ひきこまり吸血姫の執事   作:神無月 優

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コマリニウムが不足している……
最新刊にスペシャルイベント……待ち遠し過ぎる……





白銀の吸血鬼

「──やはりな。【孤高(ここう)(とむらい)】には次なるステージがあるようだ」

「な、なんですかあれは……! コマリが、白い……」

 

 新しく運ばれてきた水晶には戦場の光景が映し出されている。

 真っ先に目に入ったのはテラコマリが烈核解放を発動している光景だ。

 しかし──前回とは決定的に異なる点がある。

 圧倒的な白さだ。

 テラコマリの輝くような金髪は、新雪の凍てつく白銀へと変化している。

 さらに彼女の身体から発せられる魔力はミリセントやデルピュネーと対峙していたときに感じた紅色ではなく、息を呑むほど美しい白色をしていた。

 

「コマリの烈核解放にあんな力があったとは」

「予想できない話でもあるまい。彼女の母親もそうだったのだから」

「それは関係ないと思いますが」

「烈核解放は親から子へ受け継がれるものではない。しかし〝精神の形質〟が似ているならば自ずと烈核解放の特性も似たものになるだろう」

「ユーリン……」

 

 ユーリン・ガンデスブラッド。

 かつて世界の平和を夢見て戦い、散っていった、最強の七紅天。

 

「では【孤高(ここう)(とむらい)】は」

「ユーリンと似ているな。血を吸った相手の種族によって異能の質が変わるのだろう。──つまりだな、あの子の烈核解放は真の意味で六国を平らげるための力なのだよ」

「……ユーリンが成し遂げられなかった覇業を、娘のコマリにさせるおつもりですか」

 

 するとカレンは思いに耽り、フッと微笑する。

 

「ともあれようやく黒幕が表舞台に立ったな。同じ七紅天だった時代は何度か飯を奢らせてやったというのに……まったく恩知らずなやつだ。まあ逆さ月の刺客であることは分かっていたことだがな」

「まさかメタル将軍の正体に気づいていたとでも?」

「気づくもなにもない。アルクにはやつの行動を調査してもらっていた。早々に逆さ月の一員だと発覚して以降、あえて泳がせることで組織の情報を入手していたのだよ」

「彼はそんなことまで……」

 

 アルマンは閉口する。

 カレンは半ば陶酔したように、静かに呟いた。

 

「さあ、再び見せておくれコマリ。きみなら世界をひっくり返すこともできるはずだ」

 

 ⭐︎

 

 オディロン・メタルは困惑していた。

 死に損ないのテラコマリ・ガンデスブラッドが立ち上がったのである。

 しかも相対する者の身を凍てつかせるような絶望的な魔力をまとっている。

 紅色の瞳が輝いていることから、烈核解放を使っていることは間違いないだろう。

 

「貴様……とんだ隠し玉を持っていたようだな」

 

 テラコマリは何も答えず、傍に倒れるサクナ・メモワールを見下ろしている。

 真っ白な髪を靡かせる吸血鬼は、折れているはずの腕を、そっとサクナのほうへ伸ばした。

 彼女の手に魔法陣が発動し、次の瞬間、ぱりぃん! と何かが破裂する音が聞こえた。

 オディロンは驚愕した。

 サクナの腹部にあったはずの紋章が跡形もなく消し飛んでいたのだ。

 

「契約破壊だと!? 馬鹿な」

 

 逆さ月の上層部──いわゆる幹部と言われている〝朔月(さくげつ)〟の人間が施したもので、並大抵の魔法では破れないはずだった。

 それをいとも容易く破壊してみせた。

 オディロンはさらにありえない光景を目にする。

 サクナの傷がみるみる回復していくのである。

 

「コルネリウスの秘薬は神具によって精製されたもの。その副作用を消すことなど……」

 

 オディロンは目を見張った。

 どういう原理なのかまるで理解できない。

 

「まさか……魔核に依存しない魔力、なのか……?」

 

 さらにテラコマリは意味不明な行動を取る。

 先程執事が放った血の弾丸によってオディロンは出血した。

 その血は血痕として地に付着している。

 それ以外は何もないはずだ。

 だが、テラコマリは何もないはずの場所にサクナの時と同様手をのばして魔法を発動する。

 オディロンはまたしても強大な魔力を身に浴びてゾッとする。

 あり得ない。

 あの〝化け物〟は確かに殺した、はずだ。

 消し炭にした後、一切再生する気配を見せなかったことがそれを証明していた。

 それがどうだろう。

 血の渦が天高く舞い上がり、その渦の中には人影が見える。

 渦の中から執事服を着た吸血鬼が再臨した。

 

「ありがとうございます、コマリ様」

 

 オディロンは思わず身構える。

 アルクの魔力量が七紅天に準ずるか、あるいはそれ以上であったからだ。

 アルクはオディロンを見据えていた。

 

「コマリ様。あとは私が──」

「だいじょうぶ」

「しかし、」

「おまえはやすんでろ」

 

 テラコマリは二人の治療を終えると、ふわりとした動作でオディロンに向き直った。

 テラコマリが聞き取りにくい声を発した。

 

「さくなとあるくにあやまれ」

「……は?」

「あやまれ。さくなとあるくに」

 

 言葉の意味を理解した瞬間、オディロンは筆舌にしがたい怒りが湧いてくるのを感じた。

 無表情のテラコマリに向けて剣を掲げ、猛烈な勢いでまくし立てる。

 

「何故この俺が道具に謝罪などしなければならんのだッ! その小娘は逆さ月に忠誠を誓った下僕! そっちの小僧はもはや人ですらない〝化け物〟だ! どちらも人でないなら相応の扱いをして何が悪────」

「さくなはどうぐじゃない。あるくもばけものじゃない」

 

 オディロンの声を遮ると、テラコマリは一歩進んだ。

 それだけで距離は一瞬にして詰められる。

 眼前にいかにもひ弱そうな拳が迫る──オディロンはそれを本能的に察知して《大鵬劔(たいほうけん)》の刃で受け止める。

 しかし受け止めた瞬間、オディロンの身体は衝撃に負けて紙切れのように吹き飛んだ。

 

「が、ぐおおおおおおおおおッ!?」

 

 強靭な肉体が土壁にめり込むほどの威力。

 なんとか命があることに安堵したのも束の間、視線の先にテラコマリがいないことに気づいて、オディロンの背中に冷や汗が流れる。

 

「ッ、どこへ行った! テラコマリ・ガンデスブラッド!!」

「ここ」

 

 すぐ隣から声が聞こえてゾッとする。

 テラコマリはオディロンの丸太のような腕に指を添えていた。

 その程度のはずなのに万力で潰されたような激痛が走った。

 オディロンは思わず野太い悲鳴を上げる。

 不意に強烈な冷気が迸る。

 彼女の触れた部分から這い上がるようにしてオディロンの腕が凍りつく。

 そして──ぱきり、と凍った右腕が折れた。

 折れた箇所から吹き出した血液すらも瞬時に真っ赤な氷柱へと変貌する。

 

「ぐっ、ああああああああッ! この、小娘がああああああッ!!」

 

 オディロンは激昂しながら左手で《大鵬劔(たいほうけん)》をかざすが、テラコマリは動く気配を見せない。

 勝利を確信したオディロンはそのまま大剣を彼女の脳天めがけて振り下ろす──のだが、がん!と響く金属音とともに衝撃が伝わる。

 

「な、ん、だと……、」

 

 髪の毛すら切断できない、まるで鋼のような硬さだった。

 彼女の指が《大鵬劔(たいほうけん)》に添えられる。

 それだけで神具は凍りつき、やがてバラバラに砕けてしまう。

 周囲の温度はマイナスに差し掛かっていた。

 オディロンはようやく己の劣勢に気づき、死に物狂いでその場を離脱する。

 次の瞬間、テラコマリから氷の弾丸が高速射出された。

 放たれたのは下級氷結魔法【氷柱】。

 しかし、その質量・速度・破壊力は〝下級〟を称するのも烏滸がましく、大地を抉り、オディロンの脇腹を抉り、雨霰のように猛然と襲いかかる。

 加えて彼女の背後には巨大な魔法陣──明らかにトドメを刺そうとしていた。

 

「クソがああああああああああああッ!」

 

 負けじと火炎魔法で応戦するものの、あまりの極寒に炎がたどり着く前に蝋燭の火をかき消すような具合で霧散する。

 

「──こおりつけ」

 

 テラコマリの魔法が凄まじい冷気を纏った光の束となり、オディロンに向けて発射された。

 避けようとしたオディロンの足は床に縫い付けられていて、もはや回避は不可能だった。

 オディロンは己の敗北を悟った。

 だが死にさえしなければ敗北ではない。

 オディロンは軍服の内ポケットから魔法石を取り出した。

 もしものために準備しておいた【転移】の魔法石だ。

 

「いつか必ず殺してやるぞテラコマリ・ガンデスブラッド!」

 

 魔法石を発動し、筋骨隆々の吸血鬼がその場から姿を消した。

 直前、地に倒れ伏していたサクナはオディロンを見上げて口にした。

 

「烈核解放・【アステリズムの廻天】」

 

 右目が紅色の光を発し、サクナは異能を発動させる。

 テラコマリの放った魔法は行き場を失い、白銀の空へ突き進んでいった。

 

 ⭐︎

 

 オディロン・メタルはその場を離脱。

 サクナ・メモワールは戦意喪失。

 紅玉が破壊された以上、七紅天闘争はポイントで勝敗を決めるほかない。

 つまりコマリ様率いる第七部隊が堂々の一位として七紅天闘争は幕を下ろすわけだが──コマリ様の烈核解放が解除されていない。

 彼女の烈核解放は、自身の無意識な願望が叶わなければ持続し続けるのではないかと考えている。

 今コマリ様が求めているのはオディロンからの謝罪の言葉。

 もしくはオディロンの抹殺。

 想いの強さがそうさせるのか彼女の魔力は依然として昂っている。

 

「コマリ様。オディロン・メタルはゲラ=アルカに向かったと思われます」

「しってる」

 

 コマリ様は索敵系統の魔法を使ってオディロンの位置を掴んでいた。

 恐るべきは魔法の効果範囲が他国にまで及んでいることだ。

 コマリ様は飛行魔法でふわりと宙へ浮く。

 

「私もお供します」

 

 俺も飛行魔法によって身体が大地から離れる。

 たいしてついて行く意味は無いかもしれないが、逆さ月についての情報を少しでも掴めるかもしれないと思った。

 

「わかった。でもさきにいくから」

 

 コマリ様はこくん、と頷くと世界南方に位置するゲラ=アルカへと光の速さで飛んで行った。

 俺はその速度に追いつける気がしなかったが、己の出せる最大速度で後を追った。

 

 ⭐︎

 

 ゲラ=アルカ共和国某所、密林地帯。

 命からがら離脱したオディロンは、森の奥にひっそりと佇む円形の建物へと入っていった。

 その建物とは逆さ月のアジトの一つである、ゲラ=アルカ支部。

 もぎ取られた腕の切り口を押さえながら薄暗い廊下を歩いていくと、支部長の帰還を察した部下が慌てた様子で集まってきた。

 

「め、メタル様! その腕はどうしたのですか!?」

「はやく治療を! いや、ムルナイトに戻れば魔核ですぐに……」

「──馬鹿がッ! 魔核に頼るなど逆さ月失格だぞ貴様!」

 

 オディロンは部下を殴ると、椅子に腰かける。

 オディロンは舌打ちする。

 サクナ・メモワールを除けば、このアジトには五十三人もの部下がいる。

 そのどれもが使えない道具だとオディロンは評する。

 

「くそ……テラコマリ・ガンデスブラッドめ……!」

 

 ムルナイトの魔核の正体を突き止め破壊することができれば、オディロン・メタルは〝朔月〟に昇進できるはずだったが──それもすべて台無しになった。

 忌々しく思いながらも通信用鉱石に魔力を注ぎ、噛み付くような勢いで叫ぶ。

 

「おいアマツ! 計画は失敗だ! テラコマリ・ガンデスブラッドのせいで……!」

『知ってるさ。あの映像は全世界に生中継されてたんだぜ』

「ならば話が早い! 今すぐにでもあいつを殺すプランを……」

『よくもやってくれたなオディロン・メタル』

 

 通信相手──オディロンの同期にして自身よりも早く〝朔月〟に至った和魂(わこん)種・天津覺明(あまつかくめい)は、心底失望したような声で言った。

 

『あんな場所で逆さ月の名を出すなどどうかしている。我々のことを世界に喧伝しているようなものじゃないか』

「そ、そんなことはどうでもいいだろう! はやく次の作戦を練る必要が──」

「その必要はない。お前は失敗したんだ。サクナ・メモワールは逆さ月にとって有益な烈核解放を持っていた。なのにお前はあいつの心をつかむことができなかった──お前はあいつに優しく接してやるべきだったんだよ」

 

 オディロンは言葉を詰まらせるが、アマツは容赦なく責め立てる。

 

『何より【アステリズムの廻天】を使用しておきながらお前はムルナイトの魔核を暴くことができなかった──おひい様はかんかんだぞ?』

「なっ……し、しかし! 次こそは必ず──」

『〝次〟があると思える図太さには脱帽だな。仮にまだチャンスがあるとして、どうするんだ? お前の正体は全世界に知れ渡っているんだぞ』

「考える。考えるさ……」

 

 オディロンは黙考する。

 皇帝の殺害は一筋縄ではいかない。

 皇帝の溺愛するテラコマリを人質に取るのも得策とは言えない。

 執事の皮をかぶった〝化け物〟をどうにかしないと近づくこともできないだろう。

 そもそも規格外の烈核解放を操る小娘を攫うことができるのだろうか。

 

「オディロン様」

 

 名前を呼ばれたが無視して、再度思考の海に沈む。

 

「オディロン様」

 

 名を呼ばれた。

 気が散って仕方がなく、今度は黙っていられなかった。

 

「ええいッ、何の用だ貴様ッ!」

 

 声のする方を向いた瞬間、腹部に焼けるような衝動が走った。

 オディロンは顔をしかめて視線を落とす。

 脇腹にナイフが突き刺さっていた。

 

「──は?」

 

 ナイフの柄を握っていたのはオディロンの部下だった。

 

「き、貴様ああああああああッ、何をッ!」

「私は、お前の道具じゃない」

 

 いつの間にか部下が勢揃いしていた。

 誰も彼もが無表情で、虚な瞳でオディロンを睨んでいる。

 

「私はお前の道具じゃない」

「私はお前の道具じゃない」

「私はお前の道具じゃない」

「喧しいわッ! 道具の分際でッ!」

 

 オディロンは部下にナイフで身体を刺し貫かれながらも、上級火炎魔法【爆真炎】で辺りを吹き飛ばす。

 吹き飛ばされた部下たちは悲鳴を上げず、火だるまになりながら、しかしのたうち回ることなく廊下に伏している。

 異常としか思えない。

 まるで誰かに操られているような──

 ふと、死体が紙切れを握りしめていることに気づいた。

 そこには下手な字が綴られていた。

 

 〝ざまあみろ〟

 

 こんなことができる人間は一人しかいない。

 

「サクナ・メモワールゥゥゥゥ──────────────ッ!!」

 

 あの小娘は──従順なフリをして、影ではコソコソと牙を研いでいたのだ……!

 

『滑稽だな、オディロン』

「アマツ! 知っていたのか貴様!」

『知っていたとも。──サクナ・メモワールは定期的にゲラ=アルカ支部に帰還して一人ずつ洗脳していたのさ。翦劉(せんりゅう)種以外はそこで殺したら蘇ることはないから、わざわざ気絶させて核領域まで連れ込んで始末していたらしい』

「知っていたのなら──何故教えなかったッ!」

『部下の反抗に気付けないようでは、朔月の器ではないな』

 

 オディロンは歯噛みした。

 アマツはそれを面白がるような声色で続ける。

 

『お前はサクナ・メモワールのことをただの気弱な小娘だと思っていたようだが、それは大きな間違いだぞ。こういうことができるからこそ、あいつは烈核解放を持っているんだよ』

「こんなチンケな反逆に何の意味があるのだ! 俺が負傷さえしていなければ、この程度屁でもないというのにッ……ッ!」

『あいつも半ば諦めていたのだろうな。だが無駄だと思っていても、それでもコツコツと積み上げてきたから今がある。現にお前、死にそうだぜ? お前は少女ひとりの思想も矯正することができなかった。そういうことなんだよ』

 

 もはやアマツの声など聞きたくなかった。

 

「くそ……くそ、くそ、くそくそくそくそッ……!」

 

 オディロンは肩で息をしながら呪詛を吐いた。

 今まで積み上げてきたものが、音を立てて崩れていくのを感じた。

 これほどの失態を演じた吸血鬼にチャンスは二度と巡ってこないだろう。

 

 ──オディロン! あなたは今日から私のものよ! 神様を殺して、六国を平和にする手助けをしなさい。

 

 かつて〝神殺しの邪悪〟はオディロンに手を差し伸べた。

 帝都の下級生まれ、馬鹿な貴族の気まぐれによって家族を失い、核領域の荒野で生死の境を彷徨った。

 そんなオディロンを、あの少女は救ってくれた。

 何が何でも彼女の夢を叶えてやりたかった。

 だが、もうその機会はない。

 おひい様は、太陽のように慈悲深いが、月のように冷酷だから。

 オディロンは身を震わせながら思考する。

 こんなことになった原因は何だ?

 サクナ・メモワールとテラコマリ・ガンデスブラッド。

 そしておひい様が敵視しているあの〝化け物〟。

 あいつらのせいなのだ。

 あいつらさえいなければ──

 

 つん、

 

 背中をつつかれた。

 オディロンは無意識のうちに振り返る。

 振り返った瞬間、悲鳴をあげそうになってしまった。

 そこに立っていたのは、銀色の魔力を纏った白髪の少女。

 テラコマリ・ガンデスブラッドである。

 オディロンの放っていた熱風をも凍てつかせるほどの冷気がアジトに吹き抜ける。

 何故ここに、いったいどうやって──しかし問いを発する前に、彼女のしなやかな手がオディロンの首を強く絞め付けた。

 

「ぐぇッ、!? き、様……何を、」

「あやまれ」

 

 テラコマリは骨を折るような力でオディロンの太い首を握る。

 

「さくなとあるくに、あやまれ」

「くッ、──」

 

 力も魔力も尽き果てたオディロンに抵抗する術はない。

 だが、腹が立って仕方がなかった。

 我を忘れてオディロンは絶叫する。

 

「──誰が謝るかッ! 人の(なり)をした化け物は無惨に殺されるべきだッ! それにあんな愚鈍な小娘は散々に使われて死ぬのがお似合グオェッ」

 

 指に力が加えられ、ついに呼吸が止まった。

 オディロンの意識はゆっくりと沈んでいく。

 こうして男の野望は呆気なく立ち消えとなった。

 

 ⭐︎

 

 俺が逆さ月のアジトに到着した時には何もかもが終わっていた。

 焼き焦げた焼死体に、床に倒れ込んでいるオディロン・メタル。

 そのどれもが凄まじい冷気に覆われて凍りついていた。

 コマリ様は無感動にオディロンを見下ろしていた。

 

「遅かったか。一応オディロン・メタルは生きたまま捕えてムルナイトに連れて帰りたかったのですが……」

「あやまらなかったから」

「それは、オディロンが悪いですね。それなら仕方がないです」

 

 不意に床に落ちていた通信用魔鉱石から声が響いた。

 込められた魔力が残っていたのだろう。

 

『よう、ミス・ガンデスブラッド。それにミスター・アルク。そこにいるんだろ?』

 

 コマリ様は答えない。

 俺も聞き流すことにしていた。

 

『先日はうちのミリセントが世話になったな。おかげさまで手塩にかけて育てた兵士を一人失ってしまったよ』

「そのことに関して、お前と一度話したいと思っていた」

 

 俺は黙っていられず、声を出した。

 コマリ様も意外に思ったのか俺の方を向き見る。

 

『……ほう。それで、話とは?』

「ミリセントが歪んだのは、彼女の父親とお前の教育方針が原因として大きいだろう。ミリセントの劣等感を刺激して逆さ月に引き入れるのが目的だったのか?」

『ふっ、鋭いな。だが惜しい。あいつが逆さ月に入ることになったのは偶然だ。いや、ある意味では必然だったのかもな。ただ俺の目的は別にあった』

「別……? お前は何を──」

『ところでだ、テラコマリ・ガンデスブラッド。お前の烈核解放はどういう仕組みなんだ? 見た限りだと理性を失っているようで実はそうではないって感じだがな。うちのおひい様が気になって仕方がないようで』

 

 ばき! と通信用魔鉱石がコマリ様の足によって踏み壊された。

 無感情だった顔がやや(しか)め面に見えた。

 触れてほしくない話題だったのだろうか。

 辺りに静寂が舞い降りる。

 しかし、すぐに喧噪(けんそう)が近づいてきた。

 遠くから逆さ月の構成員が血相を変えて走ってくる。

 ゲラ=アルカ支部の騒動を聞きつけて他の支部から【転移】してきたのだろう。

 コマリ様は俺に視線を合わせると顎を上にくいっ、と向ける。

 その後ゆっくりと宙に身体を浮かせる。

 俺はその意図を理解してコマリ様に続くように飛行魔法で空へ飛び上がる。

 コマリ様によって濃密な魔力が練り上げられ、巨大な魔法陣が顕現する。

 文献による知識にだけ存在する魔法──全てを氷土に変える煌級(こうきゅう)氷結魔法【永年氷河(えいねんひょうが)】を発動させる。

 

「くたばれ」

 

 そうして世界を破滅に導く魔法が炸裂し、逆さ月のアジトは壊滅した。

 






これにて七紅天闘争は終了になります。

この後の流れとしては、
後日談→番外編を数話→三章
といった感じになります。

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