すっかり日も暮れて、人々も寝静まった深夜にふと目が覚め、自室のベッドから上体を起こす。
窓の外を見れば月が綺麗に出ている夜で街の景色が良く見えた。
思えばここまで長かった。叔母の無茶な振りから始まり何とかここまで来た。
気がつけば歳は70も間近。ようやくここまで来れた。
最近は目を瞑れば昔の事ばかり思い出す。
戦争に巻き込まれて、森を切り開いて、町を起こして、魔物と戦って、住民問題に走り回って、仲間と笑い合って、兄と絶縁状態になって、結婚をして、子供が出来た。
良い事も悪い事もいっぱい……いや、悪い事の方が若干多いか?
兎も角、本当に色々あった。
『クロム』『坊ちゃん』『父さん』『ちっ、クロム』
今も目を閉じれば、こうして色んな人の呼ぶ声が聞こえて来る。
『おじいちゃん』『町長』『クロムの旦那』
しかし、1番大きく聞こえて来るのは
「やあ、クロム君」
目を開ければ先程まで誰もいなかった部屋にいつのまにか1人の女性がいた。まったく相変わらず勝手な人だ。
「久しぶり」
「ええ、お久しぶりです。アンリさん」
久しぶりに見た叔母は不思議な事に昔よりも若くなっていた。相変わらず訳が分からない人だ。
「5年ぶりくらいかな?」
「妻の葬儀以来ですから、正確には5年と8ヶ月ですね」
私がそう返せば
「そっか、ヴァネッサさんが亡くなってから、もうそんなに経つのか。いやはや、時が経つのは早いですね」
本当に、本当に一瞬だけ悲しそうな表情で此方を見ていた。
「それで、今日はどうして此方に?最近忙しそうにしていると聞いていますが?」
ここ最近は関わって来なかったのに突然の訪問だ。不思議に思って聞いてみると
「何、少し君と話しておきたいと思ってね。……もう、余り長くないんだって?」
その言葉に思わず
「はははは、いや、失礼。まさか貴女に心配される日が来るとは夢にも思わず」
そう、思わず笑ってしまった。
「ええ、私も良い年です。元々歩くのも億劫だったところに、先日病にかかってしまいましてね。もう、何時死んでもおかしくないのですよ」
アンリさんは私の顔をじっと見て
「……なあ、クロム君。私なら君の病気を治してあげられる。いや、それどころか若返らせる事も出来る。もう少し生きてみる気はないかい?」
そんな提案をしてきた。
「勘弁して下さい。これまでの人生、どれだけ大変だった事か。もう一度あれをやれなんて、勘弁してほしいですよ。それにこれ以上は息子の邪魔になりますからね」
私が真剣に答えれば
「……そっか、じゃあ仕方ないか。それじゃあこの話は無し!代わりに最近どんな事があったか教えてよ。私はね……」
そう言って勝手に話始めた。本当にマイペースな人だ。
それから2人で最近あった出来事を話し合った。どんな仕事をしたとか、誰それとこんな話をしたとか、他愛も無い会話をしていった。
「そう言えば最近養子をとったんですよ。これが可愛気の無い子でね」
「それは、何とも気の毒に……」
この人の子になってしまうとは、何と不運な。きっとろくな目に合わないだろう会ったこともない子に、自分と重ねて同情してしまう。
「その反応は納得いかないなぁ〜。まあ、否定出来ないけど」
それから更に話して、大体最近の事を話し終えたあたりで
「ねえ、クロム君。君の人生は大体私のせいで滅茶苦茶になったわけだけど、どうだった?」
急に真面目な表情で聞いてきた。
「そうですね。まぁ、大変でしたね」
戦争に巻き込まれて、町起こしを丸投げされて
「苦しい事ばかりでしたし」
人を殺した事も、魔物と戦った事も
「嫌な事も沢山ありました」
兄弟仲が悪くなった事も、陰で私を悪く言う人もいっぱい見てきた。
「でも、まあ」
思い返して見れば
「悪くなかったですね」
美人の嫁さんをもらえた。からかってくる友人とも出会えた。子供も孫も出来た。したってくれる住民も沢山いる。
これで悪いはずがない。
今はそう思える。
「そっか」
アンリさんはそう言うと静かに此方を見てきた。
そう、十分だ。もう十分生きた。子供も立派に育った。私には似ずに妻に似たけど立派に育った。後の事は安心して任せられる。
ああ、もう十分……
「てい!」
パシンッ‼︎と良い音を鳴らして頭を叩かれた。
「いたっ!」
「何勝手に満足して死のうとしているのですか。そんな事許すわけないでしょう」
「そんな理不尽な」
頭をさすりながら言い返せば
「良いですか?ジャオの人間が自宅のベッドで穏やかに死ぬとかあり得ません。ジャオの死に方は2つに1つ。みっともなく地面に這いつくばって死ぬか、最後まで走り抜けるかのどちらかです」
その無茶苦茶な言い分に
「そんな理不尽な」
思わず同じ事を言ってしまう。
「それに、あるでしょう?やり残した事が。よいのですか?未練を残して死んだら悪い魔女に死後も利用されてしまいますよ?」
そう言って壁に掛けてある剣をとって私に投げてくる。
昔からずっと使ってきた相棒だ。歳を取って使わなくなっても、手入れだけはずっとしてきた大事な剣だ。
「相変わらず勝手な」
はあ、しかし、まあ、そうだよな
「アンリさん」
ベッドから立ち上がり、剣を抜く。
「はい」
「貴女は間違っている」
「はい、知っています」
「だから、残された家族として、俺があんたを止める」
そう言って剣を構えれば
「やっとそれですか。相変わらずクロム君ですね〜」
呆れた様な表情でそう言ってきた。
自分でもそう思うのだから言い返せない。しかし……
「おや?どうかしましたか?」
思わず笑ってしまいそうになった俺にアンリさんは不思議そうに尋ねてくる。
「いや、何。これから死ぬのだとしても、自分の成長を実感出来るのは嬉しくてね」
そう返すと、目をパチクリとさせて
「あはははははは、いやそうですか。それは羨ましい。私などもう長い事それを味わっていないというのに、いやはや本当に羨ましい。あははは」
一通り笑った後
「さて、名残惜しいですが始めますか」
「ああ、そうだな」
そう言いながら、真っ直ぐにアンリさんに斬りかかる。
まったく、本当に
「うおああああー‼︎」
悪くなかった