閣下とヨハンの決闘日より少し遡る。
「わからんな」
幹部ミーティング終了後。
日は地平の彼方へとすでに沈んでしまい、
そんな中、七紅府の廊下を歩きながらベリウスは呟いた。
「──わからない? 閣下のスリーサイズがですか?」
「お前は何を言ってるんだ」
ベリウスの傍らを歩くカオステルが、検討外れなことをほざいた。
そのさらに傍らを俺──アルクは歩いているが、二人は気付かずに会話を続ける。
「では何の話です」
「テラコマリ閣下のことだ。あの方にカリスマ性があるのは確かだが──底が知れなさすぎる。例えばお前のことは一目で変質者だとわかるのだが」
「閣下のことはわからないと」
「ああ。言葉の端々から年齢通りの幼い空気が滲み出ているが、全体として纏う雰囲気が異様なのだ。一言で言い表せない。何というか……相対しているだけで毛が逆立つような。圧倒的な強者を前にしているような気分になる」
ベリウスはムルナイト帝国民ではあるが、吸血種ではなく獣人種。
彼の動物的感覚が本能に語りかけるのだろう。
カオステルは閣下に魔力が感じられないことを不審がるが、
「しかし、だから何だと言うのです? 閣下は閣下。それ以上でも以下でもない。あの方が我々に戦争の悦楽を教えてくださるのならば文句はないでしょうに」
「それはそうなのだが……」
ベリウスの気持ちは分からないでもない。
普通は、相手の正体がわからないというのは不気味である。
見た目だけならベリウスも閣下のことは取るに足らない小娘程度に思うかもしれないが、己の直感は危機的センサーが鳴り続けているだろう。
不用意に逆らえば殺されると。
「まあ、あなたの懸念もわからないではありません。実はですね、一応閣下の出自を調べてみたのですが」
「どうやって」
「役所の記録をこっそり漁りまして」
「……違法だぞ」
ベリウスの言う通り、カオステルは国家反逆罪にも相当することをやってのけた。
それを知った俺は聞かなかったことにしておいた。
これでカオステルだけ処罰されるなら問題無いのだが、部下の失態は上司の責任。
閣下に飛び火が移りかねない事態は避けるべきだが、起きてしまったものは隠し通すか揉み消すほかないのだ。
「調べてみてわかったんですがね。テラコマリ・ガンデスブラッドという人物は、とんでもないブラックボックスですよ」
「どういうことだ?」
「経歴の一部が不自然なのです。十二歳までは一般的な生徒と同じように学校に通い魔法の勉強をなさっていたようなのですが、十二歳からの──つまり三年前からの情報が全くありません」
「特筆すべきことがなかっただけではないか?」
「最初は私もそう考えたのですがね。どうも事情が違うようでして」
言いながら一枚の紙をベリウスに手渡す。
おい、機密文書じゃないか。
漁っただけではなく持ち出しとか罪の上塗りで、バレたら殺されるだけでは済まないな。
事の重大さはベリウスも理解しているらしく卒倒しそうになっていたが、そんな事は知らぬ存ぜぬとカオステルは文書の内容を語り出す。
「それには三年前に起きた事件の詳細が記されているのですが、世間一般に公開されているものではありませんね。政府によって揉み消された裏の歴史というやつです」
「……で、これが閣下と何の関係がある」
「その事件の犯人、閣下ですよ」
「は?」
「三年前の帝立学院襲撃事件。学院側の死者三十名、鎮圧に出動した当時の帝国軍第三部隊の死者七十名。全て小指一本で殺されています。」
世事に疎いベリウスでも、犯人が学院の生徒ということもあってセンセーショナルな報道がされていたことは覚えていた。
機密文書に偽造はあり得ない。
ここでカオステルが語った内容は全てが真実なのだ。
「待て。あの事件の首謀者は別の人物だったはずだぞ」
「犯人がすり替えられたのです。本当は〝テラコマリ・ガンデスブラッド〟として報道されるべきところが、〝ミリセント・ブルーナイト〟という無関係の人名で報道されています。そのミリセントなる人物が実在するのかどうかは不明ですが」
「意味がわからない」
「私もわかりませんよ。──テラコマリ・ガンデスブラッドという少女は、三年前史上類を見ない大虐殺を巻き起こした──と言いたいところですが、こちらもご覧ください」
カオステルは新たに紙を取り出しベリウスに見せる。
ベリウスは学が無いため読むのに苦戦していたのを見かねたのか、カオステルは内容を説明する。
「これは今から六年前の出来事になります。当時《核領域》で六国祭なる各国を代表する将軍とその部隊が集い、大陸の頂点を賭けて競い合う催しが執り行われていたそうです」
「どのようにして競ったのだ?」
「当然殺し合いですよ」
「それで、結局今度は何が起きたというのだ? 先程の話を超える内容が聞けるとは思えんが」
カオステルはさらに一枚の紙を取り出し読み上げる。
俺はすでにこの先の内容を知っている。
「六年前なので、当時九歳と思われるある人物が突如として《核領域》に現れ、その場にいる六国の部隊全てを惨殺しました。その総員数はおよそ千を超えるそうです」
「まさか、それも閣下が!?」
「いえ、これはあなたが明日手合わせする相手の情報ですよ。決して閣下のお側にいる男が気に入らないから素性を調査したというわけではないですよ。調べてわかりましたが、彼も閣下と同じく開けてはいけない箱だったようです」
「しかし、やつは嬉々として人を殺すような性格では無いはずだ。おそらく何らかの理由があるはず……」
「ええ。私もそれは考えました。しかし本当に理由があるのでしょうか。他国民を殺すのはまだしも、自国の将軍とその部隊を殺さなければいけない理由が」
ベリウスは背筋を振るわせる。
「あの方々がなぜこのような事件を起こしたかわかりませんが、閣下にいたっては事件以後、学院を中退して姿を消してしまったようです。」
「どこへ?」
「さあ、政府が揉み消すくらいですから、まさか刑務所や少年院ではないでしょう。どうしても気になるなら、閣下に直接聞いてみてはいかがですか?」
「……」
機密文書の内容はどうやら核心をつくところまでの記載はされていないようだった。
俺はそれに少し安堵した。
知られたくないわけではないが、もし知ってもらうなら一番は閣下に聞いてほしかった。
「まあ、この機密文書自体がフェイクという可能性も捨てきれませんが──ん」
話の途中でカオステルが足を止めた。
七紅府の門を出てすぐの庭園。
その噴水の横の人影に気付いたのだ。
背はそれほど高くはないが、全身をローブで包み、顔には黒い狐面をしていている。
外見で分かる情報は月の光に当てられ輝く青い髪と、女性特有の体型をしている事くらいだろう。
カオステルがその姿から分析を始めていたので、俺は傍で聞いていた。
「ふむふむ、顔が見えませんが十中八九女性ですね。しかし幼女ではない。おそらく歳の頃は十五、いや六。七ということはないでしょう。匂いでわかるんです。花のような香りに微かな酸っぱさが混じっている」
気持ち悪ッ!?
なんで匂いで年齢が分かるんだよ!
どうやら不審人物は既に隊内部にも紛れこんでいたようだ。
「おい、そこの女。宮殿への部外者立ち入りは禁止されている。殺されたくなければ速やかに立ち去れ」
ベリウスが威嚇すると、狐面の女はしばらく沈黙してから口を開いた。
「──宮殿って意外とガードが固いのね。このまま皇帝の居城にお邪魔して殺してしまおうかと思ったけれど、魔法障壁のせいで入れなかったわ」
女の発した声は年相応にあどけなくも、どこか邪悪さを帯びていた。
帝国内のバカたちが宮廷内で「皇帝を殺す」とふれ回っているようなものではなく、より強い悪意が込められていた。
ベリウスとカオステルは目の前の女は危険であると判断し身構える。
「貴様、皇帝陛下を狙っているのか?」
「いずれ殺すわ。でも今はその時じゃない」
「ほう。では何をしに来たのです?」
今度はカオステルは相手の目的を聞く。
俺はその時噴水の石垣に座り、双方のやり取りを観察していた。
気配を消してかなり経つが、いまだ隠形は見破られていないようだ。
「大したことじゃないわ。ちょっと確認しに来たのよ。──テラコマリ・ガンデスブラッドが七紅天になったって新聞で読んだけれど、あれって本当?」
その言葉を聞いて、俺の中の憶測が確信に変わった。
彼女の正体とその目的が。
ベリウスは閣下の名前が聞こえた瞬間、斧を抜いて地を蹴っていた。
同時にカオステルが空間魔法【次元刃】を発動。
空間を切り裂く魔法が勢いよく敵に向かって飛んでいく。
しかし、
「甘い。甘いわそんな魔法」
狐面の女は飛来する【次元刃】を初級光撃魔法【魔弾】で撃ち落としながら不敵に笑う。
その余裕を断ち切ろうと、ベリウスは斧を振り上げるが、女には全て回避され、擦り傷一つ付けることができない。
さらにはベリウスの眼前から、女の姿が忽然と消えた。
「──ッ、上です!」
ベリウスはカオステルの声につられて上空を仰ぐ。
狐面の女は月光を背に空中浮遊していたのだ。
しかし、上空から魔法を穿てば良いものの、二人を見下ろしクスクスと笑うだけだった。
「ふーん。その様子だと新聞に載っていたのは本当にテラコマリみたいね。おまけにメイドはヴィルヘイズときたか」
丁度女は俺のいる位置の上空で浮遊している。
つまりローブの内側から覗かせる丈の短いミニスカートの中身がハッキリと見えてしまっている。
なんでそんな格好で【浮遊】の魔法を使うのか分からなかったが、目を逸らすのが間に合わず脳裏に白い下着が焼きついた。
「お前たちでは私の障害になりえない──それがわかっただけでも収穫だわ。それじゃあ、テラコマリによろしく言っておいてね」
「おい、待てッ!」
ベリウスが静止するよう声をあげるが、狐面の女の姿は蝋燭の火のようにふと消えてしまう。
まあ【転移】の魔法で消えたなら追うのは厳しいだろう。
魔力で探ろうにも、人が大勢いる街中なんかに紛れ込まれたら特定の人物を見つけだすのは困難だ。
静寂に満ちた宵闇の中、その場にいた二人は神妙な面持ちで見合わせる。
「……やつの狙いは閣下だ。どうする」
「どうするも何もありませんよ。閣下からのご褒美の『おみ足ぺろぺろ券』をいただくためにも、我々が自発的に動いて奴を始末するのです」
「ふっ、──そうだな」
「あなたも『おみ足ぺろぺろ券』を狙っているのですかッ!」
「ッ、違うッ!? 自発的に動くことへの同意だ!」
幹部なのに報連相が出来ていないのは減点だ。
まあ閣下のために動くという名目なので大目に見よう。
狐面の女──ミリセント・ブルーナイト。
消息を追っていたが、まさか向こうからやって来るとは。
失踪してから三年の間に何をしていたか不明だが、実力は現七紅天の中でも上位に食い込むほどだった。
幹部連中では正直力不足だし、挑んだところで返り討ちに遭うだけだ。
以後、カオステルとベリウスには別任務を与えてこの件に深入りさせないようにしよう。
俺はそう思い、その場を後にした。
それにしてもヴィルヘイズといい、ミリセントとといい、たったの三年で色々と外見が成長し過ぎだ。
吸血種の成長とは本当に末恐ろしいものである。