ひきこまり吸血姫の執事   作:神無月 優

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めっちゃ長い文章になりました。
本当はもっと深掘りして書きたいのですが、本編ではないのでこれくらいで勘弁します。





番外編 アルクの休日

「そういえば、お前っていつ休んでるの?」

 

 朝食を済ませたコマリ様は自室に戻り、腹ごなしと暇つぶしを兼ねてトランプをしたいと言い出した。

 そのトランプの相手をしている最中に不意に質問をコマリ様から投げかけられた。

 ちなみにヴィルヘイズは朝食の後片付けをしている。

 

「今がそうなんじゃないですか? コマリ様とトランプで遊んでいるわけですし」

「そうだけど……私の相手をするって仕事をしているわけじゃん。そうじゃなくて、もっとちゃんとした休みだよ」

「なんだかふわっとしていますね。コマリ様の言う休みとは、〝労働とは無縁の時間〟を指しているのでしょうか?」

「あ、ああ。よく考えたらこれまでお前が休んでいるところを見たことがないんだよ。最近だといつ休んだんだ?」

 

 そう聞かれて俺は思考する。

 言われてみればまともに休んだ記憶が一つもない。

 

「一応お聞きしますが、食事や入浴時間は休みに入りますか?」

「入るわけないだろ! そんなの人として当然の義務だ! 勿論睡眠時間も含めてな」

「なるほど……それは困りましたね」

「一体何が困るっていうんだ?」

「私は睡眠を取らなくても活動できる体質でして、これまで一度も寝たことが無いんですよ」

「はあああああああぁぁぁッ!? お前それ死ぬだろ!?」

「本当に寝なくても平気な体質なのでご心配なく。なので、暇を持て余した夜間に色々仕事を引き受けていたんですよ」

「どこが平気なのか私にはまったく分からない……」

 

 コマリ様の反応からするに、どうやら俺は働き過ぎていたようだ。

 疲れを感じにくい体というのも難儀なものだ。

 

「とにかくお前は明日休め! いいな! 皇帝がなんか言ってきても無視していいから」

「わかりました。私も少し働き過ぎていたようなので、これを機に労働時間を見直します」

「少しじゃないんだよな……」

「ところでコマリ様、休日とはどのように過ごせば良いのでしょうか?」

「そうだなあ……私なら一日中部屋に引きこもるか、小説を執筆するくらいかな」

「聞いておいてなんですが、あまり参考にならないですね」

「わ、悪かったな! 休日は自分のやりたいことをやればいいんだよ。何か一つでもないのか?」

 

 言われて思い浮かばないあたり俺はつまらないやつなのだろうか。

 そう自虐していると、あることを思い出した。

 

「コマリ様、以前に褒賞として進呈しようとしていた動物園のチケットはまだ残っていますか?」

「ん? ああ、持ってるよ。なんだかんだで有耶無耶になっていたから、サクナでも誘って行こうかと思っていたんだけど、最近忙しそうだから誘えなかったんだよな」

「あの、もしよろしければ私にそのチケットをいただけないでしょうか? 前々から動物園には興味がありまして。せっかくお休みを頂けるのであれば行ってみたいのです」

「まあ有効期限もあるし、腐らせるのはもったいないからな。これやるから明日の休日を楽しんでこいよ」

「ありがとうございます、コマリ様」

 

 コマリ様からチケットを手渡されると、そのチケットが二枚重なっていることに気づいた。

 

「コマリ様、一枚で十分なのですが……」

「それ二枚ともやるよ。気に入ったら別の日に行けばいいし、誰かと一緒に行きたいならそれでもいいし」

「そう、ですね。では一緒に行きませんか、コマリ様?」

「………………え?」

 

 ⭐︎

 

「お待たせしました、コマリ様。さて、今日は何をして遊びましょうか。昨日は大富豪で盛り上がりましたから、本日は──って、どうされたのですか? クローゼットの服なんか漁ったりして」

「ヴィル!? え、ええと、明日は外出しようと思ってだな」

「外出? 一体どちらに?」

「その……最近ハマっている恋愛小説の新刊を買いに行こうと思って」

「それはちょうど先月購入されたではないですか」

「そ、そうだったな。続きが気になり過ぎて忘れていたよ」

「……怪しいですね」

 

 (いぶか)しむヴィルヘイズに対して適当な誤魔化しは通用せず、テラコマリの行動はかえって不審に思われてしまった。

 別にやましい事をしているわけではないのだが、この変態メイドにバレるわけにはいかない。

 テラコマリの直感がそう(ささや)いていた。

 

「コマリ様……私に何か隠し事をしていませんか?」

「ああ……してるよ。別に隠し事の一つや二つしてもいいだろ!」

「開き直りましたか。まあ、そうですね。主の秘め事を深掘りするのはメイドとしてほめられた行為ではありませんね。では、これ以上聞かないでおきましょう」

 

 思いの(ほか)すんなりと諦めたヴィルヘイズの言葉にテラコマリは安堵(あんど)の息を吐く。

 ヴィルヘイズはそんなテラコマリの様子を横目で見ていたが、気にしない素ぶりで振る舞う。

 

「クローゼットを覗いていたのは外出用の私服を見繕(みつくろ)うためだったのですね」

「ああ。普段は部屋着か軍服かの二択だから、どの服が自分に合うかいまいちピンとこないんだよな」

「どれを着てもお似合いだと思いますが、せっかくですので色々と試着してみてはいかがでしょうか? 一度着てみないことには何も分かりませんよ」

「それもそうだな。時間もたっぷりあることだし、端から順に着てみるか」

「分かりました。では、これよりコマリ様のお着替えタイムに突入します! じっとしていてください。いっそのことファッションショーでも開催してみましょうか!」

「寄るな変態! あっち行け!」

 

 こうして半日に渡りヴィルヘイズによるテラコマリの着せ替えが行われた。

 テラコマリの私室にあるクローゼット付近の床には、血溜まりとそこに満足げな笑みを浮かべて倒れたメイドの姿があったとか、なかったとか。

 

 ⭐︎

 

「いらっしゃいッ! おっ、そこの兄ちゃん! 新鮮採れたてのトマトが六個で五百メルだ! 買っていかないか?」

「そうですね……では、倍の十二個買うので、八百メルにまけてもらえませんか? それとニンジンを二本、レタスとキャベツを一玉ずつ、ジャガイモは四個ください」

「まいどあり! トマトはしっかりまけとくよ!」

 

 八百屋に立ち寄った俺は買い物袋に購入した野菜を詰め、空間魔法で異次元へとしまう。

 コマリ様から明日のみならず午後半休まで頂いたので、市街地に訪れ転々と店々をまわっていた。

 こうしてムルナイト帝国を見回ると、他国に比べれば幾分平和に思える。

 近年不穏な動きが活発化しているゲラ=アルカなんかはまさに平和とかけ離れているだろう。

 

「また一悶着ありそうだな」

「ふぅん、何が起きるって言うのかしら?」

 

 背後から姿を現したのはふわふわしたゴスロリ衣装を身にまとった甘ったるい香り漂わせる吸血鬼──メイジー・ベリーチェイス。

 彼女は派手な傘を広げており、その逆の手には少なくない荷物が握られていた。

 

「引越しですか?」

「少しは驚いてくれてもいいんじゃないかしら? お察しのとおり引越しよ。今日、明日で荷物をまとめて運ばないといけないの」

「大変そうですね。七紅天を()したことを後悔しているのではないですか?」

「仕方ないじゃない。不意打ちとはいえ爆死して、下剋上されてしまったのだから」

「そうですか。でも──それが真実ではないですよね」

 

 ベリーチェイスはドキリとした表情でこちらを見据える。

 

「初めから違和感があったんですよ。あなたの死亡記録と現場検証記録が一致していませんでした。サクナ様の烈核解放はあくまで記憶を操作するのみで、情報までは操作できません。関係者の記憶を消しただけでは詰めが甘いです」

「そう、かもしれないわね。でも私が下剋上された事実は変わらないわ」

「元々ヘルデウス様にサクナ様を気にかけるよう言われていたのでしょう? それでサクナ様と関わっているときにうっかり地雷というか虎の尾を踏んでしまった」

「うぐっ!?」

「あなたが殺害された現場を目撃したヘルデウス様は好都合に思い、サクナ様を七紅天に推薦したというのが真実です。ちなみに何をしたら殺されるようなことになるのですか?」

「……あの子が自分の部屋でガンデスブラッド閣下の自作等身大人形に頬擦(ほおず)りして、『コマリお姉ちゃん……』って恍惚(こうこつ)な表情を浮かべていたのよ。だから私が『うちの部隊のサクナって子があなたのことを好きみたいだから仲良くしてあげてほしいの⭐︎』ってガンデスブラッド閣下に伝えようとしたら、背後からお腹を貫かれたわけ。酷くない?」

十中八九(じゅっちゅうはっく)口封じですね。誰だって自分の痴態(ちたい)を見られたいとは思わないです。ましてやそれを大好きな相手に知られたくなかったのでしょうね。サクナ様もやり過ぎなところがありますが、コミュニケーション不足が招いた結果です」

 

 俺が指摘するとベリーチェイスは普段見せないような表情を浮かべ頭を悩ませた。

 圧倒的なカリスマ性で部隊を率いているコマリ様が異常なだけで、ムルナイト帝国では部下からの謀叛(ぼうはん)上等なのだろう。

 やはり七紅天になりたくはないと改めて思った。

 

 ⭐︎

 

 次の日。

 俺はムルナイト動物園の入り口前にいる。

 時刻は十時を迎えていた。

 ちょうど動物園の開園時間だ。

 

「お、お待たせ」

 

 声のする方を向くと、細い肩紐で吊るした袖のないワンピース──いわゆるキャミソールワンピースを身にまとったコマリ様の姿がそこにはあった。

 

「その格好、とてもよくお似合いです」

「そ、そうか。ありがとう。お、お前もよく似合っているぞ……」

「ありがとうございます。まあ、私のは安物のTシャツにスーツの有り合わせコーデのようなものですが、そう言っていただけたらなら良かったです。それでは参りましょうか」

 

 若干顔を赤らめて俯きがちなコマリ様の手を引き、俺たちは動物園のゲートをくぐり抜けた。

 入場口にいた従業員から受け取ったパンフレットを見る。

 思っていた以上に動物の種類が多そうだ。

 

「コマリ様、どこから見て回りましょうか?」

「ん? アルクが行きたがっていたんだから、そこはお前に任せるよ」

「分かりました。そうですね……では、左から一周しましょうか。まずはカピバラとペンギンのコーナーです」

「おお、カピバラ! 触れ合いコーナーとかあるかな?」

「時間帯が決まっているようですね。十五時からのようなので、その時間になったら戻ってきましょうか」

 

 こうして俺たちは順々に動物園内を見てまわる。

 シカ、カンガルー、ダチョウ、と見て、サルのコーナーに差し掛かるとコマリ様は複雑な表情になった。

 

「なんでこのサルたちはこんなに愛くるしいのに、あのチンパンジーたちは野蛮なんだ……」

「ラペリコ王国の住民は知性と野生の本能が入り乱れているのでしょう。彼らの凶暴性自体は動物特有のものだと思いますよ」

 

 げんなりとしていたコマリ様は次のコーナーにいたキリンの迫力に()かれて気を持ち直した。

 この時のコマリ様は、のちにキリンを見て恐怖することになろうとは思いもしなかっただろう。

 

 ⭐︎

 

 時は遡ること十時過ぎ。

 テラコマリとアルクの跡をつける影が一つ。

 青髪の変態メイド──ヴィルヘイズである。

 昨日から主人であるテラコマリの様子がおかしいことと、珍しくアルクが休暇を取っていることに違和感を覚えたヴィルヘイズは、二人が動物園内に入っていくのを目撃した。

 

「どういうことですかコマリ様……なぜ私に隠れて逢引きなんかを……」

 

 さらにヴィルヘイズの背後にも影があった。

 

「コマリさんに……アルくん……仲良さそうにしているのは嬉しいけど、なんでこんなにモヤモヤするんだろう……」

「なっ!? メモワール殿、なぜここにいるのですか? あなたは今戦争の最中では?」

「やあヴィルヘイズさん。サクナが思いの(ほか)早く敵将を討ち取ったから今日の公務を切り上げることができたんだ」

「……コマリ・メモワール殿もいらしていたのですね」

 

 気配を消して現れたのはサクナ・メモワールとその姉であるコマリ・メモワール。

 自分と同類(変態)であるサクナはともかくとして、その姉まで同行していることは全くもって想定外。

 さらに先日蘇ったばかりのコマリのことは何も知らないため、ヴィルヘイズとしても対応に若干困っていた。

 そんなヴィルヘイズの不安をよそにコマリは語り始めた。

 

「凄かったんだよ。私に将軍としてかっこいいところを見せたいからと言って勇猛果敢に敵を薙ぎ払うサクナの姿。妹の成長を間近で見られるというのは良いものだね」

「コマリお姉ちゃん、恥ずかしいよ……」

「シスコン芝居はそれくらいにしてください。それよりも、お二人はなぜここに?」

「きみと同じような理由、と言えばわかるかな」

「なるほど……目的が同じなら歪み合う必要は無さそうですね」

 

 三人は入場券を購入して、園内に入る。

 入場したそばから人集りで溢れかえっており、特定の誰かを探すのは困難な状況であった。

 

「くっ、これではコマリ様を見つけられません。メモワール殿、何か策はありませんか?」

「コマリお姉ちゃん、ペンギンコーナーがあるんだって! イルカもいるのかな!?」

「サクナ、イルカは水族館にいるんだよ。今度父さんたちも連れて家族みんなで行こうか」

「ペンギンとかイルカとか、今はどうでもいいのです。一刻も早く二人を見つけなければいけないというのに……」

 

 切羽詰まる様子のヴィルヘイズを横目で見ていたコマリは(なだ)めるように言った。

 

「ヴィルヘイズさんは意外と短気だね。天照楽土(てんしょうらくど)には〝急いては事を仕損じる〟という言葉があるそうだよ。何事も焦ってはいけない。焦りは人の視野を狭くする」

「ですが、このままでは完全に見失ってしまいます」

 

 コマリは「そうだね……」と熟考する。

 そして、周囲の人々の動きを観察後、何かを思い立ったように口を開いた。

 

「サクナ、二人の利き手は分かるかい?」

「えっと、右利きだよ。アルくんは多分両利きだと思うけど、右の方をよく使っていたから」

「二人の利き手なんか知って何の意味があるというのです?」

 

 ヴィルヘイズが尋ねると、コマリは不敵に笑う。

 

「一種の心理学というやつさ。〝右利きの人間は左回りに動く〟習性がある。理由は単純なんだけど、右手や右足を自由に使いたいから、通路を通るとき壁や、今回で言うなら檻や柵が右側よりも左側に来ていた方が身体の自由がきくので安心できるということらしい」

「なるほど。左側から回る可能性が高いということですね。では急いで追いましょうか」

「あ、ちょっと待ってください」

「……どうしたのですか、メモワール殿」

 

 不意にサクナが行動を制止した。

 すぐにでも二人を探し出したいヴィルヘイズとしては、それがもどかしく思えた。

 そして、サクナは懐から手のひらサイズの魔道具を取り出す。

 対象に発信機を取り付けることで、その位置を追跡できるという代物だ。

 使用は違法とされている。

 

「アルくんはわからないけど、少なくともコマリさんはそう離れていない位置にいるようですよ」

「サクナ……どうしてきみは発信機なんかをさも平然と取り出して使用しているんだい」

「コマリ・メモワール殿。これがあなたの妹の本性です。彼女は立派なコマリ様のストーカーなのです」

「そ、そんなことありません! 私はただコマリさんが好きなだけで、好きな人がどこにいて何をしているのか知りたいのは当然のことだと思います!」

「悪いけど、サクナ……弁論の余地はなさそうだ」

 

 ともあれ三人は発信機の情報をもとに二人を追いかけるのだった。

 

 ⭐︎

 

「……はぁ。結構回って疲れてきたな」

「そうですね。そろそろお昼も近いことですし、どこか休める場所でも探しましょうか」

 

 もうすでに園内の半分は見て回っただろうか。

 普段部屋に引きこもっているコマリ様にとってはかなり距離を歩いたと感じることだろう。

 明らかに疲労感が見え始めてきた。

 

「コマリ様はそちらのベンチで少し休んでいてください。私が休憩所を探してまいりますので」

「……ああ。すまないな。お前の休日だっていうのに」

「独りよがりでいるよりはずっと楽しい休日ですよ。では、少々お待ちください」

 

 俺はコマリ様のそばを一時的に離れる。

 実は休憩所の位置はすでに把握している。

 それより気がかりなことがあった。

 

「あの男……コマリ様を一人にするとは。いえ、今がコマリ様を連れ出す好機では……」

「だめですよ、ヴィルヘイズさん。コマリさんを独り占めになんてさせません。コマリさんはみんなのコマリさんなんですから」

「私の勘が正しければ、おそらく彼は──」

「──あなた方はコソコソと何をしているのですか」

「「え?」」

 

 俺が背後から声をかけると、ヴィルヘイズとサクナは唖然とした態度で振り返る。

 そんな中コマリのみは俺の行動を理解していたのか驚いた様子を見せなかった。

 

「やはり私たちが跡をつけていることに気づいていたんだね」

「人の多い場所では魔力を感知しづらいですが、この辺りは動物から離れているので人集りも少ない。なので、あなた方の位置を特定できたわけです」

「本当にあなたは化け物じみていますね。せっかく気配を消して潜んでいたというのに、これでは意味がありません」

「少しは悪びれてください。跡をつけていた理由は何となく想像がつきますが、あなた方が思うような事は何一つありませんからね」

「じゃあ、どうしてコマリさんと一緒に動物園を回っていたの?」

 

 コマリは付き添いと興味本位で跡をつけていたようだが、ヴィルヘイズとサクナからは疑念の色が窺える。

 

「コマリ様はあくまで私の休日に付き合ってくれているだけです。動物園に行きたがっていたのは私ですし、元々は一人で行くつもりでした」

「あなたが動物園に? 似合いませんね」

「余計なお世話ですよ、ヴィルヘイズ。まあ、あなた方が来ることは想定内でした。それでは私と一緒にコマリ様の元へ合流してもらいますよ」

 

 俺は三人を引き連れてコマリ様がいる場所へと戻る。

 すると、そこにはベンチでうたた寝しているコマリ様の姿があった。

 ちょうど日差しが当たって気持ちよくなったのだろう。

 そんなコマリ様の寝姿に興奮気味なヴィルヘイズとサクナは、何処からともなく取り出したカメラのシャッターを高速で切り続ける。

 眠りが浅かったからか、コマリ様はそのシャッター音によって意識が覚醒し始める。

 

「ふぇ…………? もう朝……?」

「コマリ様。只今の時刻は十二時です。コマリ様は動物園で歩き疲れて、ベンチで少し休憩を取られていたのですよ」

「ん……そうだったな。どこか休める場所は見つか──って、え? ヴィルに、サクナ? どうして二人ともここに? あと、二人とも鼻血は大丈夫か!? それに、えーと、コマリさん。なんで勢揃いしているんだ?」

 

 コマリ様が目を開けると、スプリンクラーのように鼻血を出すヴィルヘイズとサクナの姿が目に入り、その横でコマリがやや呆れたような目で二人を見ているという、寝起き直後では理解し難い光景が広がっていた。

 俺は懐からティッシュを取り出して、ヴィルヘイズとサクナに手渡す。

 鼻血が止まると、ヴィルヘイズはコマリ様にぐいっと勢いよく近づいて(まく)し立てる。

 

「コマリ様っ! どうして動物園に行かれることを隠していたのですか!? 昨日からどうも怪しいと思っていましたが、まさか密会デートとは……」

「ち、違う! ほら以前にテロリストを捕まえたら動物園のチケットをやるって言ったことがあっただろ? アルクがまともに休日を取ったことがないって言うから、それなら休みもやるし、その日に動物園にでも行けばいいってチケットをあげたんだよ」

「経緯はわかりました。しかし、コマリ様まで同行する理由がわかりません」

「あ、あのチケットは二枚あったんだ。それでアルクが私も動物が好きだから、折角なら一緒に行かないかって誘ってくれたんだ」

 

 すると、ヴィルヘイズがくるりとこちらを向いて睨みつける。

 何もやましい事は考えていないのだから、そんな目をされても困る。

 

「ところでサクナはどうしてここに? たしか第六部隊は今日も戦争のはずじゃ……」

「敵の将軍を早く倒せて、仕事も片付いたので、お姉ちゃんと一緒にコマリさんと遊ぼうと思ってガンデスブラッド邸に行ったんです。そしたらコマリさんは出かけているって使用人さんから言われて……それでコマリさんを探していたらここにいたんです」

「そうだったのか。それは悪かったな。ちなみにどうしてここに私がいるってわかったんだ?」

「え? え、ええと、それは…………勘です! 前にコマリさんが動物好きって聞いたので、ここにいるかなあって」

「勘でわかるものなの?」

「ガンデスブラッド将軍。きみのためにも妹に対して深く追求しない方がいい。その方が双方幸せだ」

「そ、そうか。わかった」

 

 そんなやり取りを交わしながら徒歩で五分。

 俺たちは目的の休憩所へと到着する。

 フラワーフェスタという催しが開催されており、木材でできた大きめなアウトドアテーブルの周りには多種多様の花々が咲き誇っていた。

 そしてその花たちの織り成す色鮮やかさが風景美として現れる。

 それを見たコマリ様はぽつりと呟いた。

 

「すごく、きれいだな」

 

 ヴィルヘイズ、サクナ、コマリも同様に花が彩る自然のアートに夢中になっていた。

 俺はその傍らでテーブルにランチョンマットを敷き、テーブル中央に空間魔法で取り出した四段ほどの重箱を置く。

 それらを並べて、全員分のカラトリーを準備した後、三人へ椅子に腰掛けるよう促す。

 

「では皆さん、召し上がってください」

 

 コマリ様と出かければヴィルヘイズやサクナが着いてくることは容易に想定できた。

 料理の品数、量はその想定のもとに作っている。

 ヴィルヘイズはどこか得心がいった態度で俺の分の料理を紙皿に取り分けながら言った。

 

「はじめからこうなる事がわかっていた、というわけですか」

「そんなことはないですよ。ただ、そうあってくれたら、とは思っていました」

 

 事実だ。

 ヴィルヘイズが一人なら俺たちを見失っていた可能性もあったし、サクナがエンタメ戦争に手間取る可能性もあったわけだ。

 そういった可能性の中、俺にとっての最良に至っただけのことなのだ。

 

「学園ではヴィルヘイズや私がコマリ様と一緒にお昼を共にできたのはほんの僅か。サクナ様やコマリさんは種族差別のせいで孤立していたと聞きます。後悔した過去は取り戻せない。けれど、良き未来はつくれます。私はあなた達と思い出がつくりたかった」

「……そうですか。その考えには賛同しますよ」

 

 相変わらずヴィルヘイズがコマリ様に馬鹿やらかしたり、メモワール姉妹は仲睦まじくおかずを食べさせ合ったり。

 その中で互い互いの日常や出来事を語り合ったり。

 まるで学園時代に戻ったかのような光景に俺もつい頬を緩ませる。

 そんな俺の様子を見たコマリ様が聞いてきた。

 

「なあ、アルク。今日は楽しかったか?」

「はい。素敵な思い出になりました」

 

 その日は俺にとって最初ながら最高の休日となった。

 

⭐︎

 

 ムルナイト帝国で行われたエンタメ戦争──〝七紅天闘争〟。

 その終盤、テラコマリ・ガンデスブラッドは類い稀なる力を発揮してテロリストを撃破。

 さらに核領域におけるアルカ領土の一部を凍土に変えた。

 この知らせを聞いたゲラ=アルカの八英将(はちえいしょう)──ネリア・カニンガムは思わず快哉(かいさい)を叫んでしまった。

 

「聞いたガートルード!? やっぱりコマリは先生の子供ね!」

「あの。ネリア様」

「急に七紅天になったって聞いた時はびっくりしたけど、私の見えないところで爪を研いでいたのね。どうにかして会いたいけど……」

「ネリア様っ! 場所を考えてくださいっ!」

 

 ガートルードに怒鳴られてネリアはハッとした。

 今ネリアが立っているのは、やたらキラキラした遊戯室の隅っこ。

 中央のほうでは他の八英将や政府高官たちがビリヤードやダーツに興じている。

 近々オープン予定のリゾート施設── 〝夢想楽園(むそうらくえん)〟の一室だった。

 本日、ゲラ=アルカの要路者(ようろしゃ)一行は、この不気味な楽園にて会議を開催していた。

 主な議題は「テラコマリの暴挙について」である。

 マッドハルト大統領は領土の一部がテラコマリによって破壊されたという情報を共有し、何としてでも報復してやらねばならんと場を締めくくった。

 ネリアがテラコマリの所業を知ったのはこの時である。

 その後はリゾートの視察という名目で夢想楽園に滞在することになった。

 大統領の(めい)とあらば従うしかなかったが、ネリアとしては迅速に帰宅してこれからの展望に思いを()せたいところだった。

 賭け事で盛り上がる連中の歓声が響き、ネリアは我知らず溜息を吐く。

 彼らは月桃姫(げっとうき)が叛意ありと捉えられかねない声をあげたことに気づいてすらいない。

 

「呑気ね。あいつら遊ぶことしか考えてないんだわ」

「今はそれが仕事ですから。ネリア様も楽しんでみたらいかがですか?」

「冗談! 私はコマリのことを考えなくちゃいけないの」

 

 ネリアは手荷物から便箋(びんせん)とペンを取り出した。

 

「ネリア様、それは……?」

「コマリにお手紙を書こうと思ったのよ。いきなり会いに行ってもいいけど、やっぱり〝慣らし〟は必要じゃない? 向こうがびっくりしちゃうかもしれないからね」

「緊張していらっしゃるのですか?」

「そんなわけないわよ! これはコマリに対する配慮よ!」

 

 ガートルードにはそう反論したが、実は少しだけ尻込みしている部分があった。

 マッドハルトの情報によれば、コマリは煌級(こうきゅう)魔法を自在に操っていたらしい。

 以前会ったテラコマリ付きの執事──アルクの話では心優しく、面倒な部下を抱えながらも将軍職を(まっと)うしていると聞いた。

 

 だけど──もしかしたらその事実とは異なり、コマリはヤバい方向に変わったんじゃ?

 

 そんな不安が沸々と湧いてくるのだ。

 

「……もう少しコマリのことが知りたいわね。アルクから聞いた以上の情報がまったくないのよね」

「テラコマリには空白の三年間がありますね。たぶん、とんでもなく凶暴な吸血鬼になったんだと思います。だって、テロリスト一人を仕留めるために国土の一部を凍土に変えるなんて、普通はしませんよ。やろうと思ってもできないですし」

「ふふ、面白いじゃない。決闘でも申し込んでみようかしら?」

「やめてくださいネリア様。死にます」

「冗談よ。まずは軽い挨拶からね」

 

 いずれは戦争もしてみたいけれど──今はそんな状況ではない。

 決して臆しているわけではない。

 まずは有効的に接するのが一番なのだ。

 しかし、一文字目を書こうとしたところでペンが止まってしまった。

 

「……手紙って、どんなことを書けばいいの?」

「さあ? 『拝啓』から始めるんじゃないでしょうか?」

「なるほどね──『拝啓。突然のお手紙ごめんなさい。私はネリア・カニンガム。覚えているでしょうか』。みたいな感じでどう?」

「よく分かりませんが無難かと。ネリア様テラコマリにどんなことを伝えたいのですか?」

「『会いたい』ってことを伝えるのよ」

「会ってどうするんですか?」

「それはもちろん──また昔みたいに仲良くしたいわ」

 

 もしテラコマリを仲間にすることができたなら、マッドハルトに一泡吹かせてやることができるかもしれない。

 否──そういう打算を抜きにしても、かつて語り合った友と久闊(きゅうかつ)(じょ)するのは大事なのだ。

 ネリアの気持ちを汲み取ってくれたのか、ガートルードが「分かりました」と吐息を漏らす。

 

「でもテラコマリは凶暴化している可能性が高いです。もしくは、あの執事が言うことが真実なら敵には容赦ないとか。まずはその本性を見極めるところから始めたほうがいいと思いますよ」

「『あんた凶暴?』って聞けばいいかしら?」

「直接的すぎます。『今まで殺した人数は?』くらいがちょうどいいですよ」

「ふーむ。五千人くらいまでなら温厚ってところね」

「失礼ですがネリア様、温厚っていう言葉の意味分かってますか……?」

「だって私がそれくらいだもの。ほら、温厚でしょ?」

「もうちょっと自分を客観視したほうが……」

「細かいことはいいのよ! 他にも色々なことを聞いてみたいわねー、使える魔法とか部下の御し方とか──そういう部分を知れたらコマリの為人(ひととなり)も分かるだろうし!」

「そうですか。分かりました。でも手紙を書くなら別室のほうがいいですよ? ここには他の八英将たちがいますので」

「まあそうね。変な疑いをかけられたくないし」

「──おやカニンガム。いったい何を書いているのかね」

 

 音もなく誰かが近づいてきた。

 いつの間にか背後に立っていたのは、あまり特徴のないスーツ姿の翦劉(せんりゅう)である。

 アルカ王国を 完膚なきまでに破壊し、私に苦悶の日々を()いている諸悪の根源──ゲラ・マッドハルト大統領。

 ガートルードが「あわわ」と慌てて便箋を手で覆った。

 

「 何でもございません大統領! ネリア様は決してよからぬ企みをしているわけではありませんのでご容赦くださいっ」

「ガートルード!? それじゃよからぬ企みをしてるみたいでしょーが!」

「それは手紙か? 宛先はどちら様だ」

「どちら様でもいいですよね? あなたには関係ないことです」

「そうはいかないな。大統領として部下の素行を調査しておく必要がある」

「だ、ダメですっ!」

 

 ガートルードがネリアとマッドハルトの間に立ち、

 

「こ 、これは、その──ネリア様のラヴ・レターなんです!」

「 「は??」」

 

 ──おい。ガートルード。 あんた何言ってんのよ!

 

「この手紙にはネリア様の真摯な愛が綴られているんです! いくら大統領だからって勝手に見るのはよくないと思います!」

「ちょっ、待っ、」

「 それにしては文章量が少なかったような気がしたが?」

「それは──迷っているからです! ネリア様は一文字一文字を熟考して文章を綴っているんです! とてもいじらしいです! だから怪しいところなんて何一つありません!

「ガートルード……あんた覚えてなさいっ」

「ふむ。相手はレインズワースかね?」

「んなわけあるかー!!」

 

 ネリアは激昂してマッドハルトの胸倉をつかんだ。

 ガートルードが「何やってんですかネリア様ぁ!」と絶叫。

 しかしネリアは気にせずマッドハルトを睨み上げてやった。

 

「いーい? 私が誰に何を送ろうと勝手でしょ? これ以上容喙(ようかい)してくるようならこのまま首を捩じ切ってやるわよ」

「離したまえ」

 

 マッドハルトは私を強引に振り払って一歩下がった。

 

「ふん、確かに貴様が誰に手紙を送ろうと関係のないことだったな。何か打算があったのだとしても我が政権を揺るがすことはできぬ」

「ずいぶん猜疑心(さいぎしん)が強いのね。疑ってばかりだと疲れない?」

「だが、恋文というのはよいな」

「は?」

 

 意外な台詞が飛んできた。

 

「私はアルカ国民の幸福を何よりも願っているのだ。それはカニンガム、お前とて例外ではない。 アルカ王族だった時分のことは忘れ、人並みの色恋沙汰に熱をあげているというのなら心の底から応援しようではないか。なに羞恥心(しゅうちしん)のせいで言葉を捻り出すことができない? ならば私が文章の作成方法というものを伝授してやろう」

 

 こいつ酔っ払ってんのか?

 あ、酒のにおいがする。

 やっぱり酔っ払ってやがる。

 

「そういえば大統領、既婚者なのですよね」

「おい。話を広げようとするんじゃないわよ」

「そうだとも。私も昔は妻と文通していてね、手紙がポストに届くたびに喜んだものだ。当時の私は一人の軍人として殺伐とした日々を送っていたが、妻とやり取りをする時間だけは気を休めることができた。ちなみに出会いは街角の絵画教室だったな。彼女に一目惚れした私は、恥もプライドもかなぐり捨ててアプローチを仕掛けた──」

「のろけ話を始めるな!」

「そうだな。そうだった。つまるところ勢いが大事なのだ。あれこれ悩んでいるうちは大願を果たすことなどできぬ。私がクーデターを起こしてアルカを変革することができたのも、大いなる決意に基づいて行動したからだ。カニンガム、貴様も踏ん切りをつけてストレートに文章を綴るがよい」

 

 余計なお世話も(はなは)だしかった。

 こんなやつの忠告には耳を傾ける価値もない、はず。

 というか、そもそも恋文を書いているわけじゃないので前提からして間違っている。

 

(たわむ)れに聞くが、相手はどこの男だ」

「 だからそんなんじゃないって言ってるでしょ」

「ネリア様、そういうことにしておかなければ誤魔化せませんっ……」

「ッ……わ、分かったわよ!」

 

 ネリアはマッドハルトに向き直り、

 

「どこの誰だっていいでしょ! あんたには関係のないことよ!」

「そうです! そもそも男じゃないですからね!」

 

 ──まーたこのドジメイドは口を滑らせやがって!

 マッドハルトが目を丸くしているではないか。

 

「……は? 男じゃない? 女性ということか?」

「だ・か・らー あんたには一ミリも関係ないのよっ!」

「そうか。確かに私から言うことは何もなさそうだ」

 

 くるりと(きびす)を返し、

 

「いずれにせよ貴様に新しい道が見つかったのなら僥倖(ぎょうこう)だ。ネリア殿下──いやカニンガム、せっかくだから夢想楽園を楽しんでいきたまえ」

 

 しゃっくりをしてから去っていった。

 ネリアは火照った頬を団扇(うちわ)で仰ぎながら、「はあ」と溜息を吐いた。

 恋文なんて幻想に決まっている。

 ネリアはマッドハルトの寝首を掻いてやるために虎視眈々(こしたんたん)と策を練っているのだから。

 とはいえ、やつのお節介にも注目すべき点はあったのだ。 

 迷いを断ち切ってストレートに行動すれば、それだけで成功が近づいてくる気がした。

 

「ネリア様、そろそろ部屋に戻りますか?」

「そうね。手紙を完成させなくちゃ──」

 

 いや。そうじゃない 。

 こんな手紙で探りを 入れるなんてネリア・カニンガムらしくもない。

 前置きなしに招待してしまえばいいのだ。

 テラコマリがどんなふうに育ったのかを見極めるためには、合わせたほうが手っ取り早い。

 

「……マッドハルトはコマリに報復するって言ってたわよね?」

「え ? あ、はい。領土を破壊された恨みは根深いようです」

「だったら私がコマリ撃破役に立候補するわ。他の八英将……特にレインズワースなんかに先を越されたら目も当てられないから」

「どうするおつもりですか?」

「ふふ。それは後のお楽しみよ」

「ネリア様……」

「どしたの? なんか暗い顔してない?」

「いえ、何でもありません。あまり無理はなさらないでくださいね」

「無理なわけあるか。あんたは私に従っていればいいのよ」

「はい。分かっています」

 

 これにて方針は定まった。

 後はマッドハルトにどう提案するかだ。

 やるならストレートに、大胆に、そして積極的に。

 大丈夫、必ず上手くいく。

 先生の娘なら、手を取り合えないわけがないのだ。

 ネリアは鼻歌を歌いながら遊戯室を後にするのだった。

 

 

 




次回から本編に戻ります。
三章から一気に登場キャラが増えるので楽しくなりますね。
私は個人的にはラペリコ王国の動物たちが好きです。


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