魔女と隻腕   作:神食みはかみはみと読む

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 少しずつ聴き出した情報をまとめると、男は葦の國……その群雄割拠の只中にあったひとつの国、葦名にいた。そして、男は名を持たない。

 

 ……弦一郎。その男と戦い、腕を切られたと。

 

 

 

 一宿一飯の恩義を感じたか、はたまた任とは全く関係のない他人だからかは知らないが、とにかくそういった経緯で口数の少ないなりに話した事全てが、今の幻想郷では信じ難いことであった。

 

 まず、人里では刀を用いない。この時点でよく知る幻想郷とは違う、()の事だと察した。郷の管理人に冗談交じりで聞いた事もあったが、外の世界ではもう刀など使っていないことも踏まえれば、この男は昔の人、それも刀を使って戦うほど昔の……。

 

「言わんとする事はわかったよ。おっさんは忍者で、ご主人様を守るために戦って…で、負けちゃったんだろ? その……弦一郎とかいうやつに」

 

 男は依然として無言であるものの、静かに首肯する。

 

「でもさあ、その左腕。もう刀抜けないじゃないかよ。どうするんだ?」

 

「…それでも、行く」

 

 男は、彼の持ち物だったろう脇に置かれた刀を見ながら言う。名前も知らない相手だが、それでも怪我をした人間を放っておくほど薄情な性格はしていない。なにより、もう戦えない身体であっても尚戦おうとするのが痛々しい。

 

「やめろ。あんたに死なれたら目覚めが悪い。致命傷から奇跡的に回復したんだ、もうそんな真似させないぜ」

 

 魔理沙は自分の体で玄関を背に立ち塞がり、男を通せんぼする。いくら相手が成人の男性で、こちらが酒も飲めない年齢の女とは言えど、だ。腕を無くして身体中に切創を拵えたような人が相手なら、()()を使わずともどうにでもなろうと。

 

 男は刀を手に取り、腰の荒布に括り付けると、魔理沙の後ろ、扉へと向かおうとする。もちろんその前には魔理沙がいるので通れない訳だが、男はそのまま依然進む。

 

「まだ怪我してるんじゃないかさ。多分助けに行くんだろ、その…言ってたヤツを」

 

「…御子様」

 

「そう、そいつ。でもさ、取り戻すってことは弦一郎とまた戦いになる。五体満足元気いっぱいで倒せなかった相手に、どうやって片腕で勝つんだよ?」

 

「……」

 

 正論に弁論では対抗できないと見え、押し黙る。そのまま怪我が治るまで大人しくしてくれれば良いが、この男はそうはしないのだろう。だがこの男、腕落とされ傷拵えようが、腐っても忍びだった。本来であれば衰弱し切った怪我人など、容易に捕らえられもしよう。

 

 普通であれば。

 

「だーかーらぁ! 怪我ぁ治るまでは出さないっての! ───あれ?」

 

 だが、押し通ろうとする右肩を掴もうとして、しかし掴めなかった。ぬるりとすり抜けられ、玄関の戸を開こうとする。幸運なのは、ドアノブの回し方を知らなかったことか。

 

「あー、そりゃな、簡単には開けられないのさ。もう諦めなよ。いくら忍者でも無理しちゃ体に悪いぜ」

 

 口八丁の嘘で何とか誤魔化し通そうとしたものの──。

 

 ガチャリ。

 

「あッ!」

 

 何処かの手隙にこそりと見ていたのだろう。ノブを回すという発想にも割と直ぐに思い至ったらしく、扉が放たれた先には整備されているとは言い難い道と、少し先も見通せないほどの深い森が覗いていた。

 

「……行くのか?」

 

「………ああ」

 

 男の決意は断固として揺るがないようだった。

 

「なら私も行く」

 

「なんだと…」

 

「当たり前だろ。なんだって私の庭で私が世話してやったやつを放置して死なせなきゃならないって話だよ」

 

 流石に男の使命にまで同行するつもりは無い。あくまで森を抜けるまでの、一時的なものだ。

 

「だから、そういう事だし……ついてってやるよ」

 

「……」

 

 男は無言を貫く。

 

「なあ」

 

「…」

 

「名前、そろそろ教えてくれてもいいんじゃないか?」

 

「名は、無い」

 

「そうじゃない、呼び名だよ。ご主人様からお前〜とか、貴様〜って呼ばれたりしないだろ?」

 

 ややあって男は答えた。

 

「………狼」

 

「オオカミ?」

 

「義父から、賜った」

 

 男は、名を狼と言った。静かにそう答えると、今度こそ森の中へと踏み入れようとする。魔理沙は、そんな狼の後をついて行くように、やがて追い抜かし、森の外までの道を先導してやったのだった。

 

 

 

 

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