ひきこまり吸血姫の執事   作:神無月 優

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皆さんは奥の手と聞くと何を思い浮かべますか?
私は「アカ◯が斬る!」の帝具を思い浮かべます。


更新が遅くなりました。
厳しい寒さを乗り切るために作者は冬眠期に入っておりました。





赫血世界

 それは三年前のこと。

 帝立学院の屋上でとある人物を待っていた。

 テラコマリ・ガンデスブラッド──ムルナイト帝国で名を馳せるガンデスブラッド家のご令嬢。

 そんな少女と数日前から誰も訪れることのない屋上で昼食を共にしていた。

 しかしそれも長くは続かなかった。

 屋上のコンクリートパネルが敷かれている床にレジャーシートを広げて、畳んだブランケットを席代わりに二つ用意する。

 一応いつも影からこっそりと姿を覗かせている青髪の少女──ヴィルヘイズの分もブランケットは用意している。

 だが経緯を調べたところヴィルヘイズは虐めの矛先がテラコマリさんに移ったことに対して負い目があるらしい。

 だから彼女がいつの日か勇気を出して、三人で談笑しながらランチの時間を過ごせる日を待ち望んでいた。

 

「それにしても遅いな・・・・・・テラコマリさん・・・・・・」

 

 虫の知らせとでも言うのだろうか。

 嫌な予感は的中する。

 突如として学園の敷地内に膨大な魔力が発生した──と思ったら、同時にいくつか魔力反応が消失した。

 悲鳴や叫び声が響き、それが途絶えた時に魔力もまた消える。

 つまり学院内で死人が出ているということだ。

 

「この魔力は・・・・・・」

 

 急いで巨大な魔力の発生地点へ向かうと、そこにあったのは百にも及ぶ生徒や大人たちの死体、圧倒的な雰囲気を纏うテラコマリさんの姿があった。

 テラコマリさんの表情は一見冷徹そうにも思えるが、よく見ると涙が頬を伝っていた。

 

「どうした? また、虐められたのか? もう大丈夫だから──」

 

 瞬間、目で追いきれない速度で近づいてきたテラコマリさんが小指を振るう。

 間一髪なのだが、ぼとり、と地に落とした左腕を犠牲にして回避に成功する。

 いや、そもそも小指で攻撃してこなければ致命的なダメージを与えるくらい容易だったはず。

 相手を舐めている・・・・・・というわけでも無いだろう。

 恐らくだがテラコマリさんは自ら()()()()()()()()()()という縛りをしている。

 その理由までは定かでないが、テラコマリさんの烈核解放が無意識に彼女の望みを叶えているのだろう。

 厄介なことに烈核解放の持続時間が分からない以上、彼女は目についた全てを殺戮する筈だ。

 誰かが止めるしかない。

 しかし目の前にして分かるがたとえ七紅天が束になろうと烈核解放状態のテラコマリさんを拘束できるとは思えない。

 

「俺がやるしかない・・・・・・か」

 

 切れた左腕を拾い上げ、テラコマリさんから間合いを取る。

 幸い彼女も攻撃を回避されることを想定していなかったのか、警戒して飛びかかってこない。

 左腕の切断面を下に向けて、大地に血を滴らせる。

 

「これで恩を返したとは言わない。だけど・・・・・・あの時君に救ってもらったように・・・・・・今度は俺が君を救うよ」

 

 そして唱える。

 

「世界改変・【赫血(かっけつ)世界】」

 

 そうして世界が赫色(あかいろ)に染まった。

 

 ※

 

 時は戻り七紅天闘争の最中(さなか)

 

「世界改変・【赫血(かっけつ)世界】」

 

 第七部隊所属の執事──アルクがそう唱えると、彼の髪は緋色に変化した。

 経過した時間は僅か一秒。

 アルクはフレーテと代わるように、眼前に迫る古代魔法──煌級(こうきゅう)魔法をどこからともなく出現させた巨大な血で出来た盾で防ぐ。

 多量の血の出所(でどころ)はすぐに分かった。

 フレーテの足がぬかるんだ。

 そして頭上からは液体が降ってきた。

 雨──ではなかった。

 空と大地が──世界が(あか)く染め上げられている。

 血は空から小雨のように降り注ぎ、大地から湧き水のごとく湧き出る。

 血を糧とする吸血鬼にとって都合の良い世界。

 世界そのものを書き換える力などフレーテは一度も見聞きしたことはない。

 

「フレーテ様。今のうちに離れた方がいいですよ。この盾もそう長くは持ちません」

「わ、分かってますわ! でも・・・・・・この力を初めから使っていれば・・・・・・悔しいですが第三部隊など取るに足らなかったのではなくて?」

 

 フレーテはふと思った。

 多分アルクが発動しているのは烈核解放ではない。

 烈核解放状態では瞳に紅色の光が灯り、発動者特有の模様が目に浮かび上がる。

 だがアルクの瞳には金色の光が宿っており、模様は見当たらない。

 烈核解放には魔核とのパスが切り離されることに加え、それぞれ異なるが発動後に何らかの制約や代償が生じることもあると聞く。

 もしアルクが発動している力が烈核解放によるものでないのならリスクを気にせず気軽に扱えるものだとフレーテは考えていた。

 だがアルクの放つ言葉はそれとは真逆のものだった。

 

「これだけの力を何の代償なしに扱えるとお思いですか? あまり長時間使いたくないので早く下がってください」

 

 アルクに言われてフレーテは後退する。

 サクナ・メモワールと彼女が率いる第六部隊の様子が気になって見てみると部隊はバラバラ死体となって全滅していたが、その中に肝心のサクナ・メモワールの姿がどこにも見当たらなかった。

 しかしそれよりも、ピシッと亀裂の入った不快な音が気になった。

 血の盾に亀裂が走っていたのだ。

 フレーテは離れた場所から声を上げる。

 

「ちょっと、大丈夫ですの!? 全然防ぎ切れていませんわよ!」

「分かっています。血の操作はあくまで副産物に過ぎません。この力の──いえ、この世界の本質は別にあります」

 

 アルクが魔力を高めていくと同時に(てのひら)から魔法陣を出現させる。

 滞留する魔力の質・量がこの世のものとは思えない。

 空気が鳴動し、フレーテの足元に溜まった血の池が熱を帯びて沸騰し始める。

 

「この世界は私の模倣(コピー)は進化させる。煌級光撃魔法【地獄を()曙光(しょこう)】ッ!」

 

 魔法陣から射出された真っ赤な閃光は、向かい合う光撃とぶつかり合う。

 一見互角に見えるのだが、アルクの身体の至る所から血が吹き出していく。

 特級魔法を遥かに凌駕する煌級魔法は一度に膨大な魔力を消費する分、身体への負荷は相当なものだろう。

 

「くっ・・・・・・うおおおおおおぉッ!!」

 

 アルクはさらに魔力を引き上げた。

 魔力の重圧に当てられそうになったフレーテは、その場から少しずつ後退する。

 魔法が衝突する境目から球体のようなものが発生し、徐々に周囲の魔力を吸収してその形を大きくしていく。

 二つのエネルギーが交わり合い核爆発を引き起こそうとしている。

 この場からどれだけ離れても助かる見込みはない。

 新月の夜ならあるいは──とフレーテは思うが、考えても無意味だろう。

 するとアルクはフレーテの方を見やる。

 

「──なるほど。それを頂きましょうか」

「はぁ?」

 

 フレーテは何がなるほどなのか理解できなかったが、その答えはすぐに示された。

 アルクは(おびただ)しい血液を操作して、それがエネルギー体を包み込む。

 さらにその血液は闇と化し、圧縮を繰り返して、やがて塵となって消え去った。

 フレーテは驚嘆する。

 アルクはフレーテの心を読み取って、()()()()()()()()()()()()()()()という仮定を実現したのだ。

 結果的にフレーテは助かった。

 しかし、あれだけの規模の魔法を扱える相手に勝ち目があるとは思えなかった。

 だがフレーテの心配は杞憂に終わる。

 造られた世界は、まるでステンドグラスが割れるようにして元へと還る。

 アルクは振り返りフレーテの方を向くと、ふらついて正面から地面に倒れ込んだ。

 

 ※

 

 身体が動かない。

 煌級魔法を全て防ぎ切っていたわけではない。

 僅かに漏れ出た光ですら触れれば致死となる魔法。

 熱光線が俺の身体の一部を焼き焦がしていた。

 再生速度が遅い。

 煌級魔法をはじめとした本来扱えない魔法の数々を使用したことによる脳の負荷が身体機能を低下させた。

 魔力が回復しない。

 魔核による無限の魔力供給が得られない俺は自然に魔力が回復するのを待つしかない。

 だからこそ七紅天闘争開始から派手に立ち回らず、魔力を温存しながら戦い続けた。

 普段であれば魔力を全て使い切っても一時間あれば全快できる。

 しかし魔力が少しも回復しないどころか、体内に残る微量な魔力でさえ抜けていく。

 〝赫々(あかあか)とした世界〟での俺は無限に魔力供給を得ることができる。

 それこそ烈核解放時コマリ様の魔力を一時的に超えることだって可能だ。

 その代償として使用した分の魔力を徴収され続ける。

 つまり魔力の前借りだ。

 身体が倒れていて目視出来ないが、ふとフレーテが近づいてくる気配がした。

 殺気は感じられないが、剣先を向けてフレーテが開口する。

 

「・・・・・・あなたが先程奮った力は何ですの?」

「何・・・・・・と言われても・・・・・・返答に・・・・・・困りますね。あの世界は・・・・・・私の血を媒介に外界から切り出した・・・・・・創られた世界」

「・・・・・・やはり言ってる意味が何一つ分かりませんわ。まあいいですわ。結局(わたくし)たちを襲った光は本当にガンデスブラッドさんが放ったものですの? どうせ姑息な手段を──それこそ爆弾か何かを用いたに決まってますわ」

「・・・・・・あれだけの被害を出す爆弾を・・・・・・一個人が所有しているのは・・・・・・あり得ないと・・・・・・思いますが・・・・・・」

「っ、分かってますわよ! それを今から確かめに行くのですわ! あなたには一応助けられましたから・・・・・・この場は見逃して差し上げますわ」

「・・・・・・あなたでは・・・・・・私を・・・・・・殺し切れません・・・・・・よ」

「こんな時まで・・・・・・主人同様生意気ですわね」

 

 俺は地に伏した身体を強引に横へ向けてフレーテを見上げる。

 フレーテは俺に向かって下瞼(したまぶた)を引き下げ、べー、と舌を見せる。

 それはマスカレール家の令嬢らしからぬあどけなさだった。

 どこぞの青髪の元令嬢もやりそうだと本人に言えば怒り心頭に発するだろうな。

 そう思う俺をよそに、粉々に破壊し尽くされた古城のど真ん中で立ち尽くしているであろうコマリ様の元へとフレーテは向かった。

 

 ※

 

 サクナメモワールは生きていた。

 紅色の閃光が第六部隊に襲いかかった瞬間、名前も知らない副隊長が身を挺してサクナを守ってくれたのだ。

 運良く壁と壁の隙間に落とされたサクナは擦り傷程度で済んだが、副隊長をはじめとした第六部隊の吸血鬼たちは一瞬にして灰になってしまった。

 なんと哀れなことだろうとサクナは思う。

 第六部隊の面々はもともとサクナに対して反抗的だった。

 無理もない。

 運とコネで七紅天になった小娘にどうして良い感情を抱けようか。

 このままでは下剋上が起きて殺されてしまうのではないか──そう思ったサクナは苦肉の策を実行する。

 第六部隊を皆殺しにして、彼らの記憶を書き換えてしまったのだ。

 サクナを快く思わない反逆者から、サクナを盲信する従順な兵士へと。

 その結果、彼らは本来の自分の意思とは無関係にサクナを庇い、そして死んだ。

 

「・・・・・・でも、あの人たちは幸せだったよね」

 

 そう思わないとやってられなかった。

 彼らの本望はサクナを守護すること。

 そうなるように設定しておいたのだ──だから、サクナが気に病む必要はないのだ。

 それよりも、今考えるべきはテラコマリ・ガンデスブラッドのことである。

 先程の閃光は彼女の仕業だろう。

 あんな化け物じみた魔法の使い手を殺す方法などない。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 いや、ないことはない。

 コルネリウスの秘薬だ。

 あれさえ飲めば化け物じみた力にも匹敵する力を使えるようになるだろう。

 その代償として自らの命を削ることになるが。

 サクナは震える手でポケットから小瓶を取り出す。

 飲んでしまうか。

 そのとき、フレーテ・マスカレールが大急ぎで走っていくのが視界の端に映った。

 どうやら古城の方面に向かったのである。

 

「え・・・・・・アルクさんは・・・・・・?」

 

 フレーテと対峙していたアルクの姿が見当たらない。

 アルクがフレーテを古城の元へ向かわせるわけがない、とサクナは思った。

 彼はテラコマリを殺そうとする第三部隊を足止めするために、一人で立ち向かったのだから。

 先程の閃光に呑まれたのだろうか。

 辺りを見渡してようやく地に背もたれて仰向けになっている執事服の男を発見する。

 サクナは焦ったようにアルクの元へと駆け寄る。

 遠目からは分かりづらかったが、身体の至る箇所がボロボロで焼き焦げていた。

 フレーテによる攻撃ではこんな傷つき方はありえない。

 

 ──テラコマリさんの魔法に巻き込まれたんだ。

 

 サクナは(しきり)りに回復魔法をかけ続ける。

 第七部隊とは同盟を組んでいるとはいえ、別の部隊の人を助ける自分の行動が理解できない。

 テラコマリを殺さなくてはいけないのに、彼女の安否を(おもんばか)る感情が理解できない。

 ふいにアルクが言葉を発した。

 

「サクナ・・・・・・様・・・・・・?」

「アル・・・・・・ク・・・・・・さん。酷い怪我です。治るまでじっとしていてください」

「いえ・・・・・・私の事はお構いなく。それよりもあなたには行くべきところがあるのではないですか?」

「っ、・・・・・・止めないんですか?」

「止める必要がありませんから」

 

 サクナの言う〝止める〟とはテラコマリを殺そうとしていることに対してだ。

 アルクはそれを理解した上で優しくサクナに微笑んだ。

 一時期視線が合うだけで怖がっていたはずなのに、彼の顔を見るといつの間にか安心しきっていた。

 同時に全てを見透かしたような態度が気に入らなかった。

 サクナは低く声を出した。

 

「私のことを何も知らないくせに・・・・・・勝手なことを言わないでください」

「そうですね・・・・・・全てが分かる、とは言いませんよ。だから私は調べ尽くしました。あなたの家族こと、逆さ月の一員に加わった経緯、他にも──そういえばここ最近コマリ様のストーキングもされていましたね。強くは言いませんが、今後は可能な限り控えてくださいね」

「な、何を根拠にストーキングしているって断言するんですか!? き、きっと、それは見間違いです!」

「根拠を挙げればキリがないのですが──そんな話は今どうでもいいことです。私が言いたいのは、あなたは家族のことが好きで、コマリ様のことが好きで、本当は逆さ月なんて辞めたくて、誰かを傷つけるのも誰かに傷つけられるのも本当は嫌で。私が調べた結果分かったのは、サクナ・メモワールとはそんな心優しい少女だということです」

 

 それを聞いてサクナは大粒の涙を流し出す。

 もう限界だった。

 自分がおかしいことはサクナ自身も理解はしている。

 だが力も心も弱いサクナには絶対的な強者に抗うことが無意味に思えたのだ。

 サクナは藁にもすがるような思いで言葉を漏らす。

 

「私は・・・・・・どうすれば良かったんでしょうか・・・・・・」

「コマリ様に全てを打ち明けてみてはいかがですか?」

「でも・・・・・・それで嫌われてしまったら?」

「コマリ様はあなたを嫌うことは絶対にありません。きっと心の闇を晴らしてくれるはずです。さあ行きなさい」

 

 アルクは古城に向けて指を指す。

 完全に傷が回復しきっていないため、無理に伸ばした腕は震えていた。

 その時懐の通信用鉱石が反応を示す。

 誰からの通信かは魔鉱石に魔力を通さなくても分かる。

 サクナはそれを力強く空へと放った。

 

 ──もう逆さ月なんかには従わない。

 

 サクナは思わず歯を食いしばった。

 

「行ってきます」

 

 死んだ家族を思い、そしてその場にいたアルクに言い放ち、古城へと全速力でサクナは向かう。

 古城の中心へ近づくと、テラコマリとフレーテが何やら言い争いをしているようだった。

 突如、ごうっ!と大気が震えた。

 フレーテの抜いた剣はテラコマリへと向けられており、その切っ先に巨大な〝闇〟が出現する。

 それはまさに全てを呑み込むブラックホール。

 すさまじい重力に耐え切れなかった砂粒がフレーテのほうへと引き寄せられていく。

 テラコマリの身体もずるずると闇に向かって引っ張られていく。

 

「あなたは帝国の癌です。だからこの場で処分します。不埒な詐欺師にはもったいないほどの暗黒魔法をお見舞いして差し上げますわ」

「なんでそうなるんだよ! 殺されるのなんてまっぴらだよ!」

「ならば武人らしく抵抗してみせなさい! 特級暗黒魔法【ダークネスハルマゲ──」

 

 サクナはフレーテの背後へ急いで回り込み、フレーテの背中から腹部にかけてを拳で貫いた。

 拳の生え際からどばどばと真っ赤な血液がこぼれ落ちて足元の瓦礫を濡らしている。

 闇の魔力の気配は霧散していた。

 フレーテは何が起こったのかわからないと言った様子で自身の腹部から生えている腕──真っ赤に染まった不気味な腕──を見下ろした。

 

「な、ん、ですの・・・・・・?」

 

 ぶしゅ、と腕が引っ込んだ。

 いや正確には引き抜かれた。

 フレーテの身体から力が抜け、まるで糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ちる。

 それでもまだ息はある。

 そもそもサクナにフレーテを殺す気は無かった。

 フレーテは力を振り絞るような具合で視線を上げ、己に致命傷を与えた者の顔を拝もうとする──その瞬間、フレーテの額にサクナの人差し指が当てられる。

 

「精神魔法【マインドダウン】」

「サクナ・・・・・・メモワール・・・・・・」

 

 フレーテの意識が遠のいて、ばたっ!と倒れるように眠りにつく。

 サクナはフレーテの傷ついた腹部に回復魔法をかけると、【転移】の魔法石を取り出した。

 魔力を込めて発動すると、フレーテの身体がその場からかき消えた。

 転移先は帝都の病院で、テラコマリのそばに誰もいないことからヴィルヘイズも病院へと送られたのだろう。

 これでようやく邪魔者はいなくなった。

 

「テラコマリさん! 無事だったんですね・・・・・・」

 

 サクナは右腕をフレーテの血で真っ赤に染めながら、しかしそんな物騒な身形(みなり)には全然似つかわしくない無邪気な微笑みを浮かべてテラコマリのほうへ駆け寄る。

 テラコマリはどこか空恐(そらおそ)ろしいものを感じて半歩後ずさる。

 

「う、うん。サクナこそ無事でよかったよ。・・・・・・それよりさ、その、サクナって・・・・・・そんなに強かったの・・・・・・?」

「強くないですよ。全然。フレーテさんは油断していました。だからこんな私でも倒すことができたんです」

「でもサクナって魔法使いじゃなかったの? 素手で人間のお腹を突き破るって・・・・・・そんなこともできたの?」

「誰でもできますよ。普通の吸血鬼なら」

「そ、そっか」

「はい。これで七紅天のほとんどはいなくなりました」

 

 サクナはゆっくりと歩みを進める。

 テラコマリの横を通り過ぎ、大きく深呼吸する。

 そうして背を向けたまま「覚えていますか」とサクナは呟いた。

 

「一緒に星を見た夜、私がテラコマリさんに質問したことを」

「ああ・・・・・・確か、テロリストと人質がどうのこうのっていう」

「そうです。あのときテラコマリさんは言いましたよね──『脅してくるテロリストのほうを倒しちゃえばいいんだ』って。・・・・・・すごいなあって思いました。そしてこの城の有様を見て、もっとすごいなって思いました。あの言葉は虚勢とか見栄っ張りとかじゃなくて、本当に本当のことだったんだなってわかったから・・・・・・」

「悪いサクナ。何を言っているのか全然わからない・・・・・・」

「でも私はそんなふうにはなれない。私程度の力では逆さ月には敵いっこない。どんなに努力しても、血反吐を吐いても、組織に従順であっても、もうやめてくださいって懇願したとしても、やつらは手を替え品を替え私の大切な人を殺すんだ。私にはどうすることもできなかった。勇気がないから。殺されるのは嫌だから」

 

 サクナは言葉を連ねていった。

 テラコマリにはそれはどこか懺悔しているように見えた。

 

「サクナ! さっきからどうしたんだよっ!」

「テラコマリさん、ごめんなさい。テロリストの正体は私だったんです」

 

 くるりとサクナは振り返る。

 吹き荒ぶ夏風に白い髪が靡いている。

 

「サクナ・・・・・・泣いているのか・・・・・・? どこか痛いところでも・・・・・・」

 

 あはは、とサクナは涙をこぼしながら笑った。

 

「やっぱり・・・・・・テラコマリさんは優しいですね。こんな状況でも私を心配してくれるなんで・・・・・・聞いてました? 私、逆さ月のテロリストなんですよ」

「冗談はいいよ! 泣きたいくらい帰りたいなら一緒に帰ろうよ!」

「テラコマリさんには事情を知ってほしい。あなたには全て打ち明けるべきだとアルクさんにも言われましたので。だから失礼します──」

「え? アルクは無事なの? サクナ──」

 

 サクナはゆっくりと血のついた右腕を持ち上げる。

 白くて細い人差し指が、そっとテラコマリの額をつっついた。

 

「精神魔法【マインドリフレイン】」

 

 テラコマリの意識は一瞬にしてその場から消失した。





ひきこまり吸血姫の円盤一巻購入されましたか?
特典のショートストーリー「揺籃の紅」は本編の裏話のようなところがあって私は凄く好きです。

ちなみにコマリ様とヴィルヘイズが一緒にお昼を食べているとき、主人公は校舎の屋上でぼっち飯をしています。
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