ひきこまり吸血姫の執事   作:神無月 優

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みんなヨハンの死に様は散々見たと思うので、ヨハンの決闘シーンは短めです。




避けられぬ決闘

 騎獣──ブーケファロスに跨り爆走する閣下。

 第七部隊の訓練場に乱入し、ヨハン・ヘルダース中尉の後頭部はブーケファロスによる重い一撃に破壊された。

 

「止まってええええええぇぇぇっ!?」

 

 ブーケファロスはその言葉に従い、超速の動きは急停止される。

 慣性力で閣下の体は浮遊し、ぐるぐると回転しながら地面に落ちようとしていた。

 だが固い地面に口付けすることなく、閣下の正面に見えるのはメイド服だった。

 

「──まあ、コマリ様ったら。ダイナミックな飛び降りはおよしくださいと日頃から申し上げておりますのに。心配するヴィルめの気持ちも考えて欲しいものです」

 

 ヴィルヘイズ中尉は優しく閣下を抱き寄せていたが、隙あらば閣下の服に手を突っ込もうとしていた。

 俺はそれを見て諌めようとしたが、今回は大目に見た。

 実は厩舎とこの訓練場は二つの【転移】陣で繋いである。

 ベリウス・イッヌ・ケルベロ中尉との手合わせの約束もしていたから、閣下の騎獣選びが終わり次第転移して訓練場に向かうつもりだったのだ。

 今回ヴィルヘイズが間に合ったのは、その【転移】魔法を使って先回りしたからである。

 それだけ閣下の身を強く案じていたなら、俺も口煩く説教はできない。

 

「れ、れいはいわんぞ」

「舌が回っていないようでございますが」

「う、うるさいっ。はやくわたしをおろせ」

「承知いたしました」

 

 ヴィルヘイズはゆっくりと閣下を地面に降ろし、手を握ってふらつく体を支えていた。

 実にメイドらしい所作で、普段からそのように振る舞っておけば閣下から警戒されることは無いと思う。

 

「これはこれは閣下ではないですか。ご機嫌麗しゅう」

 

 カオステル・コント中尉がにこやかな笑みを浮かべて、閣下に近づき挨拶する。

 今の閣下の状態を見てご機嫌などとは、一体どこに目をつけているのやら。

 

「かおすてる。ちょうしはどうかね」

「ええ、お陰様で絶好調でございます。今日もコマリ隊の面々はしっかりと訓練に励んでいますよ」

「そうか。それはよいことであるぞ」

「ええ。是非とも閣下にもご参加頂きたいものです」

「わははは。なにをいう。わたしがさんかしたらみんなごびょうでしんじゃうぞ」

 

 おおっ、と響めきが部隊全体で上がる。

 

「ふむ、確かに。そこの愚か者は戦いを挑む前に死んでしまったようだしな」

「え?」

 

 狼頭のベリウスが、草の上で血を垂れ流し転がる白目をむいた金髪男を見て、シニカルに笑っていた。

 

「あの愚か者はコマリ様が操る騎獣に蹴り飛ばされて死にました」

 

 閣下は狼狽し、直接()った張本人(ブーケファロス)を探して周りをキョロキョロしていたが、この場にその姿は無かった。

 飼われた初日の忠誠心などこんなものだ。

 部隊の連中は「閣下万歳!」とか「殺人万歳!」とか、戦争勝利時のような大盛り上がりをしていた。

 

「まだ死んでねえぞバカどもがああああああああああああっ!」

 

 誰もが死んだと思っていた金髪男が炎を全身に纏い閣下を睨んでいた。

 ヨハンは怨嗟の滲む声で言った。

 

「大将軍閣下様よお、不意打ちとは卑怯じゃないか?」

「うるさいっ。よけられなかったのがばかなのだ」

「はっ、そうかよ。──じゃあ今から僕に殺されても文句は言えないよな!?」

 

 ヨハンは閣下に炎を纏って走り迫る。

 だが、その炎が突如として消失する。

 さらには閣下を支えていたヴィルヘイズは手を離し、バランスを失いふらついた閣下の身体は、猪突猛進するヨハンを見事に回避した。

 

「おお、なんという身のこなし!」

「さすが閣下、まるで闘牛士のようだ!」

「閣下を見てると興奮して飛びかかりたくなるんだが……」

 

 と、奇跡的な行動の連続が周囲に賞賛の声をもたらした。

 最後のやつは後で灰にして埋めよう。

 

「マグレで躱わしやがって! それよりもどうやって僕の魔法を消したんだ!? くそ、今度こそ死ねやあッ!」

 

 体勢を立て直そうとしたヨハンだったが、すでに遅かった。

 閣下のバランスの崩れた身体は、ふらふらとヨハンへと向かってそのまま馬乗りになり、地面に倒れそうになる身体を支えようと両手を前に出す。

 その際に再び奇跡が起こり、閣下の両手人差し指がヨハンの目玉を貫いたのだ。

 まさに人差しだ。

 

「さすがです、コマリ様! 迫りくる暴漢を押し倒し転倒させ馬乗りになった瞬間すかさず目玉を狙って一撃必殺! 最小限の行動で最大限の行動を得る、これこそまさにコマリズムの真髄です!」

「コマリズムって何だよ。閣下、そんな汚物からは指を引き抜いて、早く消毒をしてください。これハンカチとアルコールです」

「アルク、私以外には結構言い方キツイよなぁ……。まあありがとう。使わさせてもらうよ」

 

 閣下はずぷりと指を引き抜くと、ヨハンから飛び退き、アルコール消毒の後にハンカチで付着物を拭き取った。

 ヨハンは地面を転がりながら「目がああ、目があああ! 痛いよおおお!」とか叫んでいる。

 この程度で痛みで悶え苦しむのに閣下に挑むとは、愚かで浅慮としか言えない。

 

「コマリ様、ここで一発ぶちかましましょう」

 

 メイドの一声でハッとした閣下は、深呼吸をして強者ぶるように声を大きく上げる。

 

「──ふんっ! 私に逆らうからこうなるのだ! 次は目玉どころか尻子玉も抉ってやるから覚悟しておけよ!」

 

 うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお──

 隊員どもの拍手喝采が耳に響く。

 そんな中その辺で転がっていたヨハンが起き上がって叫んだ。

 

「よ、よくもやってくれたなぁっ! ただじゃおかねえぞッ!」

 

 ヨハンは文字通り血涙を流しながら、燃えるような殺意を閣下はぶつける。

 ヨハンは自身の軍服のポケットをごそごそと漁り、不敬にも閣下へと投げつけた。

 そして獰猛に口端を吊り上げながら言った。

 

「──テラコマリ・ガンデスブラッド。僕はお前に決闘を申し込む」

 

 周囲を見ると隊員たちはキラキラとした目を閣下へ向けていたが、一部は抜け駆けするなと言わんばかりの視線をヨハンに向ける。

 ヴィルヘイズは「チッ!」と舌打ちをしてヨハンを睨みつけていた。

 この決闘で余計な仕事が増えるわけだから恨みたくもなるだろう。

 閣下はオロオロとした様子で周囲を見渡し、救いが無いことを確認すると落ちた手袋を拾いあげる。

 手袋を用いた決闘は、己の家門も賭ける事もあるほどに神聖な儀式で、これを阻むということはガンデスブラッド家の名誉に傷をつけることになりかねない。

 直接閣下を助けることは出来ない。

 だからこの場で出来うる限りのサポートをするとしよう。

 

「ヨハン中尉。盛り上がっているところ申し訳ございませんが、本日は私とベリウス中尉の模擬戦で闘技場は貸し切ります。決闘は後日でお願いします」

「模擬戦の後にすればいいだけだろ」

「私たちの決闘後はおそらく()()()()使()()()()()()()()()()のです。あなたも万全な状態で閣下に挑みたいでしょう?」

「それは、そうだが……」

「だから闘技場が決壊した場合は、修繕後にあなたと閣下の決闘をセッティングするようにしましょう。()()()()()()()()()()()でお願いします。当然不意打ちによる殺害は禁止です。良いですね?」

 

 ヨハンは納得したのか、無言で訓練場から去っていった。

 閣下は状況が掴めていないようなので、改めて分かるように伝えておく。

 

「閣下、これで決闘日までヨハンが閣下にちょっかいを出すことは無くなりますよ。少なくともそれまでは安心して生活出来ると思います」

「そ、そういうことか。でも……闘技場の傷や凹みくらい魔法があれば一日で直るだろ。それに決闘はどうするんだよ」

「ご安心を。すぐに修繕出来ない程に闘技場を破壊しましょう。修繕までの間にいくらでも対策は立てられます。それと決闘に関しましては私とヴィルヘイズにお任せください。閣下が何もせずともヨハンを下してみせますよ」

「はい。このヴィルがいる限り、コマリ様が死ぬようなことは万に一つ有り得ません。専門分野は諜報、破壊工作です。必ずやコマリ様に勝利の栄光をもたらしてみせましょう」

 

 困惑する閣下をよそに、オレとヴィルヘイズは自信満々な雰囲気で宣言した。

 

 ⭐︎

 

 ムルナイト宮殿に併設された闘技場。

 そこで俺とベリウスは向かい合う。

 観客には第七部隊だけでなく、他の吸血鬼たちも見学に来ていた。

 

「では、模擬戦の審判はこのカオステル・コントがつとめます。閣下の申し出より互いに不殺でお願いします。勝敗はどちらかが降参するまで。相手を殺した場合は殺した側の負けとなりますので、気を付けてください。閣下、これで良いのですか? 少し物足りない気がしますが・……」

 

 カオステルは玉座に座る閣下に声をかけると、大将軍らしく声を張り上げて言う。

 

「これはあくまで模擬戦だ! 二人とも我が軍の貴重な戦力だ! あくまでそれを推し量るための手合わせであり、殺し合いのためにやるんじゃない! 目的を見失うなよ、カオステル」

「──はっ! 申し訳ございません。このカオステル、考えが至りませんでした。どうか罰として、そのおみ足で私を踏んでください」

「……いや、踏まないけど」

「そうですよ、コント中尉。コマリ様が踏んで良いのは私だけです。コマリ様、その綺麗な素足で私の頭を踏みつけてください」

「お前らわざとやってるだろっ! 本当に死刑にするぞッ!」

 

 闘技場外が騒がしい中、場内のとても静かだ空気は沈んでいた。

 

「アルク、正直俺はお前がどのくらい強いのか分からない。まるで閣下と同じく、毛が逆立つような強者を前にしているような気がする」

「そうか。その感を大事にすると良い。閣下の温情より不殺のルールを設けられているが、俺を殺す気で来い。お前が相対しているのは七紅天と思え」

「──っ! 面白い!」

 

 カオステルが開始合図として宙に魔法を放つ。

 同時にベリウスが斧を振り上げ、俺に接近しながら振り下ろしていく。

 俺は背後に下がりながら躱していく。

 躱されたことで、斧はズタズタに闘技場内を切り裂いていく。

 観客はベリウスの素早さと斧の破壊力に食い付き歓声を上げる。

 

「どうしたッ! 七紅天と豪語していたが、この程度かッ!」

 

 休みなくベリウスは俺を追い立てて斧を振る。

 暫くしてベリウスは違和感を感じ出した。

 斧を振り出してから、一度もベリウスの斧は俺に掠りもしていなかったのだ。

 焦りは徐々に疲労へ繋がり、ベリウスの速度は落ちていく。

 

「まるで昨晩のようだな」

「!?」

 

 ベリウスは核心を突かれたように驚愕の色を露わにする。

 

「昨晩。あのミーティングの後だ。お前とカオステルは何者かと交戦していた。その時もお前の一撃は掠りもしなかった。そうだな?」

 

 ベリウスは歯軋りをする。

 己の力不足を痛感したのもあるが、あの晩は七紅府の門付近に自分とカオステル、そして襲撃犯を除いて誰もいないことは獣人の五感で確認していた筈だった。

 

「なぜそれを知っている? カオステルが言うと思えない。やつは自分の手で襲撃犯を捕えると息巻いていたのだからな。つまり他に知りようなど無い、はずだ」

「俺はあの晩七紅府の門を出てすぐの、庭園にある噴水の石垣にずっと座っていたよ。お前ら()()()()()()()()()()だけだ」

 

 俺とベリウスの動きが止まり、観客が動揺した雰囲気を見せる。

 ベリウスはというと、何かを察したようにやや震えた声で口を開く。

 

「まさかお前……あの時の襲撃犯と同じ動作、速度で俺と戦って……いや、戦いにすらなっていなかった」

 

 ベリウスは気づき、落胆する。

 獣人であるベリウスは身体能力が自慢の種族。

 その上魔法を扱う吸血鬼を退け中尉にまで登り詰めた実力ある軍人だ。

 その自信を二度も奪われたのだ。

 すでにその戦意は喪失していた。

 

「ま・・・・・・参った」

 

 口から溢れるように漏れ出た乾いた声が、カオステルの耳に入り、勝敗は決した。

 接戦を望んでいたベリウスには悪いとは思うが、これが俺とベリウスの実力差だ。

 それにあの動きに一撃も入れられないようじゃ、()()を捕えるなんて不可能だ。

 

「ベリウス、お前は必ず今より強くなる。俺が保証する」

「何を根拠に……」

「言ったろ、お前が相対するのは七紅天だと。あの襲撃犯──ミリセント・ブルーナイトは実力だけなら七紅天のトップクラス。それに勝てるならお前はもう七紅天だよ。今のうちに高みを知れて良かったな」

「ッ!? 待て、今ミリセント・ブルーナイト言ったか!? 確か三年前閣下の代わりに罪を着せられ──」

 

 ベリウスは言い切る前に口を閉じる。

 今言った内容はムルナイト帝国の機密内容。

 通常の手段では知りようが無い。

 

「無論お前とカオステルが機密内容を知った事も把握している。気づかなかっただろうが、その場に居たからな。」

 

 それを聞いたベリウスとカオステルは青ざめる。

 

「ちなみにあの機密文書の内容は真実だ。口外したら国家反逆罪だからな」

 

 二人は無言で首を上下に振り肯定の意を示す。

 一先ず釘を刺しておいたので、突飛な行動に出ることは無いだろう。

 

「では、アルク中尉がかつて核領域で六国の将軍たちを惨殺したというのは事実という事でしょうか?」

 

 カオステルは恐る恐る俺に尋ねる。

 そう言えば、そんな話もしてたか。

 

「ああ、事実だ。それも口外するなよ」

 

 模擬戦自体は終わったが、これではまだ俺に勝てると勘違いをして挑んでくる者が現れるかもしれない。

 俺はこの模擬戦で最後の仕上げをする。

 閣下とヴィルヘイズには事前にパフォーマンスをすることを伝えていた為、観客や第七部隊の隊員たちの避難を済ませている。

 ベリウスとカオステルにも避難するように伝え、俺は魔力を込める。

 上空に手を翳し、岩石を固めて隕石のように降らせる特級魔法【星崩しの流撃】を発動する。

 闘技場内にいる俺目掛けて降ってくる魔法は見る者によって反応が様々だった。

 閣下は泡を吹いて気絶していたが、ヴィルヘイズが冷や汗をかきつつも倒れそうになる体を支えていた。

 第七部隊含めた観客は、闘技場から離れてもはっきりと視界に映る隕石に見惚れる者もいれば、それを背に逃げ惑う者もいた。

 手に届くまでの距離に来た隕石を手で静止させ、それを粉々に握り壊す。

 砕けた破片は闘技場のあちこちに飛び散り、威力は落ちているものの、周囲を破壊し尽くした。

 この出来事は六国新聞で

 

『テラコマリ・ガンデスブラッド大将軍閣下の執事、ムルナイト帝国の闘技場を破壊!?』

 

 と大きく見出しに書かれ、俺を従えている閣下の評価が当然のごとく上がった。

 

 ⭐︎

 

 数日後。

 同闘技場で閣下とヨハンの決闘が行われる。

 ヴィルヘイズは開始前から隊員たちの昼食、特にヨハンが好んで食べる骨付き肉に遅効性の激毒を盛った。

 さらには俺にも手伝わせて、五十二ヶ所の落とし穴を掘り、九十六個の地雷を設置した。

 当然ヨハンが火炎魔法で遠距離攻撃をしてくることも想定している為、訓練場でも密かに使っていた上級魔法【虚無の御神楽】で魔力攻撃は霧散させる。

 俺が魔法を使ったことを魔力の流動で察知されないように、上級魔法【漆羽衣】を追加で発動することも忘れない。

 こうして何も出来ないまま、ヨハンはぼろぼろの体で匍匐前進し、閣下に触れる前に屍となった。

 

「謀叛人、成敗ッ!!」

 

 うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお──

 傲然した態度で閣下が勝利宣言をすると、破れんばかりの歓声があがり、興奮した第七部隊の隊員たちが雪崩れ込む。

 当然地雷が作動して辺りは大爆発。

 またしても六国新聞に

 

『執事に続いて主であるテラコマリ・ガンデスブラッド大将軍閣下も闘技場を爆破! 訓練だけでなく戦争に早く駆り出せというムルナイト皇帝陛下への意思表明なのか! 愛らしい見た目に反して好戦的な大将軍閣下の今後に期待!』

 

 と記事一面に取り上げられ、帰宅後ベッドで一人悶える閣下であった。

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