ひきこまり吸血姫の執事   作:神無月 優

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ようやく七紅天闘争にも終わりが差し掛かってきました。
七紅天闘争自体は次でラストになります。

更新が遅かったのは修正版アニメを何度も見直して、どこが修正されたか探すという間違い探しのようなことをしていたからです。
端的に言って修正版最高でした!






アステリズムの廻天

 夜空に放り出されたような、ふわふわとした浮遊感。

 上下左右には無数の星々が眩しいくらいに輝いている。

 手を伸ばせば触れられるんじゃないかと思ったが、ふと星の光の向こうに映像が流れていることに気づいて動きを止める。

 映っていたのは幼い頃のサクナだった。

 家族四人で幸せそうにテーブルを囲んでいる光景である──そしてテラコマリは悟った。

 これはサクナの記憶そのものではないかと。

 改めてサクナの魔法の才に感嘆していると、ふと誰かが近づく気配を感じた。

 

「ここは私の記憶が散りばめられた夜空です。ようこそ、テラコマリさん」

 

 現れたのは全裸姿のサクナだった。

 

「……なんで服着てないの?」

「精神世界に異物は持ち込めませんから」

「ふーん……って私の服も消えてる!?」

 

 テラコマリは慌ててどこかに身を隠そうとしたが、隠せる場所などなかった。

 

「この星々は一つ一つが私の記憶です。いわば記憶のプラネタリウム」

「へ、へえ。綺麗だね」

「いいえ。綺麗なんかじゃありません。──見てください、あれが始まりの記憶です」

 

 サクナが示す先には一つの記憶があった。

 サクナと彼女の姉が言葉を交わしている映像である。

 会話の内容まではわからないが、二人の表情から輝くような笑みがこぼれているのを見るに、あの記憶の中では穏やかで楽しい時間が流れていることが察せられた。

 

「私のお姉ちゃん、コマリ・メモワール。本当に優しい人でした。どんくさい私のことをいつも気にかけてくれたり、色んな本を読み聞かせてくれたり、学院で仲間外れにされて泣いていた私を慰めてくれたりしました」

 

 記憶の中の〝コマリ〟はサクナと同じく白銀の髪を持っていた。

 妹と違うのは何某かの意志を感じさせる勝気な瞳。

 そしてその瞳からは妹のことが心配で仕方がないといった感情が見て取れた。

 

「本当に穏やかな日々でした。休みの日には家族みんなで帝都郊外の小山へ行って天体観測をしたりしました。そこでテントを張って星を見ながら一夜を明かすんです。私の父は神聖教の神父だったから、星にまつわる神話には詳しくて、星座を指で示しながら色々と教えてくれました。だから私は星が好きだったんだと思います」

 

 サクナの口ぶりは完全に過去の人を語るときのそれだった。

 サクナは悲しげな笑みを浮かべて吐息を漏らす。

 

「ですが……こうした日々は、今にして思えば一炊の夢だったのかもしれません。──テラコマリさん、この世には〝神殺しの邪悪〟が存在することをご存知ですか?」

「何それ……」

「神とは魔核のことです。現代において魔核こそが神様みたいな扱いを受けていますから。魔核を殺す者たち──すなわち〝逆さ月〟」

 

 その名はテラコマリも知っていた。

 それはミリセント・ブルーナイトが所属していたテロ集団の名前だった。

 

「彼らは魔核を壊すためなら何でもします。平和な一家を虐殺することさえ躊躇いなく実行するんです」

 

 サクナは一つの星を引き寄せた。

 他のものよりも遥かにどす黒く濁っている。

 

「私の家族は何の前触れもなく殺されてしまいました。私が学院から帰ってきたら、みんなダイニングでばらばらになって死んでいたんです」

 

 テラコマリは思わず息を呑んでしまった。

 そこには目を覆いたくなるような光景が広がっていた。

 部屋中が真っ赤に染まっている。

 サクナの家族は身体をずたずたに引き裂かれバラバラに分解された挙句、まるでゴミでも捨てるような感じで部屋のあちらこちらに放置されていた。

 

「……でも、魔核があれば、回復するんでしょ?」

「しません。私の家族は神具によって殺されました。魔核を無効化する武器のことです」

 

 記憶の中のサクナは遺骸を呆然と眺めている。

 

「な、なんでこんなことになったんだよ。誰が、こんな……」

「逆さ月です。動機はただ一つ、私に絶望を植え付けて組織の駒とするため。私には利用価値があったみたいなんです」

「利用価値……?」

「はい。烈核解放・【アステリズムの廻天】。殺した相手の記憶を操作する異能です」

 

 テラコマリの開いた口が塞がらなかった。

 サクナは淡々と事実を紡いでいく。

 

「逆さ月は何らかの手段を用いて私のこの力を発見し、そして私を組織に引き入れることを画策しました。死んだ家族の前で立ち尽くす私の前に、あの人は突然現れてこう言いました──」

 

 ──残念だったな。だがお前が逆さ月の一員として懸命に頑張るなら「家族を取り戻す方法」を教えてやってもいいぞ。

 

「幼い私は従うしかありませんでした。そしてこれが逆さ月に入った契約の証です。私はずっとこの模様に縛られてきました」

 

 サクナは自らの腹部を両手で示した。

 そこには二つの紋章が刻まれている。

 一つはテラコマリにもあるムルナイト国章──すなわち七紅天大将軍であることを示す契約魔法の印。

 そしてもう一つは欠けた月の紋章。

 それこそが逆さ月に入った契約の証というものだろう。

 

「私に与えられた仕事は単純、敵を殺すこと。そして記憶を操作して情報を引き出すこと。それだけでした」

 

 ふわふわと星々がテラコマリの周りに集まってくる。

 そこで見た映像にテラコマリは驚愕した。

 サクナが政府高官連続殺害事件の犯人だったのだ。

 

「任務に失敗したときに私を待っているのは折檻です。逆さ月は味方であっても失態を演じた者には容赦がありません。私の家族を、大切な家族を……殺すって、言ったんです。何度も何度も……私が挫けそうになるたびに家族を殺すって。何度も何度も」

 

 言っていることが支離滅裂だ。

 サクナの家族は死んでしまっただろうに。

 下手に慰めの言葉をかけるのは気が引けたので、どうでもいい質問を投げかけていた。

 

「『今回の任務』って、何なの……?」

「魔核の調査」

 

 サクナは意外にもきっぱり答えた。

 

「魔核は政府の要人しか正体を知らない。ゆえに私が殺して〝知る〟必要があった。記憶操作の異能を使えるのは世界でサクナ・メモワールただ一人ですから」

「そ、そんな……」

「嘘をついてごめんなさい。私がテロリストだったんです」

「でも、サクナもテロリストに殺されたんじゃ」

「それはカモフラージュです。万が一にも疑われないようにするために、自分で自分のお腹を貫くように言われて──あんまり意味はありませんでしたけど。アルクさんには気づかれていましたしね」

 

 サクナは自嘲するように笑った。

 要所要所でアルクの名前が出てくるのは気になったが、それよりも今はサクナと向き合わなければいけないとテラコマリは思った。

 

「これで私は全てを打ち明けました。さあ、戻りましょう」

 

 サクナはさっと腕を振った。

 彼女の身体から膨大な魔力が噴出する。

 星明かりが死に絶えたように消え、全身を包み込んでいた浮遊感も嘘のように消える。

 【マインドリフレイン】が解除されたのだ。

 気づけばテラコマリはサクナと向かい合って立っていた。

 足元には紅玉の破片。

 生温い夏の風。

 サクナの記憶の中から戻ってきたのだ。

 目からは依然涙をこぼしつつサクナは笑う。

 

「テラコマリさん。私を殺してください。そして……罪人として処罰してください」

「ま、待ってよ。何で私がサクナを殺さなくちゃいけないの!? それに私じゃサクナに勝てないよ!」

「いいえ。私なんてテラコマリさんの足元にも及ばないと思います。本当ならそれが分かっていても魔核の在処を知るために、テラコマリさんを私のお姉ちゃんにするために戦っていたと思いますが」

「お姉ちゃん……?」

「そうやって家族を作ってきました。きれいな星座の形をしている人間を見つけてその人の記憶を組み替えます。記憶を消去して──お父さん、お母さん、お姉ちゃんのいずれかの記憶を植え付けるんです。これが逆さ月の人が教えてくれた『家族を取り戻す方法』です。私は今まで何度も何度も家族を作り直して、そのたびに殺されてきました」

「……でも、見た目とか全然違うでしょ?」

「重要なのは精神の形なので問題ありません。たとえば私のお父さん──ヘルデウス・ヘブンも最初のお父さんと似ても似つかぬ格好ですが、きれいな〝おおわし座〟の星座を持っているので、あの人は紛れもなく私のお父さんなんです」

「そ、そうか……」

「でもお父さんはもとが強すぎるから純粋なお父さんじゃないんです。なぜか私の烈核解放に抵抗してくるみたいで、私と二人きりのときだけしかお父さんになってくれないんです。ああ──こんな話はどうでもいいですよね」

 

 サクナは両手を広げて目を閉じた。

 

「さあ、一思いに私を殺してください」

 

 歪んでいる。

 しかしその歪みは生まれつきのものではない。

 すべて逆さ月のせいなのだ。

 だからこそテラコマリは許せなかった。

 サクナに非道な行いをさせているやつらのことを。

 

「え──」

 

 テラコマリはサクナを抱きしめていた。

 そうしなければならないと思った。

 

「……なってやるよ」

 

 サクナは戸惑いの表情を浮かべる。

 テラコマリは声の震えを自覚しながら続けた。

 

「お前のお姉ちゃんになってやる」

「本当──ですか?」

「ああ。ただしお前を殺すことはしない。それにお前の本当のお姉ちゃんになってやることもできない。だって……お前のお姉ちゃんは世界にただ一人しかいないんだ。それを……亡くなったからって、別の人を代わりにするなんてこと、本当のお姉ちゃんに失礼だろう」

「っ……」

 

 サクナの行動は間違っている──心の底から確信してしまったから。

 テラコマリは後先考えずに言葉を連ねていた。

 

「烈核解放なんて使わなくていい。私がお前のお姉ちゃんになるよ。よく考えたら年上の妹っておかしい気もするが……些細な問題だ」

「……」

 

 サクナは固まってしまった。

 何か思うところがあったのだろう──しばらく彼女は黙していたが、やがてしくしくと嗚咽を漏らし始めるのだった。

 

「わかっています……自分が変だってことは……」

「うむ。相当に変だよお前は」

「でも……わかっていても、つらかったから。こんなふうになっちゃったんです……」

 

 テラコマリは泣き出しているサクナの背中を優しくさする。

 サクナは安心したように身を震わせ、やがてかすかな笑みを浮かべるのだった。

 

「……ありがとうございます。本当のお姉ちゃんもこうやって私を慰めてくれました」

「そっか。優しいお姉ちゃんだったんだな」

「テラコマリさんも優しいです」

「私は優しくない。弱いだけだよ」

 

 サクナは納得できない様子だったが、不意に「やっぱり優しいですね」と笑い、テラコマリの目をまっすぐ見据え、

 

「テラコマリさん。お姉ちゃんって呼んでいいですか?」

「え? ああ、存分に甘えたまえ」

「えへへ──お姉ちゃん」

 

 サクナにぎゅっと抱きつかれて、柔らかい温もりが伝わってくる。

 サクナはもともと邪悪な人間じゃない。

 真っ直ぐな心を持っている。

 一応姉ってことになっているから何とかしてやろう、とテラコマリは思った。

 そのときだった。

 

「──何をやっている? サクナ・メモワール」

 

 空間を揺るがすような胴間声。

 サクナが小動物のように身を震わせてテラコマリから離れた。

 大男がこちらへと近づいてきている。

 紫の軍服。

 準一位を表す〝望月の紋〟。

 腰に()いた大仰な大剣──七紅天大将軍オディロン・メタル。

 彼はドスドスと足音が鳴るほどの勢いで歩み寄る。

 

「言ったはずだろう? ガンデスブラッドを殺せと」

「で……できません」

「なんだとッ! 恥を知れこの役立たずがッ!」

 

 オディロンの容赦ない蹴りがサクナの腹部に炸裂した。

 小さな身体は木の葉のように吹き飛んで転がる。

 げふっ、と唾液混じりの血液が床を濡らす。

 

「お前は何をやっているのだ! さっさとやつを殺せばいいものを──まさか絆されたのか!? あの小娘に!」

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」

「鬱陶しいッ! 謝るんじゃないッ!」

 

 オディロンはサクナの髪を引っ張り上げた。

 至近距離で雷のような罵声を浴びせかける。

 そして岩をも砕くような鉄拳をサクナの横っ面に突き刺した。

 さらにオディロンは考えうる限りの悪罵(あくば)を口にしながらサクナを執拗に痛めつける。

 その光景を見たテラコマリはようやく理解した──七紅天オディロン・メタルは逆さ月のスパイで、そしてサクナを地獄のどん底に突き落とした元凶に違いないと。

 

「やめろ!」

 

 反射的にテラコマリの口が動いていた。

 サクナがボロボロになっていくのを黙って見ていられるわけがない。

 だから精一杯の勇気を振り絞ってオディロンを睨みつけていた。

 

「ふん。サクナメモワール。さっさと目を覚ましてあの小娘を殺すのだ!」

「やめろって言ってるだろうがぁ──────────────っ!!」

 

 オディロンがサクナを蹴り飛ばしたところで限界が訪れた。

 テラコマリは策もなしにオディロンに向かって突貫する。

 そのまま拳を振りかぶって顔面を──顔面には手が届かないため腹部をぶん殴ってやろうとした。

 しかし呆気なく腕を掴まれて止められてしまう。

 オディロンはニヤリと笑ってテラコマリを見下ろした。

 

「悲しいな。力なき者の抵抗ほど見るに耐えないものはない」

「や、めろ、はなせ……はなしてよ……!」

 

 オディロンが腕を握る力が徐々に強くなっていく。

 次の瞬間、ばきりと骨が粉々になる音が脳に響き渡った。

 遅れて襲いかかる激痛に、あまりの衝撃に、悲鳴を上げることすらできない。

 滂沱(ぼうだ)のごとく涙があふれてくる。

 

「ぐ、う、ああ、」

「脆すぎるぞテラコマリ・ガンデスブラッド!!」

 

 オディロンの手からぱっと腕が離され、テラコマリの身体は勢いよく地に叩きつけられた。

 

「これほど脆いならサクナ・メモワールの異能を使うまでもない。どれ、拷問してやろうではないか」

 

 ゆっくりとオディロンが地に伏しているテラコマリへと近づいていく。

 痛覚でテラコマリの思考が霧散していく。

 そのときだった。

 

「コマリ様から離れろ」

 

 聞き馴染みのある声が微かに耳に入り、テラコマリの意識は遠のいていった。

 

 ⭐︎

 

 時は少し遡る。

 僅かに魔力の回復した俺は、残った全魔力を自身の回復にあてた。

 これで俺の魔力はコマリ様以下──現時点で魔力量だけ見れば最弱と言っても差し支えないだろう。

 それでも古城へと、コマリ様の元へと向かわなければならない。

 近辺で四つの魔力を知覚していた。

 古城中心にコマリ様、フレーテ、サクナの三人、フレーテの魔力が消えたことから魔法石でサクナに転移させられたといったところだろうか。

 そして周囲で様子を窺っている魔力が一つ。

 

「オディロン・メタル……」

 

 やつが逆さ月のスパイであることはだいぶ前に調査済みだ。

 ゲラ=アルカ共和国に逆さ月のアジトが存在することも無論知っている。

 だからこそ陛下は少し前にゲラ=アルカの内情調査を俺にさせたのだ。

 知らないで好きにさせるのと、知っていて泳がせるのではワケが違う。

 ある意味オディロンのお陰で逆さ月の情報が掴みやすかった。

 だがどうやら好きにさせ過ぎたようだ。

 コマリ様が苦痛に歪ませる姿を目にした。

 サクナも全身アザや傷を付けられている。

 その元凶もまたオディロン・メタルだった。

 現時点での魔力量に雲泥の差がある相手ではあるがそれは挑まない理由にならない。

 俺はオディロンに向かって冷たく言い放った。

 

「コマリ様から離れろ」

 

 俺の左横にいたサクナは激痛に鞭打たれながらも、弱々しく言葉を発した。

 

「アルクさん……ごめんなさい。私のせいで……テラコマリさんが……」

「いいえ。あなたのせいではありませんよ。それにしても──あの頃と比べて随分と成長しましたね。初めて会った時は自ら行動に起こせない、ただの気弱な少女でしたが──とても……強くなりましたね」

「アル……くん? 本当に……?」

「私はアルクですよ。サクナ様は相変わらずですね」

 

 サクナの頭を軽く撫でると、目元から幾筋もの雫を滴らせて安堵の笑みを浮かべる。

 オディロンの視線がこちらに向く。

 そして俺を見るやいなや、はあっ、とため息を溢した。

 

「誰かと思えばガンデスブラッドの……たしか会議の場にもいたな。貴様は何なんだ」

「そんなことはどうでもいい。離れろと言ったんだ」

「執事ごときが俺に命令する気か。主人も主人なら従者も従者のようだな。力の差をまるでわかっていないようだ」

「力が、魔力があることがそんなに素晴らしいか? 他の七紅天と比べると随分と小物じゃないか」

「黙れッ! 貴様らに何がわかるッ! 生まれたときから約束された地位を持っているお前らにッ! 金にモノを言わせるようなお前らにッ! 泥水を(すす)るような地獄を体験したこともないお前らにッ! 何がわかるというのだ!」

「何も分からない」

「……は?」

「お前の苦しみも痛みも、妬みも憎悪も、何も分からない。しかしそれが他者を傷つけても良い理由にはならない」

 

 俺の言葉が頭にきたのか、オディロンはコマリ様から離れてこちらに近づいてくる。

 そうしてオディロンはゆっくりと携えていた(けん)を抜く。

 

「……遺言はそれだけか」

「お前じゃ俺を殺せない」

「抜かせッ!」

 

 対面する二人の気迫がそうさせるのか周囲の大気が静けさを帯びる。

 その均衡を破ったのはオディロンだった。

 オディロンは神具《大鵬劔(たいほうけん)》を俺の胴に目掛けて、横一線に振る。

 だが劔《けん》が俺に触れる前に、腹部に蹴りを受けたオディロンの身体は真後ろに飛んだ。

 

「ぐッ!? ──特級火炎魔法【大獄炎】ッ!」

 

 オディロンは体勢を立て直しながら、魔法で俺に反撃する。

 さながら地獄の業火のようで、凄まじい熱量を持った魔法が襲いかかる。

 対抗手段のない俺は魔法の回避に専念したが、回避した先にはオディロンの姿があり、

 

「もらったああああ────────ッ!」

 

 オディロンの神具《大鵬劔(たいほうけん)》が俺の左腕を容赦なく切断した。

 俺はオディロンから距離を取ると、オディロンは憎たらしい笑みを浮かべて言い放つ。

 

「我が神具《大鵬劔(たいほうけん)》の切れ味はどうだ? 魔核の効果を打ち消されている以上、貴様の腕は二度と元には戻らない。そんな状態でどうやって俺と戦うと……いう……」

 

 オディロンの表情が一変する。

 俺は離れた位置から血液を操作して、切断された腕を手繰り寄せる。

 さらにそのまま身体にくっつけると、俺はオディロンに見せつけるように左手を掌握運動の要領で動かした。

 オディロンはあり得ないような光景を目にして困惑していた。

 だが、その直後に何かを思い出したかのように怒声を響かせる。

 

「貴様……まさか六年前の〝化け物〟、なのか……!?」

「……そうだと言ったら? それもまたこの場では関係のない話だ」

「バカを言えッ! 俺は五年前貴様に殺されたのだ! それに〝あの方〟からも貴様に遭遇した際は確実に殺すよう言われている」

「〝あの方〟というのは逆さ月のトップを指しているのでしょうか?」

 

 オディロンは口を滑らせたと言わんばかりに片手で口を覆う。

 俺はその隙を逃さずにオディロンへ接近し、右頬に目掛けて拳を振るう。

 

「な、ぐおおおおッ!?」

 

 オディロンは頬に激痛を浴びながら吹き飛んだ。

 だが、不運なことに吹き飛んだ付近にはコマリ様がいた。

 立ち上がったオディロンは劔《けん》をコマリ様へと向ける。

 

「クソがッ! 魔力も使わずにこの威力とはッ! ……まあよい。手始めにこの小娘から殺してやるッ!」

 

 ニヤリと笑みを浮かべたオディロンは地に倒れているコマリ様の身体へ劔《けん》振り下ろす。

 俺は自身にかけられた脳のリミッターを強制的に外して疾走し、コマリ様の前に立つ。

 劔《けん》の刃が通ったのはコマリ様──ではなく、俺の身体。

 斜めに一閃され、体内から血や臓器が漏れ出る。

 

「バカなやつだ。そんな非力な小娘を庇うとはな。今度こそ貴様を葬るとしようか」

 

 オディロンは再生する余裕を与えないほど粉微塵になるまで俺の身体を切り裂いていく。

 俺は余力を振り絞るように自身の血液を操作し、弾丸のようにオディロンの身体を撃ち抜いた。

 

「ぬぅっっっ!? 死ねええええええッ!!」

 

 オディロンは火炎魔法を発動し、塵にも等しい俺の肉体を燃やし尽くした。

 

 ⭐︎

 

 サクナ・メモワールは二人の激しい戦いをただ見ているだけしかできなかった。

 しかし、今ばかりはそんな自分の虚弱さに酷く後悔した。

 どこか安心しきっていたのだ。

 現実は物語のように都合よくできていない。

 何も行動を起こせなかったから、また大切な人を失ってしまった。

 ミリセントの言葉の意味がようやくわかった気がした。

 

 ──家族を殺された時も、そして今も、強い心を持っていたら結末は違ったのだろうか。

 

 オディロンがよろめきながら立ち上がると、魔法石の回復魔法で受けた傷を治していく。

 次の標的はテラコマリなのだろう。

 すでに逆さ月の命令に逆らった身。

 自身の運命ぐらい、自分で決めてやるのがせめてもの反逆というものだろう。

 サクナは呼吸を荒げながらふらふらと立ち上がる。

 そうして(アルク)と同じ言葉を叫んだ。

 

「──やめろっ!! テラコマリさんから、はなれろっ!! テラコマリさんにひどいことするなっ!!」

「──何を言っているんだ、サクナ・メモワール」

 

 オディロンが憤怒を(たた)えた表情でサクナを見据え、ゆっくりと近づいてくる。

 サクナは懐に忍ばせてあった小瓶を取り出すと、指を滑らせながら蓋を開ける。

 

「私は……お前には従わない……! 逆さ月なんて……抜けてやるッ!」

「ふざけたことを抜かすなッ! お前は俺の道具として一生あくせく働いていればいいのだッ!」

「それこそふざけんな! 大切な人たちを奪っていくお前の言うことなんか、絶対きかない!」

「おい、まさか貴様──」

 

 目の前にいる諸悪の根源を倒せるなら、自分の命は惜しくないと思った。

 サクナは小瓶の中身を一気に(あお)った。

 直後、ごう!!と、すさまじい白銀の魔力がうねりを発生させる。

 膨大な魔力に耐え切れず、大地がみしみしと悲鳴をあげている。

 

「たとえここで死んでも……お前だけは絶対に倒す! 上級流氷結魔法【ダストテイルの箒星】ッ!!」

 

 眩いばかりの魔力光をふりまきながら氷の星々が乱雑な軌道で敵に襲いかかる。

 

「道具の分際で図に乗りおってッ!」

 

 オディロンの《大鵬劔(たいほうけん)》が一つ、また一つと星を砕いていく。

 

「おまえが……おまえが……、」

 

 オディロンは巧みに剣を操り、氷星を打ち落としていくが、飛躍によって強化されたサクナの魔力は無尽蔵だった。

 次々と放たれる魔法に終わりは見えず、ついに星の一つがオディロンの肌を掠める。

 

「このッ!」

 

 オディロンはサクナの魔法から逃れるべく空へ高く飛び上がり、《大鵬劔(たいほうけん)》を振り下ろす。

 サクナは手首をくいっと、上に向けて魔法の軌道を宙へと変える。

 

「はああああああ──────────────っ!!」

「なッ!? ぐわあああッ!」

 

 逃げ場のないオディロンはサクナの放つ星々に身体中を切り刻まれながら吹き飛ばされていく。

 サクナはその隙を逃さず、懐から短剣を取り出してオディロンを仕留めようとした。

 しかし。

 

「──え?」

 

 全身から魔力が抜け落ち、激しい激痛に見舞われる。

 

「ごふっ、」

 

 吐血し、サクナの身体は動かなくなり、我慢できずに膝をついてしまう。

 それを見たオディロンはニヤリと笑う。

 

「薬の副作用が訪れたようだな、間抜けがァ──────────ッ!」

 

 強烈な拳がサクナの顔面に突き刺さった。

 それだけでサクナの身体は呆気なく吹っ飛び、床に血の跡を残しながら転がった。

 サクナは涙を溢しながらふと視線を横に向ける。

 そこにはサクナが憧れるテラコマリが仰向けになって倒れていた。

 

「……ごめんなさい、テラコマリさん。私と関わったばっかりに……アルくんまで失って……もう、すべてがおしまいです……」

 

 ──いざとなったらテラコマリに血を吸わせなさい。

 

 ふとミリセントの言葉が脳裏によぎった。

 それがいったい何を意味するのかはわからない。

 藁にもすがるような思いでサクナは最期の力を振り絞って、テラコマリに手を伸ばす。

 サクナの血まみれの指から血が滴り落ち、テラコマリの口内へと流される。

 すると、彼女の魔力が急に膨れ上がり、むくりと起き上がった。

 

「てら、こまり、さん…………?」

「たりない。ちが」

 

 ちくり、とサクナの首筋に小さな痛みが走った。

 テラコマリが歯を立てていたのである。

 

「ぇ、だ、だめです……」

 

 吸血鬼の吸血行為は最上級の親愛の証。

 サクナは高揚感に浸る。

 こんな自分の血を──汚れた殺人鬼の血を吸ってくれる人がこの世にもいる。

 それを知れただけで胸がいっぱいになった。

 血を吸い終わるとテラコマリはゆっくりと立ち上がる。

 表情はない。

 紅色の瞳が怪しく輝いている。

 さらに(ほとばし)る魔力は天上にまで伸び、彼女の髪が真っ白に変色する。

 会場の外でスクリーンからこの様子を見ていた者は「まるで蒼玉種のようだ」と呟いた。

 爆発的な魔力が放出され、青かったはずの空は白く染め上げられる。

 テラコマリは瞳を爛々とさせながらオディロンを無感動に見つめ、小さな唇を微かに動かした。

 

「おまえが、あやまるまで、ゆるさない」

 




NGシーン
アルク「今すぐコマリ様から離れろっつってんだよ、聞こえねぇのか三下!!!」


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