ひきこまり吸血姫の執事   作:神無月 優

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だいぶ端折ったつもりなのに長文になってしまった。。。
みんな大好きグロシーンありです。


孤高の恤

 帝都下級区・ラ=ネリエント街の廃城、その奥深くの教会。

 コマリ様とミリセントは戦いを激しく繰り広げていた。

 実際にはミリセントが圧倒的に優勢で、コマリ様は魔法石を器用に駆使して応戦している。

 ミリセントに協力していたと思しきヨハンはコマリ様の投擲した【爆破】の魔法石で爆ぜ死んでいた。

 俺は第七部隊の連中と共に教会に向かう最中だが、周囲に気づかれないように【遠視】の魔法を使い、戦況を確認する。

 ミリセントは魔法の手数が多いにもかかわらず、コマリ様へ決定打になるような攻撃が一度も当たっていない。

 やはりミリセントは通常時のコマリ様を殺す気など全く無いのだ。

 三年前にミリセントは、《烈核解放》を使ったコマリ様に殺されたと聞く。

 七紅天に勝るとも劣らない実力を身に付けた彼女は、本気を出した──《烈核解放》を使ったコマリ様に打ち勝つことで、過去の清算をしようとしているのだろう。

 だからこそヴィルヘイズを人質に取り、コマリ様を追い込み、《烈核解放》を使わざるを得ない状況を作り出しているのだ。

 

「閣下も人が悪い」

 

 カオステルがぼそりと呟く。

 宵闇に紛れることなく帝都を爆走する集団──帝国軍第七部隊・コマリ隊の吸血鬼、約五百名。

 これだけ多くの隊員が統率されることなく、どいつもこいつも血走った目をして好き放題に走っている。

 一般住民から通報されかけたので、都度俺は住民に説明をしてその場を収める。

 

「ふん……後で処分されること間違いなしだな」

 

 ベリウスは呆れたように呟くが、隊の連中と一緒に走っているあたり、戦いたくて疼いているようだ。

 ベリウスと並走しているカオステルがニヤリと笑う。

 

「処分などどうでもいいでしょう。閣下が殺意を燃やしていらっしゃるんですよ? 大人しく待機だなんて馬鹿馬鹿しいったらありゃしない」

 

 あと先考えずに突き進むアウトロー集団は、迷わずコマリ様の居る先へ向かっている。

 俺は場所を教えていないし、コマリ様も部下へ行き先を告げずにミリセントの元へと向かった。

 だがカオステルには【引力の網】という魔法がある。

 対象の体の一部があれば居場所を特定できるのだ。

 カオステルを問い詰めたところ、コマリ様の居場所を特定した際は秘蔵していた髪の毛をやむ無く使用したと涙ながら白状した。

 再度場所を特定しようにも、秘蔵していた一本を失ってしまったカオステルはどうしたものかと途方に暮れていると、ふとメラコンシーが一本の金糸を差し出す。

 

「HERE YOU ARE!」

「は?」

「イエーッ! 閣下の部屋に俺侵入。ぱぱっと枕の毛を回収。完全犯罪気持ちイイ。やっぱり俺って頭イイ。」

 

 ラップ野郎がリンチされたのは言うまでもない。

 俺はこの短時間で複数の犯罪行為を確認してしまい、目も当てられなかった。

 しかし、これにより第七部隊は居場所の手がかりを掴んだのである。

 

「お待ちください閣下! 我々もご助力に向かいますよ!」

 

 うおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉ──────っ!

 

 雄叫びをあげながら、コマリ様の吸血鬼は爆走を続ける。

 騒音を耳に入れながら、俺はコマリ様の戦いを見続けた。

 

 ⭐︎

 

 ラ=ネリエント街の廃城、その奥深くの教会でテラコマリ・ガンデスブラッドとミリセント・ブルーナイトは戦っていた。

 否──戦いにすらなっておらず、ミリセントはテラコマリを相手に遊んでいた。

 教会の祭壇前に立つミリセントは初級魔法【魔弾】を次々と放ち、椅子や扉に壁と穴を開けていく。

 

「ほらほらほら! ネズミみたいに隠れていないで出てきなさいよ! あんたの大好きなメイドちゃんが殺されちゃうわよーっ!?」

「くそっ……」

 

 テラコマリは勇気を振り絞り隠れていた椅子の下から飛び出ると、それを待っていたかのようにミリセントの顔が喜色に歪む。

 ミリセントが【魔弾】の照準を相手に合わせるのと同時に、テラコマリはポケットから取り出した魔法石・【障壁】を叩きつけた。

 次の瞬間、構築された魔力の壁が弾丸と激突して甲高い音が響く。

 ミリセントの【魔弾】の何発かが弾かれ、機会を得たと思ったテラコマリは別の魔法石を構え、次の行動へ移る準備をしていたが──

 

「──うぎゅっ、」

 

 テラコマリの肩に鋭い痛みが走る。

 【障壁】には風穴が開いており、そこを狙ってミリセントが次々と弾丸を打ち込む。

 懐から溢れた魔法石が床に散らばり、それを拾い集めようとした瞬間、がしゃあああんっ!とガラスが破損したような音を立てて【障壁】が崩れた。

 衝撃音が辺りに轟き、テラコマリの左肩に魔力の弾丸が突き刺さる。

 さらに衝撃で体は後方に吹っ飛び、薄汚れた床をごろごろ転がり石壁に頭を打ち付ける。

 

「──なァにやってんのよ。そんなに早く死んじゃったら面白くないでしょうが」

 

 ミリセントは銀のナイフをくるくる器用に回転させながら、倒れているテラコマリを見ながら笑った。

 テラコマリはふと、身体のいたるところに裂傷があり、ぼたぼたと零れ落ちた血液が祭壇の上に紅色の川を作っているヴィルヘイズに目がいく。

 手足は釘で打ち付けられていて、自重によって身体のパーツが千切れてしまいそうだった。

 

「──お? まだ立てるの? やるじゃない」

 

 自分より苦しんでいるであろうヴィルヘイズの前で倒れているわけにはいかないテラコマリは、壁に手をついて恐怖で震える身体を起こす。

 

「……私は、負けないっ!」

 

 ミリセントは歓喜に打ち震えるがごとく口端を吊り上げた。

 

「ふーん。意外と根性あるわね。次はどこを撃ち抜いてほしい? 胸? お腹? それとも顔? 百億年に一度の美少女を台無しにしてあげるのも一興ね」

「……訂正しろ。百億年じゃなくて一億年だ」

「は? 何その意味不明でムカつく謙遜」

「私の方が百億倍ムカついてるんだよっ! ──爆ぜろ魔法石ッ!」

 

 ぎゅっと目を閉じて、握りしめていた魔法石を宙に放り投げると起爆し、閃光が弾けた。

 瞬間的に莫大な光を放出し敵の目を眩ます【白彩光】が発動。

 

「小癪な真似を──!!」

 

 ミリセントは光をもろに食らったのか、目元を押さえてふらつき、呻き声をあげる。

 テラコマリはミリセントが目を開けるまでの僅かな時間で懐まで辿り着き、掌中の魔法石をら下腹部に押し当てる。

 

「このっ──」

「【衝撃波】!」

 

 魔法石から魔力波が放たれて、ミリセントの弾き飛ばされた。

 追い打ちでテラコマリは魔法石・【落岩】を起動。

 魔力が収束され、宙に巨大な岩石が形成されていく。

 

「潰れろミリセントッ!!」

「な、何をなッ────!?」

 

 ミリセントが気づいた時にはすでに遅く、魔法でできた岩石が肢体に直撃し、甲高い絶叫が反響する。

 テラコマリはダメ押しと言わんばかりにもう一つあった魔法石・【落岩】を起動し、先程起動した魔法の岩石に重なるようにミリセントへ降り注ぐ。

 ずしん、と教会を揺るがすほどの衝撃が轟き、ミリセントの身体は岩石によって押し潰された。

 今度は悲鳴は聞こえず、しばらく暴れ回った後に動く気配が消える。

 テラコマリは安堵の溜息を吐いてへたり込むが、すぐに大慌てで立ち上がり、祭壇の上で聖者の如く戒められているヴィルヘイズのもとへ駆け寄る。

 

「ヴィル! 大丈夫!?」

 

 ヴィルヘイズの反応はなく、身体中から血を滴らせてぐったりしている。

 磔から引き剥がして連れて帰ろうと、血濡れの祭壇をよじ登ろうとした。

 その時テラコマリのふくらはぎ辺りに衝撃が走った。

 

「え?」

 

 見下ろすと、脚には銀のナイフが突き刺さっており、ナイフを持つ手を辿ると何事も無かったかのようなミリセントの姿が目に入り、じっとテラコマリを見ていた。

 

「きゃはははははは──よくもやってくれたなテラコマリイイイイイッ!!」

 

 ずぷりとナイフが引き抜かれ、痛みで踏ん張ることができずにテラコマリは転倒した。

 そして恐怖を覚えたのか、無意識のうちに身体がミリセントから遠ざかろうとしていた。

 

「あれェ? テラコマリちゃん、どこに行くつもりなんですかぁ!?」

「どう、して……」

「どうして生きているのかってぇ!? きゃははは! あんな低級の魔法石で私を殺せると思ったら大間違いなんだよォ!!」

 

 ミリセントはぐいっ、と胸ぐらを掴みテラコマリの小さな身体は宙に浮く。

 

「ねえ痛い? 痛いんでしょ? だってこんなに血が出てるんですものねえ」

「や、やめて……」

「やめるかバァ────────カッ!!」

 

 テラコマリの視界に火花が散る。

 顔を容赦なく蹴り飛ばされ、仰向けになって転がっていた。

 立ちあがろうとするも、激痛で再度転倒し、石畳に身体を打ちつける。

 ミリセントは凄惨な哄笑をあげた。

 

「まー、あんたにしては頑張ったほうなんじゃない? ──でも、私を殺そうなんざ三年遅いんだよ。お前はグズで泣き虫で、昔っから何も変わりやしない。お前みたいなやつはね、この世に生きた証を残すことなく虫のように殺されていくの」

 

 テラコマリは身体のいたる所が痛すぎて、嗚咽を漏らしていた。

 

「はッ、泣くの? やっぱりお前は正真正銘のクズね。泣けばどうにかなると思ってるんだわ。──言っとくけどな、この世はそんなに甘くねェんだよ!! 私は国を追われて思い知った。泣いたって誰も助けに来てくれないってことをな!! いつだって頼れるのは自分の力だけなんだッ!!」

「う、うるさい、うるさい。私は、泣いてなんか、ない……」

「粋がるんじゃないわよッ!」

 

 テラコマリの脇腹はミリセントの放つ魔弾で貫かれる。

 さらにミリセントは怒り心頭といった表情で近寄り、手加減なく腹部を蹴り付けた。

 

「うぐっ」

「きゃははは! 無様ねえ」

 

 ミリセントは馬鹿みたいに大笑いしながら、テラコマリの髪を引っ張り上げる。

 

「ほらほら、今度こそオムライスにされちゃうわよ? いいの?」

「お、まえ……私より、オムライス、好きでしょ……」

「っ、悪いかよ!!」

 

 テラコマリの顔面が床に叩きつけられた。

 

「そろそろ烈核解放を使ったらどうなの? そうすれば少しはマシになるでしょうに。私はあんたのために三年間も準備してきたんだから、使ってくれなきゃ困るわよ」

「知ら、ない。そんなの知らない……」

「……本当に知らないって様子ね。烈核解放があるから私に勝てると思ってここまで来たんじゃないの? あんたの素の実力じゃあ逆立ちしたって私には勝てない──そんなこと分かりきっているでしょうに」

「……私は、ヴィルのために、」

 

 噎せて、テラコマリの口から血が飛び散るが、それでも言葉を発し続ける。

 

「ヴィルを助けるために、ここまで来たんだ。私は背が小さくて、運動もできなくて、魔法も使えないダメダメな吸血鬼だけど……ここに来るのは、本当に怖くて、足が震えて、何度も引き返そうと思って、部下で一番強い執事にも頼ろうとしたけれど……でも、これ以上逃げるのは、嫌だったから」

「執事? ああ、そう言えば新聞に載ってたわね。あの犬と変態男以外にも駒を持っていたのね。だったらそいつに戦わせれば良かったじゃない」

「私は、これ以上引きこもっているわけには、いかないから! だから一人で来たんだ! 私は弱い、そんなこと十分に知ってるよ! 甘えたら今よりももっと弱くなるから、一人でやらなきゃいけないんだ! 私のことを思ってくれる人たちのために、頑張らなくちゃって、思ったから!」

「っ、……」

 

 ミリセントは無意識にも後退りをする。

 しかしすぐさま怒りを爆発させて叫んだ。

 

「不愉快だわ。本当に不愉快。そうね、だったら──メイドの方から殺してやろうかしら」

「やめろッ!」

「しっかり見ておきなさい、テラコマリ。あんたの大切なメイドちゃんが肉塊になる光景をね」

 

 ミリセントの標的がヴィルヘイズへと移り、ナイフをくるくると回転させながら祭壇へ近づいていく。

 テラコマリは細胞に染み入るような疼痛を噛み殺し、死に物狂いでミリセントの正面に出る。

 

「……ヴィルには、手出しさせない」

 

 ミリセントはギリリと歯を鳴らした。

 

「うぜえんだよッ! やるんだったら本気を出しなさいよッ!」

 

 ミリセントの回し蹴りがテラコマリの顔面へと炸裂し、呆気なくひっくり返る。

 それでもテラコマリは拳を握りしめ、全霊を尽くして再起する。

 

「まだ。まだ、戦える」

「だから、うぜえって言ってんだろうがァ──────ッ!!」

 

 狙いなどお構いなしに放たれた【魔弾】は、頬を掠め、肩を掠め、脇腹を抉り、辺りに血飛沫が舞う。

 

「絶対に……ヴィルは連れて帰るんだっ!」

「正義ぶりやがって! 引きこもりだったくせにッ!」

「私は引きこもりじゃないっ! お前を倒して新しい一歩を踏み出すんだからっ!」

「はッ、やれるもんならやってみやがれエエエエエエッ!!」

 

 ミリセントが両手を空に掲げて魔力が収束されると、手許

 に魔法陣が出現し、耳をつんざくような音とともにレーザーが照射された。

 上級光撃魔法【背教の邪光】。

 背後には磔られているヴィルヘイズがいるため、避けずにそのまま凄まじい衝撃がテラコマリの全身を包み込んだ。

 気がつけばテラコマリは、床の上に仰向けになって天井を眺めていた。

 身体はとうに限界を迎えており、指先すら動かせないでいた。

 

「コマリ様」

 

 テラコマリの真上から声がして視線を移すと、ヴィルヘイズのスカートの中の黒い下着が見える。

 

「コマリ様」

 

 聞き間違いなどではなく、ヴィルヘイズの意識は戻っていた。

 

「ヴィ、ル……ごめん……助けられ、なかっ」

 

 げほっ、とテラコマリの口から血が漏れる。

 喉奥に血が積たまり、声をまともに発せずに情けない音を漏らすばかりだ。

 ヴィルヘイズは血を垂れ流しながら微笑んだ。

 

「あなたは世界で一番強くて優しい人。だけど──自分に自信が持てないから、そんなに不安そうな顔になってしまうんです」

 

 ヴィルヘイズは釘で打ち付けられた自らの右手を、ぶちぶちと力任せに引き抜く。

 肉が千切れ、おびただしい量の血液がぼたぼたと垂れる。

 

「──まァァァァだ生きてやがったのかテラコマリイイイ!」

 

 突然ミリセントの不気味な大声が反響する。

 不機嫌な足音を響かせながらテラコマリのほうへ近づいている。

 

「お許しくださいコマリ様。どんな罰でも受ける覚悟です」

 

 ゆっくりとヴィルヘイズの右腕が持ち上げられ、その指の先端から紅色の雫が滴る。

 滴った雫は重力に従い急速に落下して──ぽたりと動けないテラコマリの唇を湿らせた。

 そして天地が紅色に染まった。

 

 ⭐︎

 

「ああ楽しみだねえ。朕に見せておくれよテラコマリ。帝国千年の歴史にも類を見ない至高の烈核解放、【孤高(ここう)(とむらい)】の真価をね」

 

 皇帝は陶酔したように頭上を見やる。

 宮殿の天窓には、ぞっとするほど美しい紅色の満月が輝いていた。

 

 ⭐︎

 

 勢い勇んで廃城に突入したコマリ隊の吸血鬼どもは、城内の教会に足を踏み入れた途端に色を失っていた。

 辺り一面には血液がぶちまけられており、教会の中には銀のナイフを装備したテロリスト──ミリセント・ブルーナイトが五体満足で立っていた。

 それだけならコマリ隊が押し止まることは無かっただろう。

 ヴィルヘイズが磔にされており、その下ではコマリ様がぐったりと倒れていた。

 俺は状況を把握し続けていたからさして驚くことも無かったが、他の吸血鬼たちは自分たちが敬愛してやまない閣下が敗北に喫したのでは、という恐ろしい考えが脳内によぎったのだ。

 だがそれはほんの僅かな時間で、コマリ様はゆっくりと、まるで墓場の底から蘇った死者のように起き上がった。

 ずたずたの衣服、血にまみれた肢体、凍てつくような無表情──

 コマリ様の小さな口が、僅かに動いた。

 

「ころすぞ」

 

 次の瞬間、ごうっ!と紅色の魔力が教会に吹き荒れた。

 コマリ様から放たれた激甚な魔力の本流は、この場だけではなく、さらには帝都どころか帝国全域を包み込むほどの勢いで天地を紅く染め上げていく。

 その圧倒的な魔力は三年前を遥かに凌駕していた。

 魔力に当てられた吸血鬼どもは背筋を凍らせる。

 恐怖、困惑、不安。

 そういう負の感情のみを浮かべるのが一般で、コマリ隊の連中は負の感情のみならず無上の期待と歓喜で打ち震えていた。

 七人の天を紅する大将軍──七紅天。

 これこそがテラコマリ・ガンデスブラッドの真の実力であった。

 

「閣下、」

 

 不意に誰かが開いた声が、波紋のように広がっていく。

 

「「「コマリン! コマリン! コマリン!」」」

 

 吸血鬼たちのボルテージが徐々に上がっていき、収集のつかないほどのコマリンコールが始まる。

 当のコマリ様は、覚えのあるどこまでも冷めた眼差しを己が仇敵(ミリセント)に向けている。

 ミリセント・ブルーナイトは眉根を寄せる。

 先程まで取るに足らないと思っていた、さらには自らの強さに陶酔していたはずだった。

 それなのに目の前のぼろぼろになった少女は、量・質ともに尋常ではない魔力を滾らせていた。

 入り口には軍服を纏った吸血鬼どもがたむろしており、鳴り止まない声援をあげている。

 

「ねぇテラコマリ、誰かに話したら人質を殺すって言ったわよね? メイドを磔にしている十字架には爆弾が仕掛けられているの。私がちょっと魔力を送ればすぐにでも──」

「無駄ですよ。すでにメイドは回収しています。魔力を送ろうと、ただ十字架が爆発するだけですよ」

「なッ、いつの間にッ!?」

 

 覚醒したコマリ様に気を取られていたのもあるだろうが、気配を遮断してヴィルヘイズを解放する。

 そして当人が見たら憤慨しそうだが、横抱きにする。

 俺はコマリ様を見て言った。

 

「コマリ様、ご存分におやりください」

「──うん」

 

 低く小さな返事をした後に、ミリセントはコマリ様の姿を見失った。

 次の瞬間、ミリセントの腹部には強烈な一撃が襲いかかった。

 

「ぐ、があッ、」

 

 ミリセントの口から苦悶の悲鳴が漏れ、よろめきながらも持ち前の胆力で踏み止まる。

 一撃を受けた場所を見ると、ぱっくりと肉が裂け、どくどくと赤い血を流している。

 ミリセントから三メートルほど離れた位置にいるコマリ様は紅色の瞳を輝かせ──溢れ出る魔力がオーラとなって覆っている。

 右手はミリセントの血で赤く濡れていた。

 

「……な、何よそれ。まさか……烈核解放……?」

「ころす」

「ッ!?」

 

 ミリセントの眼前には拳が迫っていた。

 ミリセントは僅かな殺気を感じて咄嗟に身体を無理に捻り、射抜けなかった拳は爆風となり瓦礫の壁を玩具のごとく吹き飛ばした。

 七紅天と同等以上の実力を有するミリセントでも、覚醒したコマリ様の前では防戦一方だ。

 

「みりせんと」

「ひッ!?」

 

 コマリ様は相変わらず冷めた目で、じっとミリセントを見ていた。

 そして無表情で一言、

 

「おまえはあわれだな」

 

 ミリセントの中でぷつりと何かが切れ、我を忘れて絶叫した。

 

「こ、の、クソガキがあああ─────────ッ!!」

 

 集めた魔力が床を抉るような、破滅的な極太の光線となって発射される。

 

「あれは、特級魔法【滅教(めっきょう)邪棍(じゃこん)】!?」

「お逃げください、閣下!」

 

 流石のコマリ様でも特級魔法を正面から受けるのは危険と危惧したのか、コマリ隊の吸血鬼は魔法を避けるように進言する。

 だが何も心配することはない。

 魔法がコマリ様を包み込む直前、レーザーは進行方向を変えた。

 上方に向かって驀進した熱光線はそのままの威力と勢いで天井を突き破り、廃城の屋根にぽっかりと穴を開ける。

 穴から降り注ぐ赤い月の光が、教会ないを紅に染め上げる。

 コマリ様は【滅教の邪棍】が当たる直前に上級反射魔法【浄玻璃(じょうはり)】を発動しており、触れた攻撃の軌道を自在に操れる使い手は殆どいないとされる魔法を展開したのだ。

 

「ヤバすぎだYO……」

 

 ラッパーもご覧の通り、見ていた吸血鬼たちは驚愕で茫然としていた。

 

「どうして。どうしてそんな魔法を──ウグッ!?」

 

 誰も視認できなかった。

 気づいた時にはミリセントの左腕は消えており、弾き飛ばされた腕は教会の隅でミミズのようにのたうち回っていた。

 腕を弾き飛ばした魔法は下級光撃魔法【魔弾】でミリセントの得意技だった。

 複数使えるであろう魔法のうち、あえてその魔法をチョイスしたのは、これまで受けた痛みへの意趣返しなのだろう。

 怒りに震えるミリセントはコマリ様に近づこうとするが、

 

「!?」

 

 ミリセントの足を何かが掴んでいた。

 この魔法は俺の中の知識には存在しない。

 

「ひいいっ!?」

 

 ミリセントは情けない悲鳴を漏らす。

 足もとの血溜まりから紅色の手が伸びていて、ミリセントの足首を力強く握っていた。

 

「なん、だ、これッ!?」

 

 握るなんて生優しいものではなく、バキバキと音を立て、終いにはミリセントの足首の骨はぽきりと破壊された。

 握られた直後にミリセントも【魔弾】で抵抗をしたが、元々が血液だったものが握っているため、一度形を崩したところですぐに再生し、やがてミリセントの魔力が尽き果てた。

 折れた骨は皮膚を突き破って外に出ており、側から見ていて痛ましかった。

 

「ふ、ざ、けるな、ふざけるな、ふざけるな……」

 

 圧倒的だった。

 ミリセントは決して弱くはない。

 この三年で相当な鍛錬を行ってきたはずだ。

 だが実力差は歴然で、ミリセントは小刻みに震えていた。

 一度コマリ様に殺されたならその時の記憶を、頭ではなく身体が、本能が覚えているはずだ。

 コマリ様は瞳に冷徹な光を湛えながらミリセントのほうへ歩み寄る。

 

「おわりだ」

 

 コマリ様はゆっくり手を伸ばす。

 だが、まだ勝機を諦めていないミリセントは神をも殺す銀のナイフ《銀滅刀》を右手に握りしめていた。

 俺はその瞬間警戒した。

 ミリセントの狙いは本気のテラコマリに打ち勝つこと。

 今のコマリ様を生かしておく理由が無いのだ。

 さらには《烈核解放》使用時は魔核から切り離され、再生や蘇生の権能は失われる。

 すでに血を流しすぎているコマリ様がこれ以上負傷したら、最悪死に至るのだ。

 

「そうね。死ねやテラコマリイイイイイイイ──────────ッ!!」

 

 警戒は杞憂に終わる。

 振り上げられたナイフは、握りしめている右腕とともにぼとりと床へ落ちる。

 

「あ、ひっ……」

 

 四肢を失い、ミリセントは決定的な敗北を悟った。

 

「かくごをしたまえ」

 

 ミリセントの首に、か細い指が添えられる。

 覚悟したかのように目を閉じたミリセントに、コマリ様はあくまで淡々とした調子で言った。

 

「これでかんべんしてやる」

 

 ミリセントの首は鈍い音を立ててもぎ取られ、呆気なく死亡する。

 絶命前に見たミリセントは涙をこぼし、満足げに優しい表情で微笑んでいた。

 

 ⭐︎

 

 ミリセントの死後、第七部隊──コマリ隊は事後処理を行っていた。

 ミリセントに共謀していたヨハン・ヘルダースと思しき遺体を発見したので、コマリ隊の吸血鬼は箒で塵取りに集め、ゴミ箱に入れて運んでいた。

 階級が上のヨハンに対してもブレること無く雑な扱いだ。

 

「さて俺も帰るか」

 

 俺は横抱きにしていたヴィルヘイズを一旦下ろし、背中にその体を背負う。

 無駄に大きすぎる乳房のせいで抱えるのに苦労した。

 意識を失っていて俺の首に腕を回しても解けてしまうため、ヴィルヘイズの両腕を縄で縛る。

 さらに、気力を使い果たして眠られているコマリ様は横抱きにした。

 

「アルク大尉、二人いっぺんに抱えるのは大変でしょう。閣下は私が運びますよ」

「結構だ。コマリ様に許可を貰ってから出直してこい、変態」

「──聞き捨てなりませんね、アルク大尉。いつからあなたは閣下のことを名前で呼ぶようになったのですか」

「屋敷で()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からな。主人の望みなら従うしかないよな」

「ぐッ!?」

 

 カオステルが申し出るが、俺はそれを断っておく。

 この変態に任せておくと、運ぶ最中に髪の毛採取とか、許可なく身体を弄るとか平気でやりそうだしな。

 カオステルを軽くあしらうと、二人の傷に障らないようにゆっくりと屋敷まで歩みを進める。

 しばらく歩いているとヴィルヘイズの意識が戻った。

 

「……アルク大尉? コマリ様は……」

「勝ったよ。コマリ様に血を与えたお前なら結果は分かっているだろ?」

「……ええ。ほんとうに、コマリ様はお強い方です。ところでアルク大尉、私の胸の感触はどうですか? さぞかしこの道中に堪能されたのでは?」

「キモいこと言えるだけの元気があってなによりだわ」

 

 屋敷近辺に辿り着く頃には、夜の暗闇は登り始める光にかき消されようとしていた。

 ふとヴィルヘイズが震えるような声を漏らす。

 

「私は……コマリ様を、護れませんでした。いつも、コマリ様に大層なことを、言っておきながら……ミリセントに、手も足も、出なかった」

 

 俺の背中はヴィルヘイズから溢れ出た雫で濡れていた。

 ヴィルヘイズだって三年前から修練は積んできている。

 それでもミリセントはさらに高みにいたのだ。

 きっと自分と浅からぬ因縁を持つミリセントには勝ちたかったはずだ。

 そういうところはミリセントもヴィルヘイズもそっくりだ。

 

「……アルク大尉。また、私に稽古していただけないでしょうか。護られるだけのメイドでは、いたくありませんので」

「ああ、勿論だ。まずは怪我を治さないとな。帰ったら二人とも治療だ」

 

 こうして三年前の一件は、一旦折り畳まれた。

 ミリセントの身柄は拘束の後、牢獄に入れられる運びとなる。

 この事件がきっかけでさらにコマリ様の名が世界に轟くことになるのだが、それを知ることになるのは当人が目を覚ました後のお話だった。




今のところ執事は解説ポジションです。
ミリセント編終わったらフレーテと戦わせようかなぁ。
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