歌の魔女   作:京晟二

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彩里、泣いた神童

 ◆◆◆

 

「ウォ、アォ、オオ……。ウォェ、アッ、ハッ、オェェェ!」

 

 嗚咽が止まらない。俺のせいだ。俺の責任だ。俺が目を離したから。俺がいなくても大丈夫だろうと高を括ったから。……子供たちだけで山にいくことを止めなかったから。

 だから、俺が全部悪い。

 冬の山が危ないことは知っていた。いつも子供たちを見るのは俺の役割だった。……俺がそれを放棄したからこんな事態になった。

 だから、俺が全部悪い。

 

「ウオェェェェェ……!」

 

 吐くものすらもうないのに身体は何もかもを吐こうとしている。吐くものが無くなったら胃液を、それが無くなったら眼から涙を、それすら無くなったら鼻水すら身体から流した。

 本当に最悪だ。ほんっとうに最悪だ。もう何も考えたくない。もう全てを放り出したい。

 もう、本当、全部、嫌だ。

 

 あの3人が死んだなんて、信じられない。

 ──俺が、全部悪い。

 

 

 

「ねえ、泣いてるの?」

 

 

 

 声が聞こえる。優しく、俺を心配してくれるそんな声が。何を言っても受け止めてくれるような優しい声色で語りかけられた。

 

 

「──────」

 

 

 何かを言おうとして、しかし声が何も出ない。喉をいくら震わせても、言いたいことが(こえ)にならない。身体も動かない。手も足も、まるで言うことを聞かないガラクタだ。何もかもを流した絞りかすの身体はもはや俺の言うことを聞かない。

 彼女を見て、ただ一筋、枯れたはずの涙が流れる。雨に混ざり頬をつたう。

 目の前の彼女はそんな俺を見て、柔らかく困ったように笑って手を差し出した。

 

 

 

「なら、助けてあげる」

 

 

 

 手を取りたい。今すぐにでもこの手を取りたい。助けてほしい。この地獄から助けてほしい。その心の叫びは、彼女の声を聞いて鎮まった。

『助けてあげる』その言葉に俺は、酷く安心したのを覚えてる。問題は何一つとして解決はしていないけど、でも、あの時とても安心したんだ。

 

 降りしきるあの雨夜、月しか見ていないはずの場所で、一人ぼっちの俺は泣いていた。

 その時に彼女は現れた。柔らかい陽の光みたいだった。未来がもはや何もかも見えない俺にとっての一筋の光。そして差し出される彼女の──彩里の手。

 

 ああ、だから。俺は、

 その手を……言われるがままにその手を取ったのだ。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 今日は新年!しかも、大々親友の水月から家に誘われて新年祭をやらないかって誘われたの!一緒に家に行くのは閃理と米旨さん。ああ!本当に楽しみだなあ!

 

「……あけましておめでとうございます」

 

「ふむ、あけましておめでとう」「おめでとう〜!魔女さん」「……あけましておめでとうございます」

 

 ヒェッとつい声が漏れる。有栖と照須夫婦だ。娘の花奈子も一緒にいる。前回の剪定のときに初めて出会って、そのときに超ハイテンションの二人に振り回されてから、この二人には苦手意識がついてしまっている。

 

「あのう、どうして此処に?」

 

「ふむ、己たちは昨日井戸の修繕を完遂したのだがな、出来栄えを大層喜んだ水月殿がお礼の品の用意するとのことでここに馳せ参じたまでだ」

 

「そりゃー、くれるっていうなら貰うよねえー」

 

 私の質問に答える有栖さん、それに付け足す照須さん。どうやらそういうことらしかった。

 

 水月の部屋に行くまでの最中、二人が魔法についつ根掘り葉掘り聞こうとしてきた。いちいち二人がわかるだろう範囲まで落として話すのも面倒になって、聞かれた質問に思った通りのことを専門用語をごちゃ混ぜでも知ったことか、という感じで答えた。

 最初の頃は私の話を聞くに徹していた二人だったが、途中からは理解して私のいうことに頷き始めたのを見て、この二人のポテンシャルの高さを思い知った。

 

「大変ありがたい話、感謝する」

 

「私も勉強になった。今すぐにでも紙に書きたいくらいだよ。忘れたらまた聞くね」

 

 恐らくはすぐ終わるからだろう。先に二人が水月と会って、その後に私が会う次第となった。とりあえず椅子に座って約束の二人が来ないか待つ。

 

「あれ、誰だ?お前」

 

 声をかけられる。そちらを振り向くと金髪の小さくて可愛らしくてて、それでいながら勝ち気な雰囲気の少女がいた。

 

「いやそういえば閃理が言ってたな、最近魔女ってやつの介護してるって。お前がそれか」

 

 私の年齢を弄るのは流行りなのだろうか。思い返してみれば水月との初対面にも老人扱いされて気がする。

 

「もしもーし、聞いてる?」

 

「あ、うん。聞こえてる」

 

 ちょっとショックで返事するの忘れてた。これじゃ私も変人認定されちゃう。

 

「あけましておめでとうございます!私は久遠の魔女、今日はここに遊びに来たんです!」

 

「お、おう。おめでとう。私は彩里、この村随一の天才といえば私のことだから絶対覚えてくれよな!」

 

 そのまま少し話をする。良かった。初めて声をかけられたときは取っ付きにくそうな人だと思ったけど、全然そんなことはなさそうだ。どちらからともなく、私たちは会話を始めた。

 そうして水月の話題、閃理の話題で盛り上がっていると、有栖と照須さん、あと花奈子ちゃんが戻ってきた。彩里と三人が顔を合わせて挨拶する。少し間をおいてから彩里から有栖さんに向かって話しかけた。

 

「なあ!有栖さん、今日ここに居るってことは有栖さんも遊ぶのか!?」

 

 いてもたってもいられないといった風に話しかけたのはそんな内容。だが……残念、私はその答えがノーだと知っている。

 

「いや違う。私は今回、仕事の礼を貰いにきただけだ」

 

 そう、こんな風に。

 

「だが……今日は良いものをもらった。不思議なものだろう?液体の金属だ。もっとも、己はこれを危ないものだと直感しているがな」

 

 間違っても口にするなよ、と有栖さんは彩里に念を押してから帰っていった。微かに聞こえる声からは同じ内容を妻の照須さんや娘の花奈子ちゃんにも言っているのが聞こえる。彼らの声が聞こえなくなってから、私は彩里に声をかけた。

 

「あの有栖さんってどういう人なの?変人なのと、建築士なのは知ってるんだけど」

 

「あー、それじゃ足りねぇな。あの人は建築士兼学者ってとこかな。もともとは建築士一家に生まれた人なんだけど、建築の勉強が高じて数学の世界に入って、そこから学問の道を志した。って前に言ってた」

 

 思わぬところで彼のルーツを知ってしまった。建築士が本業で、学者としての部分が趣味なのか。風貌は古代の哲学者みたいなのに不思議だなあ。

 

「ほら、お前も有栖さんたちが帰るのを待ってんだろ。一緒にこの部屋入ろうぜ」

 

 そう提案する彩里。それを聞いて、初めてそして今更ながら彩里も参加することを知った。

 

 

「新年あけましておめでとうございます」

 

 最初の挨拶を水月が行う。水月の格好は最近見るようになったラフな格好ではしっかりと粧し込んだものだった。

 

「おめでとうございます」

 

 続けて私たちや閃理などが挨拶をする。みな畏まった格好、畏まった服装だ。

 

「では、もういいですよ。ゆっくりして下さい」

 

 その言葉で一気に空気が緩まる。慣れない正座で脚がとにかく痛い。

 

「閃理、それでね、作ってみたの!次の装置!」

 

 まず動いたのは彩里。彩里についてさっき聞いた話だが、この村随一の天才、幼いころから神童と言われていた少女らしい。閃理とは同い年でとても仲が良い少女だとも。

 だからなのか、必然的に二人は友達としてライバルとして高めあうようになったとも。

 しかしいつの頃からか、閃理が一人を好むようになり、彩里は孤立、今となっては閃理のことか、本人が興味を持っている装置関連では姿を見せなくなったという。

 今こうして、閃理と水月と三人で笑ってる様子を見ればまったく想像がつかないが他ならぬ閃理と水月が言うのだ。まず間違いないだろう。そんなことを思いながらずっと馬鹿して、笑い合ってる三人を見る。

 

「良いなあ……」

 

「なら、あなたも行けば良いだろう」

 

 そう簡単に言うのは米旨さん。米旨さんは昼から酒を飲みながら、眩しいものを見る目で閃理たちを見つめている。

 

「あなただって、俺たちから見たら子供だよ」

 

 だから行け、と米旨さんは言う。私の十分の一どころか百分の一も生きてないのに、しっかりと年の功というものを感じさせるセリフだ。強くサムアップして、私と混ざりにいく。

 

「私の家に来るよね、閃理。頑張ったんだよ私!」

 

「そもそもここが私の部屋なんだけど。先に行った家の方を優先するから私の勝ちではなくて?」

 

「アハハ……じゃあ彩里、じゃあ今度家行くからそれ見せてよ」

 

「みんな!私もその話まーぜて!」

 

 楽しむみんなに置いていかれまいと頑張る私。それ以降も彩里の実験の成果を聞く閃理や、閃理を昔のことで揶揄う水月を見ながら楽しくこの日を過ごした。

 ずっとずっと続いてほしいと思うほどの楽しい一日。だから思う、閃理の笑みが心からのものに見えなかったことはきっと、ただの見間違いだろうと。

 

 

 それは私が仕事として田起こしをした次の日、春を迎えて昼間に長袖がキツくなってきた日のこと。目に見えない場所をすべて私に任せるのは不安だったのか、田起こしは従来の通りの牛を使う方法によって行われた。

 私がやったことといえば直接的な魔法の行使ではなく、牛に強化を施すこと。だからか、仕事が終わった翌日だというのにひどく体力を持て余していた。

 

「閃理―、私が来たよー」

 

 何もないなら閃理のところに行けば何か起こる。それが最近私が学んだことだ。この前は閃理や新一郎くんたちと森に行った結果、魔蟲の大群に襲われて酷い目に遭った。枯葉や落ち葉に引火しないように火魔法を制御するのはなかなか難しい。このような事態に毎回備えて引率をしている閃理には頭が下がるばかりだ。

 

「居ないのー?入るよー?」

 

 ……返事がない。「えい」といって扉を開ける。閉まってはなかったようだ。

 

「うーん?これは……」

 

 見つけたのは彩里から閃理への手紙。発明品を見せたいから私の家に来いとのこと。指定された日付けは今日のもの。確かこの前の新年祭でどこに家があるか教えてもらったよね、と彩里の家に向けて脚を動かす。

 やはり、閃理の近くに行けば何かが起こるという経験則は間違ってなかったようだ。

 

 

「ここが彩里のハウスね」

 

 そこそこの規模の家を見ながら庭に目を向ける。……居た。木製の台に石をきびりつけた何かと、稲藁を持って今から実演らしい。

 

「ここに体重をかけて、あとは力一杯で稲を引く。ほら簡単でしょ?」

 

「確かに。スゲェなこれ……。お前やっぱ天才だよ」

 

 二人はその機械を使ってる。便利な道具だと感嘆して恐る恐るとそれに触る閃理。さあ褒めろ、抱き締めろと手をいっぱいに広げて準備している彩里。だがそんなことよりも私には大きな衝撃が走っていた。

 

「千歯こきじゃないですか……あれ」

 

 何気にこの村に来てから一番の衝撃だったと思う。今このときならば、たとえ有栖照須夫婦が目の前でハイテンションで語り出しても私の耳には一切入らないと確信できるほどの驚嘆。

 私は閃理が帰って、頭を撫でられた彩里が落ち着いて、さらに日さえ暮れるまでその場で茫然としていた。

 

「いやいや……天才といっても限度がある……。何年の歴史の先取りしてるんですか……」

 

 私が何に驚いたかは、私の独り言を聞けばおおよその想像はつくと思う。

 

 

 

 田植えの準備を数日後に控えたある日、私の家には一通の手紙が届いていた。閃理、彩里、水月、有栖さん、照須さんの連名で書かれた手紙。内容を要約するとこうだ。

 

『私たちは貴方の使う魔法の再現に成功したかもしれない。実際に一度貴方に見てほしい。日程の調整は貴方と閃理に任せる』

 

 私はすぐに隣の家に返事をした。「明日で良い?」と。

 

 そうして迎えた今日。田植えまであと二日の日。森の周辺の少し開けた場所に私たちは居る。どんなのを見せてくれるんだろう?独学であることを踏まえて、発動できるレベルまでいったら御の字だ。

 

「どう?なんか手伝った方がいい準備とかある?」

 

 昨日一日中楽しみにしていたからか、皆んなだけでなく私の気持ちも昂ってしまう。別に見てるだけでいいけど、それが無性に落ち着かなくてその提案をした。

 

「いや、特に必要ない。五人全員この日に向けて準備してきた」

 

 そう答えるのは彩里。でもその目を見ればわかる。君たち皆んな緊張してるよね?って。特に酷いのがさっきそう答えた彩里なのもわかる。

 

「大丈夫……大丈夫……私は大丈夫……」

 

 自分に言い聞かせるようにずっと同じことを呟く彩里を落ち着かせなきゃ。「癒しよ」誰にも聞かれないように魔法……いやこの場合は魔術を展開させる。そういえば……と、誰とも魔法や魔術の話をしていなかったから五人とも知らないだろうけど、魔法と魔術は別物ということを説明してないな。そんなことをふと考える。

 

「ふう、ふう、じゃあいくよ!」

 

 どうやら癒しの魔術はしっかりと届いていたらしい。顔色が良くなってる。ちゃんと見て、改善点とか伝えないとな。そう思っていた、いつもは切ってる魔力探知にオンにする。……これは、魔力はしっかり回っている。

 

「水よ!」

 

 見える、彩里の手のひらに水玉が。魔術が発動はしてる。でも、あれじゃあどちらかというとシャボン玉だ。

 

「はぁ……はぁ、どう?」

 

 こっちを向いて彩里が感想を求めてきた。完全に完成こそしていなかったが、これはスゴいものを見た。そんな気持ちになる。まさか……独学でたった五ヶ月ほどで発動でも漕ぎ着けるとは……。

 

「スゴい!スゴいよ!たったの五ヶ月でこのレベル!」

 

 私が褒める言葉に彩里はグッと親指を立てる。そしてそのまま満足したのか仰向けに寝転がったのが見えた。ああ、スゴいなぁ……。

 

 

「次は己が行こう」

 次は有栖さんらしい。

「ヌオォォ」

 魔力の回し方を見ればわかる。出鱈目だ。

「ムゥ……」

「まあ繰り返しですよ」

 魔力自体はあるからいつかは成功するだろう。今回は失敗。

 

 

「次は私ね!」

 次は照須さんらしい。

「はぁぁぁ!」

 頑張ってるのは伝わってくる。まあ、でも。

「あー、べっちょり……」

「それ手汗だけじゃなくて、魔術で作った水も含んでますよ」

 それを聞いて喜色を浮かべる照須さん。「ほんとう!やったー!」と叫んでいる。魔力を込める量が増えれば発動までいくだろう。今回は失敗。

 

 

「じゃあ、次は私がいくわ」

 

 ……ずっと思っていたことがある。水月の魔力は何かがおかしい。なんというか本来魔力というものは水のようにサラッとした感じで、透明な感じがするものだ。でも水月のものはどっちかといえば濃く、赤みがかかっているような……。

 

「────、────。水よ」

 

 事前に何かを口ずさんだのが見えた。それを見て、私はとある勘違いに漸く気付く。あぁ、“それ”は魔力じゃなかったんだね。

 空を覆い尽くす水玉、太陽の光が不自然に揺らいで地上に到達する。恐らくは想定外だったのだろう、五人みんなが茫然と空を見上げている。でも、私に焦りはない。なぜなら、──水月は完璧にそれを制御している。

 

「ねえ水月。それ、散らせる?」

 

 コクリ、と頷いたのが見えた。そのまま落ちれば大洪水間違いなしだった水玉が空に溶けていく。うん、もう心配ないな。じっと自分の手のひらを見つめる水月に声をかける。

 

「スゴいね!ここまでの規模で発動させて、制御しきるなんて……!」

 

 もう一度見てみたい、と続けたい気持ちをグッと堪えた。本当にスゴいことなのだ、これは。

 

「え、えぇ。ありがとう……」

 

 実感が湧いてない水月をスゴいスゴいと褒めつつ、最後に挑戦する人……閃理を待った。

 

 

「あとで改善点とかあったら教えてくれ」

 

 私にそう声をかけてから挑戦する閃理。魔力を回し、発動準備に入る。……この村は何度私を驚かせれば気が済むんだろうか。確かに魔力の流れに淀みはある、無駄も多い。だがこの回し方は、この絶対に失敗しないだろうと断ずるような回し方は……。

 

「“水魔術”」

 

 そして、あっさりと当然のように成功した。

 有栖さんのよう何も出ないということはなく、照須さんのように湿るだけでなく、彩里のように初歩で収まらず、水月のようにまったくの別物を発動させるのではなく、水魔術を使うという点において満点の出来で発動させた。

 

「うん、完璧だ!文句なし!すごいね!」

 

 用意していた言葉が口から出る。

 喜んでいる閃理くんを尻目に言いたいこと、聞きたいことがいっぱい溢れてくる。褒める言葉だけでなく、疑う言葉をかけたい気持ちが溢れてくる。

 明らかに使い慣れている魔術。まるで誰かが教えたように癖のない使い方。何故、魔術を使い慣れているのか。そもそも誰が、何処でそれを教えたのか。

 これが独学で五ヶ月なんてあり得ない。たった一世代で猿から人間に進化するようなものだ。

 

 ……ねえ、閃理。君は何者なの?

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇

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