「先生、言われた課題終わりました。
僕はモラモラ先生の病院の事務室で机の上に本を積み上げる。
『医学・薬学の基礎』『家庭の医学 実践編』『薬草・毒草大全』『調薬の基礎』『訪問診療基礎マニュアル』『魔術による特殊診療例』『魔物被害 外傷編』などなど、医学の本を置いていく。
「そうですか、それでは後で簡単なテストをしましょうか」
そう言って先生は本を一旦横に置く。この本は先生に覚えろと言われて渡された本だ。
4ヶ月前、先生に回復魔術の才があると言われ、先生の元で医療について学ぶ事になったわけだが、その時に『4ヶ月で覚えろ』と言われて渡されたのがこれらの本だ。
普段優しい先生だが、仕事と勉学に対しては非常に厳しい。積み上げられた本は大人の手の指先から肘の高さくらいまである。これを普段の学生生活と並行して且つ、病院の手伝いをしながら全て覚えろと言われた時は無理だと思ったものだが人間何とかなるものだ。
「それでは次は3ヶ月でこれらを覚えてください」
そう言って机の上に新しく本が置かれる。
『地域別、文化と食生活の違い アルバ王国編』『宗教・信仰の戒律』『病気の世界史』『冒険者向け応急処置マニュアル』『毒性を持つ魔物図鑑』等々、ドカドカと置かれていく。思わず顔が引き攣る。
「さて、それでは今日の診療を始めましょう」
そう言って先生は部屋から出て診察室に向かって行く。僕は思わず膝からくずれ落ちる。
「大丈夫?」
窓から小さな女の子が顔を覗かせて此方を見ている。
「大丈夫だよ、ちょっと驚いて力が抜けちゃただけだから」
彼女はミルファ。長い黒髪が特徴の近所の孤児院に住む女の子だ。孤児院の子供達はそれぞれ働いて孤児院の経営を助けている。彼女はこの病院で家事や雑用をして働いている。今は庭の薬草に水をあげていたみたいだ。
「先生言ってたよ、学問に終わりは無いって」
10歳に満たない子供に諭されてしまった。
「おっしゃる通りで」
パンッと頬を叩き気合いを入れ直す。気持ちを切り替えて先生の助手をしながら色々学ばせてもらおう。ヨシッやるぞ!
「あ、さっきアンリさんが来て、お昼に教会前に来るようにだって」
その言葉を聞いて、入れた気力が再び抜けていく。
お昼に言われた通りに教会前にやって来た。正直ここには来たくない。何とかしたいと思っている。この教会で行われている奇跡を。しかし何も思いつかない。教会の力は大き過ぎるし、何よりあの聖女と同じ価値観で話せる気がしないのだ。
「やあやぁシン君、来ましたね」
教会前で待っていたアンリが声をかけてくる。
「いきなり何のようだ?それもこんなところで」
そう問えば
「いや、何でもエミリーさんが本国から呼ばれたらしくて、急にアーリア聖光国に行くことなりました。ですので、しばらくこの国からいなくなるそうです。具体的には1年程。なので出発前に挨拶でもと思いまして」
それは、その、正直嬉しい。今はたとえ一時的だとしても、あの怖い聖女がいなくなるのは本当にホッとする。
「それでは行きますか」
そう言って教会の中に入って行く。僕もそれに続く。
「アンリ〜、1年も離れ離れになるなんて寂しいですよー」
そう言って抱きついてくるエミリーさんをアンリはかわして逃げ回っている。
僕はと言えば
「どうも、はじめまして」
「こちらこそはじめまして」
そう言って部屋の隅で初めて会った人達とペコペコ挨拶を交わします。
どうやら彼女達は聖騎士と呼ばれる教会直属の騎士だそうで、今回の聖光国までの聖女の護衛だそうだ。聖女の立場とイメージの為に全員女性で固められている。
「私は護衛団の隊長を務めさせてもらっていますメイルゥと言います。以後お見知りおきを」
「いえ、こちらこそ」
そう言って2人でペコペコ挨拶をします。なんだろう、隊長を任されるくらいだから凄い人なのだろうけれど凄く腰の低い人だ。
メイルゥさん以外は訓練された騎士らしく直立の姿勢で微動だにしない。声をかけ難い。
窓の外では教会の人達が馬車に荷物を載せている。旅支度だろう。あれ?今棺桶みたいな物が運び込まれたぞ?……まさか、妹さん?いや、気のせいだろう。そうに違いない。
「そう言えばどうして急に聖女様が呼ばれたのですか?」
とりあえず今回の話を軽く振ってみる。
「それは新しい勇者様の就任が決まったからです。その式典への出席が今回の目的ですね」
へー、そうなのか。聖光国はここから遠いし、勇者様の本分は魔物退治と聞く。僕には関係無い話だろう。
「お手紙書きますから〜」
「いりません」
2人はまだ追いかけっこをしている。兎も角しばらくは聖女がこの国からいなくなる。正直彼女は苦手なのでそれは少しばかり安心だ。