今回も新たな変態が仲間入りです。
幹部とのミーティングがあった日の翌日。
すでに朝食は席に並び終え、俺は閣下が来るのを今か今かと待っていた。
昨日のこともあるからまた朝食の時間が遅れるかも知れないと思っていたのだが、思いの外早く扉が開かれる。
そして軍服を纏う閣下が入室する。
裸エプロン姿のメイドに連れられて。
「おはよう、アルク。今日も朝食の準備ありがとう」
「いえ、仕事ですので。それよりもそちらの変態は──」
「触れてやるな。すぐに調子に乗るからな」
「ではコマリ様、代わりにぜひ私の体に触れてください。私は肌に触れるのも触れられるのも好きですので」
「知るかッ! 私に寄るなッ! よくそんな恥ずかしい格好のままでいられるな。本当に羞恥心がないんだな……」
「先ほども言いましたが、ありませんね。そんな不用物はとっくの昔に捨て去りました」
変態メイド──ヴィルヘイズは言い切る。
だが、たとえ度し難い変態と言えど人の身である以上、羞恥心を捨て去ることはできないのだ。
「ところで、ヴィルヘイズ中尉。あなたのお
「ッ!? それは本当ですか!?
「ヴィル?」
唐突に狼狽するヴィルヘイズの姿に、閣下は驚きの表情を浮かべる。
まあ普段の態度からは想像できないだろう。
ヴィルヘイズはドドレンズ家の養子であり、クロヴィス・ドドレンズという祖父がいる。
先のヴィルヘイズの発言のようにかつては七紅天だったらしく、現皇帝や閣下の母君といった強者たちと鎬を削っていたそうだ。
独自の調査だがヴィルヘイズは祖父に、閣下への不埒な行為や普段の活動内容を秘密にしているそうだ。
鉄の心を持ったメイドも身内には弱いということだ。
「コマリ様、申し訳ございません。本日のご予定は延期して──」
「ああ、さっき言ったの嘘ですよ」
「「は?」」
閣下とヴィルヘイズの声がちょうど重なる。
「『羞恥心が無い』と豪語するものだから、少しばかり揶揄いました。それと以前宮廷に置き去りにした仕返しです」
「なんだそういうことか。ん? ヴィル、どうした?」
「……」
ヴィルヘイズは無言で俺の食事を手に取ると、魔法を唱え始めた。
彩鮮やかな料理は溶岩の如くボコボコと音を立てて、紫と緑が混じり合ったような醜悪な色へと変貌した。
「アルク大尉、真心を込めて作りました。さあ、ぜひ食べてください。今回は特別に私が食べさせてあげますよ」
「お前が込めたのは殺意だろッ! 食えるかそんなもんッ!」
「食べ物を粗末にするのは良くないですよ。ほら口を開けてください。あーん」
「食べ物を粗末にしているのもお前だろうがッ! ちょっ、やめろ、流石にそれ食ったら死ぬッ!?」
ヴィルヘイズはフレンチトーストだったものにフォークを突き立てて、俺へと差し出す。
フォークは毒による強酸に耐えられず、ジュッと煙を上げながら溶け出している。
俺とヴィルヘイズの泥試合は閣下に諌められるまで続いた。
⭐︎
朝食と取っ組み合いを終えた俺たちは今、七紅府近くの厩舎小屋に来ていた。
陛下が、閣下の初陣での勝利を祝し、どれでも好きな騎獣を一体贈与すると仰ったのだ。
どうやら閣下は騎獣に乗ることに憧れを抱いているらしく、普段と打って変わり舞い踊っていた。
「お待ちしておりました、ガンデスブラッド様。ささ、どうぞ中へお入りください」
厩舎で待ち受けていたのは、物腰の丁寧な初老の吸血鬼だ。
陛下から勅命を受けて厩舎の管理を任されているほど信頼を置かれている。
上昇志向の塊とも言われている吸血鬼にしては珍しく、温厚で騎獣に関しての知識が豊富な方だ。
そして稀に見る変態ではない一般人だ。
「閣下、騎獣は人の心を見ます。接する時は優しい気持ちを心がけてください」
「うむ……優しい気持ちだな。それにしてもアルクは騎獣に詳しいな。飼ってたりするのか?」
「ええ。この厩舎でお世話になっていて、定期的にブラッシングや騎乗をしていますよ。お時間が宜しければ私の騎獣を見ていかれますか?」
「うん!」
年相応にはしゃぐ閣下を連れて、俺は所有している騎獣の所へ案内する。
厩舎の中は獣独特の匂いが鼻をつくが、閣下はそれを気にも留めない様子で進んでいく。
「閣下、こちらが私の騎獣になります。優しい子なので、ぜひお近くでご覧ください」
全長は人を優に超える、毛並みが黒い馬の前に閣下を差し出す。
閣下の触れられる高さまで頭を下げて、近寄ってくる様子は知能の高さが窺える。
「うわぁ結構大きいな。でも可愛い顔してるし、毛並みはサラサラだ。名前はなんていうんだ?」
「名前はドゥンスタリオン、白極連邦原産の白馬ですよ。温厚で人懐っこいのが特徴の騎獣です」
「白……馬? 私には黒く見えるんだが──」
「はい。気候に応じて毛色を変える種類のようで、生息地である白極連邦では白い姿しか見かけません。なので白馬として生物学者たちは登録したそうですよ。」
閣下は「へぇー」と相槌を打ち、ブラシを手に持ちドゥンスタリオンの毛をすく。
気持ち良かったのかドゥンスタリオンはゆっくりと足を折り、昼寝についた。
「それではコマリ様、引き続き騎獣を探しましょう。厩舎には数多く騎獣がいます。あまり時間をかけていると日が暮れてしまいますよ」
「僭越ながらガンデスブラッド様、私がこの厩舎でも一押しの騎獣を紹介いたしますよ」
管理人の吸血鬼は丁寧に解説付きで騎獣を紹介していく。
その中でも厩舎の奥でひっそりと佇んでいる、見事な毛並みが特徴の一頭の竜種に閣下の目が食いついた。
その気品ある立ち姿は他を寄せつけない雰囲気を纏っている。
「おじさん、あの騎獣は?」
「あれでございますか」
管理人の吸血鬼は露骨に眉をひそめて言った。
「あれは
管理人の吸血鬼は言い淀む。
俺はこの厩舎によく立ち寄るから事情は知ってるし、管理人の気持ちは分かる。
しかし閣下は気にも留めないでゆっくりと柵に近づき、「おいで」と優しく声を掛ける。
「いけません、ガンデスブラッド様! 危険です!」
「何が危険なものか。きっとこいつと私は同類なんだからな──よしよし」
「ぶふッ……」
事情を知ってる俺は思わず吹き出しかけた。
幸い閣下には聞こえなかったが、ヴィルヘイズは怪しむようにこちらをじっと見る。
「そ、そんな……」
「……すみません。あの紅竜はいったい」
「ああヴィルヘイズ様……。これまで何人もの将軍があれを馴らそうとしたのですが、失敗してきました。なぜならあの紅竜はとんでもない幼女趣味で、幼女にしか心を開かないのです。厩舎見学に来ていた学童の中でも小さい女の子ばかりに懐いてしまって」
「なるほど、先ほどのアルク大尉の反応はそういうことですか。実に納得のいく説明ですね」
「騎獣は人の邪な気持ちを見抜きます。しかし、人は騎獣の邪な気持ちを見抜くのは難しいのです……」
管理人はやや諦めに語り、閣下は変態紅竜と戯れるのに夢中になって、周囲の声が何も聞こえていなかった。
紅竜はというと、興奮した様子で閣下に鼻先を押しつけている。
「よし、決めた!」
閣下は晴れ晴れとした面立ちで、俺たちに向き合った。
「こいつをパートナーにする。おじさん、いいよね?」
「は、はあ……本当によろしいのですか?」
「よろしいも何も、こいつと私は同じ境遇なんだ。一心同体といっても過言ではないぞ。なあ、ブーケファロス」
ブーケファロスと名付けられた紅竜は同意するように低く啼いた。
知能は高いのか早々に媚びている様子だった。
「ガンデスブラッド様がそう仰るのなら構いませんが、しかし……」
「無駄ですよ。コマリ様は気弱なくせして変に頑固ですからね」
「あの紅竜に言語能力が無いことが救いだな。流石にあの幸せそうな顔を壊してまで引き離すのも酷だしな」
そうして早速、騎乗の練習である。
「わっはっは! さあ征けブーケファロス! 一緒に風になろうじゃないか! 目指すは地上の果てだ!」
ブーケファロスは高く嘶いて、歩み出す。
その足取りは、徐々に速度を増していき、
「──ねぇ、ちょっと早くない? ブーケファロス、地の果てまで行くっていうのは言葉の綾でね? だから、その、止まっ、──ひゃああああああああああああッ!?」
その時の閣下はまさしく風となっていた。
閣下を乗せたブーケファロスは、まさに疾風迅雷と表現するに相応しい走りで大地を駆けていた。
「ガンデスブラッド様! 手綱を引いてください!」
管理人の声はもはや閣下に届いておらず、閣下の命に忠実過ぎるブーケファロスは非常にご機嫌な様子で爆走し続けるのであった。