この刑務所に入れられてから1月が経った。その間私に与えられた仕事は炊事洗濯や雑用だけだった。それも当然でこの刑務所の主な労働は金属の精錬と加工だ。私の様な子供がいても邪魔にしかならない。
楽な仕事ばかりしていてやっかみを受けるかとも思ったけど他の囚人もそれくらい分かっていてそんな事は起きなかった。と言うか私が彼等の仕事をしても自分達の仕事が増えるだけだと分かっているから何も言わない。
今はまだ子供の内はそれで大丈夫そうだ。
そして、意外だったのが看守達の態度が私が思っていたものとは大分違うことだ。
もっと映画みたいに賄賂を要求したり、暴力を振るったり、はたまた模範囚相手には優遇したり、そういった事が有るかと思っていたけど、そう言ったものは無く、何というか事務的な対応だった。
ルールには厳しく、暴力的ではあるが、理不尽な要求はせずに淡々と仕事をこなし一定の距離感を持って対応してくるのだ。
私にはこの態度に見覚えがあった。これはあれだ、村にいた酪農家が家畜に対してとっていた態度と似たものだ。
いずれ殺す家畜に変な情を抱かない様に決して一定以上の距離感を保つ為の無関心だ。
だから、賄賂も受け取らないし、仕事以外では近寄らない。
しかし、これは彼等が私達を下に見ているとか傲慢だとかそう言う事では無いと思う。
彼等の態度は自分の心を守る為のものだ。この先の私達の行先を思えば人としての情を持ってしまえば耐えられないからだ。
「あ、……う、あ」
廊下に並べられて昼の点呼をしている最中、1人の囚人が倒れ、小さなうめき声をあげて動かなくなった。
看守達は彼女を黙って担架に乗せて運んで行く。運ぶ場所は刑務所の端にあるとある施設だ。
そうして再び何事も無かった様に点呼が再開する。
『カーンビー刑務所の主な労働はミスリルの精錬です』
アンリが言っていた事前知識を思い出す。
『刑務所が有る地域は我が国で、いえ、周辺諸国でも唯一のミスリル鉱床がある地域でその利益で非常に裕福な地域でした。昔、ノチウドラに攻められたのもコレが原因ですしね。まぁ、その後の外交努力と輸出量の増加の約束で今は何とかなっていますが。
ミスリルは武器としても魔術の触媒としても最上級の物ですし、貴族の身につける宝飾品としても重宝されています。唯一となればさぞ美味しい商売をした事でしょう』
点呼を返しながら運ばれて行く女性を見ます。
『しかし、ある問題が発生します。ミスリルの精錬の際に出る煙や粉塵が人体にとって非常に有害だったのです。ちょっとやそっとなら問題はないのですが定期的に大量に吸い続けると突如として牙を向いてきます』
私以外は誰も彼女の方に視線をやりません。
『当時その地域を治めていたカーンビー家の当主は欲に目が眩み、この問題が発覚しても生産量を落とすのを良しとしませんでした。反発する村人や労働者を無理矢理閉じ込め、仕事をさせました。その時作られた施設が現在のカーンビー刑務所の元になりました』
点呼が終わり皆、仕事に戻って行きます。
『その後、帰って来ない家族を心配した村人や周囲の人間が領主に嘆願したり、他の地域の人に助けを求めたりしましたが一向に家族は帰ってこず、それどころかドンドン人が施設に入れられ、誰も出てこない事で皆、事態を察し、内部からの密告で明らかになりました。
家族を失った民衆は怒り狂い領主の家に討ち入り領主を殺害しました。その後国によって事態は収められ民衆の先導者は処刑。領主の一族は私財の没収の上で追放となり、領地は国の直轄地となり鉱山は国の物になりました。この背景には鉱山を欲した国が裏から扇動していたとの噂もありますが真偽の程は定かではありません。
その後国は施設を改造し、犯罪者に精錬作業をやらせる事で問題の民衆を沈静化しました』
私も仕事をしながら彼女が運ばれて行った施設を見ます。
施設に有る煙突を見ながらアンリとの会話を思い出す。
『さて、話は少しズレますが、貴女はミスリルと聞いてどういった物を思い浮かべますか?』
『?……えっと、魔法の力が宿った銀の鉱石?』
『はい、魔力を宿し、武器にすれば魔法の力を与え、魔術の触媒にすれば大きく魔力を増幅してくれる金属。一般的にはその認識で間違いありませんが、それは間違っています。良いですか?ミスリルは鉱石ではありません』
『?鉱石じゃ無いなら何なのよ?』
『ミスリルは鉱石でも金属でもありません。ミスリルは生物です』
そう言ってアンリはミスリルのスプーンを私に投げ渡した。
『コレが?』
『はい。生態としてはカビやキノコ等の菌類に近いですね』
『コレがねぇ〜』
そう言ってスプーンで机を軽く叩くがどう見ても金属にしか感じない。
『ミスリルは通常時、金属の様に固定された状態でいます。しかし、加工するなどしてその粉末が体内に一定量以上入り込むと一変します。内臓の中で周囲から養分を吸い取り自己を増殖させようとするのです。しかし、大抵の場合増殖は失敗し、宿主は死に至ります』
私は咄嗟に手に持っていたスプーンを投げ捨てた。
『しかし、ごく稀に増殖が成功する事があります。増殖したミスリルは周囲の細胞を次々と自身に置き換えて行きます。最初は内臓から、筋肉、骨、脂肪とどんどんと作り変えて行き、最終的には人の形をしたミスリルの塊になります』
手を服で強く擦る。
『様々な動物実験を行いましたが何故かミスリルは人間以外の生物の中では増殖をしませんでした。また、何故成功する人間としない人間がいるのかも分かっていません。分かっているのは人に寄生して増殖すること。そして、武器として、道具として非常に優秀だと言う事だけです。鉄みたいに加工しやすく、鉄以上に武具の素材として優秀ですからね』
アンリはそう言ってスプーンを拾い上げる。
『カーンビー刑務者の実態、それはミスリルを増殖、生産する為の農場であり、貴女達囚人は誇張なしに肥料の役割を与えられているのです』
私は、もう一度煙突を見上げる。
煙突からは煙が上がってきた。彼女はミスリルには成らなくてすんだようだ。
刑務所内で倒れた人間は煙突の有る施設に連れて行かれ、成功なら金属として加工され、失敗なら焼却炉で処分される。
煙突から煙が上がったという事は彼女は人として死ぬ事が出来たのだろう。
死後に道具として尊厳を陵辱されなかっただけましだろう。
やっぱりこの国はクソだ。絶対に滅んだ方が良い。この刑務所も何時か必ず潰してやる。
立ち昇る煙を眺めながら私は決意を新たに自分の仕事に戻っていく。