「私とアンリさんの関係っすか?」
マリーさんが首を傾けて聞いてくる。
いつもの御用聞きに来たマリーさんに前々から疑問だった事を聞いてみる。
この家に引っ越してきてから1月が経った。
未だに勉強漬けの毎日だが、日々の暮らしにようやく慣れてきた。そうして余裕が出てきたお陰で周りの事が多少分かってきた。
先ずこの家だが王都の貴族街と呼ばれる区画の端っこの方にある邸宅で、貴族の屋敷としては小規模(それでも庶民の家の10倍以上あるが)な邸宅だ。
この家にどうやらアンリは1人で住んでいたらしく空き部屋だらけで、その内の1つを僕の部屋として使っている。
次にアンリは親には向いていない人間だと言う事だ。
家事は一切やらずに、食事はお金だけ渡して勝手に食べてこいと言うし、家の掃除は定期的に来てくれるハウスキーパーさんがしてくれて、僕の教育は家庭教師任せ、そのくせ定期的に来ては僕の事を煽ってくる。何がしたいんだ、この人は?
最後にマリーさんとの関係だ。
この家には余り人が訪れて来ないし、来ても仕事で来るだけだ。マリーさんも仕事だけれど、なんと言うか、彼女からはアンリに対して好意的な感情を感じるのだ。
なのであの怪物とどんな関係なのか聞いてみることにしたのだ。
「そうっすね〜。簡単に言えば恩人兼後ろ盾っすかね。私の家、元々は隣のノチウドラに居たんすけど、お父さんが事業に失敗しちゃて夜逃げ同然でこの国に逃げて来たんっすよ。その時に助けてくれたのがアンリさんなんすよ。なんでもアンリさんがノチウドラに来た際に偶々会ったお父さんと仲良くなったらしくて、その時の縁を頼りに来たんっすよ」
……アンリと仲の良いお父さんか。……一気に会いたくなくなったな。
「そんな訳で、この国に来た際色々面倒を見てもらって、今も他の勢力に対する後ろ盾をしてくれているっす」
「他の勢力?」
「そうっす。暗黙の了解になっているっすけど、王都で働く商店には後ろ盾が必要なんすよ。表通りにお店を出している所は貴族に、裏通りはマフィアに献金して守ってもらうんすよ。そうしないと直ぐに潰されるっす。
そして、我が家の後ろ盾がアンリさんっす。アンリさん、基本そう言った事はしないらしいんすけど、友人として特別に後ろ盾になってくれたっす。見返りも求めてこないっすし、伯爵家に敵対しようとする人もそうそういないし、本当に助かっているっす!」
なるほど。しかし、どうしてアンリはマリーさんにこれほど肩入れするのだろうか?彼女達に何かあるのだろうか?
「マリーさん、良かった。まだいてくれて」
と、噂をすれば何とやら、アンリがやって来た。
「はい、何か用っすか?」
「ええ、今日この後御時間あるかしら?」
「大丈夫っすけど、何か御用っすか?」
「はい、一緒に王都の観光案内をしてくれませんか?よくよく考えてみたらシンさんまだ王都に来てからろくに外を出歩いてませんので、せっかくなので勉強の息抜きがてら見て回ろうかと。私と2人きりだと絶対嫌がるので。あ、お昼は奢りますよ?」
と、突然の提案がされた。後、2人で観光とか絶対に嫌だ。
「そう言う事なら任せて下さいっすよ。じゃあちょっと家に連絡してくるのでちょっと待っててくださいっすよ」
そう言ってマリーさんが走って行く。
「……何のつもりだ?」
嫌な予感がして尋ねてみれば
「ただの社会勉強ですよ。そんなに警戒しないでください」
嘘臭いことこの上無い。
「本当なんですけどねぇ」
そう言って肩をすくめるとそれっきり何も言わずに、ただ黙ってマリーさんが来るまで静かにしている。
それからしばらくして
「いや〜、お待たせしました。家には連絡してきましたんで大丈夫っす。それで、何処からいきましょうか?」
「そうですね、とりあえず大通りを城に向かって歩いて行きましょうか」
「了解っす。それじゃあシン君、行くっすよー‼︎」
そう言ってマリーさんは僕の手を引っ張って走って行く。
昼間の大通りには1月前の自分には想像も出来なかっただろう程の人がいて、とても活気があって、人の熱気が凄い。
「あの料理屋は表通りの店にしてはお安いからおススメっす。あっちは高くて手が出せないので入ったことが無いので分からないっすよ。その向かいのお店は………」
マリーさんはおススメのお店を次々に紹介してくれている。若干食べ物関係に偏っている気がするけど凄く面白い。今度行ってみようと思えるのはマリーさんの話が上手だからだろう。
逆に
「あそこの通りを入って真っ直ぐ行って突き当たりを右に曲がると怪しい葉っぱ吸ってハイになっている人が沢山いるお店がありますよ。あっちの道を真っ直ぐ行くと裏社会の人の事務所があるので覚えておけば役に立ちますよ?」
アンリの情報は全く興味がそそられない。むしろ直ぐに忘れたい。ただ、近寄っては駄目な場所として覚えておこう。
「あ、あの立派なボロ屋敷が冒険者ギルドっす。比較的新しい建物なのに態々見た目を古く見せてる訳の分からないこだわりは何なんすかねぇ?築3年っすよ、あれ」
視線の先には築50年は経っていそうな建物が見える。入り口はスイングドアで向こう側には如何にも荒くれ者と言った風体の人達がいる。少し近寄りがたい。
「そんなに怯えなくても大丈夫ですよ。ああ見えて皆さん結構礼儀正しいですから。縦の繋がりもしっかり守りますし、横の繋がりも大切にする真面目な方々が多いですから。あのこだわりは私にも分かりませんが」
と、アンリが意外な事を言ってくる。
「おや、随分と詳しいっすね?」
「ええ、若い頃一時期冒険者をしていた時代がありまして」
なるほど。まぁ、意外って程でもないか。荒事慣れてそうだし。
「それよりも昼食にしませんか?丁度そこのお店入ってみたかったんですよ」
そう言ってアンリは近くのお店を指差します。
「お、アンリさん見る目ありますねー。あそこのお店は評判良いですよ〜」
マリーさんはそう言ってお店に入って行きます。
店内は時間的にお昼前という事もあり人が沢山いたがギリギリ席に座れた。
「いらっしゃいませー」
店員さんの声を聞きながらメニューを見る。
「ここは私が出しますので、どうぞ好きな物を注文してください」
「ありがとうございますっす。そうっすねー、店員さーん」
マリーさんは直ぐに決まったのだろう。店員を呼んで注文をしている。
「おや?」
「どうかしましたか?」
ふと、マリーさんが何かに気づいたのか壁の方を見ている。
「あのー、すいません店員さん。あれは何すかね?」
そう言って壁を指差す。
つられてその先を見てしまい、思わず顔を下に向けてしまった。
「あ、はい。あれは行方不明者の捜索願いの似顔絵です。実はこの近辺で1月位前に、何人もの子供が行方不明になっているんですよ。正直皆んなもう生存は絶望的だと思っているのですが、家族の方は今も信じてああして情報を求めているのですよ」
「そうなんすか、それは……」
マリーさんが何か言っているが耳に入ってこない。だってあれは……
「そうです。彼等は先月貴方が王城で殺した人達です」
小声でアンリが話しかけてくる。
「どうやらご家族の方は今も信じて探しているようですね。無駄な事だと他の誰よりも貴方は良く知っているでしょう?どうします?もう死んでいるって教えてあげましょうか?」
罪の意識から顔を上げる事が出来ない。今、自分がどんな顔をしているか分からない。前を向くのが怖い。
「冗談ですよ。そんな事しませんって。それよりも、社会勉強です。良いですか?たとえどんな気持ちであろうとも表情に出してはいけません。内面と表情は分けておきましょう。私を見てください。真面目な表情をしているでしょう。しかし、貴方の今の顔が面白くて笑いを堪えるのに必死なんですよ」
そうして顔を近づけてくる。
「さあ、笑ってください。罪の意識?自己弁護?後悔?懺悔?そんなのどうでも良いから見た目を取り繕ってください。じゃないと私が笑い死んでしまいます。
さあ、笑ってください」