ほのぼのとした陽気の中を、くらまーれとタマの2人はゆっくりと歩いていた。
「なんでこんなに歩くのが遅いのにゃ?」
「焦る必要が無いってだけだよ。どれだけゆっくり歩いてもリリオール聖典教国には昼頃には着く。ほら、そうこう言っている間に都市の外観が……」
「物語の波動を感じとりました!!」
「うわっ」
「なんだにゃ!?」
突如、目の前に少女が現れた。
15歳ほどのくらまーれのよりもなお低い身長と、艶やかな黒髪のショートカット。
端正な顔に、少しだけ垂れた目が可愛らしい印象を与えている。
そしてその少女のいちばんの特徴が。
「触手?」
「本を掲げている触手だにゃ」
尾てい骨のあたりから生えている、数本の触手だった。
〇〇〇〇
「私の名前は宝来ユキです! そこのリリオールに住んでいるのですよ」
「宝来ユキ、さんか。僕の名前はくらまーれ。この猫は相棒のタマだよ」
「タマちゃんかわいいのです! なでなでしても?」
「優しくしてにゃ?」
「ぐっちゃぐちゃに撫でてくれってさ」
「そんなこと言ってないにゃ!」
宝来ユキがわしゃわしゃとタマを撫でている間、くらまーれは腕を組んで少し考えた。
フードからわずかに溢れた一房のオレンジピンクが、風に乗って静かにそよぐ。
今まで旅をしてきた直感が告げている。きっと彼女についていけば良い旅になると。
「で、物語の波動っていうのは一体何なんだい?」
「ふにゃぁ……タマちゃんふわふわ……! あ、えっと、物語の波動ですか? ええっと、くらまーれさんからはとても良い物語が食べられそうだなぁ、ってことです」
「……物語って食べ物だっけ」
「少なくとも私にとっては必須栄養素のひとつなのですよ! 面白い物語があれば一か月は飲まず食わずで生きていけるのです」
「旅にはもってこいの体質だね。……それはそうと、僕たちは吟遊詩人ではなくて、ただの旅人だよ」
「そうだにゃあ。物語なんて一つも提供できないにゃ!」
くらまーれたちがそういうと、宝来ユキは顎に手を当てて匂いを嗅いだ。
すんすん、すんすん。
「おかしいですね……。物語の波動はこんなにキテるのに」
「嗅覚で感じ取れるんだ、物語の波動。……そうだなぁ、僕たちの来歴とかなら教えられるけれど。でも、面白くはないと思うよ」
「来歴!? すごく美味しそうな響きなのですよ!」
「そうだね。じゃあ、少しだけ話そうかな」
くらまーれは戦災孤児であった。
幼少の頃の記憶はなく、ただ気が付いた時には戦場にいた。
血を吸い込んで固くなった赤黒い地面と、人間の血と肉の匂い。
無限に思える死体とそれを貪らんと集るウジ虫の群れを、
くらまーれがタマと出会ったのもその時だ。
二人で木箱の中に隠れた時に、鳴き声を出して誤魔化してくれた。
足を痛めたタマをくらまーれが抱いて逃げた。
二人は、運命共同体だった。
そうして、命からがら戦場から逃げた二人は、はじまりの街で暮らすとある男と出会った。
特徴がないことが特徴ともいえる男は、血と土埃にまみれた二人を暖かく迎えた。
記憶にある限り初めての暖かな食事と、ふかふかな寝具。
それは、限界を超えたくらまーれの心を満たし、そして一つの疑問を与えた。
──自分たちはどこで生まれ、どうやって育ってきたのだろうか?
くらまーれが男にそのことを言うと、男は少し寂しそうな顔をしながらこういった。
「旅をするといいよ。ここは
そうして、くらまーれとタマの旅は始まった。男からもらった大きなリュックを背負って、様々な出会いと別れを胸に。
「……とまあ、そんな感じだよ。別に面白い話ではないけどね」
「なるほど。大変だったのですね」
「今はなんだかんだで楽しく旅が出来ているから、そこまで気にしていないよ。それより、どうかな? 僕たちの来歴は」
「物語としてはとっても面白かったのですよ! 戦争の過酷さによって幼くして記憶をなくしてしまうほどの精神的負荷がかかってしまったくらまーれさんが、記憶をたどるために旅を始める! とっても面白そうです!」
「満足していただけたようで安心だよ。ところで、僕たちはこれからリリオール聖典教国へ向かうんだ」
「リリオールはとってもいいところなのですよ!」
宝来ユキは無邪気にそう答えた。
くらまーれは笑顔を絶やさずにこういった。
「そうなんだ。じゃあ僕たちにオススメの観光地でも教えてくれないかな。リリオール聖典教国国王、宝来ユキさん」
警戒は常に、笑顔の裏に隠し続ける。
それがくらまーれにとって、今までの旅で学んだ重要なことの一つである。
忙しかったのもあるけど、かなり難産。