魔女と隻腕   作:神食みはかみはみと読む

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 森はほの暗く、空気の澱みようと言ったらまるで、身体全体が灰に包まれているかのような感覚にも錯覚しそうな程だ。

 

 だからこの森は、常人には抜けられない。抜ける前に、気が狂うゆえに。だというのに、狼は平然な顔で魔理沙について行っていた。あてのない行動を続けるよりも、勝手を知る彼女について行く方が確実だという判断だろう。それはなにより賢明だ。

 

「昔話聞かせてよ。暇だ」

 

「……言わぬ」

 

「ケチ〜」

 

 数度目になるアプローチを断られ、頬を膨らませて拗ねながら木々をすり抜けて歩き続ける。方角の狂いは無いので、もうすぐにでも抜けられそうなのだが……。

 

 二人の視界を、あるものが妨害していた。

 

「うーん、()()なぁ」

 

「赤い、霧…」

 

 霧だ。

 

 森を赤い霧が覆う。

 それは嫌な気配を隠そうともせず威嚇してくる。本来この森を覆う瘴気の霧は、魔力が大地から溢れ出てきたことによって可視化される、暗闇のような濃霧だ。

 

 この赤い霧からも、本来の瘴気の霧に似たような気配、すなわち魔力は感じられるが、自然の循環によって生まれるようなものではなかった。まるで、強大な何者かが意図的に放出するような凄まじく濃い魔力。放たれ続けるプレッシャーが、自然と歩みを遅くしていた。

 

「只事じゃないぜ、これは」

 

 息を呑み、立ち止まって辺りを見渡す。赤い濃霧は依然として濃度を増し続け、今やわずか先を見通すことさえ難しい。

 それの影響かは定かではないが…静かすぎる森にあっては些か煩い、沈黙を劈くような音が耳を突いた。

 

「うっ…耳鳴りまでしてきやがった…」

 

「霧に、耳鳴りか……」

 

 狼は刀をいつでも引き抜けるよう、握りに手をかける。片手では抜刀のしようも無いため、鞘を浅めに差し込むことで、刀を抜く際に鞘を捨てるように構えるのだ。

 

 周囲を見渡す。忍びたる狼が臨戦態勢をとるほどのこの状況は、魔理沙も不穏に感じていた。ここに住んで3年ほど経つが、このような現象は見られなかった。

 

 用心に用心を重ね、狼を連れる。

 

 

 

 

 

 

 

 …やがて森を抜けたのだろう、立ち聳える木々は見えず、だけれど霧は今なお視界を塞ぎ続ける。

 

 霧が発生するのは、森の中。だが、霧は森を抜けて以降も目先を覆い、状況を異変たらしめていた。狼は前を歩く少女に声をかける。

 

「…おい」

 

「ん」

 

「霧は……森の中、だけでは無いのか」

 

「本当はな。はっきり言って異常だ」

 

 魔理沙は、そう答えていた。異常、つまり森の外には本来このような霧は存在せず、もしあったとして、それはこんな濃霧では有り得ないという事だろう。

 

 異常事態。狼の頭の中に鳴らされる警鐘が、すぐに対策を講ずるべきだと知らせていた。

 

「霧に…。 …おい」

 

「なんだ?」

 

「耳鳴りがする……だったな」

 

「ああ、うん。まだする」

 

 魔理沙に確認を取る。もう収まっていれば良し。収まっていなければ、懸念した通りの事態だったという事だ。そしてそれは正しかった。

 

 しかして、悲しきかな。狼には腕が無い。腕が無くば手は合わせられぬ。音はかき消せぬ。残る右腕で魔理沙の手を掴み、引き止める。

 

「歩くな」

 

「はぁ? いや、まず霊夢んとこ行かなきゃ」

 

「こちらが先だ」

 

 手を合わせるように指示をする。不思議に思っていた魔理沙だったが、狼のやろうとするそれが何かは分からないものの、この赤い霧をどうにかできる程の意味があるものだと分かってからは大人しく従った。

 

「手を合わせろ」

 

「手ぇ? ……こうか?」

 

 こくりと首肯する。そのまま指示通り両の手を合わせ、打たせる。音をかき鳴らせば、音は断裂する。

 あるならば、紫華鬘の種を用いたかった。そちらの方が手でやるよりは確実だ。

 

「…? ようは、拍手の要領か?」

 

「…恐らく。 打て」

 

「ん…ふんっ!」

 

 ぱんっ! 

 空間に乾いた音が響き渡り、霧は魔理沙を…正確には、彼女が打った手を中心に消え、大きな円を描くような空間が現れる。それは霧が人の手で消し去る事が可能たる証であった。

 

「おわっ…消えた!? 霧が消えたぞ! ……ん、いや…完全にじゃないのか」

 

「一部分だけ消える霧……狼、これって?」

 

「…幻だ ……幻術、それも、余程の遣い手か」

 

「幻術って、そりゃ…やっぱ霊夢んとこ行こう。そーいうのはあいつの専売だ」

 

 この霧の正体は、とてつもなく赤い霧に混ぜ込まれた、音。

 

 歩むものを惑わせ、体を内側から壊し、そして恐らくは、やがて光をも飲み込む。げに恐ろしき術、しかし放出し続ける必要のあるものなのだろう。霧が無くなる僅かばかりの空間が出来たが為に、()()はわかった。

 

 この霧には、流れる方向がある。

 正しく言うのならば、流れてくる方向が明確に。

 

 霧とは、空気が冷たくなった時、自然と現れる。この霧は、自然に現れたものでは無い。何者かが企図して流したものなのだ。

 

 本来、空気の流れは空気の澱みを洗い流す。だが停滞する紅霧は空気の流れを断ち、断たれた流れのあった場所には、澱みが溜まる。

 

 ───……秘術たる忍殺忍術には、血煙の術と呼ばれるものがある。人を殺し、流れる血液を煙に変じ、まるで霧に身を隠すが如く紛れる。それは一時的なものに過ぎず、時が経てば消える。

 

 

 

 …だが、これは流した傍から更に流れてくる。発生源が存在する事は想像に難くなく、だからこそそれを見つけ出し、殺さなくてはならない。

 

 主を守る。任務の達成の為に、この霧は兎角邪魔だ。

 

 

 

 

 

 幾度と階段を昇ったろう。それでも尚慣れない。空を飛ぶのは疲れる。かといって陸を歩くのも疲れる。半端な魔法使いとは難儀なものだ。それでも何度だって歩いた階段だ。あまり見えなくとも、どれほど昇れば頂上かなどすぐに分かる。

 本来ならばやがて神社が見える頃合だったが……。

 

「………おっ」

 

 霧を抜けた。どうやら想像よりも早く頂上に到着していたらしく、装いの立派()()()社が見える。

 

「いたいた。お〜い、霊夢〜っ!」

 

「───あら。 ……それと魔理沙。ようやく来たわね」

 

 そこに彼女は立っていた。

 

 一瞬ばかり狼を鋭く睨みつけ、すぐに向き直り魔理沙を迎え入れようとする少女……彼女に“霊夢”と呼ばれた楽園の巫女が。

 

 

 







 打ち手

 隻腕の忍び、狼に教えられた技
 両手を合わせ、強く打ち合わさらば、音が響く

 己にかけられた幻術を、打ち消すことができる

 幻術や、紅霧。それらに抗うための術として
 狼は初めて自らの技を伝授した
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