「リリさんは気付いてくれたでしょうか?」
私は彼女に送った地図を思い出します。あの地図に記したのはあの刑務所最大の急所、建築の不備です。
ほんの数年前の話です。設備の老朽化に伴い新たに建築し直す話が出てきました。
その際、私は後々の為に仕込みをする事にしました。
私がした事は予算の削減、人員の削減、納期の短縮です。
現場からの怨嗟の声が聞こえてくるようです。しかし、いつの世も現場の声は無視されるのが世の習いです。見事に意見が通りました。
態々工事の責任者にお金に苦心している人を押し込んだかいがありました。ちょっとくらい横流ししてもバレませんって、と頑張って誘惑したかいがありました。
結果、無理な作業日程、足りない人員、人件費材料費のコストカットといった、地獄の現場環境が出来上がりました。
前世日本もそんな感じだった気が……考えるのをやめましょう。
兎も角、そんな環境ですから色々無理が出ました。
例えば、本来コンクリートで天井を作る際、枠組みを作り、下の階に天井を支える支柱を何本もおき、その後にコンクリートを流し込んで固まるのを待ちます。その後コンクリートが固まった後に支柱を撤去し、次の階層に取り掛かります。
しかし、納期の短縮により、コンクリートが完全に固まりきる前に次の階の作業に取り掛からなければならなくなりました。
更に、予算と人員の削減により下の階に設置する支柱の本数が減り、結果、天井が下の階に垂れ下がった状態で固まっています。
コレは下から見上げただけでは案外分かりづらいものです。
この上にドンドンと次の階層が積み重なっていったわけです。結果、全体的に歪んだ建築物になりました。
更に私は建築家の『アン・ネーハ』として偽のキャリアを作り、現場に参入しました。
そこでカンチレバーの提案をしました。
カンチレバーは前世において多用途で、建築家にとって様々な問題を解決してくれる建築家の友でした。
カンチレバーを使う最大の利点は眺望を遮らずに済むことです。建築家の望むデザインを叶えてくれます。
しかし、カンチレバーは設計時の計算が大変です。落下や回転の力がかかるだけではなくカンチレバー自体の重量や用途によって追加される重量の計算もしなくてはなりません。片側だけで支えているので計算を間違えると落下してしまいます。
前世のメキシコの商業施設で屋上にプランターを設置し重量オーバーになりカンチレバーが崩落した事件がありました。
計算を間違えると大事故に繋がります。
この刑務所の最上階のカンチレバーは限界ギリギリの長さを狙って設計してあります。重量物を大量に持ち込めば崩れ落ちます。
そうなれば其処を起点に歪んだ脆い建物は上から順番に崩れ落ちて行きます。
刑務所から脱獄する方法はコッソリと見つからずに抜け出すだけではありません。看守を全員殺してしまい、正門から堂々と出れば良いのです。
刑務所の職員は月に一度、最低限の監視を残してこの建物で全体集会を行うタイミングがあります。
そのタイミングで最上階に重量物を持ち込み、建物を崩落させて看守を下敷きにしてしまえば一気に刑務所を制圧できます。
リリさんは気づいてくれるでしょうか?そして出来るでしょうか?
何なら適当な悪党にこの事実を教えてあげればそれだけで勝手にやってくれるかもしれません。良心の呵責に悩まされると言うならそれで自分に言い訳ができます。
まぁ、他にも方法はあります。見つからない様にコッソリ出るのも良いでしょう。ゆっくり考えて答えを出せば良いでしょう。
さて、リリさんはそれで良いとして、そろそろシン君も次のステップに進みますか。
現在シン君は学校に通い、休みの日には何やら病院に通いながら医学の勉強もしているようです。
勉強熱心で大変素晴らしい。
学校では腐った感性ではなく、真っ当な感性を持った友人も出来て上手くやっているそうです。
しかし、そろそろ油断して弛みが出てくる頃合いです。実際に先日、友人の影響か甘っちょろい事を言ってきました。ここは1つ喝を入れる為にも試練を与えましょう。
私は机の中から3枚の手配書を取り出します。
さて、どうなる事でしょう。絶対に良い方向には進みません。しかし面白そうではあるのです。
私は3枚の内の1枚『シルバ・ゴールド』と書かれた手配書を丸めてポケットに入れて歩き出します。