ひきこまり吸血姫の執事   作:神無月 優

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新年初投稿なので少し早めに更新しました。

今回の話は終始サクナによるナレーションでお送りします。


サクナの独白

 サクナメモワールの烈核解放は殺した人間の記憶をのぞき見ることができる精神干渉系の異能だ。

 テロリスト集団〝逆さ月〟はサクナのこの異能を用いて魔核のありかを突き止めようとしている。

 魔核──それは人々に無限の魔力と生命力を与える特級神具である。

 しかし、誰もがその存在と効果を知っているわりには実物の魔核を見たという者の話はきかない。

 それもそのはずである。

 魔核とは第一級の国家機密。

 その所在地・形状等々の情報は各国の政府によって厳重に秘匿されている。

 ちなみに、魔核に捧げる儀式によって無限回復の恩恵を得る、というのが現代の常識であるが、これは実物を目の前にして儀式をするわけではなく、国に点在する〝魔泉(ません)〟に血を流すことによって本体まで自動転送しているため、転送先の情報──すなわち魔核の正体は儀式を執り行う専門の官吏(かんり)ですら知らないのである。

 とにかく、そういう事情があるからサクナは夜な夜な宮殿を徘徊して政府高官を殺害して回ったのだ。

 しかし成果は皆無だった。

 帝国宰相のアルマン・ガンデスブラッドですら魔核のありかを知らなかった。

 知れたのはガンデスブラッドの執事があの皇帝の義弟であることくらいだろう。

 おそらく皇帝かその義弟を殺すことができれば一発でわかるのだろうが、現状サクナの実力ではあの雷帝どころか執事すら仕留めることは不可能。

 ゆえに逆さ月から下った指令はこうである──「ひとまず七紅天を殺して情報収集せよ」。

 武力を重視するこの帝国においては武官こそが重要な情報を握っているのではないか──逆さ月はそう判断したらしい。

 

「よかった・・・・・・よかったのかな・・・・・・」

 

 サクナは星を見上げ、つい先程までのやり取りを思い返してぽつりと呟いた。

 

 ※

 

 時は少し遡る。

 夕方、サクナが七紅天としての仕事を終えて寮に帰ってくると、ほどなくして父が訪ねてきた。

 彼はしばしば何の連絡もなしに訪れては「ご飯を作りに来たよ」と言って本当にご飯を作って帰っていく。

 昔と変わらない。

 父は母よりも料理が得意なのだった。

 ふと家族で天体観測に行ったことを思い出した。

 サクナは家族と行く天体観測が好きだったのだ。

 

「天体観測かあ。いつ行けるのかな」

 

 サクナは自分で作ったコマリのぬいぐるみを抱きしめながら、エプロンをして狭い台所に立つ父の後ろ姿を見つめる。

 

「それはサクナの頑張り次第じゃないかな」

「うん。頑張らなくちゃ・・・・・・」

 

 とんとんという包丁の音が耳に心地よい。

 父は「大丈夫さ」と笑って言った。

 

「サクナは十分に頑張っていると思うよ。七紅天としてちゃんと隊のみんなをまとめているようだし、テロリストを捕まえるために夜遅くまで巡回しているそうじゃないか」

「でも今日は巡回はなかったよ。テロリストはしばらく出ないだろうって、ヴィルヘイズさんが・・・・・・」

「そっか。じゃあ今日はゆっくり休めばいい」

 

 しばらく待っていると父が料理を運んできてくれた。

 カレーライスである。

 二人で「いただきます」を言ってからスプーンを取り、少し掬ってから口に運ぶ。

 やっぱり美味しかった。

 記憶上のものと何も違わない。

 それからサクナは父と談笑した。

 それは本当に他愛もない談笑だった──好きな本のこと、好きな音楽のこと、好きな星座のこと、そして家族のこと、お姉ちゃんのこと。

 

「ごちそうさまでした」

 

 しかし楽しければ楽しいほど時が経つのも速かった。

 カレーを食べ終えた父はゆっくり立ち上がると「じゃあまた、近いうちに来るから」と言い残して帰ってしまった。

 つらい現実に逆戻り。

 空しい気持ちがサクナの心を満たしていく。

 

「お父さん・・・・・・」

 

 サクナは消え去った父の気配を反芻(はんすう)する。

 

「私、頑張るよ。・・・・・・家族を守るために」

 

 天井にべたべたと貼られたテラコマリ・ガンデスブラッドの写真を眺めながら、サクナは無理矢理に口角を釣り上げる。

 そうして思い出す。

 借りた小説、読まなくちゃ。

 読み始めたところで一枚目の原稿の裏に何か書いてあることに気づいたサクナは文字を見て驚愕した。

 サイン調で「テラコマリ・ガンデスブラッド」と書かれていたからだ。

 ヴィルヘイズから以前に小説を書いていると聞いたことはあったが、それが本当だとは思わなかった。

 内容に目を通すと、過激な描写もあるが初々しい恋物語が終始(つづ)られていた。

 小一時間ほど飲み続けて一息をついたところで、ピンポンとインターホンが鳴った。

 

「ひゃいっ!?」

 

 来客を想定しておらず、思わず悲鳴をあげてしまった。

 誰が来たにしても今サクナの身の回りには先程読んでいた小説やコマリ人形、他にも人には見せられない物が多々ある。

 それらを片付けようとすると床へと落としてしまい、あげく拾おうと身を低く(かが)めると箪笥(たんす)に足の指をぶつけてしまい、「うっ!」とくぐもった声を漏らしてしまった。

 見られたらいけない物を一通り片付けた後、覗き穴で誰が訪ねてきたのか確認すると──そこには敬愛するテラコマリ・ガンデスブラッドの姿があった。

 

「うひゃああああああ!!」

 

 サクナは絶叫をあげた。

 どうしてここにコマリさんが!?

 

『サクナ、突然来てしまって申し訳ない。・・・・・・お取り込み中だったか?』

「いえ! そんなこと全然これっぽっちもないですっ!」

 

 サクナは扉を半開きする。

 扉の狭い隙間からは軍服を着た可愛いテラコマリの姿が拝めた。

 私は明日死ぬかもしれない・・・・・・。

 

「えと、テラコマリさん・・・・・・? 何か、ご用でしょうか?」

「用というほどのことはないんだがな、あれだ、前に小説を──」

 

 テラコマリの御姿(おすがた)(くま)なく目に焼き付けていると、彼女の身体が濡れていることに気づいた。

 

「って、どうしたんですか!? ずぶ濡れじゃないですか!」

「ん、ああこれか。これは川に落っこちてだな」

「川!? ・・・・・・は、はやく着替えましょう。風邪を引いたら、大ごとです」

「いや、そんなことよりも小説を──」

 

 ぱたん!と扉を閉めて、テラコマリに合うサイズの手頃な服を探す。

 そこから一着の服を取り出すと、すぐさま扉まで戻って少し開けた。

 

「あの。あの。着替え・・・・・・あるんですけど、その、ちょっと変な服で」

 

 そこまで言ってサクナは慌てて首を振った。

 

「いえ! 変って言ったらすごく失礼なんですけど!」

「変? カピバラの絵でも描いてあるの?」

「そうじゃないんですけど・・・・・・ごめんなさい。これしかなくて」

 

 意を決して隙間から服を手渡す。

 一見すると何の変哲もないTシャツだが、広げるとテラコマリの顔(半笑い)が現れる。

 

「・・・・・・これをどこで?」

「お店で売ってました! つ、つい、知ってる人のだったので、買っちゃって・・・・・・」

 

 嘘だった。

 閣下Tシャツが市井(しせい)に流通しているという情報を掴んだサクナはあらゆる手段を用いて入手に臨んだ。

 その甲斐あってか十着ほど購入できた。

 本当はもっと購入したかったのだが、テラコマリ直下の部下たち──第七部隊の買い占めがあったせいで購入制限を課されたのは理不尽だと今でも思っている。

 

「べくしっ」

 

 可愛らしいくしゃみが聞こえた。

 サクナが「大丈夫ですか!?」と叫ぶと、テラコマリは「だいじょうぶだいじょうぶ」と無理に笑みを作った。

 

「それよりもだな。小説を──」

「だ、大丈夫じゃないです! シャワー浴びましょう! うちの使っていいですから──ああでも、ちょっと部屋が散らかっていて、できればリビングのほうはなるべく見ないでいただけると・・・・・・なるべくというか絶対に見ないでいただけると、嬉しい、のですが、・・・・・・と、とにかく、ご案内します。どうぞ、いらっしゃいませ」

 

 サクナはテラコマリの手を引いて中へと招き入れる。

 そして脱衣所へと案内する。

 

「こちらです。どうぞ。下着とかも、置いておきますので」

「・・・・・・下着? サクナの?」

「いえ、違いますけど・・・・・・人形に穿()かせているものがあるのでサイズはぴったりだと思いますが────、いえなんでもないですなんでもないです忘れてください!」

「そ、そうか。よくわからんが、とりあえずシャワー借りるよ」

「ごゆっくり!」

 

 そう言ってサクナはその場を去る。

 向かった先はコマリグッズが(あふ)れかえるリビングだ。

 テラコマリ本人に万が一にでも見られるわけにはいかない。

 もし見られるようなことがあれば潔く切腹する覚悟だ。

 シャワーを浴び終える前にグッズを隠さないといけないのだが・・・・・・総勢百個のコマリングッズをどこに隠したものか・・・・・・。

 とりあえず一番目立つ等身大サイズのテラコマリ人形から片付けるべきだろう。

 一体ずつクローゼットに押し込めていくが、三体ほど詰めたところで入りきらなくなる。

 

「どうしよう・・・・・・このままじゃ、テラコマリさんに幻滅されてしまう・・・・・・」

 

 そう呟いた時、リビングの扉がゆっくりと開かれる。

 

「サクナ。悪いんだけど、別の服ないか? さすがに自分の顔が描かれたやつは──」

「・・・・・・テラコマリ、さん・・・・・・・・・・・・、」

 

 ・・・・・・見られた。

 ・・・・・・・・・・・・見られた見られた。

 泣き出しそうになったが、今は弁明すべきではないだろうか。

 

「ち、違うんです。これは違うんです・・・・・・」

 

 言い訳が何も浮かばなかった。

 それはそうだろう。

 こんなテラコマリをテーマにした博物館のような異様な光景を見られれば、動揺と羞恥で言葉が出なくなる。

 

「・・・・・・サクナ」

「はひっ」

 

 名前を呼ばれただけなのに思わずサクナはビクついてしまう。

 テラコマリはサクナを気遣ってか、優しい声色で言う。

 

「すごいね、この部屋。私がいっぱいだ」

「うぅううう・・・・・・ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい・・・・・・」

「謝らなくていいし泣かなくてもいい! ほら私べつに怒ってないからさ!」

「ごめんなさい・・・・・・わたし、わたし・・・・・・テラコマリさんのことが好きなんです・・・・・・!」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 もはやサクナは自分で何を言っているのかわからなかった。

 

「テラコマリさんは、強くて、きれいで、格好よくて・・・・・・だから、自分もあんなふうになれたらいいなあって思ってて、それで色々テラコマリさんのこと調べてるうちに、グッズとか作ったりしちゃって、部屋がこんなのになっちゃったんです・・・・・・」

「グッズ作ったの?」

「はい。十五体あるテラコマリさんの等身大人形は、最高傑作だと思ってます。毎日ちゃんと挨拶をして、話しかけて、本物のテラコマリさんにするように接しています・・・・・・」

 

 サクナは吹っ切れて赤裸々(せきらら)に己の痴態を語り出す。

 テラコマリは周囲を見渡して言う。

 

「そ、そうか。まあ趣味は人それぞれだしな。うん。私も人に言いたくない秘密の一つや二つはあるからな」

「小説を書いてることですか?」

「・・・・・・そうだけど、知ってたの?」

「はい。以前ヴィルヘイズさんが教えてくれました」

 

 テラコマリは苦悶の表情を浮かべる。

 しかし、グッズを改めて一瞥すると「はぁ」と疲れたようにため息を吐く。

 

「すみません。引きましたよね・・・・・・こんなの集めてるだなんて」

 

 サクナは消え入りそうな声で言う。

 

「私は全然気にしないよ。大っぴらにしないのなら、サクナの好きにすればいい」

「本当ですか・・・・・・? じゃあもっとグッズ作っていいんですか?」

「まあ、ほどほどにな」

 

 それを聞いてサクナはぱっと花が咲いたような笑顔になった。

 本人公認なら後ろめたさを感じる必要はないからだ。

 

「テラコマリさんは優しいです。こんなの普通の人だったら絶交すると思います」

「はっはっは。私は最強の七紅天だからな、この程度では驚きもしないよ。むしろ嬉しいくらいだ。サクナがこんなに私のことを想ってくれているなんて思いもしなかったぞ」

「そ、そうですか・・・・・・えへへへへ」

「ははははは」

 

 そうして二人は沈黙に入る。

 そもそも彼女はわざわざ濡れてまで何をしに来たのだろうか。

 サクナはひとしきりに考えた結果、先日の七紅天闘争の件を思い出す。

 

「テラコマリさん。七紅天闘争、どうですか? 私・・・・・・不安なんです。皆さん本当に強い人たちばかりで、私みたいな弱っちい吸血鬼は場違いなんじゃないかって・・・・・・すぐに殺されてしまうんじゃないかって・・・・・・」

「そんなことないよ。サクナはすごい魔法を使えるじゃないか」

「すごくないです。たとえ魔法が使えても・・・・・・たとえ《烈核解放(れっかくかいほう)》が使えても・・・・・・相手を殺すことができなければ意味がない」

「え? ころ・・・・・・、」

 

 サクナは思い詰めた表情を浮かべたが、失言したことに気づいて「ご、ごめんなさい」と慌てたように頭を下げた。

 

「間違えました。『相手に殺されちゃったら意味がない』、です。・・・・・・私って本当にダメダメな吸血鬼だから、どんなにすごい魔法が使えても、使う前に殺されちゃうに決まってるんです。殺されるのは怖いんです・・・・・・」

「そっか・・・・・・誰でも殺されるのは怖いよ」

「それに、私はテラコマリさんと争いたくありません」

 

 七紅天闘争は七紅天による総力戦。

 最終的にはテラコマリとも殺し合いをすることになり、サクナは呆気なく殺されるのだろう。

 

「同盟を組めばいいんだ」

 

「え」とサクナは声を漏らす。

 

「同盟を組んじゃいけないってルールはないはずだ。私とサクナが協力すれば、少なくとも敵が一人減るし、味方が一人増える。良いアイデアだと思わないか?」

「・・・・・・どうしてそんなに優しくしてくれるんですか? 私は、テラコマリさんの、ストーカー・・・・・・みたいなものなのに」

 

 サクナにはわからなかった。

 目の前の吸血鬼がなぜこうまでサクナに優しく接してくれるのか。

 

「と、友達だからだよ」

 

 テラコマリは少し照れくさそうに言った。

 

「友達が協力し合うのは普通のことだろ。だから誘ったんだ」

「ともだち・・・・・・」

「・・・・・・う。悪い。私と友達なんて嫌だったよな・・・・・・」

「嫌じゃないです! 光栄ですっ! よろしくお願いします!」

「そ、そうか・・・・・・! こちらこそよろしくお願いします」

 

 互いに向かい合ってぺこりとお辞儀をした。

 同じ七紅天で憧れの吸血鬼が友達。

 サクナは素直に喜んだ。

 

「あ、そうだ」

 

 サクナは閃いたと言わんばかりに手を叩いた。

 

「ヘルデウスさんにも強力してもらいましょう」

「ヘルデウス・・・・・・?」

「ちょっと変な人ですけど、信頼はできます」

「そういえば、サクナはあの人の孤児院にいたんだっけ?」

「はい。家族を皆殺しにされた私を引き取ってくれたんです」

「・・・・・・・・・・・・」

「あ、いえ。でも家族はいますよ」

「魔核で蘇ったってこと? だったら何で孤児院に・・・・・・?」

「ふふ。あれが私の家族です」

 

 サクナは本棚の写真を指差した。

 そこに写っているのはサクナと姉、そして二人の両親だった。

 家族は皆優しく微笑んで並んでいた。

 

「私のお姉ちゃん、名前がコマリだったんですよ」

「そうなの? なんか親近感が湧くね」

「はい。とってもキレイな〝いるか座〟の記憶を持っている人でした──」

「・・・・・・ん? どういう意味だ?」

「直感的にわかるんです。人の精神の形が」

 

 サクナはテラコマリの手をつかんだ。

 サクナと違いテラコマリの手はとても温かった。

 

「寒いの? 冷えてるぞ」

「いえ。蒼玉(そうぎょく)種は体温を持たない種族なんです。その特徴は凍てつく鉄壁の身体──白極連邦は極寒の地ですから、そういう身体じゃないと生きていけないそうです」

「ふ、ふーん」

「きっと私の血は冷たいんです。飲んでみますか?」

「遠慮しておこう」

 

 それがいいです、とサクナは笑った。

 サクナの汚れた血をテラコマリには吸ってほしくはなかった。

 

「少し星を見に行きませんか? ──最期に見るものは美しいもののほうがいいですから。それにここだと部屋が汚れてしまいます」

「サクナ? ちょっと、」

 

 サクナは強引に手を引いた。

 今日ここでサクナは最愛の人を手にかけるのだ。

 テラコマリを引き連れて歩き、やがて変哲のない裏庭まで至るとサクナは足を止めた。

 

「テラコマリさん、上を見てください」

 

 サクナに言われるがままにテラコマリは空を仰ぐ。

 そこに広がっていたのは眩い星々の光景だ。

 

「こうして星を見ていると、落ち着きますよね」

「そうだな。星座ってきれいだよな」

「テラコマリさんの記憶も、星座のように整っています」

 

 サクナは熱心に夜空を見上げ続ける。

 

「テラコマリさん、テロリストは何のために人を殺していたと思います?」

「ふぇ?」

「人を殺さなきゃいけなかったからです」

「それはそうなんだろうけど・・・・・・」

「・・・・・・テラコマリさん。──もしも、もしもですよ、テロリストに家族が人質に取られていて・・・・・・それで、『家族を殺されたくなかったら別の誰かを殺せ』って言われたら、テラコマリさんならどうしますか?」

「テロリストを倒す」

「え・・・・・・」

 

 目の前の吸血鬼は即答した。

 

「悪いのは家族を人質に取ってるテロリストだろ。そいつがいなくなれば解決じゃん」

 

 そうキッパリと答えるテラコマリ。

 やっぱりこの人は自分なんかとは違うんだ。

 サクナは感心したように吐息を漏らして言った。

 

「さすがですね。私だったら、そんなことは・・・・・・そのまま星を見上げていてください。すぐに終わりますから」

「ちょっと待て。さっきから様子が変だが・・・・・・。ねえ──」

 

 サクナは腕をゆっくりと伸ばす。

 テラコマリさんには初級拘束魔法【金縛り】をかけてあるから、身動きは取れないはずだ。

 いや、最強の七紅天である彼女はもしかしたらサクナの児戯に付き合っているだけなのかもしれない。

 サクナの指先がテラコマリの腹部に触れ、そのまま刺し貫こうと息を呑んだ瞬間──

 

「──コマリ様、そろそろ帰りますよ」

 

 声に驚いて思わずサクナは身を引いた。

 声の主はヴィルヘイズで、宵闇の奥から突如姿を現した。

 

「明日もお仕事です。あまり夜更かしをすると起きられません」

「仕事だって!? 明日は土曜日だろうが!」

「何を仰っているのです。七紅天闘争が控えているのですから部下たちの訓練をしないといけません。さあ帰りますよ。まだ夕飯を食べている途中だったでしょうに」

「あ」

 

 テラコマリのお腹が「ぐー」と鳴った。

 普段のサクナであれば聞き入るところであるが、今は動揺していてそれどころではない。

 

「じゃあサクナ。私たちはもう帰るよ。七紅天闘争の件、よろしく頼んだぞ」

「は、はい。おやすみなさい。テラコマリさん」

「うん、おやすみ」

 

 そうしてテラコマリとヴィルヘイズはその場を後にした。

 サクナは呆然(ぼうぜん)と夜空を見上げる。

 見上げる顔は物憂げで、その瞳には涙を浮かべていた。

 

 ※

 

 そして時は戻る。

 テラコマリ・ガンデスブラッドを殺すのは忍びなかった。

 サクナのことを友達と言ってくれた心優しい少女のことを、どうして無感動に殺めることができようか。

 だからヴィルヘイズがやってきて彼女を殺すタイミングを失った瞬間、サクナは安心してしまったのだ。

 少なくとも今日は殺さずにすむ、と。

 ・・・・・・いや、そもそも、自分ごときの実力であの七紅天を殺せるとは思えないけれど。

 サクナは思わず溜め息を吐いてしまった。

 表では七紅天として分不相応な仕事をして、裏ではテロリストとして大嫌いな殺人をする。

 こんな人生に意味なんてあるのだろうか──そんなふうに懊悩(おうのう)しながら部屋に戻ってくる。

 にわかに風が吹いた。

 ふと見れば、開けた覚えがないのに窓が開いていた。

 なんで?──奇妙な違和感を覚えてコマリだらけのリビングに足を踏み入れたとき、テーブルの上に放置しておいた通信用鉱石が光を発した。

 魔力を流すと、いつものように不機嫌そうな声が響いてくる。

 

『──獲物を殺せる好機をみすみす逃すとはどういうことだ?』

「ご、ごめんなさいっ!」

『やれることはやれるときにやる、それが逆さ月のモットーであろうが』

 

 そんなモットーは初めて聞いた。

 男はサクナの当惑に構わず続ける。

 

『今日はプレゼントを持ってきてやったのだ。お前が愛してやまないテラコマリ・ガンデスブラッドの人形を見てみたまえ』

 

 ベッドの上に鎮座している小さなコマリ人形が、抱きかかえるようにして小さな小瓶を持っている。

 サクナは恐る恐る人形に近づく。

 

『コルネリウスの秘薬だ。聞いたことくらいはあるだろう?』

 

 サクナは息を呑んだ。

 コルネリウスの秘薬──それは逆さ月の幹部、いわゆる〝朔月(さくげつ)〟のひとり、ロネ・コルネリウスが秘密裏に製造しているとされる増強剤だ。

 服用すれば常人には及びもつかぬ魔力を手に入れることができるというが、その副作用は破滅的に甚大で、後々手足が動かなくなったり、精神が壊れて廃人のようになったり、酷い場合にはその場で吐血して死んでしまうことさえあるという。

 

『ムルナイトの魔核を破壊できた暁には褒美をやろう。アジトの連中を集めて盛大な論功行賞の式典をしようではないか。まあ生きていればの話だがな』

「ありがとう・・・・・・ございます・・・・・・」

『ああ、それと』

 

 男は何気ない調子で言う。

 

『アジトで思い出したが、お前、ちょくちょく帰っているらしいな』

 

 ぎくりとした。

 サクナは手の震えを隠して目を逸らす。

 アジト──ゲラ=アルカ共和国南方の密林にひっそりと佇んでいる逆さ月の一支部(いちしぶ)で、サクナの配属先である。

 通信相手の男はその支部の長をやっている。

 

『別に帰るなとは言わぬが、妙なことをすれば即座に処分するぞ』

「・・・・・・肝に銘じておきます」

『よろしい。期待しているぞサクナ・メモワール! 間違ってもミリセント・ブルーナイトと同じ(てつ)は踏むなよ』

「はい、承知しました」

『健闘を祈る』

 

 通話が切れる。

 ──よかった。ばれてなかった。

 しかし安堵は一瞬だった。

 コマリ人形が抱えている毒々しい紫色の液体の入った小瓶を、呆然と見下ろす。

 ロネ・コルネリウスの烈核解放によって作られた神具の一種だ。

 副作用で死んでしまったら二度と蘇ることはできない。

 サクナは知らぬ間にぽろぽろと涙をこぼしていた。

 ひどい。

 こんなのはあんまりだ・・・・・・。

 こんな苦しみを味わっている人間など、世界を見渡しても自分くらいのものだろう──

 

 ──ミリセント・ブルーナイトと同じ轍は踏むなよ。

 

 サクナはふと思い出した。

 あの青色の少女は今頃何をしているのだろうか。

 次代の〝朔月(さくげつ)〟候補と目されるほど優秀だったにも拘らず、個人の憎悪を暴走させたことによって何もかもを失った吸血鬼。

 いや、失うことに成功した吸血鬼だ。

 

「ミリセント・・・・・・」

 

 彼女とはあまり接点がなかった。

 同じ吸血種ということで比較されることはあったが、烈核解放の有無という点を除けばミリセントのほうが何もかもが優れているため勝負にならず、「こんなすごい人もいるんだなあ」程度の印象しか抱いていなかった。

 でも、そんな彼女に会ってみたくなった。

 

 ⭐︎

 

 ミリセント・ブルーナイトは帝都外れの監獄に収監されていることになっている。

 軍服から閣下Tシャツに着替え、そのまま外の食堂に行った帰りにふらりと寄ってみたのだが、彼女の姿はなかった。

 看守に聞いてみても「ここにはいません」の一点張り。

 

「会っても仕方ない、か」

 

 サクナはそう言い聞かせて(きびす)を返す。

 ミリセントに会うのは諦めよう、会ったところで何を話せばいいのかわからないし。

 そうなふうに考えつつ、通行人の視線から逃れるように歩みを進めていたとき、ぎょっとするような文字列を見つけて思わず振り返る。

 ブルーナイト。

 表札には確かにそう書かれている。

 サクナは何気なく門の向こうをのぞいてみた。

 人の気配は感じられないのだが、雑草はキレイに刈り尽くされている。

 奥には幽霊屋敷を思わせる外観の廃墟が佇んでいた。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 知らず知らずのうちにサクナはその廃墟に足を踏み入れていた。

 前庭を突っ切って屋敷の扉に手をかける。

 鍵はかかっていなかったらしく、ぎぎぎ、鳥肌の立つような音を響かせて扉が開いた。

 中へ入ると違和感だらけだった。

 建物の中は薄暗い。

 しかし、床や壁、天井等々の至る所に埃が微塵も無いのだ。

 指先にともした白光魔法で廊下を進んでいく。

 置物の花瓶に生花が飾られている。

 ここまで確認すれば誰でもわかる──この屋敷には誰かが住んでいるのだと。

 そうして考えていると、廊下の奥の部屋から光が漏れていることにことに気づいた。

 扉が半開きになっていたので、好奇心からそーっと中を覗いてみる。

 その部屋にも埃は見当たらない。

 本棚やベッド、備え付けの台所、奥には浴室もあるのだろうか。

 壁には観葉植物やフラワーアレンジメントが並べられ、部屋に清潔感を与えている。

 ゆっくりと、慎重に、部屋の中に身を滑り込ませ──

 

「何やってんの。サクナ・メモワール」

「ひゃあああああああああああっ!?」

 

 驚きすぎて身体が吹っ飛んだ。

 恐る恐る中央に鎮座したテーブルの方を見ると、そこには見覚えのある青髪の少女の姿があった。

 どう見てもミリセント・ブルーナイトだ。

 あとテーブルに散乱した紙は一体・・・・・・。

 ──え? どういうこと?

 

「お茶でも飲んでく? サクナ・メモワール」

「・・・・・・私のこと、知ってるんですか?」

「知ってるわ。才能のある人間は自然と注目されてしまうものよ」

 

 そういうミリセントは何やら不機嫌そうではあったが、サクナに対しての敵意は感じなかった。

 

「座りなさい。私と話がしたいんでしょ? 執事。お茶を二人分用意しなさい」

「いつも言っていますが、私は貴女の執事では無いのですが・・・・・・。──サクナ様はこんな時間にどうされたのですか?」

 

 どこからともなく執事服の男が姿を見せる。

 テラコマリの(かたわら)にいつもいる執事で、サクナが唯一殺し損ねた吸血鬼。

 な、なんで、この執事もここにいるんですかー!!

 サクナは心の中で力の限り叫んだ。

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