特別観客席にて、ベージュ色の髪をした娘が顔を綻ばせながら声を上げた。
「師匠が勝った!」
三条望羽。元トップスの市民であり、現在は遊羽の弟子である少女だ。
殺気立ったファンたちが沈静化され、試合場ではデュエリスト両名が握手を交わしており、緊迫した状況は解消されつつある。
「成し遂げましたか、遊羽」
ミカがデュエルヤクザではなく、彼女本来の口調で感嘆の声を漏らす。
「あの野郎、本当にやりやがった」
「二代目決闘女王の誕生だ」
牛尾と射亜が愉快そうに言った。
「今夜は打ち上げよ!」
「ええ、お祝いしましょう」
幸と明美、地獄姉妹が喜びを露わにする。
「それなら場所は私の店を貸し切りましょう。盛大なパーティを開催しようじゃありませんか」
上機嫌な様子で言う大瀧。
「はぁ? あんたの店、ペンギンだらけじゃない。他の場所にしましょうよ」
「君は相変わらずペンギンの良さが分からない、今風の愚かな若者というわけですか」
「何ですって!」
「幸ちゃん落ち着いて」
盛り上がる観客席から一人の男性が静かに席を立った。
「ふっ、凡庸な結末だったな」
ジークフリード・フォン・シュレイダー。
「その割に悪くねえって面してたように見えたがね」
ジークに背後から声をかけたのは聖園叡傲。
「……黙れ、強姦魔」
下賤な輩に内心を見透かされたことが気に入らず、短く一蹴してからジークは歩みを早める。
「レオンハルトを迎えに行かねば。この会場は危険な輩で溢れかえっているようだからな」
現在は沈静化されているとはいえ杠葉色音のファンが並みのカルト信者より狂信的なのは先ほど見せつけられたこと。
弟であるレオンハルト・フォン・シュレイダーはユウラというガールフレンドと共にジークの特別観客席にいる。
「さて、それじゃあ俺もお暇しますかね」
次に席を立ったのは叡傲だった。
「打ち上げに参加させてくれとは言わねえさ。くひひ、何せ俺は友達じゃないそうなんでね」
友人であることを否定されたにもかかわらず、その口調は愉快そうなものだ。
二人の後を元全米チャンピオンであるバンデット・キースも立ち上がると無言で立ち去っていく。
去り際の横顔が望羽には何処か満足気であるように見えた。
彼らに続いて席から立ち上がったのはヘルカイザー亮。
「待ってください、亮君」
それを呼び止めたのは古牧美玲だった。
「今の貴方が以前と違うとしても、この場に来たということは遊羽さんを応援しようと思ったということ。それならば今日は最後まで付き合っても良いのではないでしょうか」
美玲の言葉に対して亮は無言。
ここで口を挟んだのはセレナだった。
「お前は歴代アカデミア卒業生の中でも伝説的な存在だと聞いている。それなら打ち上げの場で私とデュエルしろ」
一見すれば、普段通りの好戦的な言動。
けれども、もしかしたら、それは亮を打ち上げに参加させようとする配慮なのかもしれない。
「……」
僅かに間を置いてから亮は無言で席に座り直した。
◇
一日後。
ネオユグドラシルコーポレーションの地下室にて、白衣の女はチェス盤の上にある透明な駒を移動させていた。
対戦相手はいない一人チェス。
これが白衣の女の趣味だ。
「来たかい、
ラボの自動ドアが開いて一人の女性が入出する。
右側は茶髪であり左半分を白く染めているツートンカラーのツーサイドアップ。
名を
白衣の女が腹を痛めて生んだ娘の中でも最高傑作たる存在。
「本日はどのようなご用件でしょう、母さん」
「昨日の女王杯、最後まで観戦して帰ったそうだね」
本題に入る前に軽い話題を振る。
一々、遊海の動きを超小型ドローンで監視していたわけではない。
女王杯の会場には白衣の女の娘がもう一人おり、彼女との雑談の際に聞いただけだ。
「はい。遊羽のデュエルを最後まで見届けたかったので」
「結果の分かった勝負をかい。あれが失敗作とはいえ武藤遊戯の遺伝子を持っている以上、この世界にデュエリストに負けることはない」
ましてや原作キャラでもない者に敗北する可能性は0%だ。
「どうせならギャラリーたちと一緒に応援すればよかったんじゃないかな。それなら試合開始前に一言激励してやることもできただろうに」
「……私には遊羽に励ましの言葉を掛ける資格も、あの子の仲間たちの中に入る資格もありません」
遊海が目を伏せながら言った。
「ふぅん。まあいいや。それじゃあ本題に入ろうか。いよいよ、邪神の復活が迫っている」
キーボードを操作してエンターキーを押すと大型モニターの画面にアルファベットの文字が表示される。
〈Succubus Queen RIRIA〉
「この世界における邪神、日本語に訳すなら淫邪神リリアと言ったところかな」
更にキーボードを叩くと各小型モニターに黒い外套を纏いフードで顔を覆い隠した者たちが映る。
「奴らは淫邪神リリアの配下である四人の使徒。死の間際に邪神の力で淫魔へと生まれ変わった元人間。
人外たる決闘淫魔をセキュリティ程度では捕捉するのは困難。
だが白衣の女はミクロサイズの超小型ドローンをブラックドミノシティ全体に散布しており、人ならざる者であってもこうして発見できる。
「淫邪神リリアが復活すればこの世全ての女は決闘淫魔へと変化させられ、男は皆性奴隷にされると古文書には記されていたね」
調査により白衣の女はその邪神の存在を知り対策を進めてきた。
「本来、武藤遊戯の遺伝子を持つデュエリストがこの世界のデュエリストに負けることはない。だけど決闘淫魔の行うデュエルは闇のゲームだ」
闇のゲームについては以前、遊海にも軽く概要を説明している。
「肉体に痛みを伴い精神を削られるゲーム、敗者は死に至ることもあるデュエル」
真剣な面持ちで遊海が言った。
「そう。モンスターの攻撃によって受ける痛みはリアルソリッドビジョンの比じゃないだろうね」
無論、あの武藤遊戯の遺伝子を持つデュエリストなら闇のデュエルであっても十分な勝算はある。
だが闇のゲームについてはデータが不足しているというのが現状だ。
個人や周囲に影響を及ぼす闇のカードの存在はこの街でも確認しているが、世界規模の闇案件は白衣の女にとっても初めてのこと。
「この世界は最終的に滅ぼすが世界が邪神の手に落ちれば計画遂行の難易度が上がる」
とはいえ最高傑作である遊海を始めとして計画に必要な娘たちに情報が不足した状況で闇のゲームをさせるのはリスクが高い。
「闇には闇をぶつける。この男は邪神に対する対抗策にもなり得ると思ったんだけどね」
立ち上がった白衣の女はラボの隅にあるガラス管の前に移動した。
ガラス管の中にいるのは逆立った髪をした褐色肌の男、闇マリクだ。
「見ての通り相変わらず闇マリクは目覚めない。こいつは今回の戦いでは使い物にならないだろう」
コンコンと軽くガラス管を叩くが依然として闇マリクは沈黙している。
「古文書には続きがある。淫邪神の復活が迫った時、選ばれし四人のデュエリストに聖痕が浮かび上がると。その選ばれし四人のデュエリストは邪悪なる決闘淫魔と戦う定めにあるとね」
聖痕を与えられしデュエリストと決闘淫魔の対決は1000年周期で行われているそうだ。
白衣の女は■■した際に与えられた■■■能力である超科学力によって、一人のみ自分が指定したデュエリストに聖痕を与える装置の開発に成功した。
「闇マリクが役に立たない以上、他のデュエリストに聖痕を与える必要がある。初期案では遊海、君を選ぶ予定だった」
闇のゲームはハイリスクだが武藤遊戯と海馬瀬人のハイブリッドである最高傑作なら戦い抜けるという判断による抜擢。
「だけど勝利できたとしても闇のゲームで負担をかけるのは親としても心苦しい。だから代わりとなる人材がいないか探していたが適任がいたよ」
そのために女王杯に遊海を参加させてあれの実力を測った。
「そう。あの失敗作だ。あれなら闇のゲームでどれだけ痛めつけられようとかまわないからね」
遊海が顔を強張らせて爪が食い込む程に拳を固く握りしめる。
「怖い顔だな。君たちデュエリストにとって痛みを伴ったり命を賭けたりするデュエルなんて日常茶飯事だろう」
実の娘から睨まれようと白衣の女は平然とした態度を崩さない。
「世界の危機にも当然のようにデュエルで立ち向かう。私には理解できない感覚だが、それがデュエリストなんだろう。君の妹はこれからそれをするってだけの話じゃないか」
そう言ってしまえば遊海が反論できないことを白衣の女は知っている。
「私は早速、装置を使って失敗作に聖痕を与えようとしたが、その必要はなかったよ」
「どういうことですか?」
「私が新たに作った装置で聖痕を宿すことになる今代のデュエリストの特定に成功してね。まあ見てくれた方が早いかな」
キーボードを操作していずれ聖痕が浮かび上がるであろう四人のデュエリストの画像と名前をモニターに表示する。
〈Hell Keizer RYO〉
〈SERENA〉
〈YUZURIHA IRONE〉
四人目の顔写真と名前を見た遊海がモニターから目を反らして下唇を噛んだ。
〈TENKYOUIN YUUHA〉
「私が干渉するまでもなく、あの失敗作は世界の危機に立ち向かう運命だったんだよ」
聖痕を与える装置の起動はそれなりにリソースが必要なので、白衣の女としてもその手間が省けたのは幸いだった。
「そしてあれは勝利するだろう。失敗作であっても、あれは武藤遊戯の遺伝子を持っているし、何より転生者である私の娘だ」
それこそが古文書を読み解くだけに限らず、聖痕を宿すであろう者を特定して、その運命にさえ干渉できる理由。
転生者。それが白衣の女の正体だった。
転生する際に白衣の女に与えられたチート能力は二つ。
一つ目は『子供ガチャ』
武藤遊戯と原作キャラ(ランダム)の遺伝子を持つ女児を妊娠することができるチート能力。
生まれた子供は基本的に武藤遊戯、原作キャラ、白衣の女の三種類の遺伝子を宿すことになる。
より正確には武藤遊戯/アテムなので四種類の遺伝子を宿すデュエリストを産む能力と言える。
二つ目は『超科学力』
知識皆無であっても、あらゆる発明品を制作することができるチート能力。
これによって街全体に散布した超小型ドローンや子供ガチャが外れだった場合、肉骨粉にして素材化、次の子供の妊娠を早めることができる粉砕ミキサー、古文書翻訳機、聖痕を任意のデュエリストに宿すことができる装置等を開発することができた。
ネオユグドラシルコーポレーションを大企業に発展させることができたのも、このチート能力があってこそだ。
「私の遺伝子はデュエルでは役に立たない。けれども覚えておくといい。転生者というのは、あらゆる生命の上に立つ者、上位の存在だ」
あの武藤遊戯ですら転生者よりは下位の存在。
何故なら転生者は遊戯王という物語を知る者、原作知識を持つ上位存在だからだ。
ましてや白衣の女は転生する前に所持していた殆どのカードが入った黄金のアタッシュケースを転生者特典として保持している。
「さて、話は以上。もう行っていいよ」
立ち去ろうとした遊海が何かに気づいたように、はっと息をのみながら小型モニターを注視する。
その視線の先には一体の決闘淫魔の姿があった。
小型モニターに映った殆どの映像からは決闘淫魔たちの顔は確認できないが、フードの隙間から表情が垣間見えるモニターが一つだけあった。
そこに映っているのは豊満なバストの決闘淫魔。
「まさか、こんなことが」
動揺した遊海が一歩後ずさる。
「ああ、気づいたのかい。君はあのデュエル孤児院での出来事を見ているからね」
あの失敗作がデュエル孤児院でブルジョア流デュエリストと行ったデュエルの一部始終は超小型ドローンを通してモニターしていたが、その時ラボには遊海も居合わせていた。
失敗作の危機に遊海は駆けつけようとしたが、こちらとしてはデータ収集をしたかったので、娘の一人である
癲狂院
■■■■・■・■■■■■■は原作で海馬瀬人に勝利したデュエリストなので相性有利と踏んでデュエルさせたが遊海は勝利してみせた。
原作と異なりこの世界に千年アイテムは存在しないので、その有無が勝敗を分けたか。
実際、劇場版では千年アイテム未所持の■■■■・■・■■■■■■に海馬瀬人が勝利しているので、これ自体は驚くべき結果ではない。
初めから目的は足止め。
あのデュエルではたとえ武藤遊戯の遺伝子持ちでもデッキのカードパワーに差があり過ぎれば敗北するという有益なデータがとれた。
1%の可能性があればそこから勝利を手繰り寄せることができるのが武藤遊戯だが、デッキが紙束過ぎて勝ち筋がなければ流石にどうしようもないということ。
或いはオリジナルの武藤遊戯であればそこからでも勝利できるかもしれないが、あの失敗作には無理だったようだ。
「聖痕を私に宿してください。
「駄目だ。最高傑作である君には闇のゲームで傷物になってほしくない。これは親心だよ」
失敗作の使用は既に決定事項だった。
「むしろ運命的じゃないか。実にドラマティック。いい見世物になりそうだ」
「母さん!!」
こんな時に使えそうな原作台詞はないかと考え、丁度いい言葉を思いついて指を鳴らす。
「今は君が動くべき時ではない」
そう言って白衣の女はシニカルに笑った。