女王戦。
ブラックドミノシティ最優のデュエリストと謳われる決闘女王、杠葉色音の場に並び立つのは六体のモンスターだった。
《シトリスの蟲惑魔》
ランク4 地属性 植物族
攻撃力2500→4500 守備力300
《アロメルスの蟲惑魔》
ランク4 地属性 昆虫族
攻撃力3200→4200 守備力600
《アティプスの蟲惑魔》
リンク3 地属性 昆虫族
攻撃力1800→3800
《アティプスの蟲惑魔》
リンク3 地属性 昆虫族
攻撃力1800→3800
《フレシアの蟲惑魔》
ランク4 地属性 植物族
攻撃力300→2300 守備力2500
《完全態・グレート・インセクト》
星9 地属性 昆虫族
攻撃力3000 守備力2600
そのいずれもが高いステータスと強力な特殊能力を兼ね備えている。
二体の《アティプスの蟲惑魔》の効果で蟲惑魔は合計2000ポイント攻撃力が上昇した状態であり《フレシアの蟲惑魔》により戦闘、効果では破壊されず、相手の効果の対象にはならない。
更にフィールド魔法《蟲惑の園》によって決闘女王の昆虫族、植物族モンスターは1ターンに一度戦闘では破壊されない耐性を得ている。
そして奪われた《完全態・グレート・インセクト》はフィールド魔法が場にある限りバトルフェイズ中に相手フィールド上のモンスター全てを破壊することが可能だ。
これだけでも相当厳しいが決闘女王の魔法、罠ゾーンには《狂惑の落とし穴》と《墓穴ホール》の二枚が伏せられている。
《狂惑の落とし穴》は相手がモンスターを特殊召喚したターン、相手フィールドの攻撃力2000以上のモンスター1体を破壊する罠カード。
それだけでなく自分の墓地に『ホール』通常罠カードか『落とし穴』通常罠カードがある場合、相手の墓地からモンスター1体を除外できる。
《墓穴ホール》は手札、墓地、除外状態のモンスターの効果を相手が発動した時、それを無効にし、相手に2000ダメージを与える罠カード。
せめても救いは現在の決闘女王には手札がなく、墓地で効果を発動するカードも使い切ったということ。
だが、その程度では遊羽が圧倒的不利な状況であるというのは変わらない。
現在の遊羽のフィールドには一切のカードがなく手札も0枚、墓地で効果を発動できるカードもないからだ。
次のドローで引く1枚。
そのたった1枚のカードでこの盤面に対処しなくてはならない。
「諦めなさい。この状況から逆転できる手段はないわ」
決闘女王による無慈悲なる宣言。
「けれどもサレンダーすることは許しません。モンスターの総攻撃、私の究極のアイドルファンサービスによって虫けらが蹂躙される。それこそが観客の求める最高のエンタメになるわ」
事実としてこの場にいる観客の大半は決闘女王が勝利する瞬間を心待ちにしているだろう。
「もっとも、あなたにサレンダーの心配はなかったわね」
「ああ。サレンダーはデュエリストとして最も恥ずべき行為だ」
それはデュエル孤児院にいた頃から変わらない、癲狂院遊羽のデュエリストとしての理念。
「そういうところ嫌いではないけれど、この状況では虚勢にしかならないわね。そもそも器ではないのよ。あなたよりも私の方が遥かに決闘女王に相応しい」
それについて否定するつもりはない。
遊羽は女王という柄ではないし、逆に色音はブラックドミノシティにおいて最も女王らしい人間と言える。
何より、あの卒業試験で勝利したのは杠葉色音だ。
どのような過程であれ最終的にライフポイントが0になったのは遊羽であり、故にあの敗北を受け入れている。
デュエリストとして落ち度があったとすれば自分の方だ。
勝てるチャンスがあったのに攻撃宣言しなかった事こそ、デュエリストとして恥ずべき行為。
仮にあの光景をバンデット・キースが見ていたのであれば、勝機を逃した遊羽に呆れるだろう。
自らの手で真帆を助けたかったという決意は嘘ではない。
けれども敗北した以上、色音に託そうと思った。
きっと遊羽よりも上手いやり方で、真帆たちを救い出してくれる。
だから本当ならここで終わりのはずだった。
――あなたは虫けらのように地を這いなさい、癲狂院遊羽
嘲るような色音の勝利宣言も敗者として受け入れるつもりだった。
けれども。
――私が天に立つ
一見すれば嘲笑しているような色音の表情。
だが、それはまるで今にも泣き出しそうな女の子の顔に見えた。
泣き顔を演技という仮面で覆い隠している。
それは駄目だ。
仮に色音が自らの勝利を本心から誇っているなら良かった。
だけど後悔しているというのなら、この先もそれを抱え続けることになる。
杠葉色音というのはそういう女性だ。
親友として、それを見過ごすことはできない。
「私のターン」
だから勝たなくてはならない。
決闘女王としての彼女に勝って、もういいんだよ、と伝えなくてはならない。
「ドロー!!」
手にしたカードを一目見てから即座に発動する。
「魔法カード《貪欲な壺》!」
まずは第一関門突破。
ここで必要だったのは発動ターンに相手にダメージを与えられなくなる《命削りの宝札》ではなく《貪欲な壺》。
このターン中に勝負を決めなければアドバンテージ差を広げられて敗北すると確信している。
「クワガー・ヘラクレス、ポセイドン・オオカブト、増殖するG、ジャイアント・メサイア、ゴキポールの五枚をデッキに戻す」
真に困難なのは次だ。
単にその場を凌ぐようなカードでは駄目。
現在の状況から逆転勝利に繋げられるカードの組み合わせは遊羽のデッキにおいて一種類のみ。
その二枚のカードを引くしかない。
「ドロー!」
一枚目は《死者蘇生》。
「二枚目、ドロー!!」
引いたカードを見て遊羽は薄く笑った。
「魔法カード《死者蘇生》! 墓地から特殊召喚するのは《究極変異態・インセクト女王》!!」
《究極変異態・インセクト女王》
星7 地属性 昆虫族
攻撃力2800 守備力2400
決闘女王の場には《狂惑の落とし穴》が伏せられているが《究極変異態・インセクト女王》にはフィールド上に自分以外の昆虫族モンスターが存在する時、効果の対象にならず破壊されない耐性効果がある。
展開されている蟲惑魔の内《アロメルスの蟲惑魔》と《アティプスの蟲惑魔》は昆虫族だ。
「そして最後の一枚の手札。このモンスターを私は召喚する。ローズ・パピヨン!」
《ローズ・パピヨン》
星3 風属性 昆虫族
攻撃力1400 守備力800
一見すれば、それは攻撃力の低い昆虫族モンスター。
『インセクト遊羽選手、ここで雑魚モンスターを攻撃表示で出した! プレイングミス! いや、これは事実上の敗北宣言かぁ!』
歓声が巻き起こりアナウンサーや多くの観客が決闘女王の勝利ムードで盛り上がる中、その本人、決闘女王、杠葉色音の顔に笑顔はなかった。
僅かに目を見開いて遊羽が召喚したモンスターに視線を向けている。
デュエルアカデミアを主席で卒業した色音であれば、当然《ローズ・パピヨン》の効果も把握しているだろう。
「ローズ・パピヨンには二つの特殊能力がある。一つは自身が場にいる時、一度だけレベル7以上のモンスターを表側攻撃表示でアドバンス召喚できる効果」
召喚権を増やす効果だが、既に遊羽に手札はなく、現在の状況では無意味。
「そして二つ目。自分フィールド上にこのカード以外の昆虫族モンスターが存在する時、ローズ・パピヨンはプレイヤーにダイレクトアタックすることができる」
《ローズ・パピヨン》の攻撃力は1400。
色音のライフポイントは1250。
『し、しかし決闘女王の場にはグレート・インセクトがいます! フィールド魔法が健在である以上、先ほどのように効果で一掃すれば』
アナウンサーは何とか決闘女王の勝ち筋を探しているようだ。
「究極変異態・インセクト女王は私の場の全ての昆虫族に効果破壊耐性を与える」
だからこそ必須カードの一枚が《死者蘇生》であり《究極変異態・インセクト女王》を《貪欲な壺》の効果でデッキの戻さず、墓地に残しておく必要があった。
究極変異を遂げた昆虫の女王が薔薇を模した蝶に加護を与える。
「バトル!」
色音と視線が交差する。
「ローズ・パピヨンでプレイヤーにダイレクトアタック!!」
薔薇の蝶の一撃が決闘女王を貫いた。
決闘女王 LP0
一瞬、会場に静寂が訪れ、徐々にどよめきが広がる。
決闘女王のファンたちが殺気立っているのが伝わってきた。
ファンたちは立ち上がりデュエルディスクを起動し始めている。
おそらく色音の指示一つで、否、色音が何も言わなくても暴動を起こしかねない状態。
それで大会を滅茶苦茶にして勝敗を有耶無耶にしようとしているのだ。
見れば遊羽の特別観客席は決闘女王のファンたちによって包囲されていた。
望羽を守るように立ちながらデュエルディスクを構えるミカと幸、明美。
同じくデュエルディスクを起動しながら反対方向を守る牛尾と射亜。
パニックになって右往左往する大瀧。
不敵な笑みを浮かべながら「やつけてやる」と言わんばかりの好戦的な態度をとるセレナ。
それを窘めながらも戦いは避けられないと判断したのかデュエルディスクを起動する美玲。
殺気立ったファンたちに一切臆せずデュエルディスクを構えるヘルカイザー亮。
包囲されているのは隣のBランクプロデュエリストの特別観客席も同様だった。
どうやらファンたちの標的は決闘女王のファン以外の人間全てらしい。
Bランクプロの観客席にいた三人の内の一人、強姦魔王の異名を持つデュエリスト、聖園叡傲は相も変わらず半笑いを浮かべながらデュエルディスクを構えていた。
ヨーロッパ無敗の貴公子、皇帝の異名を持つデュエリスト、ジークフリード・フォン・シュレイダーの表情には僅かな焦りが見えた。
盗賊の異名を持つデュエリスト、キース・ハワードは前の座席で組んだ足を戻しながら面倒そうにデュエルディスクを起動する。
いつデュエル乱闘が始まってもおかしくない状況。
いや、果たして乱闘で済むのだろうか。
こちらにはセキュリティが二人おり、その内一人は殺人警官の異名を持つ夜桜射亜だ。
この街の市民であれば誰もが知っているキラーセキュリティ。
射亜がデュエルで無力化したファンたちを射殺するかはわからないが、重要なのは自らが射殺されるかもしれないにもかかわらずファンたちはデュエルを挑もうとしているということ。
決闘女王のファンは並みのデュエルカルトの信者より狂信的と言われている。
もしかしたらファンたちは、この場にいる決闘女王のファン以外の人間全てを抹殺、デュエルで殺害するつもりなのかもしれない。
会場にいる決闘女王のファンは約55000人。
キラーセキュリティに何人射殺されようと、デュエルを挑み続けて一人でも勝てればいいという戦略。
死を恐れない狂信的なファンたちによる、圧倒的数の利を生かしたデュエル特攻。
殺気が充満する中で、望羽もまたデュエルディスクを構えて臨戦態勢をとっていた。
幸たちに庇われながらも、守られるのではなく自らもデュエルで戦うという姿勢を見せている。
奴隷杯の時と同じ、強い瞳だった。
「見事よ、遊羽」
凛とした声が音声拡張ドローンを通して会場に響く。
その声の主は決闘女王、杠葉色音だ。
「あなたになら決闘女王の座を託すことができる」
女王の一言にファンたちの間で戸惑いが広がる。
「私は以前からデュエルアイドルとしての活動に専念したいと思っていたわ。だから決闘女王としての後継者を探していた」
殺気立ったファンたちが徐々に沈静化されていく。
「あなたが二代目決闘女王よ、遊羽」
それが決闘女王、杠葉色音の意思。
「あの観客席の娘、三条望羽だったかしら。流石あなたの弟子ね。殺気立ったファンたち相手に正面からデュエルで立ち向かおうとしていた」
音声拡張ドローンを停止させてから色音が言った。
「色音、私は」
「何ら恥じることはないでしょう。あなたは前に進んでいるというだけのこと。結局、私は過去に囚われていた」
遊羽の言葉を遮りながら続ける。
「あなたは決して三条望羽を彼女の、真帆の代わりにしているわけではない」
それが両者に対しての侮辱になると分かった上で心の何処かで思っていた。
自分は望羽をかつて救えなかった少女の代わりにしているのではないかと。
けれど色音はそれを真っ向から否定した。
「称えましょう。新たな女王の誕生を!」
再度、音声拡張ドローンをオンにしてから色音が宣言する。
それを受けて観客たちが歓声を上げ始めた。
自らが敗北して尚、ファンを笑顔にする。
やはり色音の方が女王に向いていると遊羽は改めて思った。