呪術世界の結界術師   作:ペンギンくん

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6.渋谷駅北口 -参-

 殴られた。

 ダメージは無いが、虚を突かれた攻撃であることは確かだ。

 あの釘女が左腕を抱えてしゃがんでいたのを見て、何かミスったのを確信した。

 それに虎杖も気づいた様子だが、彼女のフォローに行こうとしたところで真人は分裂体を作り対応を任せて……釘崎野薔薇を殺しに行った。

 放置していると厄介だし、自身に対して致命的な術式を持っているし、何より虎杖への嫌がらせになる。彼女を殺すことはメリットしかなく、真人は当然のように殺しに向かった。

 後ろから虎杖が叫んでいる。それは釘崎に対してか、それとも真人に対してか。

 だがその内容はもはや真人の頭に入ってこない。しょせん負け犬の遠吠えだ。

 これから悲鳴になる声なんぞ置いて、ただただ真人はどのような造形にするか考えながら、手を伸ばした。

 

「なんだ、呪霊が一丁前に握手しに来たのか? 悪いがこの手はお前なんかに差し伸べられないな」

「……は?」

 

 瞬き一つ。

 蹲っていた女が、巨体の男に変化した。

 何が起こったのかわからず思わず立ち止まってしまった真人を、その男は笑顔で横顔をぶん殴ってきた。

 魂を捉えている虎杖や魂に攻撃出来る釘崎、領域展延を使える玻座真と違いその拳によるダメージは無かった。どれだけ無様に吹っ飛んだとしても真人には響かない。

 であるのならば、目の前の事象の理解に努めることにする。

 

「…………」

 

 素早く立ち上がり距離を取る。

 よく見ると釘崎は改造人間とも真人ともちょうど離れた位置に移動しており、彼女がいた位置に顔に傷痕がある筋肉質の男が立っている。

 

「お前……花御が言ってた入れ替え術師か」

「東堂葵。覚えなくていいぞ」

「覚える気はないさ。どうせ殺すし」

 

 呪術高専京都校三年生一級術師、東堂葵。

 手と手を叩くことによって呪力を持った存在同士の位置を交換することが出来る。

 『不義遊戯』。極めてサポート能力が高く撹乱と防御をこなせる術式だ。

 真人は仲間からその術式の厄介さは聞いており、表情では笑みを浮かべているが内心面倒臭さを覚えていた。

 実際、戦闘不能に陥った釘崎は避難させられているし、このままだと虎杖とのシャッフルで今までより攻撃を食らうことになるだろう。逃亡と言う選択肢も厳しいはずだ。

 

「…………」

 

 髪の中に目を作り、周囲を見る。

 虎杖の方に割いた分裂体は細かくして各々に動いてもらい、真人本体に集まってもらう。

 

(体力満タンなら当然戦ったんだが、ちょっと連戦で削られ過ぎてキッツいなぁ。おまけに改造人間たちによる物量作戦は、あのチョンマゲゴリラの術式でむしろ交換用の駒にされるし)

 

 幾魂異性体のような強力な改造人間も最悪盤外に飛ばされる可能性が高い。

 知能が低い改造人間たちが盤の外に放られて戦いの場に戻ってこれるとは思えないし、幾魂異性体に限っては命を燃焼して強化している以上、例え戻ってこれたとしても時間で死にそうだ。

 戦術がいくらなんでも広がり過ぎるな、と嘆息を噛み締め……無言で駆け始める。

 

虎杖(ブラザー)!」

 

 虎杖と東堂は特に合流した際に会話はしない。何故なら相手が何を出来るのかわかっているからだ。

 パンッ、と言う音が鳴り響く。

 その音と共に真人が向かっていた先にいた改造人間の一人が虎杖の姿に変わる。

 東堂はその頭脳を以て真人の動きをトレースした結果、不義遊戯に利用されないために早急に動くと考えた。

 在庫処分をしに。

 

「ちっ」

 

 フェイントを入れた上で走り始めたが、思惑は気づかれたようで舌打ちをする。

 虎杖の拳が迫るが、真人は直前で体を十分割にして回避しつつ色々な方向から改造人間の方へ向かう。

 

「なっ!?」

「ちっ」

 

 その光景に虎杖は目を見開き、今度は東堂が舌打ちする。

 物量での戦いを抑えるために動いたはずなのに、それを真人は物量で対応してきた。

 10体の小型真人は呪力を等分しているらしく、東堂にしてもどれが本物の真人か把握は出来ず、選んで遠くへ飛ばすことが出来ない。

 故に、止めると言う選択肢を捨てた。

 

「東堂!」

「応!」

 

 声掛けだけで何をしようとするか理解する。

 一番近くにいる、跳んだ分裂体を勢いよく殴る。それだけで小型真人の体は5割以上を無理やり変形させられるが、虎杖の拳から離れる瞬間に……その姿は戻った。

 いや、戻ったのではない。別の小型体に入れ替わったのだ。

 

「ドルァ!!」

 

 呪力を纏った拳を今度は振り下ろし、地面に叩き付けて潰す。その横では勢いよく壁にぶつかり死亡した小型体の姿があった。

 出来ればもう一体、と思ったがさすがにそれは無理だったようで壁と地面に叩きつけた個体はすぐに消滅した。

 そして残りの八体が改造人間たちの間を駆け回ると、最終的に合体して元の姿に戻った。

 

「――無為転変」

 

 真人の周囲にいる改造人間たちが人形(ヒトガタ)を失い、一つの形に収束して変貌する。

 まるで布のような薄さで床や天井、壁に広がる。虎杖と東堂は咄嗟に足を上げて回避するが、形状の関係から警戒しても人間で出来た地面を踏むしかない。

 

「……?」

「…………」

 

 今まで通りに改造人間を使った悪さ(・・)をしてこないことに虎杖は疑念を持ち、東堂はまた別の疑念を覚えていた。

 いや、疑念と言うよりも……直観的に似たような状況に陥ったことがあると感じた。

 どこだったか、と考え込もうする脳にストップをかけて状況を整理する。

 改造人間たちは全て回収されたらしく、釘崎が術を掛けていた個体も消えている。ただし釘崎はまだ苦しんでいる様子。

 まるで生き物の体内にいるような状況であり、壁が無かった場所に人間製の新たな壁が出来上がっていた。戦うフィールドと言う意味では広さは変わってないが、新たな壁が出来上がったことにより制限が出来た。

 

(新田は壁の外か。追加の援軍が来ないようにするための処置……だけではないな。不義遊戯(オレ)対策でもあるか?)

 

 別に不義遊戯の仕様は東堂の視界に依存しているわけではないが、それでも完全に見えない位置の呪力を捉えて入れ替わりするのは厳しい。交流戦の時のようにあらかじめ位置を把握し、動かない存在である呪具は位置変えをすることは出来たが、逆に言うと認知が難しいものとの入れ替わりは実質無理だ。ついでに小石などを拾い呪力を纏わせて交換対象に出来なくなったのも、地味に痛い。

 これだと相手が特殊な改造人間を生み出しても遠くへ飛ばす、と言うことが出来ないし怪我人を戦地から離すことが出来なくなってしまった。

 シンプルに考えれば東堂の選択肢を削るような行為だが……。

 

(これだと自由自在に形を変えられる改造人間と言う特徴を潰すことになる。俺が来たことによる物量作戦をやめたのはわかるが、自由度まで減らしているのは意図が読めない)

 

 不義遊戯の封印を優先したと言うのだろうか。いや、勝手な推察だがそう言う性格の輩に見えない。自分のやりたいことの方を優先する……そう言う存在に見える。

 他者を基軸にするのではなく、自分が常に軸。

 元からの性格なのか。呪いだからだろうか。絶対的な理由は不明だが、少なくともこの推察は合っているだろうと東堂は考える。

 

(となると相手への弱化(デバフ)ではなく自己強化(バフ)寄りの内容と考えた方が良いだろう)

 

 色々と頭の中で当たりを付けようとするが、どうにも違うような気がする。東堂の培ってきた戦闘経験がこの密閉状況に違和感を覚えているが、だからと言って立ち止まる訳にはいかない。

 薔薇の茎のような、もしくは刺鉄線のような棘が付いた線の形に真人は体を広げ始める。

 広範囲の棘だらけ攻撃と言う点では里桜高校での時に七海と共に削ったハリセンボンを虎杖は思い出しながら殴り掛かる。

 

「はっ! 無駄無駄!!」

 

 だがあの時とは反対に、硬度と共に威力は下がっているが柔らかさは段違いとなっている。そのため打撃を柔らかく受け流し、

 

「そォレ!!」

 

 棘が伸び、さらに硬度を瞬間的に上げて虎杖を襲う。それに反応し手の形を(グー)から平手(パー)に変更し、伸びてきた棘を掴もうとする。

 だが掴んだ瞬間に再び棘を柔らかい状態にしてスルリと虎杖の手の中から逃れ、真人は後ろに下がった。

 

「……?」

 

 違和感。

 今までの真人とは違う戦い方に虎杖は疑問を覚える。

 前の真人であればそのまま棘からさらに小さな棘を形成し、虎杖の手を傷つけていたはずだ。だが今は受け身のように感じる。

 すでに玻座真(せんぱい)と戦い、さらに釘崎に大ダメージを食らったせいなのだろうか。

 そう一瞬考えるが、即座にその考えを否定する。

 確かに目の前の呪霊は狡猾で自分が祓われる可能性が高まると、今までのことを放り投げてあっさりと逃亡する。

 だが真人と言う呪霊は第一に相手をどれだけ傷付けられるかに執心しているような気がするくらい、攻撃的である。

 この場合の攻撃的と言うのは戦闘的な意味合いだけではなく……相手の精神(こころ)を傷つける悪意的な意味合いも含まれる。

 

「……虎杖(ブラザー)

「あぁ」

 

 不気味。

 巨大な改造人間の件も含め、今までの真人らしくない。

 今も何かを確認するかのように手を開いたり閉じたりを繰り返している。

 何かを企んでいます、と言っているようなものだが……それが今までのものとは違う気味の悪さを感じさせる。

 

「お前……何を考えていやがる」

「……ははっ」

 

 虎杖の言葉に真人は今まで通りの気色の悪い笑みを見せる。

 それから両手を棘付きの鉄球のような形状に変化させ駆ける。

 その姿にも東堂は訝しむが迎撃しなければならない。

 お互いが殴る蹴る、そして位置の調整を行いつつも東堂は頭を回転させる。

 

(何故だ? 近接戦で有利を取りたいなら足も形状を変えた方が良いはずだ。先程からの行いは半端な術式行使にしか見えない。呪力の消費を抑えるにしても、もっと良いやり方があるはずだ)

 

 東堂は知らないことだが、真人の無為転変による自己改造の呪力消費量は自己補完で収まる範囲である。そのためこの不可思議な形状変化に関して呪力消費の節制と言う考えは正解とは言えない。

 ――もっとも、いま自分がしようとしていること(・・・・・・・・・・・・・・・)の呪力消費を抑えたいと考えているのは確かである。

 

「おっと?」

「ぬ……?」

 

 東堂を棘付きの手で殴ろうとしてきたところ、急にその両手が解けて普通の形に戻る。

 真人の普通の手と言うと無為転変を仕掛ける時の状態を思い浮かべてしまう。虚を突かれた形になり東堂の拍手も間に合わず……攻撃を食らう。

 

「…………」

 

 反動で体が後ろに下がりながら東堂は再び脳を回転させる。

 拳だ。単なるグーパンチを、東堂は食らったのだ。

 

(……術式が解けた?)

 

 先程の真人の反応もどこかおかしかった。

 結果的に虚を突く形となったが、そもそも無為転変による自己改造が勝手に解けた……と言うような真人自身も意外そうな表情をしていた。

 そう、解いたのではなく、解けた。

 

(呪力不足? それともどこかからかの妨害か?……いや、にしては奴が慌てている様子は見られない。ならこれは想定外だが予測の範囲内の状況と言うことだ)

 

 ここに来て東堂は一つの確信を得る。

 それはすなわち――自分はすでに目の前の呪霊がやろうとしていることの答えを持っている、と言うことを。

 問題はそこに至る情報が足りてない。そのため違和感だとか疑念だとか、そう言う満たない言葉となって頭の奥底に溜まっていく。

 『芸能人のシルエットクイズをされて、自分はこの人物を知っているはずなのに名前を思い出せない……!』と言う感覚に近いものだ。

 

(ブラザ)……」

「虎杖!!」

 

 足りない情報(ピース)を埋めるために虎杖に声を掛けようとするが、他の声がそれを上書きする。

 そちらを見ると、焦ったような表情をした釘崎が虎杖と東堂に近寄ってきている。

 痛々しい左腕が未だに目に付くが、先程よりかはマシな顔色に戻っている。

 真人が再び釘崎を狙うことを警戒するが、何故か目の前の呪霊は微笑みながらその姿を見て立ち止まっている。

 

「釘崎、大丈夫なのか!?」

「術を掛けてた改造人間(やつら)も回収されたからか、ある程度良くなったけど……それはいい」

 

 苦しそうな表情を浮かべながら周囲の密閉用改造人間を見渡す。

 

「コイツ……縮んでいる」

「何?」

「私もいつの間にか近づいてた壁が背中に当たって気づいたんだが、少しずつだけど狭くなっている」

 

 そう言いながら釘崎は自分が先程いた場所を見る。

 そちらを二人も見ると確かに釘崎が座り込んでいた廊下の壁が、彼女がいた時よりも迫っているように感じる。

 

「……圧縮して殺すつもりか? それとも俺たちが見えないところに口を作っていて、そこから空気を吐き出しているのか?」

「人間に対し有効な手を使うことがそんなに意外か?」

 

 圧縮にせよ酸欠にせよ最悪だが、どちらかと言えば酸素が無くなる方が面倒だと東堂は考える。

 虎杖と東堂は激しい近接戦をする以上、呼吸の大事さは理解している。釘崎も先程まで痛みで苦しんでいたため息を切らしていた。酸素とは生物が生きる上で必須なものだ。

 対して目の前の存在は人に近い姿をしているが、実際には人とは違う体の作りをした呪霊だ。人型に近い以上、人と同じような反応が発生するかもしれないが……少なくとも普通の生物ほど酸素の心配は要らなそうに見える。圧縮の方だとしても、真人にはダメージは全く入らないはずだ。

 知能を有効活用した戦い方と言えるだろう。

 この戦場の主はニヤニヤと笑みを浮かべながら呪術師たちが焦る様子を見つめており、そんな呪霊を睨みながら東堂は小声で虎杖に声を掛ける。

 

「……虎杖(ブラザー)、どう思う」

「直感だが……違うと思う」

 

 違う。

 それは圧縮や酸欠で虎杖たちを殺す、もしくは弱体化を狙っていると言う戦術に関してだが……狙いは違うと虎杖は感じた。

 確かに真人は狡猾な行いをするが、苦しめようとするならばもっと悪辣に、そして見える形……見せつけるように残酷な光景を作り出そうとする。そんな嫌な信頼が虎杖の中にあった。焦る様子を楽しむパターンとしては可能性も無くはないが、どちらかと言えば劇的な絵を好んでいるように感じられる。

 先程までの受け身な姿勢は酸素が抜けるまでの時間稼ぎとも考えられなくもないが、虎杖の直感は違うと言っている。

 呪力消費を抑えるための戦術。その戦い方は極めて有効なため使ってきてもおかしくないのだが、その計算式に真人と言う要素が入ると間違いに見えてしまう。

 

(フィールドを狭めて焦っている俺たちを見て楽しみつつ、狭い場所で術が迫るのに四苦八苦する姿でさらに楽しみたい……の方はあるか?)

「…………」

「で……結局これは、どうする?」

 

 虎杖の直感を信じるなら、これは単純な作戦ではないだろう。だが、だからと言って放置して良いものではないはず。

 考え込む虎杖と東堂に釘崎は声を掛けながら、左腕を確認する。

 

「…………」

 

 この腕で殴り合いをしろと言われても無理であるが釘を掴む、投げるぐらいはまだ出来そうだ。投げる際に思いっきり腕を振る時は激痛が走りそうだが、そのくらいは我慢してやる。

 そう考えたところで、東堂は結論を出した。

 

「継続して俺と虎杖(ブラザー)真人(アイツ)と戦う。そして釘崎はこの改造人間に抜け出せそうな穴を作れないか色々と試して欲しい。無理そうだったら虎杖(ブラザー)に負担を掛けるが、俺も破壊担当に加わる」

「応! そのぐらいの時間だったら耐えられる」

 

 本当だったら倒してやる、と言いたいところだが真人があっさりと祓える存在ではないと理解しているため、悔しいが大きなことは言えなかった。

 そんな超親友(いたどり)の心情を察しつつも東堂は頷き、釘崎に目配せしてから彼と共に真人に駆ける。

 二人の背中を釘崎は見送る。自分はもうまともに戦えないことは理解していた。ならば、と言うように左腕の痛みを我慢しながら彼女も己の仕事を果たそうと釘を取り出す。

 

(――どう言うことだ)

 

 正面から同じように駆けてくる真人の姿に、東堂は目を見開く。

 不義遊戯があるとは言え密閉用の改造人間の破壊を防ぐため、強力な個体の改造人間を出してくるだろうと東堂は踏んでいた。つまるところ、釘崎は囮としての機能もあった。

 それを彼女も理解したからこそ、二人に背中を任せたように隙を見せながら、釘を用意したのだ。

 しかし真人は変わらない。今まで通り自身の近接戦闘技術だけで対応しようとしている。

 

(壊されないほどの硬度を設定している? そのため壊されないと考え対応を……いや、違う!!)

 

 膨れ上がった違和感が爆発し、答えの一部に辿り着く。

 駄目だ、と東堂が言う前に釘崎は壁に向けて釘を投げ“簪”を発動しようとするが、

 

「え?」

「……は?」

「しまった……っ!!」

「え? あれ?」

 

 釘の先端が改造人間に当たった瞬間、風船が割れるようにあっさりと解け、元の駅構内の姿に戻った。

 あっさりと壊れたことに驚く釘崎と虎杖、そして外側から何か出来ないだろうかと佇んでいた京都校の呪術師、新田新の呆然とした姿が目に入る。

 

「あははははははは!! 多重魂、撥体!!」

 

 驚く人間たちの姿を嘲るような笑い声を上げながら、真人は動き出す。

 改造人間があっさりと壊れたことに対して隙が生まれた虎杖と東堂、そして釘崎に複数の人間を無理やり組み合わせ、その拒絶反応を利用した爆発力による質量攻撃をぶつける。

 防御するその二人の横を、真人は駆け抜ける。

 

   ◆◆◆

 

 改造人間による結界(・・)を使った縛り。

 その中では真人は他者への無為転変を使えなくなる。これはすでに体内に小さくした状態で保管した改造人間を取り出して使うことは出来ないし、何より呪術師たちに対しての攻撃としても使えなくなる。

 さらに真人は自身の手で結界を壊すことを禁ずる上、時間制限で一緒に結界内に閉じ込められた人間は解放されると言う縛りがあった。

 ……そう、縮んでいたのは圧殺や酸欠狙いではなく、ただただ結界として運用されていた改造人間の限界が来ていたことによるものだ。虎杖たちは知らぬことだが、実のところ何もしなくともあと少しで改造人間は崩壊し、虎杖たちは解放されていた。そしてその場合、真人だけは縛りによって行動制限が課されていた。

 だが、当然だが虎杖たちは知らなかった。ゆえに結界を壊すことによって真人も解放された。

 自分で壊すことが出来ないと言う縛りも、他人に壊させれば無視出来る。そのことを真人は理解していた。

 

 それらの縛りを活用し、結界内を鍛錬の場としてある技術を真人は修得出来ていた。

 

 

 

「クソッ。――釘崎!!」

 

 一瞬の隙を突かれ、真人を通してしまう。その先には撥体を無理やり回避して体勢を崩した釘崎がいる。

 向かってくる真人に気づいた釘崎は後ろに跳びながら釘を牽制として放つが、それを横に跳び回避しながら、壁を蹴って彼女に迫る。

 そして左の手を釘崎に伸ばしながら、右手の方は虎杖と東堂に対して背を向けることによって隠す。

 

(……想定以上に狡知なやつだ)

 

 密閉用の改造人間の使い方について気づかなかった自身に歯噛みする。

 知性があるとは言え、呪霊であるのであれば呪力や呪術を中心とした戦い方をする。

 呪霊が持つ術式はその呪霊の誕生に係わるものなることが多い。そのため術式自体が己のアイデンティティーとなり、それを誇示するように術を使う。

 だが今回真人は生得術式よりも縛りの方を活用し、さらに今は体を上手く扱い近接戦闘を行っている。

 今まで出会ったこともない異質な呪霊に改めて危険度を上げながら、両手を構える。

 

虎杖(ブラザー)!!」

 

 自身が何をしようとしているのか、声掛けで示す。

 理解した様子の虎杖は拳を握り、次の動きに備える。それを感じながら東堂は緊迫した状況でも冷静に術式の使用方法を考える。

 釘崎と自分を入れ替える……左手の対応が厳しいため却下。

 釘崎と虎杖を入れ替える……隠された右手に懸念があるため却下。

 自分と呪霊を入れ替える……こちらが位置を調整した上で虎杖の近くに寄せられる。

 そこまで考え、東堂は不義遊戯を使う。

 パシンッ、と言う拍手音が響き渡る。

 

「え……?」

「なっ!?」

「――――っ」

「いひ。……ズッヒっひぃ!!」

 

 虎杖と東堂が二度目の驚愕をして、釘崎は覚悟を決めた表情を浮かべる。

 そして真人は嫌らしい笑みを浮かべた。

 不発。

 不義遊戯は発動せず、状況に変化はない。ただただ釘崎を襲う脅威は目の前に迫っている。

 その光景に真人は堪え切れないと言うように気持ちの悪い笑いを漏らす。

 

「芻霊呪法――“簪”!!」

 

 釘を三本取り出し真人に投げ、それを彼は左腕で防ぐ。

 基本的な物理攻撃は効かないことは理解しているが、それでも反動で後退することを期待して攻撃を行う。

 だが、想定とは違う光景が目の前に広がる。

 三本の釘から釘崎の呪力が迸り、真人の左腕を貫き出血する

 攻撃が通じている――二度に渡る予想外の事態に三人の意識に確実な隙が生まれる。

 そして、この悪辣な呪霊はそれを見逃すことはない。

 

「上出来過ぎじゃないかァ、俺ェ!!」

 

 【黒閃】――!!

 

 咄嗟に金槌を前に突き出すが、それを焼き菓子を砕くよりもあっさりと壊しながら、その拳は黒い花火と共に釘崎の体を吹き飛ばす。

 

「釘崎……!?」

虎杖(ブラザー)!!」

 

 吹っ飛ぶ釘崎に追撃を仕掛けるためにすでに駆け始めている真人の姿を視界に捉えながら東堂は虎杖に声を掛け、それと同時に彼の後ろに跳び、拍手をする。

 虎杖と釘崎が入れ替わり、勢いよく飛び込んでくる彼女の体を東堂は受け止める。

 入れ替わると同時に迫る真人に向けて虎杖は拳を振るうが、予測していた真人はその攻撃に対し腕を盾にして受け流す。

 

「新田!!」

「は、はい!」

 

 虎杖と真人の戦闘から距離を取りながら新田を呼ぶ。

 彼は自身に何が求められているのか瞬時に把握し、釘崎に自身の術式を施す。

 触れた場所の状態を保護する術式であり、大怪我を負っていてもその状態から悪化することがなくなる。ただし治療そのものの術ではないため、ここから治療が出来る場所に行かなくてはいけない。

 生きてはいるが重態だ。元から裂傷が激しかった左腕はぐちゃぐちゃに曲がり骨が見えている。

 その姿に苦々しい表情を浮かべながらも新田は意識を失っている釘崎の体を抱え、前線を去ろうとした……ところで、彼は一度振り向く。

 

「……大丈夫ですよね?」

「心配するな。何が起こったのか、すでに推測は出来ている。次は失敗(へま)しない」

「わかりました。言うまでもないかもしれませんが、頑張ってください」

 

 東堂が強いのは理解しているし、一緒に戦っている虎杖も見るだけで戦闘能力が高いのはわかる。

 だが、彼らが戦っているあのツギハギの呪霊はどうにも単なる強さとはまた別の不気味さを感じる。

 その気持ちを理解しているのか、東堂は改めて心配するなと言うように頷く。

 それを見て走り去る新田の後ろ姿を見送りながら、東堂は戦地に戻る。

 ニヤニヤと笑っている真人の胸を蹴り飛ばしながら、寄ってくる東堂に虎杖は尋ねる。

 

「東堂……釘崎は?」

 

 真人の姿を見つめながら、何かを恐れるよう不安気な虎杖の隣に立つ。

 

「重傷ではあるが、生きてはいる。死なないようこちらの高校の術で保護しながら、治療しに行ってもらった」

「……そうか」

 

 重い空気を肺から吐き出す虎杖を見て真人はつまらなそうな表情になる。

 

「なーんだ。死んでないのかよ、あの女」

「このっ……!」

「落ち着け、虎杖(ブラザー)。釘崎には申し訳ないことをしたが……俺の術式が不発した原理は推察出来ている。……だからこそ、一つ聞きたい」

 

 厄介なモノを、と思いながら東堂は虎杖にとあることを尋ねた。

 

真人(コイツ)が玻座真と戦ったかどうか、知らないか?」

 

 




渋谷終わったら一ヶ月以上(予定)ほど書き溜めする期間に入ります。
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