二年前。
ブラックドミノシティ、デュエルアカデミア。
最終卒業試験にて杠葉色音は窮地に立たされていた。
杠葉色音 LP900
癲狂院遊羽 LP100
ライフポイントこそリードしているが、この状況下においてそれは何の意味もない。
《
星8 水属性 植物族
攻撃力2800→2500 守備力1200→500
《
星8 風属性 植物族
攻撃力2800→2100 守備力2600→1900
《
星8 炎属性 植物族
攻撃力2800→2100 守備力1600→900
《フレシアの蟲惑魔》
ランク4 地属性 植物族
攻撃力300→0 守備力2500→1800
色音の場にいるのは四体の植物族モンスター。
その内、三体は高い攻撃力の最上級モンスターだが、対戦相手の場にいる《アルティメット・インセクトLV7》の効果によって攻撃力が低下している。
そして《フレシアの蟲惑魔》にはエクシーズ素材がなく効果を使えない状態。
対戦相手、癲狂院遊羽の場にいるのは三体の昆虫族モンスター。
《アルティメット・インセクトLV7》
星7 風属性 昆虫族
攻撃力2600 守備力1200
《ポセイドン・オオカブト》
星7 地属性 昆虫族
攻撃力2500 守備力2300
《デスサイズ・キラー》
星8 風属性 昆虫族
攻撃力2300 守備力1600
現在は遊羽のターンであり、これらのモンスターの総攻撃を受ければ色音のライフポイントは0になる。
それを防ぐ手段はない。
「バトル! デスサイズ・キラーで
《デスサイズ・キラー》の大鎌により《姫葵マリーナ》の首が刎ねられた。
杠葉色音 LP700
負ける。
負けてしまう。
それは色音にとって絶対にあってはならないことだった。
あの日、遊羽は真帆たちを救うためブルジョア流デュエリスト、北条正義にデュエルを挑んだ。
それに対して色音は咄嗟に動くことができなかった。
あの場でトップスの市民とデュエルしたところで万に一つも勝ち目はない。
目の前で遊羽が敗北するのを見て、それは確信に変わった。
妹である沙良を救い出すチャンスを残すためには自分だけでも無事にこの場をやり過ごさなくてはならない。
一見すれば、それは正しい判断。
けれども結局のところ、ずっと後悔していたのだ。
あの時、妹を救うためにトップス市民に立ち向かうことができなかったことを。
だから今度こそ、自らの手で救わなくてはならない。
「……遊羽、勝負はこれからよ」
たとえどのような手段を用いたとしても。
制服のポケットから取り出したのはSランクの危険薬物『Theモリンフェン』。
短時間に三粒飲めば絶命するというデュエルドラッグ。
万が一に備えて用意していた切り札だ。
「今の攻撃で私はモンスターを一体失った」
容器から錠剤を一つ取り出すと躊躇なく飲み込む。
「そこでモンスターが倒されるたびに、私は一粒ずつ、このデュエルドラッグを飲んでいく」
「何!?」
「私が逆の立場なら躊躇なく攻撃するでしょう。あなたはどうするの、遊羽。デュエルで私を殺して目的を達成する覚悟があるのかしら」
長い時間を共に過ごしたからこそわかる。
遊羽に友人の命を奪うという決断は下せない。
「何を馬鹿げたことをしているのですか!」
「見損ないましたわ、杠葉さん!」
外野が何か言っているがどうでもいい。
どれだけ手を汚すことになろうと沙良を救い出してみせる。
「……私は負けられない。真帆を助けなくちゃいけない」
もちろん真帆のことも一緒に助けるつもりだ。
「ポセイドン・オオカブトで椿姫ティタニアルを攻撃!」
《ポセイドン・オオカブト》の三叉槍により《椿姫ティタニアル》が刺し抜かれた。
杠葉色音 LP300
即座に容器から二つ目の錠剤を取り出して飲み込む。
《桜姫タレイア》
攻撃力2400→2300
「私はアルティメット・インセクトLV7で桜姫タレイアに――」
遊羽の攻撃宣言が止まり時間だけが経過していく。
そしてデュエルディスクのタイムカウンターが300秒になってターンが移った。
「私の勝ちよ」
やはり遊羽は攻撃することができなかった。
「《ブレイクスルー・スキル》を除外してアルティメット・インセクトLV7の効果を無効にするわ」
《
攻撃力2300→3000 守備力500→1200
「桜姫タレイアでアルティメット・インセクトLV7に攻撃」
《桜姫タレイア》の攻撃によって《アルティメット・インセクトLV7》が木端微塵に砕け散る。
癲狂院遊羽 LP0
この瞬間、最終卒業試験の勝者が決まった。
「杠葉さん! あなた自分が何をしたか分かっていらっしゃるの!!」
デュエル終了後、最初に言葉を発したのは試験に立ち会いを認められていた赤髪縦ロールのオベリスクブルー生、
「遊羽さんはデュエリストとして正々堂々デュエルをした。それなのに、よくもこんな卑怯な真似を!」
オベリスクブルー昇格当初、トップス市民であるこの女と遊羽が仲良くしているのは見ていて不快だった。
現在でもその感情が全くなくなったわけではない。
けれども今はこの女のことをデュエリストとしては認めている。
「部外者は黙っていてくれるかしら」
その上で色音は彼女の言葉を一蹴した。
「でしたら試験官である私が言いましょう。この最終卒業試験は無効です」
古牧美玲が怒りを露わにした様子で宣言する。
この教師であれば、そのような対応をすると思っていた。
「いいや、古牧君。このデュエルの勝者は杠葉色音だよ」
だからこそ対策は準備してある。
「何をふざけたことを言っているのでしょう、校長」
試験会場に入ってきたのは禿げ頭の中年男性、
ブラックドミノシティ、デュエルアカデミアの校長だ。
「ふざけているのは君だろう。ライフポイントが0になったのは癲狂院遊羽だ。このデュエルの勝者が誰であるかは明白だよ」
「その過程に明らかな問題があるでしょう」
「僕もモニター越しにデュエルを見ていた。音声も聞いていたが、あのデュエルには何の問題もなかったよ」
正元公平が背後に立ち、オベリスクブルーの制服越しに色音の尻を鷲掴みにしてくる。
「分かっているね、色音君。これが終わったら校長室に来るように。僕はもう興奮が抑えられないよ」
これまで金やレアカードを得るために繰り返してきた行為であり、今更躊躇いなどあるはずもない。
「校長、いえ、正元公平。このような行いは教育者として許されることではありません」
「君は優秀な教師だ。だから今の暴言は一度だけ聞き流そう。だが二度目はないよ」
校長が上級教師より上の権力者である以上、この判定を覆すことはできない。
「そもそもデュエル開始前の口上でもこう言ってるだろう。勝敗はカードの強さのみで決まらず。デュエリストの技量のみで決まらず。ただ、結果のみが真実、と」
正元公平は欲情を抑えきれないのか、勃起した股間のモノをこちらに押し付けてきた。
「杠葉さん。あなたは女性として、デュエリストとして恥ずべき行為をした」
それを指摘された時、僅かに動揺して、けれども表情には出さないようにする。
「お言葉ですが古牧先生、私は自分が何ら恥じることをしたとは思っていません」
本当はこんなことしたくなかったと言い訳しながら謝るのは容易い。
けれどもそうやって謝罪しながら、結局主席で卒業するのであれば、それこそ恥ずべき行為だ。
「むしろ主席での卒業が決まったことを誇りに思っています」
「き、貴様!」
小牧美玲がデュエルディスクを起動してセイフティモードを解除した。
「デュエルで体罰ですか、先生。デュエル教育委員会に訴えますよ」
「そうだよ、古牧君。冷静になりたまえ。そんなことをしたら君を懲戒解雇にせざるを得なくなる」
この教師がそんな圧力に屈しないことは知っている。
「上等です、やってみ」
「やめて、美玲先生。もういいよ」
強制デュエルをしかけようとする小牧美玲を静止したのは遊羽だった。
「このデュエル、私の負けだ」
きっと本気で言っているのだろう。
癲狂院遊羽というのは、そういうデュエリストだ。
「あなたは虫けらのように地を這いなさい、癲狂院遊羽」
嘲るような声色で口元を歪ませ嘲笑を浮かべながら言う。
それは自分の命を盾にして勝利を掠め取った卑怯者に相応しい態度。
「私が天に立つ」
一か月後。
当時の決闘王を下して色音は初代決闘女王となった。
A区の市民になる手続きが正式に完了したことで、トップス内を自由に行動できるようになる。
だからその事故のことはすぐに知ることができた。
ほんの一週間前の出来事だという。
ブルジョア流デュエリスト、北条
火事の際、北条は自宅におり、その場にはあの日、デュエル孤児院に来た横沢と間宮も居合わせたという。
結果として北条正義、横沢
北条の所有物である決闘奴隷たちも焼死体となって発見され、生き残った者は一人もいなかった。
沙良が死んだ?
即座にそれを否定する。
聞けば北条が所持していた決闘奴隷は十人以上おり、その中に現在も沙良がいたとは限らないはずだ。
決闘奴隷の譲渡、売却はブラックドミノシティにおいて珍しい行為ではない。
トップス市民同士で所持している決闘奴隷をトレードすることもあるとアカデミアで耳にしたこともある。
決闘女王としての立場を利用して何人かのトップス市民と接触して、北条の所有物だったという決闘奴隷のことを調べた。
北条の家に出入りしていたのは、あの日、孤児院を訪れた二名だけではない。
場合によっては股を開き、性行為によって情報を引き出す。
分かったのは北条の所持品だった決闘奴隷の中に『マホ』『サラ』と呼ばれていた決闘奴隷二名がいたということ。
彼女たちの身体的特徴も萩原真帆と杠葉沙良が成長したであろう姿とおおよそ一致する。
認められない。
そんなことを認めるわけにはいかない。
アカデミアで体を売った金とデュエルアイドルとして稼いだ金で、あらゆる調査機関に杠葉沙良と萩原真帆の捜索を依頼した。
元々、北条正義から彼女たちを買い戻すために用意していた金であり惜しくはない。
火事の直前に北条が二人を売却していた可能性もないわけではないはずだ。
だがどの調査機関の報告書でも杠葉沙良と萩原真帆が奴隷市場に出荷されたり、B区以下の地区で目撃された形跡はなしという結果だった。
まだだ。トップス市民同士で直接売買、トレードされた可能性が残っている。
より多くのトップスの権力者と肉体関係を持って情報を集めた。
妹を助けるためであれば憎いトップス市民に抱かれる程度のことは苦にならない。
その努力の甲斐もあって火事が起こる一時間前まで北条宅にいたという男から話を聞くことができた。
男の名は田島
北条、横沢、間宮と同じブルジョア流の人権派デュエリストだ。
その日、北条宅にいたデュエリストは田島を含めて北条、横沢、間宮の四名。
そこで決闘奴隷凌辱パーティを行っていたそうだ。
奴隷凌辱の場には萩原真帆と杠葉沙良という名前の決闘奴隷がいたという。
嘘は言っていない。
多くの男性と交わってきた色音だからこそわかる。
ここまで来れば現実を受け入れるしかない。
沙良と真帆は死んだのだ。
色音はまた妹を助けることができなかった。
残ったのは決闘女王の地位。
卑劣な手段で親友から掠め取ったトップスのお飾りの女王としての立場。
全てに絶望して、けれどもここで膝をつくことは許されない。
卑怯な真似をしたとはいえ杠葉色音は癲狂院遊羽にデュエルで勝利した。
ならばデュエリストとしてその責任を果たさなくてはならない。
――私が天に立つ。
卒業試験で口にした言葉を実現する。
お飾りの女王になった程度では真の意味で天に立ったとは言えない。
数多くのトップス権力者と肉体関係を持ち、色音の体に依存させて篭絡した。
それと並行してデュエルアイドルの活動も本格化させてブラックドミノシティ全体への影響力を高めていく。
元よりデュエルアイドル業界において、色音の歌唱力、ダンス、デュエルはトップクラスだったが、外すことができないのは枕営業。
汚らしい男に股を開く覚悟がなければ真のデュエルアイドルになることはできない。
だが今の色音にとって、それは何の苦にもならないことであり、ブラックドミノシティ№1デュエルアイドルに成り上って
トップス及びブラックドミノシティ全体への影響力が浸透したタイミングを見計らって
無駄にプライドが高く枕営業を拒否したシュレイダー社の若社長を含めた多くのトップス市民をデュエルで公開リンチした。
お飾りの女王がトップス市民に弓を引いた形になるが、既に何人もの有力者を篭絡しており権力によって潰されることはない。
最終的に狩猟杯の参加者全員に勝利したことで
二つの頂点を極めたことによって杠葉色音はブラックドミノシティ最優のデュエリストと謳われるようになる。
だがまだ足りない。
この程度では癲狂院遊羽を蹴落として決闘女王になった責任を果たせていない。
決闘女王として参加する公式大会で勝利を重ねるのは当然のこと、デュエルアイドルとしてのファンも増やし続けながら、枕営業で際限なく金を集めた。
トップスの有力者だけではなくプロデュエリスト協会会長も篭絡して資産を吐き出させた。
女王杯の参加者名簿の中に遊羽の名前を見つけたのはそんな時だ。
――そう。あなたはまた天を目指そうとしているのね。
今更、謝罪など許されない。
ベッドに付着していた白濁液を手ですくいとると、それを『癲狂院遊羽』の顔写真にべったりと擦り付ける。
――だったら何度でも教えてあげるわ。
卑劣な手段でデュエルに勝利した挙句、何も救えなかった人間に彼女の親友である資格はない。
白濁液で汚れた顔写真付きのリストをぐちゃぐちゃに握り潰す。
――あなたは地を這う虫けらでしかないということを。
誰も見ていなかったとしても悪を演じなくてはならない。
――ねえ、遊羽。
それが