塵埃の魔法少女【完結】   作:難民180301

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5. 憤怒

7月20日

 夏休みが始まった。

 

 三人は無事、期末テストを乗り越えたらしい。朝から修行ができると張り切っていたけど、絶対やだ。

 

 部活じゃあるまいし、一日中付き合ってられるか。いつも通り夕方から二時間だけだ。

 

 と言ったら露骨に拍子抜けして、三人は私の家で駄弁り始めた。帰れよ。

 

 時間になったら修行をつけて現地解散したけど、あいつら魔法少女以外にやることないのだろうか。悲しいやつらだ。

 

 

 

7月25日

 私んちでお泊り会があった。

 

 親の許可とれねえだろと思いきや、「ビニ傘の木村さん」の名前を出したら一発オーケーだったとか。翠ケ原の魔法少女をしごく謎多き師匠として有名らしい。知らんかった。

 

 いや、謎多き人物の家に泊まらせるなよ。

 

 この町はおおらかだ。

 

 

 

8月5日

 私の家がたまり場になっている。三人の家のちょうど真ん中らへんにあるから、待ち合わせとかに便利らしい。

 

 アオイが作ってくれるごはんがおいしいのでまあ不満はないのだけど、買った覚えのない食材や調味料でキッチンがいっぱいだったり、シャンプーやらリンスやらがお風呂場に生えているのを見ると、複雑な気持ちになる。侵略を受けているような。

 

 まあいいか。

 

 

 

8月14日

 お盆休み。連中がいなくて暇なので、先輩のお墓参りに行った。

 

 まあ、ただの石だった。超便利不思議パワー魔力によるミステリアス体験とかなんもなかった。

 

 でも暇つぶしにはなった。

 

 

 

8月20日

 スイがガチギレしてアオイが漏らした。以上が本日一番のハイライト。

 

 ついでに言うと、スイはやはり私の正体に気付いていたみたい。長い間戦ってきた私をすごい、と言ってくれた。

 

 実際は、ただ答えを探していただけ。結局見つけることはできなかった。

 

 でも最近やっと、答えに手が届きそうな気がする。

 

 

 

8月21日

 スイの母と知り合う。

 

 昨日のバチギレスイの件で謝罪された。弁償どうこうの話になり、押し切られてお金をもらった。

 

 すごく丁寧な人だった。

 

 

 

9月1日

 夏休みが終わった。

 

 カガネ、アオイ、スイは度重なる水禍と風禍を退治し、アイドルみたいな扱いを受けている。地方だけでなく、全国区の番組からもインタビューや出演オファーが来ているようだ。強くてかわいい戦う女の子なんて、最高の娯楽だもんね。 

 

 いくつも実戦を経験した三人の実力は高い。私もルンルン気分で楽しくボコるのは難しくなってきた。このまま上達していけば、一、二年で破滅級災禍ともやり合えるようになるだろう。

 

 暇つぶしはもう十分だ。

 

 ぶっちゃけ弟子に負けたら悔しいし、勝ち逃げしよ。

 

 明日、卒業を言い渡す。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 勉強会のおかげか、三人は期末テストを乗り越え無事に夏休みを迎えた。

 

 年頃の少女らしく、彼女たちにも夏を満喫したい思いはあるが、魔法少女として町を守りたい気持ちも同様に強い。そこで三人は話し合い、平日は魔法少女の修行にあて、遊びは土日祝日に楽しむことになった、朝から晩まで修行に打ち込み、どんな災禍がやってきても大丈夫なように備えるのだ。

 

 それに異を唱えたのは木村である。

 

「やだよ。一日中とか付き合ってらんないよ」

 

 木村は三対一の実戦的な練習を重視する。丸一日続けるのは負担が大きい。

 

 では朝から夕方まで自主練して、木村との実戦は夕方からの流れではどうかと提案すると、

 

「修行で体力使い果たしたときに災禍出たらどうすんの?」

 

 と反論され、ようやく冷静になった。

 

 災禍は気象観測などによって前兆を捉えられることもあるが、基本的に予測不能だ。特に危険度の高い種類の災禍であればあるほど予測は困難になる。修行を張り切りすぎて肝心の本番で戦う体力をなくするのでは、本末転倒である。

 

 よって、朝から夕方までは自由時間、いつもの放課後の時間帯から木村と修行する運びになった。

 

 三人はそれぞれ家族や友人と遊んだり、一人の時間を過ごしたりなどとめいめい好きに夏を楽しんだ。ただ、魔法少女としての厳しい修行を覚悟していた三人にはどこか刺激が足りず、時間を持て余し──示し合わせるでもなく、木村の家に集まるのだった。

 

 ソファやテーブルなどの家具が増え、常に空調が利いていて、気心の知れた仲間もいる快適な空間。空いた時間を過ごすにはこれ以上ないオアシスだった。

 

 スイがソファにゆったり座って、スマホをいじりながら時折つけっぱなしのテレビに視線を送る。地元のニュース番組で彼女たち三人が取り上げられるらしく、放送時間を待っているのだ。

 

 スイの膝を枕にカガネが寝そべり、携帯ゲーム機をピコピコやっている。アオイはダイニングテーブルについて黙々と主婦向けのレシピ本を読みふける。

 

 うだるように暑い夏のある日、昼下がりの光景である。

 

「君たちさぁ」

 

 実家のようにくつろぐ三人を前に、木村は呆れた声を出す。

 

「もっとこう、青春したら? なんかあるでしょ、女子中学生がキラキラ輝く感じのイベントが」

「ずっとキラキラしてたら疲れるじゃない」

「そうそう。体力と根性に定評のある私たちも、たまには休まなきゃ」

 

 アオイとカガネがだらけきった声音で答える。返事のないスイは舟をこいでいた。鼻提灯でも出そうなくらい安らいだ寝顔である。

 

 木村はため息をついた。まさか自分に気を遣ってここによく来るのではと微かに危惧していたが、このくつろぎっぷりと、どんどん増えていく彼女たちの私物による侵略っぷりを見れば、気を遣う方がバカらしい。

 

 カガネがゲーム機をガチャガチャやって、アオイがぺらりとページを繰る。遠く聞こえるセミの声と空調の唸る音に、規則正しいスイの寝息が混じる。

 

 どこまでも穏やかで満たされた日常。

 

 緩み切った空気の中、木村がふと口を開いた。

 

「三人は、なんで魔法少女になったの?」

 

 長らく気になっていたことだ。

 

 協会の宣伝する名誉な役割、正義の味方としての魔法少女像が一人歩きして、興味を持つ層は多い。素質のある少女も少なくない。しかし命がけの戦いがある点や具体的な活動の周知には消極的なため、世間的な魔法少女の受け止めは長らく『なんだかすごいけど危なそうな仕事』のままだ。結果として興味も素質もあるが敬遠しているのが大多数である。

 

 そんな怪しくて危ない魔法少女をなぜ志したのか。

 

 真っ先に答えたのはカガネだ。上体を起こし、元気よく挙手する。

 

「はいはい! 優しさと慈しみに溢れた地元で一番の美少女である私は──」

「頑張れば救える命がある、それはとっても素敵なこと、だっけ。はい次」

「ひどい!」

 

 もう知っているのでさくっと流した。

 

 目線を送ると、アオイは本から顔を上げる。

 

「私? 別に大した理由ないわよ」

 

 と前置きしてから、言葉を探すように宙を見上げる。

 

「この町、翠ケ原のこと結構好きだから。地元を守る力があるなら頑張ってみたいなってだけ」

 

 あっさ、と口に出そうなのをどうにか木村は我慢して、

 

「あっさ!」

「浅くて悪かったわね!」

 

 我慢できなかった。単に地元を大事にしたいから戦うだけとは。

 

 ただ、実際に水禍との戦いで死にかけた後もこの浅い動機を語るあたり、本当に地元が好きなのだろう。

 

 三人目もこんなに浅い答えなら、わざわざ起こしてまで聞かなくとも──そう考えてスイを見やると、スイは両手で口を押えて大きなあくびをしていた。話し声で起きたらしい。

 

「今度はスイの番ですねぇ~」

「頼んだわ、スイ。どうやら深ーい理由がお好みなようだから」

 

 恨めし気に木村を睨みつけるアオイ。ごめんて、と謝ってもむすっとした表情が収まらない。

 

 一旦アオイは放置して、木村はスイに向き直った。

 

「はい、それではスイさんどうぞ」

「憧れの魔法少女に近づきたいのです」

 

 スイはきりっと背筋を伸ばし、続ける。

 

「彼女は十年間魔法少女として戦い続け、多くの命を救いました。ことに八年前の戦禍、三年前の疫禍の討伐により救われた人々は、数百万に上ると言われております。危険を顧みることなく強大な災禍に立ち向かい、人々を守る彼女の献身に、私はどうしようもなく焦がれました。彼女のようになりたいとおこがましいことは願いません。ただ、その美しく献身的な在り方を実践することで、勇敢な彼女の精神が世に伝播し、昨日よりも少しだけ優しい世界に近づくかもしれない。スイはそんな希望を胸に、戦うことを選びました。たとえこの命尽きようとも、憧れの彼女の心が少しでも理解され、人の世に優しさが広まったなら、これ以上嬉しいことはございません」

 

 思ったより重てえやつがきた。木村とアオイ、カガネの感想が完全に一致する。

 

 言っていることは単純だ。憧れの魔法少女みたいに戦って、世の中を良くしたい。ただ、その思いの深さと重さがえげつない。下手なコメントが許される空気ではなかった。

 

 想定外の重みに木村たちが絶句していると、つけっぱなしのテレビの音がやけに大きく聞こえる。

 

『魔法少女ダストアッシュの乱心から、今日で半年が経ちました』

 

 激しくスイが反応した。ぐりん、と木村の方を向いていた首を回し、テレビ画面を睨みつける。

 

『魔法少女ダストアッシュは、今年二月に発生した星禍と戦い、勝利しました』

 

 キャスターから画面が切り替わる。高層ビルの林立するオフィス街の上空に、星雲の銀河が渦巻いて、時折瞬く流れ星によって町が破壊されていく。星々の雨を降らせ、最後には終末的な小惑星を招来する最悪の災禍。それが星禍である。

 

『しかし六人もの犠牲者を出し、謝罪会見の場で犠牲者を侮辱するような言動をとったことで、物議を醸しました』

 

 再び画面が変わり、会見会場が映し出される。遺灰を思わせる白と灰色の衣装をまとった少女が、マイクを片手に大声で何かをまくしたてている。

 

『六人死のうが百人死のうが知ったことかァ!』

 

 懐かしい、と木村は目を細めた。このセリフは正しくは、『避難指示に従わねえ上に魔法少女が逃げろっつっても聞かねえ死にたがりのクソゴミ野次馬なんざ、六人死のうが百人死のうが──』である。

 

 木村は密かに嘆息した。過去の醜態にではなく、冷静になった今見返しても後悔や反省の念がまるで湧かない自分自身にである。

 

 無論、全力は尽くした。文字通りできることは何でもやって一般人の被害を抑えるべく努め、その上で死人が出た。その結果に恥じるところは何もない。とはいえ、少しは申し訳なさを感じるのが人情ではないか。

 

 つらつらと自身の人でなしっぷりを省みる木村。

 

 一方、尋常ならざる怒気を滾らせるものが一人いた。

 

『事態を重く見た魔法少女協会はダストアッシュを除名し、「誠に遺憾」とのコメントを──』

 

「衆愚めがッ」

 

 緑の閃光が瞬き、怒りに満ちた罵声が吐き捨てられる。

 

 スイの声だと気づいたときにはもう遅い。スイはグリーンゲールに変身し、魔法の弓でテレビを打ち抜いていた。輝く緑の矢が液晶画面に突き刺さり、スパークが弾け煙が上がる。

 

「ふぅーっ……」

 

 破壊されたテレビを、憤怒に染まった顔で睨みつけるグリーンゲール。カガネとアオイは初めて見る友人のマジギレに言葉を失っている。

 

 木村はわざとらしく大きなため息をついた。

 

「はぁーあ。壊れちゃった」

「あ、ごっ、ごめんなさい! 弁償します!」

 

 変身を解き、スイは土下座する勢いで頭を下げようとする。

 

 それをどうどうと両手を向けて押しとどめ、木村はスイに背中を向けた。

 

「いいよいいよ」

「で、ですが」

「それより買い物に付き合って。私は唐突にアイスが食べたくなった、あのシャーベットのやつ」

「え、えっ」

「いいから押せよぉ!」

「はい!」

 

 壊れたテレビと木村の車いすの間で右往左往していたスイは、怒鳴られると弾かれたように動き出した。

 

 押されて出て行く直前、木村はカガネと視線を交わす。心配げなカガネの表情に、安心しろとばかり小さくうなずいておく。

 

 スイに車いすを押してもらい、木村は外に出る。マンションの外は灼熱の有様で、湿った熱気が体にまとわりつき、四方八方からセミの鳴き声が押し寄せる。

 

「あ゛ぁーっつい! ねー、この暑いのが災禍になればって思わない? そしたらぶっ倒して涼しくなるのに」

「……暑禍(しょか)、と呼ぶべきでしょうか?」

「いいねー、暑夏とかかっててオシャレ!」

 

 とりとめのないやりとり。スイの重苦しい雰囲気がわずかに軽くなる。

 

 近所のコンビニへと押してもらいながら、木村は前を向いたまま言う。

 

「ダストアッシュ、好きだったんだ」

「……はい。今でもお慕いしております」

「だろうね、あのキレ方じゃぁ」

 

 茶化すように笑っても、スイの表情は強張ったままだ。

 

「スイは、今の世の中が好きではありません」

 

 どころか、ますます声音が固く、深刻になっていく。

 

「お母様は魔法少女協会に務めています。ですからスイは、ダストアッシュ様の類まれなるご献身については人より深く存じています」

 

 木村は「ふぅん」と気のない返事。スイを育ちがいいと思ってはいた。どんな仕事かは大して知らないが、協会の給料は悪くないらしい。

 

 スイは溢れる思いをそのまま口に出すように、声を震わせて続けた。

 

「ダストアッシュ様はずっとずっと戦ってきました。人々を救うために、一生懸命。半年前までの十年間、担当区域の災禍による死者をゼロに抑えられた点は、魔法少女史に刻まれる偉業です。なのに失敗だけに注目して……犠牲者の人たちだって、避難命令を無視して自ら巻き込まれにいったんだって、少し調べたら分かることなのに、一人だけ悪者にされて……こんなの、つるし上げじゃないですか」

「いやいや、死人の悪口言ったのは10:0(じゅうぜろ)で私が悪いよ。あの扱いは妥当、妥当」

「そんなこと!」

「あるんだよ。それが魔法少女だ」

 

 悲痛な面持ちのスイとは対照的に、木村はいっそ無関心なくらいあっけらかんとしている。というのも、あの件は木村にとってもう終わった話なのだ。

 

 木村は担当区域での戦いにおいて、長らく死者をゼロに抑えてきた。皮肉にもその健闘によって地元住民は災禍を軽視するようになり、いわゆる「映え」の対象として楽観視する者さえ現れ、その手合いは未曽有の危機においても死の瞬間まで危機感を取り戻すことはなかった。

 

 今まで大丈夫だったからこれからもずっと大丈夫。人なら誰しも陥るバイアスに囚われた野次馬たちに恨みはないし、自分の戦いを恥じるつもりもない。木村はこの件をとっくに割り切り、納得していた。

 

 かといって、スイはそこまで割り切れないのだろう。当事者よりもよほど半年前の一件に不満を覚えているようだ。

 

 木村は車いすのブレーキを握った。

 

「ちょい、前来て屈んで」

 

 指示通り、スイが木村の正面に回って屈みこむ。

 

 ちょうどいい位置に来たスイの頭に手を置いて、ゆっくり撫でまわす。ふんわりウェーブのかかった緑の髪は手触りがいい。

 

「私は誰かを助けるために魔法少女をやっていたわけじゃない。ただ、答えを探していただけ」

「答え?」

「そう。他人なんてどうでもよかった。自己中な腐った性根があの会見でバレちゃったんだ。だから納得してるよ」

 

 あの一件をやり過ごしても、いずれどこかで露呈し、糾弾されていた。当時は熱くなって不満たらたらだったが、今の木村はダストアッシュの扱いに文句はない。

 

「その点、君は魔法少女に向いてるよ。憧れとはいえ、他人のためにあれだけ怒れるんだから」

「木村さん……」

「いやほんと、見事なブチギレだった。見た? アオイが震えあがってたよ。おしっこ漏れたんじゃない?」

「も、もう! やめてあげてくださいぃ!」

「ワハハ」

 

 スイの頭から手を離す。物欲しそうな目が手を追いかけるのは見なかったことにする。

 

「まあ何が言いたいかというと……私のことは気にしないで。どうせ憧れのダストアッシュはもういない。魔法少女なんて辞めたくなったら辞めちゃえ、続けたいなら適当に続けちゃえ。気楽にやろう、ね?」

「……はい」

「よーし飛ばせ飛ばせ! 炎天下で長々話して疲れたぜ!」

「はいっ!」

 

 ぶっちゃけ途中から何を言いたいのか木村にも分からなくなってきたが、気負い過ぎず好きにやれという、割と無責任な結論に落ち着いた。それでもスイの曇った顔は晴れたので、話したかいはあったのだろう。

 

 このとき、木村は気づかなかった。

 

 背後から向けられるスイの視線が、以前にも増して熱く重くなっていたことを。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 その後、四人分のアイスを買って帰ったのだが。

 

「アオイさん、何味にします~?」

「あ、ッス、余ったやつで大丈夫ッス、はい」

「アオイちゃんキャラが変だよぉ!?」

 

 スイの切れ方がよほど心に来たのか、その日一日は舎弟じみた物腰になっていたのだった。

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