私は絶不調です。
今、国境線を越えて隣国ノチウドラ帝国に入ったところだ。
数日前から始まった逃避行もようやく一息つけるところまで来た。協力関係にあった裏社会の人間から聞いていた裏道を使い、何とか密入国に成功し、ようやっといつ追手が来るかという不安感から解放された。
そうして心に余裕が出て来ると、今度は嫌なことを思い出す。
「なぁ、最後に1つ聞いていいか?」
思い返す。あれはつい先日のことだ。夜逃げの準備を終えて国から逃げ出そうとする直前だった。態々アンリが別れの挨拶をしに来たのだ。
「かまいませんよ」
そう言って荷物を纏めて馬に乗せながら話しかける。
「何で俺を逃すんだ?」
前々からあった疑問を尋ねてみる。
「ん〜?それはどう言う意味ですか?」
予想外の質問だったのだろうか、首を捻って聞き返してくる。
「そのままの意味だ。だっておかしいだろ、態々逃すなんて。捕まって余計な事を喋るかも知れないんだ。不都合な罪は全部俺に被せてしまって、殺して見つからない様に処分した方がずっと安全だし楽だ」
そう、今日こいつが来た時も真っ先に疑ったのがそれだ。それなのにこいつは何もせず、本当にただ別れの挨拶をしに来ただけだった。
「それに、もし俺にまだ何かをさせたいのなら、それこそ自由にせず何処かに匿っておけばいい」
そのどちらでも無く態々自由にする。しかも、大金まで持たせて。その理由が分からなかった。
「何だ、そんな事ですか。仲間じゃないですか。殺すなんて、そんな酷いことする筈ないじゃないですか」
ハッ、思わず鼻で笑ってしまった。仲間なんてこれっぽっちも思ってないくせに、いけしゃあしゃあと。
「酷いですねー。まぁ、真面目な話をすると、1つは私は貴方が捕まるとは思っていないし、余計な事を口走るとも思っていない。だから態々殺す必要はない」
そう言って指を一本立てる。嫌な信用だ。
「2つ、貴方を自由にするのはその方が面白い結果になりそうだから。最初に言ったじゃないですか、趣味だって。より面白そうな方に、それだけです」
2本目の指を立てる。
「貴方はきっと背景の名無しのモブでは無い。名前を持った歴としたキャラクターになれる器だ。それがこんなところで燻っているなんて勿体無い」
訳がわからない。分からないが
「きっと碌な事じゃ無いんだろうなぁ」
思わずため息が出る。理解出来ない考えだ。
「まぁ良いか。それじゃあな、二度と会わないことを切に願ってるぜ」
そう言って馬に跨り出発しようとする。
「ええ、ラリーさん、またお会いましょう」
最初から最後まで人の話を聞かない女だ。
「そう言えば」
ここで、ふと思ってしまった。余計な好奇心、疑問。直ぐに立ち去ればよかった、余計な事を聞かなければよかった。
聞いてしまった事を後悔している。
「なぁ、何でこんな事出来るんだ?」
それは当たり前の疑問。手をかした俺が言えた事では無いのは分かっている。だが、聞かずにはいられなかった。
これから起こる戦争、これまでに起こした貧困。それ以前から行ってきたであろう非道。それら全部ひっくるめての疑問だった。
何を思ってこんな事をしているのか?何を感じているのか?
それを聞きたかった。
だが
「捕まっていないからです」
あいつはそう言った。
意識が現在に戻ってくる。
思わずまたため息が出る。
アンリ ジャオにとって他者を虐げる事は、破滅させる事は、思う事など何も無いのだ。
それが当たり前すぎて、普通すぎて、疑問を感じる事も罪悪感をいだく事も無い。
だからあいつは俺の言葉を、どうして今も悪事を続けているのか?という、何故、悪事を行うのかという理由では無く、今でも続けられている原因、根拠を聞かれていると思ったのだ。
ズレている。
俺とは決定的にズレている。
近場の街まで行って今日は休もう。思い出しただけで疲れてきた。今日はもう休んで明日からまた遠くを目指そう。
誰も俺を知らない土地に行こう。そこで新しい人生を生きよう。もう一度新しく商売を始めるのもいいかも知れない。
だから、本当に思う
「神様お願いです、アンリと二度と会わない事を切に願います」
生まれて初めて本気で神に祈った。