6月2日
今日は一日中曇りだった。梅雨入りしたらしい。水禍や風禍が多くなる季節だ。そろそろ修行の強度を下げて体力を温存した方がいいかも。
さっき血の塊を吐いた。
長いこと変身してないから壊れた体の影響が出ているのかも。
病院に行こうにも保険証が見つからない。もういいか面倒くさいし、お医者さんに治せる体じゃないし。
息が苦しい。
もう寝る。
6月20日
災禍が発生、種類は水禍。この町はデカい川があるせいか、水禍が多いらしい。
三人が退治に向かった。割と大きめの水禍だったんでちょっとフォローは入れたけど、無事に倒せた。地元のテレビ番組で『新人魔法少女三人組、災禍に見事勝利』と取り上げられている。
教え子たちが称賛を浴びているのを見るのは気持ちいい。この調子でどんどん活躍してくれ。
6月25日
ムカつく。
赤根さんがバリアを習得した。私は覚えるのに一年かかったのに。あと大剣から火を出せるようになった。私は何も出せないし変身しても素手のままなのに。
世の中不平等だよ。私にも才能くれよ。
翠ケ原さんも弓で風を起こせるようになった。裕福で愛に溢れた家庭で育った雰囲気な上に、魔法少女の才能まである。青芽さんは最初から水出せるし、ずるい。
著しくムカついたので、どつきまわしてやった。
7月7日
今日はいつも修行に使ってる土手の公園でお祭りにつき、休み。
の、はずだったけど、せっかくだから屋台を見ていこうというわけで、三人と一緒にお祭りを楽しんだ。味がしなくても、たこ焼きや焼きそばはお祭り効果でおいしかった気がする。三人は先日の活躍で顔が売れていて、おまけと称して色んなサービスをされていた。たとえばカガネはたこ焼きを二個増量されたり、青芽さんは射的でコルク弾を倍盛りされていた。結局一発たりとも的に当たらずかわいそうな目を向けられてたのは笑った。翠ケ原さんが土手に腰を下ろすとき、ハンカチを敷いているのを見て、目玉が飛び出るかと思った。世界一お行儀のいい女子がそこにいた。
花火もきれいだった。とても楽しい一日だった。
でもなんか、無性に泣きたくなった。
7月10日
修行したり、戦いのフォローをしたり、三人と遊んだり。最近はやることが多くて楽しい。
ーーー
三人での修行を初めて一か月経った六月半ば、初めての実戦の機会がやってきた。
その日は朝からバケツをひっくり返したような大雨で、テレビでは広域に大雨洪水警報と、災禍発生の可能性が騒がれていた。
まさかと身構える三人の携帯に、協会から同時に連絡が入る。内容は、『水禍発生につき指定座標に向かい、速やかに討伐せよ』。指定された場所は、いつも修行を行う翠川の中流だった。
川は氾濫し、土手の下は水没している。激しい濁流は今にも橋げたを根こそぎにする勢いだ。
そんな荒れる川にかかった橋の上に、災禍はいた。
外見は巨大な蛇だ。胴回りが巨木のように太く、人など軽く丸のみにできそうな白い大蛇。とぐろを巻いてじっと川面を見つめるそれが、水禍だった。
初めて対峙する災禍の威容にアオイ、スイは足がすくむ。川はその間にも水嵩を増しており、今すぐ水禍を倒さなければ、土手を超えて町が水没してしまう。
「大丈夫!」
決然として、カガネが口火を切る。
「私たちは魔法少女! 才能に満ち溢れている上に毎日練習もしてる、地元で一番真面目で最強な中学生! やればできるよ、なんだって!」
アオイとスイは顔を見合わせ、くすくす笑った。
「あんたのそういうところ、ぶっちゃけいつもウザいけど。今だけは感謝しとくわ」
「ひどい!?」
「スイは結構好きですよ~、肯定感の化身みたいなとこ」
緊張はほぐれた。
三人同時に指輪に手を添え、戦う意思を流し込む。それぞれに戦闘衣装をまとい、武器を手に水禍へ躍りかかっていった。
戦闘は三人の優勢だった。
レッドエッジが大剣を構え吶喊し、一撃を見舞う。鱗が弾け、露出した肉をブルーアビスのトライデントが穿つ。
悲鳴を上げ、反撃に出ようとした水禍の顔に、緑に輝く魔法の矢が降り注ぐ。注意が逸れたうちにレッドエッジとブルーアビスは攻撃範囲から逃れている。
後衛と前衛による連携戦術が機能し、水禍の巨体にダメージを蓄積させていく。魔力による損傷が許容値を超えれば、災禍は消滅する。協会の説明を信じ、三人は奮闘した。
不意の反撃、しっぽによる薙ぎ払い。自身の身長よりも高く太いしっぽが迫るのを、レッドエッジは落ち着いて大剣の腹で受け止めた。分厚く幅広な大剣は盾にもなる。
「木村さんの傘の方が怖かった!」
レッドエッジが前衛で耐え、ブルーアビスが中衛からトライデントとアクアキャノンで攻撃し、グリーンゲールが魔法の矢でけん制、援護する。拙くも機能する三人の戦術に、水禍はみるみる翻弄されていく。
戦い始めて十分ほどが経った頃、水禍の頭部にアクアキャノンが命中。
水禍は弱弱しい鳴き声を漏らし、巨体を横たえた。
「やった! あ……」
レッドエッジは体の力が抜け、へたりこむ。変身が解け、赤根カガネの姿に戻った。ブルーアビス、グリーンゲールの二人も気が抜けたのか、変身が解けてぺたんと座りこんでいる。
「はぁー、きっつ……でも、私たち結構うまく──」
「何かおかしいです、二人とも」
緩みかけた空気が張り詰める。
スイは橋の欄干に寄りかかり、川面を見下ろしている。それから顔を上げ、変わらず大雨を降らせる曇天の空を見上げた。
「確かに災禍を倒したはずなのに……水嵩は今も増え続けています」
災禍は倒した。にもかかわらず雨は止まず、このままでは増水した川が土手を超えてしまう。
その意味に三人が思い至ると同時、橋が揺れる。
水禍はまだ生きていた。傷だらけの巨体をもたげ、変身の解けた三人を睥睨し──大口を開け、三人に迫る。
アオイとスイはとっさに指輪へ手を添えるが間に合わない。カガネはバリアの構築にかかるが、赤い靄が浮かぶのみ。迫る大蛇の咢から逃れる術はない。
諦めかけたそのとき、白い光が瞬いた。
修行中に嫌というほど見た、エンチャ傘の光波の光。
ただしその威力は修行中よりもはるかに高い。三日月形の光が直撃し、大蛇の頭が左右二つに割れる。力なくくず折れる大蛇は今度こそ起き上がることなく、煙のように薄れて消失した。
三人が呆然とするうちに雨は止み、割れた雲間から光が差し込む。今にも土手を超えそうだった水位は徐々に下がり、元の平穏な水面を取り戻していく。
やがて、彼女らの背後からキコキコと車輪の音が近づいてくる。
「やいそこの、死んだふりに騙されるクマさん魔法少女ども」
「クマさんに死んだふりは通じないよ!」
木村だった。ビニール傘を膝に置き、意地の悪い笑みを浮かべている。アオイは嫌そうに表情を歪め、スイは緊張した面持ちで振り返った。
「じゃあ畜生未満の残念少女ども。災禍は死体を残さない。消えるまで気を抜くな」
「はぁい……」
「悪かったわよ……」
「申し訳ありません」
しおらしい三人の態度に満足したのか、木村は反転して橋を去る。
「青い人と緑の人、初めてにしてはよく動けてた。えらいえらい」
「木村さん、この才能に溢れた地元で一番賢く強い私は!?」
「普通」
「普通かぁ」
去り際の評価にアオイは赤面してそっぽを向き、スイは噛みしめるように正面を見つめて動かない。カガネはいまいち反応しにくい普通評価に首をかしげている。
三人での初めての戦いは、最後にひやりとしたものの、結果としてけが人、死者共にゼロという大勝利に終わった。
この戦いを境に、翠ケ原出身の魔法少女三人組の名が売れていくのだが──そんなことは知る由もなく、戦いを乗り切った安心感に、三人はしばし浸っていた。