下生を抱える巨大デュエル流派となっている。
レイプデビル叡傲が最初に強姦したというサイコレズ百合浜も確かサイコ流の門下生だったはずだ。
サイコ流デュエリストが使用する《人造人間-サイコ・ショッカー》は場にいるだけで罠カードを封じる効果のある対トラップ用モンスター。
《人造人間-サイコ・ショッカー》以外にも多くのアンチトラップ系カードがサイコ流門下生のデッキには入っている。
そんなトラップ封じのデッキ使うデュエリストたちを決闘女王は『蟲惑魔』デッキを用いて小細工なしで正面から打ち破った。
仮に、今この場に《人造人間-サイコ・ショッカー》を主軸とした40枚のデッキがあったとしても、遊羽はデッキを入れ替えるような真似はしない。
《人造人間-サイコ・ショッカー》が決闘女王に通用するしない以前の問題として、これまで共に戦ってきた昆虫デッキを用いて女王戦に挑むと決めている。
とはいえデッキの内容を一切変更しないかと言えばそうでもない。
『蟲惑魔』はトラップを使うテーマであると同時に、トラップに対して耐性を持つテーマでもある。
故にデッキから何枚かのトラップカードを抜いた上で、先ほどキースから受け取った《増殖するG》を含めた予備のカードを加えるつもりだ。
残された時間の中で遊羽は女王戦で使用するデッキを作り上げた。
◇
ブラックドミノシティA区。
ネオユグドラシルコーポレーションの地下室にて、白衣の女が足を組みながら椅子に腰かけていた。
正面にある中型モニターには女王杯の中継が流れており、現在は女王戦開始前のインターバルだ。
白衣の女は手元にあるチェス盤に手を伸ばす。
盤上にはガラス製のチェスの駒が複数置かれていた。
「丸藤亮」
チェス盤の上あるルークの駒を白衣の女が倒す。
「セレナ」
続けてナイトの駒を倒し
「ジークフリード・フォン・シュレイダー」
ビショップの駒を倒し
「キース・ハワード」
最後はキングの駒を横倒しにした。
「全員負けたか」
白衣の女はキングの駒を手に取って掌の上で転がす。
「元全米チャンピオンと言っても、所詮はトムに負けた人」
そのままキングの駒を床に落として、
「いや、この世界ではおませな女の子に負けた人だったね」
ハイヒールで踏み潰して真っ二つに割った。
「まぁそれはキースに限った話じゃないか」
白衣の女には原作愛があり、主人公以外の原作キャラに対する愛着もある。
「こいつらは全員、敗北者だよ」
その上でこう結論を出してから、ルーク、ナイト、ビショップの駒を手で薙ぎ払った。
三つの駒が音を立てて床に落ちる。
「さて、これでこの大会を見る理由もなくなったわけだが」
白衣の女は基本的に原作キャラ以外のこの世界のデュエリストには興味がない。
それがブラックドミノシティ最優と謳われる決闘女王であってもだ。
「確か決闘女王の使うデッキは蟲惑魔だったかな」
とはいえ一定水準以上のデュエリストのデータは一通り収集してある。
チェス盤の上にあるクイーンの駒を掴みながら白衣の女は思案した。
「あの失敗作の昆虫デッキと比較すれば、カードパワーは圧倒的に蟲惑魔の方が上」
クイーンの駒とポーンの駒を並べる。
「失敗作の体に含まれる武藤遊戯の遺伝子の力を最終確認する相手としては丁度いいかもしれないね」
モニターに目を向けると、インターバルが終わり、女王戦が始まろうとしていた。
◇
遊羽がデュエルスタジアムに入場した時、既に決闘女王、杠葉色音はそこにいた。
決闘女王の恰好は黒を基調としたアイドル衣装。
遊羽が羽織っているのは黒のロングコートであり、衣服のメインカラーという点では両者共通しているが、同時に対照的でもあった。
短髪に平坦な胸、ロングコートという一見すれば男にも見えかねない格好の遊羽に対して、長い黒髪とスタイルの良い体、男性受けの良いアイドル服という女性としての魅力に溢れた色音。
「ようこそ挑戦者。歓迎するわ。これから始まるのは女王戦、あなたは決闘女王とデュエルをする権利を勝ち取った」
音声拡張ドローンによって決闘女王の声が会場に響き渡る。
「これまでのデュエル、実に見事だったわ。でもここまでよ。決闘女王には何人たりとも勝てません」
女王の強気な宣言に観客たちが歓声を上げた。
「だけど色音、あんたは二人の刺客を送り込んだ」
誰も勝てないのであれば、わざわざ人を雇う必要はないと言外に含ませる。
「何か勘違いをさせてしまったようね、遊羽」
この会話の音声が拡大されていないことに気づく。
見れば決闘女王の右手にはリモコンが握られており、それで音声拡張ドローンを操作しているようだ。
「確かに私はレイプデビル叡傲とバンデット・キースをあなたに差し向けた。けれどもそれはあなたとのデュエルから逃げていたわけではない」
余裕のある態度で決闘女王は語る。
「今のあなたと私ではデュエリストとしての実力に差がつき過ぎた。デッキのカードパワーもデュエルタクティクスも、全てにおいて私の方が圧倒的に上よ。デュエルをしてもあなたが惨めになるだけ」
嘲りを含んだ笑顔を見せる決闘女王。
「これは友人としての配慮だったのよ、遊羽。あの頃の、まだ私たちが対等だった頃の思い出を壊さないようにしてあげたかった」
だとすれば、それは必要のない配慮だ。
「それも雇った二人が役立たずだったせいで無駄になったわ」
そこまで言うと決闘女王は再び音声拡張ドローンのスイッチをオンにする。
「
バンデット・キースのファンとしては当然の抗議。
「ふふ、許さない。許さないと言いながら、あなたの言葉には嫌悪がないわ。遊羽、あなたは人を嫌悪しないのではなく嫌悪できない」
それは
「他人を嫌悪することができない感情欠落者。それがあなたでしょう」
多分、そうなのだと思う。
これまでの人生において遊羽は他者に対して嫌悪という感情を抱いたことがない。
決闘転売屋だろうが、決闘強姦魔だろうが、決闘殺人鬼だろうが、例外なく嫌悪感はない。
知識としては嫌悪というのがどのような感情なのかは知っているし、可能な限り一般的な言動を心掛けてはいるつもりだ。
だが結局のところ、それは模倣。
嫌悪感がない以上、どのようなデュエル犯罪者であっても人間であるのなら死ぬべきではないと思っている。
「まあいいわ。女王戦開始前に優勝者は自らの特別観客席にいる客から応援メッセージを受け取ることができる」
スタジアムの四方にある四台の巨大モニターに特別観客席が映った。
そこにいるのは元から遊羽を応援するために集まってくれた者たち。
更に隣の特別観客席も画面に映っており、聖園叡傲とジークフリード・フォン・シュレイダーだけでなく、キース・ハワードの姿もあった。
「あの三人もあなたの応援団みたいだから加えておいたわ」
キースは組んだ足を前の座席に乗せているが、席数に余裕があるので他に迷惑はかかっていないようだ。
『おい、クズ野郎!』
特別観客席側の声も音声拡張ドローンを通して拡大されている。
『いや、てめえはもうクズ野郎じゃないんだったな。だが相変わらずお嬢様って形でもねえが、そんなお前が決闘女王になるのも面白れえ!』
牛尾哲。
『貴様は常に結果を示してきた。そんなお前をわしは尊敬する。貴様こそが本物のデュエリストじゃ!』
蛇沼ミカ。
『あんたなら、たとえ相手が決闘女王であろうと勝てるわ! あんたは私が知る中で最強のデュエリストよ!』
獄城幸。
『あなたは幸ちゃんを地獄から救い出した。そんなあなたの力を私は信じています』
獄城明美。
『癲狂院遊羽、19歳。君ならば新たな決闘女王になって人々を感動させることができる』
大瀧修三。
『俺は勝利だけを求めている。だが遊羽、お前は違う。そして、それでいい』
ヘルカイザー亮。
『他者を嫌悪できないというのは必ずしも欠点にはなり得ない。それによって救われる私のような人間もいる』
夜桜射亜。
『遊羽さん、あなたはこれまでの教え子たちの中で最も優れたデュエリスト。その力をこの場で存分に発揮してください』
古牧美玲。
『遊羽、お前を倒すのは私だ! 私以外の者に負けるなど許さないからな!』
セレナ。
『他人のデュエルを観戦するなんて本来なら暇潰しにもならねえが、お前が決闘女王になるデュエルを見るなら暇潰しになりそうだ』
レイプデビル叡傲。
『デュエルなど所詮はゲーム。ならばそんなゲームごとき余裕で制して見せろ』
ジークフリード・フォン・シュレイダー。
『おい、癲狂院。地獄を見せてやれ』
バンデット・キース。
「愉快な仲間たちねぇ。それで何人? 11人、いえ12人かしら」
嘲笑を浮かべる決闘女王。
「昔、私が言ったことを覚えている? 真のデュエリストとは、より多くのデュエリストを支配して上に立つことができる者」
右目を見開き、左目を細め、口元を大きく歪めて嗤い、両手を広げながら宣言する。
「このドームにいる者たちだけでも私のファンは約55000人! ファンの人数においても、およそ4600倍の差がある!!」
数という点において圧倒的なまでの開きがあるのは明白だった。
「ああ、分かってるわ。外野の応援も罵倒も、どちらも等しく無意味で無価値。あなたのそういうところ好きよ」
「……確かに無意味だ」
声援を受けようとドローするカードは変わらないし、どれだけ罵倒されようと、それで委縮してプレイングミスを犯すような真似をする気もない。
他者の応援や罵倒がデュエルの内容に影響を及ぼさないのは事実。
「だけど……」
牛尾、ミカ、幸、明美、大瀧、亮、射亜、美玲、セレナ、叡傲、ジーク、キース。
「無価値じゃない。今はそう思う」
特別観客席にいる彼らを一瞥した上ではっきりと言った。
「……気に入らない。あなたの中に私の知らないあなたがいる」
「それから12人じゃなくて13人。私の観客は、もう一人いるから」
そう言って再度、特別観客席に顔を向ける。
視線の先にいるのはベージュ色の髪をした少女、三条望羽。
緊張した面持ちの望羽は一度呼吸を整えてから、
『勝って! 師匠!』
激励を飛ばした。
望羽の言葉を受けて僅かに口元が緩んだところで、ぞっとする程の怖気が走る。
咄嗟に振り向くと色音と目が合った。
怒りを含んだ眼差しだった。
失望を含んだ眼差しだった。
嘆きを含んだ眼差しだった。
憤りを含んだ眼差しだった。
困惑を含んだ眼差しだった。
言いたいことは分かっている。
その上で遊羽が口にすべきことは一つだ。
「……関係ない。私たちの過去とこれから始まるデュエルは関係ない!」
きっぱりと宣言してからデュエルディスクを構える。
「今この場で私はあんたを倒す!」
「……倒す? あなたごときが
「だったらやってみろ! 遊ゥゥゥゥゥゥゥゥゥ羽ァァァァァァァァァァァァァァ!!」
カードプレートがソリッドビジョンによって生成される。
オートシャッフルシステムが起動して、互いのデッキが自動でシャッフルされる。
デュエルディスクによって先攻、後攻が決定された。
害虫 ―― 癲狂院遊羽 / LP4000
VS
最優女王/
完全偶像 ―― 杠葉色音 / LP4000
「「決闘!!」」
女王戦、開幕。