ひきこまり吸血姫の執事   作:神無月 優

14 / 30
誤字脱字修正報告をくださった方には感謝してます!




サクナ・メモワールと七紅天たち 前編

 第七部隊十連勝目の礎となったチンパンジー戦、その翌日。

 ムルナイト宮殿、謁見の間へと続く廊下。

 コマリ様を先頭に俺とヴィルヘイズ、そして何故かカオステルが後ろについて歩いていた。

 

「・・・・・・ふん、皇帝のやつにも困ったものだ。いきなり呼びつけるなんて礼儀知らずにもほどがあるな。私の爪の垢を煎じて飲ませてやりたいくらいだ」

「おおっ! あの〝雷帝〟に対して歯に(きぬ)着せぬ物言い・・・・・・! さすがです閣下」

「そ、そうだろう。・・・・・・で、カオステル。お前はどうしてここにいるんだ?」

 

 まさに俺が疑問に思っていた事をコマリ様が切り出した。

 

「実は・・・・・・一つお渡ししたいものがございまして」

 

 カオステルは持っていた手提げ袋の中に手を突っ込んだ。

 取り出したものは綺麗に折り畳まれた服。

 もしやあれは──

 

「以前、閣下のグッズを作るという話がありました。ひとまず第一弾として『閣下Tシャツ』をつくってみたのですが、まだ本人に献品していなかったので」

「は?」

 

 コマリ様は手渡されたシャツを広げる。

 シャツのオモテ側中央にデカデカとコマリ様の顔(半笑い)がプリントされていた。

 これには俺も思わず苦笑いをしてしまう。

 もっとマシな写真は無かったのかと。

 そして俺には二着手渡された。

 一着は陛下に渡せという事だろう。

 

「・・・・・・は?」

「素晴らしいでしょう? これが飛ぶように売れていましてねぇ、他のバージョンも作ろうかと試行錯誤しているところなんですよ。恥じらいの表情とか拗ねた表情とか」

「はああああああああああああああああ!?」

「お前ら・・・・・・コマリ様に確認する前に売ってたの? 馬鹿なの・・・・・・?」

 

 誇らしげなカオステルに対してコマリ様は憤慨し、俺は呆れたように見る。

 それを気にも留めずにカオステルは口を開く。

 

「閣下も是非着てみてください」

「私が着たらおかしいだろ! 同じ顔が二つあるよ!」

「可憐さが二倍になります」

「アホか! たとえ川に落っこちてびしょびしょになってこれ以外着るものがなかったとしても着んわ! おいヴィル、なんとか言ってやれ!」

「私も百着買いました」

「給料の無駄遣いはやめろ!!」

「ヨハンも毎日軍服の下に着ているそうですが」

「あいつ何なの!?」

 

 コマリ様は頭を抱えられる。

 ヨハンもミリセントの一件以降はコマリ様へ忠誠を誓っており、コマリ様のことを一人の女性として意識している節がある。

 他の隊員も烈核解放を発動し圧倒的な力を見せたコマリ様の姿を目撃し、さらには可憐な容姿と優しい性格も相まって好感度は絶賛鰻登りである。

 

「はぁ・・・・・・もういいけどさ、なんかするときは、私に確認取ってくれよ」

「承知いたしました。次のグッズはご期待に応えられるよう鋭意努力いたします」

「コマリ様は一言も期待しているとは言ってないけど?」

「私は言動の裏側まで読んでいるのですよ。今となっては閣下の考えている事が手に取るように分かります」

「何一つ分かってないじゃん!」

「コント中尉、とっておきの写真があるので是非・・・・・・」

「ヴィルは黙ってろ!」

 

 コマリ様は変態どもを叱咤しつつ、Tシャツはヴィルヘイズに押し付ける。

 それにしてもグッズ制作の話には(面倒だったので)最後まで関わらなかったのだが、普通本人の許可無く上司のグッズを作って売り捌くか?

 まあ俺もコマリ様に渡したいものがあったからこの流れに乗るとしよう。

 

「コマリ様、ついでと言ってはなんですが・・・・・・私からもお渡ししたいものがあります」

「はぁ・・・・・・? アルクも私のグッズを作ったの? そういうことやらなさそうだけど」

「グッズ──ではないのですが、きっとコマリ様には喜んで頂けると思います」

 

 俺は懐から取り出したものをコマリ様へと手渡す。

 

「本・・・・・・? けど表紙やタイトル、著者名が無いぞ」

「試作版というのもありますが、タイトルと著者名はコマリ様の名誉のために伏せさせて頂きました。」

 

「どういうこと?」と首を傾げながらコマリ様は本を一頁ずつめくる。

 次第に本をめくるスピードは増していき──

 

「ア、アルク!? これ、もしかして──」

「はい。コマリ様が一度は処分した小説です。そのコピーをもとに私が編集、加筆をして出来たのがこの文庫本になります」

 

 コマリ様の自作小説『いちごミルクの方程式』。

 俺は内容を読んで捨ててしまうのは勿体無いと思い、コピーを保管した。

 そしてそのコピーをもとに書籍化を試みた。

 無論ボツだったのか文字数が少なかったため今回は短編小説という形になったが、文章だけで評価すれば書店に並んでいても遜色ない出来栄えになったと思う。

 

「・・・・・・凄い。わ、私の小説が本に!? これまだ売ってはいないんだよな!?」

「勿論です。あくまで私なりの解釈を加えた内容ですし、まだコマリ様には書籍化の話はしていませんでした。執筆者の許可なく売り物にしようなどとは考えませんよ。それでコマリ様さえ良ければ、是非とも今度作家と編集者というフリで打ち合わせをしてみませんか?」

「「!?」」

「おおー、なんか小説家っぽいな! そういうお願いなら大歓迎だ」

「「!?!?」」

 

 ヴィルヘイズとカオステルは驚愕とともに恨めがましくこちらを見てくる。

 なぜだか変態どもが悔しがる姿を見るのは気分がいい。

 

「閣下、小説をお書きになられたのですね。私も是非拝読したいものです」

「え・・・・・・嫌だけど」

「そんな・・・・・・一体何故ですか!?」

「恥ずかしいからに決まってるだろ!」

「くっ、アルク大尉・・・・・・このためにコピーを取っておいていたのですね。コマリ様との共同作業だけでなく、作品()作りまで画策していたとは」

「ヴィルはセクハラ発言をやめろ!」

 

 コマリ様が変態たちを諌めていると、前方から軍服を着た集団が歩いてくるのが見える。

 先頭を歩いている威風堂々した女性──七紅天フレーテ・マスカレール。

 それに連なるのは彼女が率いる第三部隊の男たち。

 表情を見るからにコマリ様に対して好意的では無さそうだ。

 

「──あら。これはテラコマリ・ガンデスブラッド大将軍ではありませんか。ご機嫌よう」

「だいたいお前たちはな──」

「・・・・・・ガンデスブラッドさん聞いてまして? 昨日のラペリコ戦の戦勝報告といったところでしょうか? 聞けばこれで十連勝だとか。第七部隊の躍進は止まりませんわね。でも狙う敵は雑魚ばかり。──あなた本当は弱いんでしょう?」

「今後はもっと私に敬意を持ってだな────って誰?」

 

 今気づいたと言わんばかりにフレーテの方へ顔を向けて口を開く。

 ヴィルヘイズはくすりと笑い、カオステルは誇らしげに自分の顎を撫でた。

 俺も吹き出しそうになったが、寸前で堪えた。

 目の前にいるフレーテは顔面を真っ赤にして震える声を絞り出す。

 

「『誰』・・・・・・? この私に向かって、『誰』、ですって・・・・・・?」

「すまん。どなたですか?」

「言い方の問題ではありませんわッ! そこの執事何を笑ってますの!?」

 

 だんっ!と激しく地団駄を踏むフレーテはコマリ様だけではなく俺の方にも睨みつけてきた。

 確かにコマリ様の返しが面白くて吹き出してしまったが、何で俺だけ?

 

「さすがですコマリ様! 帝国でもっとも有名な七紅天フレーテ・マスカレール帝都出身二十歳六月七日生まれ趣味は札束を数えること得意技は暗黒魔法ついた異名は〝黒き閃光〟にも恐れを知らず積極的に喧嘩を売っていくスタイル! 嫌いではありません!」

「知らないから聞いたんだが・・・・・・って七紅天? 七紅天だったの!?」

 

 フレーテは徐々に、顔色が熟したトマトのように真っ赤になっていく。

 

「ふふ、ふふふふ・・・・・・私も舐められたものですわ・・・・・・こんな小娘に虚仮にされるとは」

「べ、別にそんなつもりはなくて──ねぇヴィル、どうしたらいいと思う? このままだと関係が最悪になってしまうぞ!」

「ここは私に任せてください」

「一応聞くが何をするんだ?」

「無礼を働いたのなら誠意をもって対応するのが筋というもの。ここは一つ、真心を込めた贈り物でもなさるのがよろしいかと」

「そ、そうなのか? よくわからんが、頼んだぞ」

「承知いたしました。その代わり予定されている小説の打ち合わせには私も同席させてくださいね」

 

 ヴィルヘイズは真面目な顔をしてフレーテの前に出た。

 

「マスカレール様。大変失礼いたしました。テラコマリ様は七紅天に就任してから日も浅くいらっしゃいます。世間知らずなところはおいおい改善されていくかと思いますので、此度の件は何卒ご寛恕いただければと思います」

「へ? はあ……」

「こちらお詫びの品でございます。帝都名物『血みどろまんじゅう』。以前雑誌のインタビューでマスカレール様がお好きだと仰っていましたので」

 

 そう言ってヴィルヘイズはどこからともなく取り出した菓子折りをフレーテに差し出した。

 フレーテは毒気を抜かれたように瞬きをして贈り物を受け取る。

 

「あ、あらそう。メイドのほうはしっかりしているのね。────ん?」

「お褒めにあずかり光栄です。──ただ、マスカレール様におかれましても誤解があることを指摘させていただきます。」

 

 フレーテは菓子折りと同時に受け取っていたものを見る。

 

「コマリ様は最強です。そして世界一可憐なのです。先ほどコマリ様に対してチンパンジーのごとき低レベルな挑発をぶちかましあそばされたことから察するに、マスカレール様はその辺りの事実がご理解できていらっしゃらないのかと」

「なんですの、これ」

 

 ヴィルヘイズによって手渡されたTシャツが広げられた。

 コマリ様の顔(半笑い)が現れ、フレーテの額に青筋が浮かんだ。

 

「・・・・・・よッくわかりましたわガンデスブラッドさん・・・・・・あなたとは仲良くなれそうにはありませんわね」

「そんなことはない。同じ七紅天どうし、これから親睦を深めていけば・・・・・・」

「あなたが不愉快な態度を取っている間は無理ですわね。──まったく、カレン様のお気に入りだからっていい気になっていると痛い目を見ますわよ!」

「・・・・・・カレン様? それこそ誰だよ」

「とぼけないでくださいませ! あなたが皇帝陛下と親密な関係だということは今朝の新聞にも書いてありましたわ!」

 

 皇帝ってそんな可愛い名前だったの?──と驚かれているコマリ様に、フレーテは空間魔法で新聞を取り出し、前に広げてみせた。

 俺もコマリ様の横で新聞の内容を確認する。

 

『コマリン閣下 熱愛発覚!?  ムルナイト帝国七紅天テラコマリ・ガンデスブラッド大将軍(15)は4日、ムルナイト帝国皇帝カレン・エルヴェシアス陛下(38)に熱烈なラヴ・コールを送った。大将軍は「私がいちばん強いと思うのは皇帝陛下だ」と秘めたる慕情を悩ましげに吐露。これは〝強さ〟がモテ基準となるムルナイト帝国においては愛の告白も同義である。対するエルヴェシアス陛下は「コマリが望むのなら朕も吝かではないよ」と満更でもないご様子。二人はプライベートで「コマリ」「皇帝」と愛称で呼び合う仲だという。23歳の年の差カップルの誕生は近いか。』

 

「・・・・・・なぁにこれぇ」

「ああ嘆かわしい! カレン様もどうかしていらっしゃいますわ。あなたみたいな家柄だけが取り柄の吸血鬼をご寵愛なさるだなんて! 私には全然振り向いてくださらないのに! サクナ・メモワールの件といい、お戯れが過ぎます!」

 

 フレーテは恋する乙女のように肢体をくねらせながら悶えていた。

 性格に難のある義姉(陛下)だが、強さがモテ基準になるという話はあながち的外れでも無さそうだ。

 

「とにかく! 私はあなたのことを認めませんわ。それが嫌なら──そうですね、あなた自身が七紅天に相応しい武力をお示しなさい!」

「い、いずれ示してやるさ。だが今日じゃない」

「ふん。そうやって物事を先延ばしにしていると人生損をしますわよ!」

 

 ここまでフレーテは正論しか言っておらず、忠告からは面倒見の良さすら感じる。

 フレーテの部下が彼女の耳元で「そろそろお時間です」と囁いた。

 フレーテはこくりと頷くと、コマリ様を一瞥して歩き出す。

 

「ごきげんようガンデスブラッドさん。次に会うときは、是非ともあなたの実力を拝見したいものですね!」

 

 謁見の間とは反対方向に去っていくフレーテ。

 あ、『血みどろまんじゅう』は持って帰るのね。

 

⭐︎

 

 フレーテ軍が消え去っていくのを見届けると、カオステルは「これから仕事がありますので」と言ってその場を離れ去った。

 彼の言う仕事とは、訓練場での殺し合いか変態的な行動のどちらかだろう。

 どっちにしろ碌なものではない。

 謁見の間に辿り着くとコマリ様は扉の取っ手を両手で掴み、開けようとした。

 コマリ様にとっては重たかったのか必死な様子で力を込めている。

 ヴィルヘイズが前に出たのでてっきり手助けをするのかと思いきや僅かに開いた扉の隙間から中へと入る。

 一瞬ヴィルヘイズの顔がニヤけるのを目撃した俺はいつものように揶揄っているのだと悟った。

 俺はコマリ様に代わり扉を開けて中へ入るように促す。

 コマリ様は「ありがとう」と小さな声で囁き、謁見の間へと入った。

 俺も中へ入ると、玉座にふんぞり返って棒アイスを食べていた陛下が「おおっ!」と怪鳥のような大声をあげてコマリ様へと近寄っていた。

 

「よく来たなコマリ! 外は暑かっただろう! さあこのアイスを食べて涼みたまえ」

「むぐっ」

 

 陛下は食べかけの棒アイスをコマリ様の口へと突っ込む。

 美味しかったのかコマリ様は蕩けた顔を見せるが、すぐさま我に帰り非難の表情で陛下を睨みつける。

 

「皇帝。さっさと用件を言え」

「わっはっは! きみはせっかちだな。ところで強制間接キスのお味はどうだ?」

「キモいこと言うな! みかん味に決まってるだろ!」

「甘酸っぱくていいな」

 

 なかなかに上手い返しをする陛下。

 そんな事はどうでもいいと言わんばかりにコマリ様は口を開く。

 

「それよりも! あの新聞はどういうことだよ!」

「あの新聞? ・・・・・・ああ、熱愛発覚の記事のことかね。あれはまったくもってけしからん新聞だな。人の惚れた腫れたをセンセーショナルに報道するのは外道の所業だよ」

「皇帝のコメントが載ってたんだけど?」

「あれは『ガンデスブラッド大将軍に宣戦布告されたらどうするか?』という質問に対する答えだったのだ。やつらのやり口はきみもよく知ってるだろう? 六国新聞は完全中立を謳うかわりにどの勢力にも喧嘩を売るクズどもだ。たまーにマトモな記事を書くから取材は受けてやるのだが・・・・・・まったく腹立たしいことさ」

 

 記事を既成事実にコマリ様へと迫りそうなものだが、この場でそれをしないのは欠片ほどの良識からくるものだろうか。

 

「まあ普段なら回収号令と謝罪文掲載命令を出すところなのだが今回は忙しいので保留にしておこう」

「は・・・・・・?」

「ところでコマリよ、本題に移ろうと思うのだが」

「待って。回収してくれないの? それだとみんなに誤解されたままなんだけど・・・・・・」

 

 「俺が陛下の代わりにやっておきますよ」と言おうとしたが、陛下はこちらを睨みつけて制止した。

 余計なことするなということだろう。

 

「忙しいのだよ。なぜならきみの父君が何者かによってブチ殺されたからだ」

「忙しいとかそういう問題じゃないってはああああああああ!?」

「死体はそこに転がっている」

「なんで!?」

 

 壁際にぞんざいな感じで放置されているアルマン・ガンデスブラッドの姿がそこにはあった。

 死体袋にも入れられず昨晩から放置され続けていたのか。

 

「お父さん、お父さん! 起きてよお父さん!」

「案ずるなかれ。魔核の力で今日中には復活するだろうさ」

 

 確かに昨晩の傷は殆ど塞がっている。

 この調子なら昼頃には蘇生するだろう。

 

「昨日の御前会議の帰りに襲われたようだ。しかもアルマンだけじゃない──ここ一週間ほどで政府高官および元老、七紅天が合わせて五人殺されている。これはもはやテロだな」

「犯人の目星は?」

 

 ヴィルヘイズが陛下に問うと、陛下はわざとらしく首を横に振り、困ったように己の頬を撫でる。

 

「情けないことだが見当もつかん。なぜなら殺されたやつは一人として自分が殺されたことを認識していなかったからだ。当然犯人の顔も覚えていない」

「記憶操作の魔法、ということでしょうか」

「その可能性はある。しかし精神干渉系の魔法は大魔法も大魔法、宮殿内で発動していたならば朕が気づかないはずもない。──朕が思うに、これは魔法ではなく烈核解放だな」

「烈核解放・・・・・・それは難儀ですね」

「その通りだ。そしてこのような事件を解決するのは昔から七紅天の役目と決まっている」

 

 ここからの展開は容易に想像できる。

 

「コマリよ」

「なに」

「きみにテロリスト退治を頼」

「ヤダ──────────────ッ!」

 

 絶叫が室内に響き渡る。

 

「ヤダヤダヤダ! イヤに決まってるだろ! 私はこれから部屋に引きこもって深淵なる思索に耽りまくる予定があるんだよ! だいたい戦争に勝ったら一週間の休みをくれるって言ったのは皇帝じゃないか、嘘つきは泥棒の始まりだぞ!」

「朕はそんなこと言った覚えはないが」

「あれはコマリ様を部屋から引きづり出すための嘘でした。てへ」

「泥棒はお前かああああああああああああ!?」

 

 コマリ様はあまりにショックなのか「ふぅう、ぅぅぅぅぅぅううっ・・・・・・・・・・・・!」と可愛らしく涙を流す。膝から崩れ落ちて真っ赤な絨毯にしゃがみ込まれ、ぷるぷると全身を震わせながら歯を食いしばる。

 俺がハンカチを手渡すとコマリ様は流れた雫を拭き取り、ヴィルヘイズを目一杯睨みつけた。

 

「コマリ様、どうか落ち着いてください」

「うるさいうるさい! お前が謝るまで絶対に許さないからなぁっ!」

「ごめんなさい」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 ヴィルヘイズは珍しく深々と頭を下げて謝った。

 流石に罪悪感を感じたことと、コマリ様が泣き出すとまでは思わなかったからだろう。

 

「今後はなるべく言葉ではなく腕力でコマリ様を連れ出しますのでお許しください」

「どっちもどっちだよ!」

 

 コマリ様は怒りを通り越して呆れたような物言いをする。

 しかし表情は絶望色に染まっていた。

 

「陛下、前にも言いましたがコマリ様に休暇を与えてはいかがですか?」

「ふむ。そうだな。休暇はやろう」

「ど、どういうこと?」

「このままでは可哀想だからな──テロリストを捕まえることができたら本当に一週間の休暇をくれてやる」

 

 コマリ様は一瞬顔を綻ばせるが、

 

「でもテロリストを捕まえるなんて私にできるわけないだろ」

「心配するな。今回はきみ一人で任務にあたるわけではない。──サクナ・メモワール! 恥ずかしがることはないぞ!」

 

 目に毒ほどの金に光り輝く大柱の陰からこちらの気配をうかがう気配が一つ。

 その陰はもじもじと戸惑う素振りを見せ、そろりそろりと柱から姿を表した。

 昨晩見た時も思ったが、白い肌に雪のような銀髪。

 蒼玉種の血が混じっていることは確かだろう。

 サクナはコマリ様と目が合うと──

 

「きれい・・・・・・」

 

と無意識に呟いた。

 

「あ、ごめんなさい・・・・・・つい」

「いや、別に謝る必要はないけど・・・・・・だって私は一億年に一度の美少女だし・・・・・・」

 

 サクナは顔を赤くして俯き、コマリ様は照れているのかそわそわしている。

 陛下は妙な空気を打ち切るがごとく「うおっほん!」と咳払いした。

 

「此度のテロリストは七紅天すら殺害している。そんな相手にコマリ一人で立ち向かわせるほど朕は鬼ではない。ゆえに二人で協力して任務を行ってもらう」

 

「いや、テロリスト目の前にいますが?」とは言えない雰囲気だった。

 陛下はテロリストの正体を知っている。

 にも関わらずこんな茶番劇を演じているのは何らかの理由があってのことだろう。

 

「・・・・・・皇帝。私の言えたことではないけどさ、いくらなんでもこの子は」

「心配には及ばんさ。実力もそうだが、何よりその子は意志に燃えている。必ずテロリストに復讐してやるという強い意志にね」

「復讐・・・・・・?」

 

 白銀の吸血鬼サクナ・メモワールはおずおずと頭を下げる。

 

「サクナ・メモワール。七紅天です。・・・・・・七紅天なのに、私だけテロリストにやられちゃったから・・・・・・汚名返上しなくちゃいけな────ひっ!?」

 

 頭を上げた際にサクナは俺と目が合い、すぐさま逸らした。

 向こうは暗闇の中俺が犯人の姿を目撃したとは思っていないだろうが、唯一暗殺に失敗した相手ゆえかあからさまに警戒している。

 被害者は俺なのにね。

 

「あ、あのっ、」

「ん?」

「私、あんまり喋るのが、得意じゃないので・・・・・・手紙を書いてきました」

「顔真っ青だけど、大丈夫?」

「恥ずかしいので、後で読んだください。私はこれで失礼します・・・・・・・・・・・・!」

「え、おい・・・・・・サクナさん?」

 

 コマリ様の制止する声が届く前に、サクナは天敵に遭遇したウサギのような身のこなしで逃げ去ってしまった。

 実際に相対してみるとやはり殺人に積極的なタイプには見えない。

 今回の件は裏どりが必要そうだ。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。