塵埃の魔法少女【完結】   作:難民180301

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6. 幸せ

9月2日

 人生楽しすぎて死にそう。

 

 お昼、アオイが作り置きしてくれた肉じゃがを食べた。おいしかった。そう、気持ちじゃなくてマジに味がおいしかったんだ。

 

 味覚が戻った。考えてみれば、三年前の疫禍で体の色んなとこが壊死するずっと前から味は感じなかった。身体が壊れてたんじゃなく、単にストレスによる味覚障害だったんだろう。最近楽しいことが多いから治ったに違いない。

 

 弟子卒業とかどうでもよくなっちゃった。

 

 だってご飯がおいしいから。

 

 

 

9月5日

寿司、焼き肉、とんかつ、ほうれん草のおひたし、ピザ、コーラ、ポテチ、かりんとう、煎餅、きゅうりの酢の物、ピーナッツ、ハンバーグ、ポテト、芋けんぴ、ハンバーガー、きんぴらごぼう、牛丼、切り干し大根、ラーメン、タコ焼き、チャーハン、中華スープ、みそ汁、魚、筑前煮、チョコ

 

 

 

9月10日

 晩ごはんたべすぎた。

 

 きもちわるい。

 

 

 

9月15日

 スイの母から仕事を紹介された。

 

 言うまでもなく断った。興味はあったけど、どうせ貯金が尽きる前に死ぬのに労働なんてやってられん。食べて寝るだけの生活サイコー。

 

 

 

9月20日

 体育祭の練習のため、三人はしばらく放課後の修行お休み。

 

 夏の災禍ラッシュを乗り越え、奴らは相当強くなった。ちょっとくらい休んでも大丈夫だ。

 

 体育祭を見に来るよう誘われたけど断った。気乗りしない。

 

 

 

10月5日

 この季節、外に出ると甘い匂いがする。キンモクセイというらしい。

 

 けっこう好き。

 

 

12月24日

 チキンとケーキがおいしかった。

 

 どっかの神様生まれてきてくれてありがとー!

 

 

 

12月25日

 サンタが来なかった。

 

 今年は比較的いい子だったからワンチャンあると思ったのに、二月のやらかしが尾を引いているのか、それとも年齢がだめなのか。捕まえて袋の中身を強奪するもくろみが外れた。

 

 言うまでもなくいい子の三人はそれぞれ欲しいブツをもらったようだ。アオイは意外性もなくイメージ通り、スイのもらった本は相当気になったが、カガネの剛毅なプレゼント要求に全部もってかれた。中学一年の女子がサンタにあんなものを望むとは。

 

 来年のクリスマスが楽しみ。

 

 

 

1月1日

 四人で初もうでに行った。

 

 初めて飲んだ甘酒はおいしいようなそうでもないような、奇妙な味。若干砂糖を入れたおかゆみたいだった。

 

 おみくじは私が大吉で、なんと三人娘は全員凶だった。日頃の行いだな。

 

 そろって参拝したけど、私は何も願わなかった。おみくじに書かれた通り、願望は『すでに叶ひたり。これ以上望めず』。今更願うまでもない。

 

 四人で写真を撮った。振袖姿のおめかししたあの子たちの笑顔を見ると、心底思う。

 

 私は、とても幸せだ。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 カガネたち翠ケ原の魔法少女にとって、夏休みは忙しない毎日だった。

 

 予定が詰まっていたわけではない。木村との修行は平日夕方のみで、空いた時間にクラスメイトと遊んだり、木村の家でだらけたり、お盆には家族で出かけたりもした。

 

 ただ、不規則に発生する災禍との戦いが、気を緩めることを許さなかった。突如降り注ぐ豪雨は水禍を招き、台風上陸に伴い風禍が発生し、ときには水禍と同時に出ることさえあった。そのすべてを無事に退治できたものの、波乱万丈の夏だった。

 

 北方では夏が過ぎても雪禍などの災禍が現れ、魔法少女は忙しくなるが、翠ケ原に雪はほぼ降らない。秋からは小休止と三人は考え、実際その通り災禍の出現は落ち着いた。

 

 そうして迎えた秋のある日。

 

 木村が変になった。

 

「さて、今日はこのくらいにしようか」

「えっ」

 

 修行をしていると、木村がいつもよりだいぶ早く切り上げた。

 

 カガネたちは顔を見合わせる。まだかなり余力がある。思い返すと、今日の木村は語彙の乏しい煽りが控えめだったし、反撃のエンチャ傘光波は狙いが甘かった。心なしか表情も普段より安らいでいるように見える。

 

 明らかに異常だ。

 

 帰り支度をする木村に、カガネが代表して聞いてみる。

 

「何か変なものでも食べた?」

「どうしてそう思う?」

「あ、やっぱりおかしい!」

 

 ヘンテコ木村をびしっと指さす。通常モード木村なら、「どういう意味だコラ」とお尻に傘を叩き込んでいる。穏やかに聞き返すのは変だ。

 

 アオイとスイも表情を曇らせる。

 

「どこか体が悪いんじゃない? 病院行く?」

「救急車を呼びましょう」

「いやいや待って、逆だよ逆」

 

 ゆるゆると首を振り、満面の笑みを浮かべる木村。

 

「すごく、とっても、体調がいいんだ。実はね、君たちを修行の建前でいじめることで、日々のストレスを解消していたのだけど」

「衝撃の事実っ!?」

「だけど、最近は毎日楽しいよ。もう発散するストレスがない。だからその分、優しくなってるのかもしれないね」

 

 三人はぞわっと鳥肌を立てた。実は修行じゃなくていじめを受けていた事実がどうでもよくなるほど、木村の安らかな笑顔は心臓に悪くて──不吉な予感を覚える。

 

 その気持ちが抑えきれなくなったのか、アオイがぽろっとこぼした。

 

「……キモっ」

「はっ倒すぞ貧乳ブルー」

「あいった!? 何すんのよ貧乳じゃなくて普通よ私は!」

 

 傘の一撃がアオイの脳天に落ちる。その時の木村の顔は、ふてぶてしさと不敵さとほんの少しの達観が滲む、見慣れた表情だった。

 

 ふん、と鼻を鳴らして車いすを反転させる木村。むすっとしたアオイは変身を解き、車いすの持ち手を押す。なんにせよ今日の修行はここまでということだろう。四人で木村のマンション前まで帰途を共にする。

 

 道中の木村は通常モード木村だったが、別れ際にまたも変異が生じた。

 

「あ、そうだ。アオイ」

「何よ」

「作り置きの肉じゃが、お昼に食べた。すっごくおいしかったよ。いつもありがとうね」

 

 にへーっと、見た目相応に純真な少女の笑みを浮かべ、まっすぐにそう言った。

 

 ぴきっと石のごとく固まるアオイを置いて、木村はマンション内へ姿を消す。

 

 大体半年ほどの付き合いで初めて見る素直な感謝。カガネとスイは戦慄した。

 

「なんか未知の人格芽生えてませんか……!?」

「心の機微に聡い私でも木村さんの内面が読めないよ……!」

 

 一方、アオイは両手で顔を押えてしゃがみ込み、「何よ急に……えへへ、かわいいとこあるじゃない……」とぶつくさ言っていた。

 

 この日以降、異様に優しくて穏やかな木村は頻繁に現れるようになった。

 

 アオイのごはんは毎回褒めるし、貧乳じゃなくて他二人の体が豊満なだけで十分に人並であるとのアオイの主張を認めた。常に自信満々なカガネの言葉に百発百中で飛んで来ていたエンチャ傘が、五回に一回の頻度に下がった。スイとは元より仲良しだったが、ことあるごとに頭を撫でてえらいえらいと甘やかすようになった。

 

 加えて、関係のあるなしは不明だが、食い意地が増進した。胃袋が小さいくせに夢中で食べてしまうので、アオイは作り置きの量に注意を払うようになった。なお突然の食いしん坊属性追加について当人は「成長期だから」と実にいい笑顔で嘯いた。

 

 そして十月ごろ、ついに三人は気づく。

 

「別にいんじゃね?」

「それはそう」

「誰も困りませんしね~」

 

 当初は面食らったが、気性が穏やかになって困ることはない。よく食べるのも木村の細さを考えると望ましい、むしろいいことしかないと気づき、やけに優しく健啖な木村を三人は受け入れた。

 

 それからは穏やかな日々が過ぎていった。

 

「木村さーん! 運動神経が良くてクラスの人気者な私の体育祭、見に来ませんかっ!」

「人多いのヤだから辞めておくね。がんばって」

「頑張る!」

 

 今の木村さんなら見に来てくれるのでは、と期待したカガネを一蹴したり。

 

「スイはいつも重りを二つくっつけて過ごしてるのえらいねぇ、えらいえらい」

「そうなんですこれ、いつも大変で……肩こるし下着探しにくいし男子がやたら見てくるんですよぉ……」

「よしよし、大変だね、すごいね」

「デロンデロンだなぁ……」

 

 甘えたがりなスイを適当な理由でデロンデロンになるまで甘やかし、カガネがドン引きしたり、

 

「昨日の炊き込みご飯、おいしかった。どんどん腕を上げてるね」

「当然よ! アンタの好みはアンタ以上に知り尽くしてるんだから!」

「アオイはいいお嫁さん間違いなしだぁ」

 

 毎日アオイに感想(おいしかったとすごくおいしかったの二択)を伝え、嬉しさのあまりアオイの料理の腕がめきめき上達したり。

 

 楽しくて穏やかな毎日が矢のように過ぎ去って、秋が終わり冬に入り、クリスマスを迎えた。

 

 イブを家族と過ごし、サンタに望みのものを与えられた三人は、木村宅で昨晩の残りのチキンを食べながら、戦利品を報告し合う。

 

「ねえねえみんな、サンタさんに何貰った?」

「あんたねえ、中学生にもなってサンタさんって……」

 

 アオイは呆れるものの、カガネの無邪気な瞳に言葉を飲み込み、咳払いを一つ挟む。

 

「んんっ。私は圧力鍋よ。時間のかかる煮込み料理がささっとおいしく作れちゃうんだから」

「アオイちゃんらしいね!」

「じゅる」

 

 木村は目を輝かせて涎を拭った。彼女の灰色の瞳にはすでに、豚の角煮や煮込みハンバーグなどのまだ見ぬおいしい料理が見えている。

 

 そんな木村を見つめて微笑を浮かべつつ、スイが話を継ぐ。

 

「スイは本をいただきました~」

「どんなの? マンガ?」

「魔法少女大全最新版上下巻セットです~」

 

 そう言ってスイがスマホを操作し、表示された画面には、合わせて十キロ弱は下らないとみられる豪奢な装丁の本が二冊映っている。

 

「古今東西の高名な魔法少女たちの功績と生涯が網羅されているんですよ~」

 

 相変わらず熱量と重量のある魔法少女愛好ぶりに、目をぱちぱちさせるカガネとアオイ。

 

 一方、スイは「高名な」の部分で木村に流し目を送った。木村は嫌そうな顔で目を逸らす。

 

「……で、言い出しっぺのカガネは?」

「あ、うん」

 

 木村に水を向けられ、カガネは笑顔で胸を張る。

 

「現金!」

 

 うわ、と誰かが漏らした。自分から言い出しといてこのオチかよ、中一でそれは生々しいが過ぎる、サンタさんが気の毒など、様々な思いが込められた「うわ」である。

 

 と、そんな空気にもカガネはまるで堪えない。

 

「だって欲しいものは全部持ってるから! 大変だけど楽しい毎日、大好きな仲間、家族、大切な町。今は貰うより、持ってるものを大事にしたい。それでも何かくれるっていうなら、まあお小遣いしかないかー、って!」

「……良くも悪くもおめでたいやつだわ」

「カガネちゃんらしいです~」

 

 笑顔から溢れた幸せな思いにあてられて、二人の表情が緩む。夢のないプレゼントは、今あるものを守る剛毅な決意の表れだった。

 

 が、微笑ましい三人とは異なり、木村はふてぶてしく頬杖をつく。

 

「いいなぁ、君らはサンタさん来てくれて。私のとこには一回も来ないよ」

「許すまじサンタの怠慢」

 

 即座に義憤を燃やして立ち上がるスイ。

 

 木村とカガネは慣れた様子でなだめすかし、座らせる。それからサンタ来ない問題について議論し、おそらくサンタ側に何らかの不手際があったこと、木村が成人済みなので来年以降来てくれるかは怪しいという結論になった。

 

「じゃあ来年、四人でプレゼント交換しようよ! みんなで用意したのをまぜこぜにして、どのプレゼントになるかは貰ってからのお楽しみってやつ!」

「いいですね~」

 

 みんなが楽しめるアイデアに二つ返事で賛成するスイ。木村は視線を伏せてぽつりと「来年か」と零し、

 

「うん、ぜひやろう」

 

 へにゃりと笑った。

 

 気の早いことにもう来年のクリスマスについて花を咲かせる少女たち。

 

 そんな中、一人だけサンタ議論の時点から置いてけぼりを食らっていたアオイは、愕然として言った。

 

「えっ、まさか私の方が少数派なの? もう中学生よ?」

 

 アオイとスイは百歩譲っていいとしても、一応二十歳超えてるらしい木村はきっと悪ノリしてるだけだろう。

 

 わずかな希望を胸に抱くが、木村は純真な女子中学生と同じように、むしろ見た目のせいでもっと幼く無垢な笑顔で語らっている。この場での少数派はアオイで決まりだった。

 

 

 

ーーー 

 

 

 

 クリスマスが過ぎ、新年を迎えた。年越しは家族で過ごす代わりに初もうでは魔法少女仲間で行こうと決めていた。スイの実家で木村も着付けてもらい、四人は振袖姿で翠ケ原神社に参った。

 

 神社の鳥居をくぐるとかすかに煤の匂いがした。参拝客の持ち込んだ去年の破魔矢を、境内の一画でお焚き上げしているのだ。橙色の炎が時折吹き上げる火の粉と灰に、木村は一瞥をくれた。

 

 地元の小さな神社だから新年の割に人混みは少ない。甘酒に餅、おみくじ、お参りなどを四人で楽しむ。

 

 解散する少し前に、四人で写真を撮った。車いすに座る木村を囲うように、後ろにカガネ、右にアオイ、左にスイ。煌びやかな衣装に身を包んだ彼女たちは、心から満ち足りた笑顔を浮かべていた。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

 

 

1月20日

 あーあ、世の中クソ。終わってる。

 

 いつもの川に向かう道中、倒れて搬送された。病院のベッドの上でこれを書いてる。せっかく最近人生楽しくなってきてたのに、水を差された気分。

 

 あの三人に連絡しないとなんだけど、電話が外にあるのに絶対安静を命じられて動けない。

 

 お医者さんが来た。深刻そうな顔だ、話が長くなりそう。

 

 

 

 

 

 

 私、もうすぐ死ぬらしい。

 

 具体的には春は迎えられない。なんなら今この瞬間に果てても、医学的にはおかしくないそうな。

 

 分かってはいた。

 

 分かってはいたんだ。

 

 ねる。

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