文章量多くなるので本編は少し端折ります。
「──〝逆さ月〟を撃滅しましょうッ! 今すぐにッ!」
どんっ!と机に叩きつけられた拳を見下ろし、俺と変態メイドことヴィルヘイズは内心で大きな溜息を吐いた。
今俺たちが居るのは七紅府最上階、ガンデスブラッド大将軍の執務室である。
ただし、当の将軍は居ない。
黒光りするテーブルを挟んで相対しているのはヴィルヘイズとカオステル・コント。
俺は部屋の外で閣下を心配した第七部隊の連中が押し入らないように、扉に背もたれて押し留めていた。
カオステルが興奮気味に口を開いた。
「──やつらはムルナイト帝国に牙をむく犯罪者です。必ず罰を下さねばなりません」
「それお前が言う? 第七部隊の連中も似た様なもんだろ」
「それに彼らのアジトは未だに見つかっていませんよ。六国が協力して何年も調査しているにもかかわらず、です」
「だったら我々で見つければいいでしょう。それともなんですか、やつが再び攻めてくるまで待っていろと? そんな悠長なことを言ってられる場合ですか?」
一週間前、皇帝陛下主催のパーティーに現れたミリセントは閣下に襲いかかり、それを庇ったベリウスは神器であるナイフで刺された。
ベリウスはと言うと、意識を取り戻した後リハビリと経過観察を繰り返し、順調に回復している。
復帰するのも時間の問題だろう。
だが、目の前のカオステルは怒りに燃え上がっていた。
ベリウスが負傷したことへの──ではなく、愛しの閣下へスパゲティをぶちまけケチャップまみれにしたミリセントに対する怒りだ。
「だいたい宮廷は何をやっているんですか! テロリストが国の中枢まで侵入したんですよ!? これが国難でなかったら何だと言うのです!」
「落ち着けカオステル。もうすでに第七部隊というテロリストが侵入している。テロリストの一人や二人、そう大差無いだろ。あと宮廷は事件翌日以降、朝から晩まで会議を重ねている。テロリスト本人までの対処が出来る状況じゃないんだ」
「何故です?」
「工作員が潜んでいるかもしれないのですよ」
「工作員……?」
カオステルは怪訝な目でヴィルヘイズを睨む。
「パーティー会場に転移門が構築されていたようです。空間魔法がお得意のコント中尉ならご存知でしょうが、【転移】は予め二つの門を作っておかなければ発動しません。つまり、事前に会場に忍び込んで門を仕掛けた者がいるということです」
「なるほど──さっそく隊員を集めて行動を開始しましょう」
そう言って急に落ち着きを取り戻したカオステルが俺のいる扉に向かおうとしたが、ヴィルヘイズが静止する。
「コマリ様は『私が帰ってくるまで待機していろ』と仰ったのです」
「では、閣下は今どこに?」
「て、敵情視察だそうです。場所は側近の私にも教えてくれませんでした」
「──待ってくださいヴィルヘイズ中尉。聞き捨てなりませんね。側近はこの私カオステル・コントのはず」
突然訳の分からないことで張り合おうとする変態にヴィルヘイズは溜息を吐く。
「あなたはコマリ様の下着の色を知っていますか?」
「──ハッ!?!?!?」
「知らないでしょう。よって側近は私です」
「ぐッ!!」
変態はもう一人いた。
理解し難いマウントの取り合いで、側近がヴィルヘイズということになったようだ。
「ちなみに俺も一応閣下の下着は把握してるけど、側近とかには興味ないから」
「なッ!? なぜあなたが閣下の下着をご存知なのですか? まさか自らの立場を利用して閣下の屋敷に忍び込み、下着を漁っているのでは!?」
「アルク大尉、それは余裕ですか? 私ごときでは相手にならないという戦線布告でしょうか? 玉砕覚悟で受けて立ちますよ」
「お前ら変態と一緒にするなッ! 余計な事言った俺も悪いが話を戻せ!」
争いに巻き込まれないように何気なく言った一言が火種を生む。
「──コホンッ、とにかくコマリ様から何らかの連絡があるまで絶対に動いてはいけません」
「アルク大尉、あなたは閣下がどちらにいらっしゃるかご存知ないですか?」
ヴィルヘイズは俺の方を見て力強く睨む。
場所を言うな、ということだろう。
「さあ? ベリウスの看病や国の内情調査とかで忙しかったからな。閣下の所在まで気にする余裕が無かったわ」
「閣下の身の安全が第一でしょう。あなたは閣下が心配ではないのですか?」
「心配に決まってるさ。けど今回の事件に限っては何も心配はしていない。俺たちがどうこうする前に閣下が解決するだろうさ」
俺は二人を背に手をひらひらと振ると、扉を開けて外に出た。
その際押し留めていた隊の連中が執務室に勢いよく雪崩れ込んだ。
⭐︎
夕暮れの刻。
俺はガンデスブラッド邸で閣下の父君であるアルマン・ガンデスブラッド卿に料理を振る舞っていた。
「アルクくん。コマリは外に出られそうかい?」
「今はまだ難しいでしょう。落ち着くまで待つのが賢明かと」
アルマン卿は困ったように頬を掻いた。
「そうか。まあ仕方ないだろう。ヴィルくんにも言ったが、まさかあの娘がこんな形でコマリの前に現れるとは予想していなかったからね──いやあ、しくったなあ」
「……」
「ミリセントは三年前にコマリを虐めていた吸血鬼だが、当時の私はそれがどうしても許せなくてね。彼女の一族郎党に
「…………」
「それはそれとして、コマリのことは頼んだよ。あの子は気弱で繊細で──何より優しすぎる。きみやヴィルくんがついていないと生きていけない」
「……かしこまりました。しかし恐れながら、今回の事件の発端であるあなたまでは護衛しかねます」
「勿論さ。それじゃ私は仕事があるから」
そう言い残すと、ゆったりとした足並みで食堂から去っていった。
閣下の為を思うならアルマン卿に一言くらいぶつけてやるべきだったが、それを言う資格が俺には無かった。
⭐︎
それからさらに三日が経つ。
閣下は完全に引きこもり、外に出るのは湯浴みやトイレに行く時くらいなものだ。
料理はヴィルヘイズが日に三度運ぶのだが、その際に一緒に運んでいる
「おいヴィルヘイズ、それは何だ?」
「見れば分かるでしょう。本ですよ。面白い本を見つけたので、コマリ様に読んでいただくのです」
ヴィルヘイズが「おすすめ」と豪語する本はどう見ても
これを見せて閣下をどうしたいのだろう。
以降閣下の部屋へ持ち込む物は検査することになったのだが、少し体に触れただけで変態扱いしてくるから気が滅入る。
⭐︎
帝都で最も高い建築物──アルトワ広場時計塔の天辺に屹立しながら、カオステルは敬愛する閣下にスパゲティをぶちまけたテロリストの女を絶対に捜し出してやろうという確固たる意思に燃えていた。
パーティーの一件からもうすでに二週間が経つが、未だ下手人の情報は掴めていない。
それどころか敵方にまったく動きが見られないものだから、宮廷内部には弛緩した雰囲気が漂いつつあった。
「……背に腹はかえられないか」
カオステルは空間魔法【異界の扉】を発動し、別空間から小さな木箱を取り出す。
その木箱から取り出すのは一本の髪の毛だった。
カオステルが秘密裏に採取した、閣下の金髪である。
「ようやく手に入れた至高の逸品。これを使えば閣下の居場所を突き止められる。だが……それと引き換えに魔力となって消えてしまう──」
カオステルは葛藤の末に、空間魔法【引力の網】を使う。
触媒となった髪の毛は塵となって消えた直後、カオステルの掌から不可視の網が帝都を包み込んでいく。
魔力を感知した俺はそれがカオステルが放ったものとは知らず、ガンデスブラッド邸を飛び出し、魔力元へと向かった。
「見つけた。閣下の居場所を探知しているのはお前だな──て、カオステル? お前こんな所で何をしているんだ?」
「アルク大尉? いえ、私は閣下がご無事か気になり【引力の網】で場所を突き止めたところでした。どうやら閣下はガンデスブラッド邸にいるようです」
「そうかそうか。それで、
「……黙秘権を行使します。それよりも急いで閣下の元へ向かいましょう」
空間魔法が得意なカオステルに隠し事は無意味か。
俺は先行してガンデスブラッド邸に戻り、カオステルは大分後方から追って来ていた。
ガンデスブラッド邸に着き、閣下の部屋へ向かう。
窓の損壊、床の絨毯に血痕と、部屋は侵入者の形跡があちこちに残っていた。
「……………………ヴィル」
そこには手紙をはらりと落とし、涙をぽろぽろと零す閣下の姿があった。
俺は落ちた手紙を拾い、文面を読む。
そうか。
ヴィルヘイズは全てを閣下へ打ち明けていた。
ミリセントに虐められていたヴィルヘイズは閣下に救われた。
しかし虐めの標的が閣下へ移り、それを当時のヴィルヘイズは見ていることしか出来なかった。
それからヴィルヘイズは厳しい修行に励んだ。
その修行にちょっとした経緯から俺は付き合い、一般兵は軽く屠れる程度には強くしたつもりだ。
しかしミリセントの強さはそれを凌駕していた。
今の彼女を倒すのであれば七紅天でないとまず不可能だろう。
もしくは、
「閣下、ミリセントが来たのですね」
「っ、……アルク、ヴィルが、攫われて、手紙が──」
「はい。思い出されたようですね」
「うん、ヴィルのことは。──アルクも三年前に会っているのか?」
「ええ。私はヴィルヘイズほどドラマがあるわけではありませんがね」
それは三年前のことだ。
帝立学院特別クラス、そのクラスには俺一人だけ所属していた。
俺は昔から他の吸血鬼よりも高い魔力を有しており、一度見聞きした魔法は例外はあるが全て扱えた。
だから国が他の生徒とは異なる教室へ俺を隔離した。
教師が来ることなく一人で独学する日々。
正直学生生活に飽き飽きしていた。
唯一の楽しみは、自分で作った弁当を学院の屋上で青空を眺めながら食べることくらいなものだ。
屋上へ入れるのは許可を貰った俺だけだ。
国もその方が行動を制限しやすいと考え、楽に許可は貰えた。
そんな一人でのランチ生活もある日終わりを迎えた。
ガチャリと音を立てて、気品さを感じる金髪の、自信なさげな少女が屋上に入ってきた。
「あっ、……人がいる」
その少女こそ現七紅天であるテラコマリ・ガンデスブラッド大将軍その人だった。
実は俺と閣下は
それについてはいずれまた話すとしよう。
「君、もしかして──」
「す、すまない。人がいるとは知らなかったんだ。ここってたしか入るのに許可いるだろう。誰もいないと思ったんだ。それじゃ」
「あっ、待って──」
テラコマリは勢いよく屋上から出て行こうとするが、俺はそれを引き止めた。
その時のテラコマリの表情はビクついており、よく見たら身体中にアザがあった。
制服もやや湿って乾ききっていない。
「テラコマリさん、もし良ければここで一緒にお弁当食べない?」
「……ふぇ? いいの?」
「勿論! 俺も一人でのランチに退屈していたんだ。話し相手になってよ」
それから俺は今の閣下のことを「コマリさん」と呼び、小説の話や趣味の話、そんなたわいもない会話を交わし合った。
実はそんな屋上での光景をヴィルヘイズが影からこっそり覗いていたことを閣下は知らないだろう。
俺は一応手招きしたが、彼女も当時は内気だったのか、結局三人で学院での昼を過ごす日は来なかった。
(ここから先は閣下へ話していない)
それから数日経ったある日、突如膨大な魔力が学院の敷地内で発生した。
現場に駆けつけると、そこにあったのは百にも及ぶ生徒や大人たちの死体と、圧倒的な雰囲気を纏う閣下の姿があった。
明らかに暴走しているであろう閣下を止めるべく戦い、そして互いに力尽きて事件は収束した。
(ここから閣下へ続きを話す)
ミリセントが失踪し、閣下が学院を中退後、俺も学院を中退し、ガンデスブラッド家の執事として働き始めた。
外出できない閣下の為に衣類の購入をしていたのは俺で、その為下着を把握していたわけだ。
執事業務と同時にヴィルヘイズから戦闘の指導を請われ、割と拷問に近い訓練を一年にかけて施した。
その一年後にヴィルヘイズがメイドとして屋敷で働くことになる。
メイドになってからの俺への当たりが厳しいのは、きっと修行での日々の反発からくるものだろう。
これが三年前から今に至る俺の過去である。
「……お前、あの時の。そうだったのか……何で私は思い出全部に蓋をしてしまったんだろう」
閣下の涙は止まるどころか、より大粒の雫を流す。
「無理もありません。ヴィルヘイズとは助けた時の一回、私とは数日お昼を共にしただけ。閣下にとっては取るに足らない出来事です」
「それでも私は……お前たちがどんな想いで私を助けてくれていたのか知らなかったんだ。」
閣下は小さな拳をぎゅっと握った。
「アルク、私ヴィルを助けてくる! ミリセントなんかには負けない! 私はあいつを倒して新しい一歩を踏み出すんだ」
「ええ! 閣下なら必ず勝てます! 史上最強の七紅天ですから」
「ああ。だからお前は手を出すなよ。これは私の戦いだからな。それと──あの時みたいに、堅苦しい呼び方じゃなくて、その……そう、ヴィルみたいに私の名前を読んでくれないか?」
慌てふためく閣下をこのまま見ているのも一興だが、それではせっかくのやる気も削がれてしまうだろう。
俺は声援と共に名前を呼ぶ。
「コマリ様、頑張ってください」
「ああ! 行ってくる!」
素早く軍服に着替えると、力強い歩みで屋敷を飛び出した。
屋敷前でようやく追いついたカオステルが【召喚】にてベリウスとメラコンシーを呼び出す。
どうやらベリウスの傷はすっかり完治しているようだった。
幹部たちからも声援を貰ったのか、傲岸不遜な態度でコマリ様は言ってやった。
「お前たちは七紅府で待機しながら大将軍の活躍を祈念してくれたまえ。それだけで私は、たくさん勇気が湧いてくるから」