歌の魔女   作:京晟二

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◇は現在のこと


米旨、魔女を雇う

 ◆◆

 

 

 米旨さん。

 俺の育ての親で、両親が幼い頃に他界している俺にとって唯一の親と呼べる人。俺の養父にあたる人。いつも朝から畑で鍬を振ったり雑草を抜いたりしている、村で一番の働き者。俺が小さいころは一緒に住んで、一緒に農作業して、一緒にご飯を食べていた。出掛けたいといえば着いてきてくれて、水月と仲良くなったというと頭を撫でてくれて、彩里とかと喧嘩したときには説教もされて……。そんな風に、米旨さんは俺のことを本当の息子かのように扱ってくれていて、実際そう思われていたんだと思う。

 でも、それがなんだが気恥ずかしくて、迷惑ではないか気掛かりで、ある十四歳の日に独り立ちしたいと言った。

 

 

「お前が一人で暮らせるものか!」

 

 

 一喝。初めて聞く怒鳴り声。どれだけそれが厳しくて、大変で、険しいか力説される。……それでももう何度か説得すると、こちらを心配する声、週に一度は顔を出す約束とともに認めてくれた。

 案内された家は亡き両親のもので、俺が昔住んでいたという家だった。当時は知らなかったが、米旨さんはこの家を俺のためにそのままの状態でずっと残していたらしい。

 

 

 

 それから俺の一人暮らしが始まった。一人暮らしといっても基本的な生活は今までと変わらない。俺と米旨さんの間に見えない壁が築かれても、他の人にそれはわからないから。

 

「虹の根元に行ってみたい!」

 新一郎たちと遊んで過ごした一日があった。

 

「ふふふ。閃理は物知りだね」

 水月と楽しいデートをした一日があった。

 

「人手が欲しいのだ。君がいれば三割縮まる」

 村の手伝いに出て、いい汗かいた一日があった。

 

 そして、俺と米旨さんも別に仲が悪くなったわけでもなく、顔を出すたびに採れた作物を貰ったり、また成人のときには畑を貰ったりするぐらいの仲に落ち着いていた。直接顔を合わせないときも、農作業をしていると畑の片隅に採れた果物などの差し入れが置かれていることも多かった。

 それでも、お互いに二人きりで会うのはそれとなく避け続けて、ちゃんと二人で親子として目を見て腹を割って話すことはなかった。

 

 そう、今日までは。

 

 今日の夕方、米旨さんのもとへ顔を出した俺。あの日以来、二人だけで会うことはなかったからか妙な雰囲気で顔を合わせた。気まずい空気のなか、米旨さんはとりあえず家の中に俺を招いた。変わっていない家の中の装飾を横目に居間へ進み、対面する形で居間に座った。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 無言がこの家に支配する。ときどき相手の目を見ようとすると目線が合うから、また目を逸らす。

 キリが無い、そう思った俺は心の準備をして切り出した。

 

「実は結婚するにしたんだ。水月とこれからは夫婦になる」

 

「……………………そうか」

 

 長い沈黙のあと、米旨さんはそれだけを口から絞り出した。必要なことは言った。再び沈黙が辛くなる前に帰ろうと片膝を立てた俺を、米旨さんは引き留めた。

 

「待て。それだけ言って帰ろうとするな。…………ちょっとそこで待っとけ」

 

 なんだなんだ?

 たとえ結婚を反対されても押し通すぞ。そういった眼で視線を送る。しかしそれは、米旨さんが俺の方に来ずに家の奥に引っ込んだことで不発に終わった。何かを蔵から引っ張り出す音が聞こえる。彼が奥から出てきたとき、その手には酒瓶が二つ握られていた。

 

「そうか……そうか……お前ぇ……結婚するのか…………うぅ…………」

 

「……泣いて、る?」

 

 手に持つ酒瓶を一つ俺に渡して、彼は酒を豪快に呷った。啜り泣き。そろそろ二十年の付き合いになるのに、そういった行動を見るのはこれが初めてだった。

 

 

「そりゃ、そりゃあ……!

 

 

 ──自分の息子が結婚して、喜ばない親は居ねえよ……!」

 

 

 

 ────それは衝撃だった。

 

 

 

「小さいころからお前は、子供なのに我が儘を言わなくて……。

 

 あぁ、良いんだ。それが悪いと言ってるんじゃない。

 

 ただ……寂しかったんだ」

 

 俺も座る、が酒には口につけない。これを、聞き逃してはならない。これから彼が、いや父が話すことはとても大切なことだという予感がする。

 

「息子が…………あぁ、すまん。お前の父が死んだとき、俺はどうしていいか……ぁ……。あいつと俺は喧嘩ばかりして、そのたびに取っ組み合いになって……」

 

 父は、父ではなく祖父だったことをこのとき初めて知った。

 

「……喧嘩して家を出てったんだ、あいつは。いつの間にか結婚して、いつの間にか子供ができてて……。

 でもそれを、それを知ったのは…………死んだあとで……」

 

 俺の知らない、祖父としての顔。俺が知らない父の話。……姿すら知らない父の話。

 

「あいつが死んで!お前を引き取って!……はぁはぁ……ぁぁ……」

 

 泣いている。ずっとずっと、泣いている。感情をひたすら表に出す父、いや祖父。酒をひたすら呻る、呻る、呻る。零れた涙を、溢れた酒が覆い隠している。

 

「お前はあいつと違ってよくできたやつだった……。でも、だからこそ……俺に甘えてくれんかった……。

 

 白状してしまうとな、ずっと夢だったんだ。

 

 自分の子供を酒を飲むのが」

 

 今まで酒瓶を見ていた眼がこちらを向いた。──何かを待つように。

 

「そんなの知らないよ。……知らなかったよ」

 

 酒に、口をつけた。ふっ、とその日初めて父ら笑った。

 

「俺は嬉しいよ。お前が結婚して。……お前がそれを俺に教えてくれて」

 

 泣いて、笑って、安心しきった声で……、父は言う。

 

 

「閃理、結婚おめでとう。

 

 お前の幸せを父ちゃんはずっと祈ってるぞ」

 

 

 嬉しかった。父から、そう言われて。

 実を言うと今まで父ちゃんが言った『甘えてない』は意図的なものだ。しっかり者だからできたのではなく、甘えるのが申し訳ないからあまり頼ってなかった。だから、それが父を悲しませていたというのはとても心が痛む。

 

「父さん。今まであまり甘えてなくてごめんなさい。頼ってなくてごめんなさい。

 

 そして……ありがとう」

 

 これまでの謝罪と、結婚の祝いへの感謝。

 父ちゃんから差し出された酒瓶に、勢いよく俺のをぶつける。

 

「うん!乾杯!」

「ああ!乾杯!」

 

「ねえ、やっぱ恥ずかしいからおっちゃんでいい?」

「ハハハ。今までの『米旨さん』呼びよりはずっとマシだ」

 

 父さんとの仲直り。今までもその気はあったが、さらに加速した親バカ。俺と水月との間に子供が生まれてからはさらにさらに加速していった。

 

 これは、遠いいつかの記憶。ずっと忘れられない、幸せだった日々の夢。

 

 

 ……さて、そろそろ夢から醒めないと──。

 

 

 ◆◆

 

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 思ったよりも大事になってるけどどうしよう……。歓迎会が思ったより大々的でびっくりしている。これが……私のための歓迎会……?

 

「あの!やっぱり、タイトルは変えませんか!これは恥ずかしすぎます!」

 

『魔女への歓迎会』というタイトルは嫌だ。私のためになんかしてくれるというのは嬉しい……けど、ここまでは大事に……村を挙げてのものになるとは完全に想定外だ。

 

「いや、いや、え〜……」

 

 現実逃避も兼ねて、ちょっと別のこと考えよう。

 

 

 

 人生の半分以上を旅に費やしている私だが、この村に来たのはまったくの偶然だ。今日、というより最近の話。旅慣れて調子に乗っていた私は迷子になったのだ。

 そう、こんな感じに。

 

 

 歩く、歩く、歩く。

 

「……うぅ……」

 

 暫く歩いて唸って、杖を二回三回と数度光らせてみる。しかし、何も起こらない。やっぱり駄目だった。

 

「はあ……」

 

 ただでさえ白い顔がどんどん青白くなってく気がする。魔力探知しても何も反応してくれない。身体がどんどん震えてきた。

 

「ど、どうしましょう…………私、完全に迷子じゃないですか!」

 

 私の叫びはそれでも誰にも聞こえなかった。

 

 

 

 事態が好転したのはその後、今いるこの村についてからだ。見えたものは木と土で作られた壁や扉。ちゃんと整備されていることから、廃村ではなく今も生きている村に着いてからだった。

 

「なんだ、お前」

 

 壁を見上げて、触って、でも入ることを躊躇っていると、幸運なことにあっちから私を見つけてくれた。

 

「あの〜、暫くの間ここに滞在させていただくことはできませんか……?」

 

 不審そうなものを見る眼を前に、意を決して要件を話す。……目線が厳しくなった気がした。

 

「あと、少し!少し!でいいので食料も恵んでもらえたら嬉しいなあって……」

 

 とりあえず色々言ってみるが、話せば話すほど険しい顔になる。

 どうしよう。

 

「そ、そうだ!自己紹介がまだでしたね!私は久遠の魔女って呼ばれています。魔女族です。年は……秘密で……。あと、それから、えっと……」

 

 ……どうしよう。……どうしよう!と、とにかくなんとかしないと!

 

「あ、あのですね……私、見てもらえばわかると思うんですけど魔女なんですよ。魔法の扱いには自信があります!火を出したりとか水出したりとか便利ですよ!」

 

 売り込む。とにかく売り込む。私、こう見えて結構便利キャラで長生きしてて面白い魔法とかいっぱい持ってるのだ。

 ちゃんと売り込めば受け入れてくれるはず……!最悪面白ペット枠でも……!

 

「……魔法?とかよくわかんないけど、ならそれ使って帰ればいいんじゃないか?」

 

 ひどく、ひどく冷めた目で私を見て、そう話すおじさん。確かに。私も同じ状況で、同じこと言ってる人見かけたらそう言うと思う。冷たい眼、強い口調。

 ヤバい。まっっったく信用されてない!

 

「いや迷子になったのは魔法が下手とかじゃなくてですね……魔法自体は発動したんですよ。ただちょっと範囲外だったっていうか……。私だって迷うのは想定外だったというか……」

 

 流石に村の入り口でずっと話していたからか、人がどんどん集まってきた。ざわざわと騒いで、私に関して話している。……混ぜてくれないかなあ。

 私、泣きそうです。

 

「えっとぅ……最悪食料品は自分で調達するので、せめて宿だけでも……」

 

「なあ魔女?さん。難しい話はよく分からんのだが食と住に困ってるってことでいいのかい?」

 

 聞こえてきた声。私を受け入れる声!

 

「はい!そうです!そうです!……ってちょっと?アレ?」

 

 助かった!と思って頷いたのに、またどっか行っちゃった……。

 ……やっぱり私、泣きそうです。

 ワイワイと楽しそうな会議から目を離す。そして掘立て小屋などで構成された村、整備された田畑を見て時間を潰す。植えられている芋や、収穫された稲作の跡からそういえば冬だったことを思い出す。

 ……理由これでは?私、アリとキリギリスのキリギリスなんじゃないか?

 

「……え」

 

「いやだから空き家もないし食料もないから帰ってくれって。これから─いやもう既に冬に突入してる。誰か新しい者を迎え入れるほど余裕は無いんだ」

 

 ずっと色々見てた私に衝撃の一言だった。それは無情で当たり前の一言だった。覚悟はしていた。というか耳を澄ませたときの「人数分すら食料はないのに……」や「倉庫に泊めたところで……」という言葉から、あれ無理っぽいぞ……?と分かっちゃっていた。それでもこうはっきり言われると悲しい。

 私は泣いた。

 

 それから無我夢中で死ぬ気で抵抗したことを覚えている。実際、追い出されたら死んでもおかしくないという思いもあった。

 私は頑張った。

 魔法を使って自分ができることをアピールしたり(魔法というものの存在から説明しないといけなかったし、胡散臭い眼で見られた)、高価な素材などを出して交渉してみたり(誰も価値を理解していなかったため、粗大ゴミに成り下がった)、人目憚らずびぇーん!と泣き落としをしてみたり(ドン引きされた)、とにかく頑張った。

 

「火水風土、どれも便利ではあるけど……だからと言ってなぁ」

 これまでの冒険を助けてくれた魔法さん……。

 

「この光るのは何だ?硬くも……ないし……。鉄はないのか?」

 光って綺麗なだけのガラスさん……。

 

「いやだから、泣かれても無理なもんは無理なんだって」

 恥を捨てた私……。

 

 ……本当に頑張った。

 

 

「他には無いのかい?」

 

 よく通る声が聞こえた。ずっと見てた感じ、この村でリーダー格でありそうな壮年の、米旨という男の声だった。

 

「他には無いのかい?」

 

 これが最後のチャンスなんだろうな……。そんな予感が働いた。でも本当にもう無い。私が出せるものは、本当に。

 

「うぅ……ありがどゔございまず……」

 

 話してる最中に渡された水を飲み、肉を食べる。おいしい……。肉を食べる。水を生み出す。生だった部分を焼く。肉を食べる。水を生み出す。

 

「おいじいです……」

 

 

 

 一心不乱にただそれを食べる。もらってすぐ食べて、このまま村の入り口にて食べ続けるのは、このままここに居座ればいつか折れてくれないかなってちょっと思ってる。久しぶりに人に会ったのだからまた1人でしかも冬に旅をしなくてはならない現実からの逃げの側面もある、って自分でも自覚している。

 

「あの……ありがとうございました……」

 

「あぁ、うん……」

 

 折角恵んでもらったし、最後になんか恩返しを……。そうだ。

 

「あの、歌とか聞いていきます?私、これでも結構上手だって昔から評判なんですよ」

 

「うた……?まあどうせなら」

 

 許可も貰ったし、魔法で周りの自然に呼びかけて場を作る。迷惑にならないように音が漏れないように、薄く囲う。誰かに聞かせる歌なんていつぶりだろう。どうせこれから誰かに聞かせることは当分無いんだし、ちょっと奮発して聞かせよう!

 

「ふぅ……、いきます」

 

 

 ────。

 

 ────。

 

 ────、────。

 

 ──出し切った。最高の出来。自分で自分を褒めたいくらいには上出来だ。

 パチパチパチパチ、と聞こえてくる。私への応援、歓声代わりの拍手。

 

「皆さん、ありがとうございました。では私はこれで──」

「君!やっぱり村に来るかい?君の魔法の─」

「良いんですか!ありがとうございます!!」

 

 思わず食い気味になった。私のお礼、それを遮って私を受け入れようとする村人、それを遮って了承する私。不思議な沈黙。……。

 

「……私、魔法とか使えて結構便利ですよ!」

 

 売り込む。

 

「うむ!確かに、本当にできるなら我々の方から頼みこみたい」

 

「本当ですか!なら是非とも!」

 

 嬉しすぎてついつい叫んでしまった。が、うんうんと頷く皆を見て不快には思われていないようだ。

 

「改めまして、自己紹介させていただきます!私は魔女、久遠の魔女と呼ばれています。旅をしていたらこの村に迷い込みました。便利な術とか使えるのじゃんじゃん頼ってください!

 

 よろしくね!」

 

 とりあえず代表であろうと米旨さん──さっき自己紹介された──と握手をする。「これから宜しく頼むよ」と言われたがもちろんそのつもりだ。

 また、遠くから眺めていた少年を呼び寄せてこちらとも握手をする。閃理くんっていうらしい。遠くにいたときも握手するときも、ずっとこちらをじっくり見てきたので、きっと私の歌でファンになった少年だろう。だよね……?違ってたら恥ずかしいな。

 

 

 

 

 とまあ、そうして私はここに受け入れられて、なんとかこの村の滞在許可を獲得したのだ。うーん、改めて考えるとあまり最初はあまり歓迎されていなかったなあ。それがこんな大規模な歓迎会を予定するなんて……。

 もっとこう、ささやかで良かったんですけど……。

 あのときは『私の生活がこれから始まる!』とか思ったものだ。実際はこうして最大の苦難がその日の夜に待ち受けていたのだけども……。

 歓迎会の準備はもう佳境だ、そろそろ始まるだろう。とりあえず周りには閃理くんとその友達がいる。無茶ぶりされたらなんとか助けてもらう準備はできてる。

 

「さあ、魔女さん。今日の主役は貴方なんですから乾杯の音頭を」

 

 そう思ってたら横から刺された。隣の閃理くんがクスリと笑いながら私に音頭をとるようにみんなに言った。視線が私に刺さる……。えぇ………………。

 

「皆さん。これからの色々なことのために今日は羽目を外しましょう!カンパ──イ!」

 

 なんとか無難にこなせたことに安堵しつつ、冷たい酒を飲む。

 

 私は久遠の魔女。歌が好きなどこにでも居る女の子。

 

 今日からこの村の一員になった、今どきちょっと珍しい魔女である。

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

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