呪術世界の結界術師   作:ペンギンくん

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7.渋谷駅北口 -肆-

 高層ビルの壁を一人の白髪の術師が駆ける。

 美男子とも美少女とも取れる中性的な美形の人物はその額に汗を浮かべながら、その美しき顔を崩していた。

 時に窓の縁に足を掛け、時に足の裏を凍らせて落ちないようにしながら見目麗しき術師――裏梅は舌打ちをする。

 

「ちっ。思ってた以上に厄介過ぎる」

 

 裏梅の視線の先には宙を飛ぶ術師の姿があった。

 いや、違う。飛んでいるのではなく……跳んでいる。

 結界術師、玻座真護良。

 空中に足場となる結界を作り移動し、見つけた裏梅を5分ほど追っていた。

 

(資料にあった、交流戦に現れた呪詛師が言及した白髪の呪詛師だな)

 

 組屋鞣造が尋問の際に触れた呪詛師。

 十中八九コイツだろうなと考えながら追い続けている。

 先程から相手の足元を狙って結界を発動し、足場となる壁を崩しているのだが……寸前に察知されて上手く迂回されてしまう。

 宿儺の時も思ったが、歴戦の猛者が相手だと結界の発動を察知されてしまう。

 

(プライドが高そうなやつだと思ったけど、あまり挑発に乗らないな。最初の時以降はもう攻撃もしてこないし。……自分以外の何かに拠り所を持っているパターンか?)

 

 玻座真と裏梅の戦闘は初手の時点で全てが決まった。

 裏梅の術式『氷凝呪法』は過冷却状態の呪力を操るものだ。そのまま敵に射出して凍らす、もしくは自身の手元で氷を作って放つと言う戦法を主に使われる。

 問題は呪力の射出にしろ氷の作成にしろ、一手間が必要となる。

 基本的に裏梅は一手間加える時間を弱点とならないよう自身の戦闘センスで補っているが、玻座真の結界術とは極めて相性が悪かった。

 探査結界によって存在を認知され、位置がバレてしまった裏梅は襲撃しに来た玻座真を当然迎え撃とうとした。

 だがいざ氷凝呪法を使おうとした瞬間、自身の上半身を結界で囲われてしまった。

 呪力を放出するが結界に阻まれ、そのまま自身ごと凍りそうになってしまった。

 咄嗟に氷の爪を作り結界を引き裂いて脱出したが、その時点で相性の悪さを完全に理解した。

 

(あっちが使っているのは多分氷凝呪法だよな。んで、確か呪力を過冷却状態にして扱う……ってやつだったはず)

 

 呪術に関する多くの知識が収められている総督部に玻座真は何度か侵入しており、そこで術式に関して頭に入れていた。

 それらを自身の漫画やゲームの知識と組み合わせ、どのような術式内容か推察しながら呪詛師や術式持ちの呪霊と戦う。

 

(過冷却ってことは衝撃を与えれば凍る……とかだったはず。じゃあ悪いけど俺の方が有利だな)

 

 玻座真の結界術はその特性上、術の撃ち合いにはならない。

 空間支配と言う性質から指定座標に直接結界を展開することとなる。

 敵に過冷却の呪力を飛ばして凍らせるにしろ、術者の手元で氷を作って飛ばすにしろ、玻座真はその工程を妨害することが出来る。

 言ってしまえば相手が銃を構えて撃とうとしているのに対し引き金を結界で止める、もしくは銃口の部分を結界で覆うと言うことを出来てしまう。

 この辺りが大抵の術者に対し玻座真が有利を取れる理由であり、同時に結界を振り解けるほどの火力を持つ相手に対しては有利を取れない理由の一つとなっている。

 

(……渋谷から離れないな。それに距離が安定している。ってことはこれ、誘われてるな)

 

 壁を走っている相手に対し、自身は結界を足場に跳んでいるため速度が出ない。

 しかし結界を長めに展開して道を作ろうものなら、敵は進行方向を変えてどこかに行くだろう。

 ゆえに進行妨害をしているのだが……距離が縮まらないどころか離されもしないことに相手の思惑を感じ取る。

 妨害されても距離が安定している、と言うことは……本当はもっと相手は早く動けるはず。それを調整してこの距離を保っている。

 

(不利と判断して仲間と合流しようとしているのか? それが五条先生を封印したやつならありがたいが)

 

 特級レベルが相手でも領域を発動させられれば勝てる自信がある。再び真人みたいに術式が焼き切れた後に奇襲を受ける危険性があるが、それでも主犯を捕まえ五条を解放出来れば自身が倒されてもクエストクリアと言える。

 もっとも、特級クラスが相手となると領域の発動を許してくれるかどうか微妙なところだが。

 

(……この追いかけっこ、もしかして時間稼ぎの可能性もあるか?)

 

 合流が目的ではなく玻座真と言う戦力を浮かせるために時間稼ぎをしている。

 あるいは何らかの準備を他の呪詛師がしている。

 面倒になってきた、と舌打ちをする。

 

(術式の焼き切れ後の奇襲が嫌で領域を使いたくないが……それ以前にこんなところで術式が焼き切れたら落下死するんだよな)

 

 領域の結界を展開した時、解除の仕方によってはある程度座標をズラして落ちる場所を設定することが出来る。

 それに失敗してしまえばビル10階ほどの高さから地面に叩きつけられることになる。呪力による肉体強化に自信があるのであればともかく、玻座真はそこまで自信がない。

 だが。

 

(……いや、使うか)

 

 頭に作戦Aと作戦Bを立て、Aが駄目だった時に領域を使うことにする。

 玻座真の結界術に関する呪力効率は五条ほどではないが高く、それは領域も例外ではない。

 使う領域(・・・・)によっては呪力効率が変わるが、それでも一日に最大4回は使える。

 宿儺戦ですでに1回使っており、さらに多くの術を使って呪力を消費しているため……残り2回が限度。

 目の前の呪詛師ほどの高位の術師は普通ならそうそういないのだが、確認出来てない特級呪霊や五条を封印した呪詛師のことを考えるとあまり領域を使いたくなかった。

 

(落下の方はどうしようもないが……奇襲の方は理論だけしか出来上がってないアレ(・・)で対応する)

 

 ――しかし、さすがにこれ以上の時間を掛けられないと判断した。

 

「……なに?」

 

 裏梅を追いかけるのをやめて玻座真は窓を両足で蹴り砕きながらビルに跳び込む。

 そのことに裏梅が怪訝な表情を浮かべた瞬間、

 

「――『結』」

 

 ビルの5階より上を大きな結界で覆った。

 周囲の景色が変わり咄嗟に玻座真から前方へ視線を戻すと、そこには青い壁があった。

 

「チィ……」

 

 結界を蹴って元のビルに戻ろうとする。

 手元を凍らせて結界に張り付くことも出来るが、主導権が玻座真に渡るためその選択肢は捨てる。

 仕方がなく裏梅もビルに入り、玻座真と対峙する

 

(こちらの思惑に乗ってきたと思ったが、考えを改めたか)

 

 玻座真が速度調整を早々に気づいたことを裏梅も感じ取っていた。何せ途中から攻め気が下がっていたことから、裏梅を囮に彼の仲間を引きずり出そうとしていた魂胆が見えたからだ。

 つまり、この逃走劇は玻座真と裏梅の思惑が重なった一種の茶番。

 それを止めて玻座真は裏梅だけに集中することにした。

 

(頭・首・胴・両腕両足。全部を個別の結界で囲ってまずは動きを封じる。その上で中に針の結界を突き刺す)

 

 無論、相性が悪いとは言え敵も百戦錬磨の術師。自滅覚悟で向かってくるはず。反転術式が使えるのであれば、尚更ダメージ前提で攻撃してくるだろう。

 

(状況が状況とは言え建物内は相手有利だな。こんなところで大規模な凍結されたら全く動けなくなる。それだけじゃなく、俺に領域を使わせないよう足場(ビル)を崩すような攻撃をしてくるはず。相性有利とは言え、タイミングミスるときついな)

 

 お互いすぐには攻撃をしない。

 一手失敗するだけで敗北を突き付けられる状況。ゆえに絶対的な瞬間を掴むために息を殺しながら体内で術の準備をしつつ、機会を待つ。

 集中力が途切れ、焦れ、そして先に動いてしまった方が負ける。

 もしくは外の戦闘の余波でビルが崩れ、戦況に変化が訪れ、対応に遅れた方が負ける。

 長時間にも感じる膠着。動いていないはずなのに体力が削れていく。

 このまま佇んでいたら両足が痺れて動けなくなってしまうのではないか。そう思うほど二人は機会を待ち、

 

『お待たせ』

 

 チャンスは今まで準備をしてきた者に与えられた。

 裏梅の背後から開いた状態の折り畳み式(ガラパゴス)携帯電話に似た呪霊が現れる。

 攻撃力を持っていなさそうな、等級が低そうな呪霊。目の前の術師の大きな呪力によって存在が隠されていたのだろう。

 問題は強さではなく、どう見ても通信用と言う点であり、

 

「まさか、呪霊操術……?」

 

 呪霊を従えている何者かがいると言うこと。

 呪霊を使役するためには瀕死にした状態で無理やり『縛り』を結ばせ、隷属させると言うやり方がある。

 いつもならそちらのパターンを考えるが、この夜は違う。

 

(去年の百鬼夜行を行った特級呪詛師、夏油傑と同じ呪霊操術……いや、そのもの(・・・・)か?)

 

 現代の最強術師、五条悟。

 彼を封印出来たことに色々と思うことがあったが、それが親友であった夏油傑が企てたものであれば話は変わる。

 殺したはずの親友が、目の前に現れた。例え最強であろうとも一瞬の隙が生まれるはずだ。

 この流れはマズいと思い、動く姿勢に移り始める玻座真に対し……裏梅は先程までの状態を崩し、呪霊越しに誰かと話し始める。

 

「遅い。何故私がこんなことを」

『いやいや、良い魚を釣るためには良い餌が必要なのは当然だろ?』

「キサマ……」

 

 もう決着はついた。

 裏梅の態度はそう言っていた。

 敵の呪詛師を引きずり出すことに関して、ある意味成功した。だが呪霊操術は不味い。

 ここから特級呪詛師が加わるのかと考え、それよりも先に仕留めるつもりで玻座真は不動明王の掌印を組む。

 『彌虚葛籠』や『簡易領域』はもちろんのこと、領域の押し合いによる抵抗すら許さない。

 一瞬で決着(ケリ)をつけるため宿儺を封印した時とは違い、必中必殺の『絶界』を付与した領域を設定する。

 

 そして――ビルを覆っていた結界が消える。

 

「……は?」

 

 結界が解かれた感覚に一瞬頭が真っ白になる。

 壊されたのではなく、侵入されたのでもなく……解かれた。

 

「――っ」

 

 だがすぐに意識を戻し、目の前の状況を改めて認識する。

 目の前の空間が退()かすように二つの手で裂かれ、広がった異空間から呪霊が現れる。

 裏梅の背後に現れたのは象頭の四本腕を持つ怪物。腕を振るうだけで被害を出せそうなほどの巨体を誇っている。

 その威圧と呪力量、そしてわかりやすい特徴(ビジュアル)

 人間の写し身である真人。火山頭を持つ漏瑚。両目の位置から枝を生やし肩に花を咲かせている花御。タコの姿を持つ陀艮。

 共通認識のある畏怖のイメージが強い呪霊を生み出すと言う性質上、特徴的な見た目と言うのはその呪霊の確立した存在性(アイデンティティー)の高さを意味する。

 そして、呪霊にとっての強い存在性とは……術式の強さに繋がる。

 

(感じからして特級呪霊。頭……象。象。象。象。……インド神話のガネーシャか!?)

 

 呪術を学ぶと言うことは、仏教についても学ぶと言うことである。

 呪術における掌印の多くは仏の手の形が元となっている。

 そしてインドで信仰されているヒンドゥー教は仏教とは切り離せない関係であり、仏教を知ると言うことはインド神話の神々も知ることとなる。

 

(富を司る神じゃなかったか? いや、確か障害を取り除く力もあったか?)

 

 神様への畏怖がそのまま負の感情として呪霊になることは珍しくない。そして厄介なことにその信仰心がそのまま呪霊の力となってしまうのだ。そのため神の肩書きを持つ呪霊は最低でも一級クラス以上の力を持っていることが多い。

 目の前の特級呪霊もその口だろう。

 

(障害を取り除く能力をそのまんま特級呪霊として持っているなら、俺の結界術はほぼ問答無用で無力化されるな。つーかもしかしたら領域も駄目かもしれない……)

 

 他の術者が使う領域の結界なら生得術式の属性の方が優先されて能力範囲外になるかもしれないが、玻座真は生得術式も結界だ。

 ただそこにいるだけで玻座真にとっての障害となる呪霊。

 相手の方が手札を上手く切った形となった。

 

完全対策(ガンメタ)……! いや、これは……俺に対してじゃなくて天元様の――)

「――霜凪」

 

 もう術式を使って攻撃をしても妨害されない。

 追い詰められた敵の背中を押して突き落とすように、裏梅は凍る呪力を飛ばした。

 そして……裏梅の正面は全て氷で覆われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……今のも結界術なのか?」

『さてね。ただ少なくとも今まで切っていない手札だったんじゃないかな』

 

 裏梅の視線の先には氷漬けになった玻座真の姿は……無い。

 攻撃を食らう瞬間に玻座真の体が床下に消えてしまったのだ。

 物質透過。結界術とは別の術式に見えるが、結界術に詳しい人間に聞いてみると曖昧な返事がされた。

 

『ちなみに他の呪霊に見てもらったけど、そのままビルの下に落ちていったみたいだね』

「地下に潜られたか。ならもう出てこないな」

『負けるつもりは無かったけど、五条悟の封印に関しての一抹の不安は拭えたかな。……そろそろ合流しようか』

 

 会話をしつつ呪霊を操る呪詛師――夏油傑の中の者は考える。

 

(他者への結界ではなく自身に対しての結界術だったため、障害と認定されなかったのか? いや、それはともかくあのすり抜けだ。玻座真護良が結界を壊さずに中に侵入する術を持っていることは把握している。結界自体を保ったまま切り裂いて入り口を作り、そして修復して塞ぐ方法。もう一つは結界をそのまますり抜けて入る方法。……結界術以外の術式を持っているわけではないのであれば、後者の拡張術式か?)

 

 攻撃を受ける前にすり抜けを行っていたが、そのすり抜けについてどこまで出来るのかによって玻座真の危険度が変わる。

 

(もし攻撃すらもすり抜けられるのであればこちらの攻撃は通じず、あちらは領域を使ってくるだろう。その部分だけを抽出すると五条悟よりも最強と呼べるかもしれないが……その戦法を使わないとなると、厳しい縛りがあるか。もしくは呪力の消費量が桁違いなのか)

 

 どちらにせよ見たいものは見れた。

 特級呪霊による対玻座真は確認出来たし、倒せなかったのは残念だが物質透過の術式と言う手札を切らせられたのは大きい。

 

(無機物だけなのか。生物や呪霊はすり抜けられるのか。その辺りのことも考え、彼のことは後々考えよう)

 

 ――そろそろ向こうも決着だろうし。

 

 

   ◆◆◆

 

 

「コイツが玻座真と戦ったかどうか、知らないか?」

 

 不義遊戯が不発して、ようやく違和感の正体に辿りついた。

 違和感の名前は、既視感。

 過去に似たようなことを体験しており、それがずっと頭の中で疼いていたのだ。

 

「先輩と? あぁ、確かに戦ったらしいけど……」

「やはりか。……となると玻座真のやつ、やらか(ヘマ)したな。アイツの実力からして真人(コイツ)を祓えるはずだが、失敗(にが)したとなると不利な状況で戦ったんだろう」

 

 玻座真護良の戦闘記録は極めて少ない。前線に出て呪霊を祓った経験も少なく、交流戦にしても一度だけだ。しかも大体の戦闘は玻座真の代表とも言える青色の結界だけしか使用されないため、彼の手札は広まっていない。

 だが、東堂はその交流戦で戦った相手であり、数少ない玻座真との対戦経験がある術師なのだ。

 それっぽさ(・・・・・)と言うものを、真人から感じられた。

 再び手を開閉して何かを確認している真人を尻目に、東堂は素早く虎杖に話す。

 

「やつが使ったのは領域展延と言うものだろう」

「領域……展延?」

「簡単に言えば極小の領域結界を自身に纏い、相手の術を中和する技だ。使いこなせばあの無下限すらも超えられるが、使っている間は己の生得術式が使えなくなる」

「……東堂の術式が発動しなかったのも?」

「あぁ。過去に玻座真にやられたのと同じものだろう。領域を使える以上、やつも展延を使えてもおかしくない。……もっとも、玻座真ほど熟しているようではないが」

 

 改造人間による結界は、己の中で結界術の練度を高めるための鍛錬の場だったのだろう。呪力効率の良い無為転変ではなく、慣れぬ結界術の方の呪力消費を抑えるための場所。

 異様に近接戦闘に拘っていたのは縛りもあるだろうが、それとは別に領域展延を使いながらの戦闘の想定した練習でもあったのだ。

 不自然に無為転変による自己改造が途切れたのは、漏れ出た不完全な展延によるもの。

 

東堂(おまえ)さんの不義遊戯って強力だけど、その分ルールはしっかりしているよな』

『ルール?』

『不義遊戯の対象としての選定理由にサイズや距離、あと呪力消費量とかが関わるんだろうけど……この手の術式って一度そのルールから外れると不発する傾向があると思うんだが』

『それが先程の展延か?』

『そ。例えば呪力を纏わせた小石を土の中に埋めて、不義遊戯を使って敵を土の下に埋める……みたいなことしないだろ。手が出る方が早いってのもあるだろうけど。……土の下に入れ替わられた場合、窒息やサイズによっては拘束状態に出来るんだし』

『……まぁ、しないな』

『ようするに不義遊戯は敵味方関係なく、術式対象への安全性が確立されているんだ。その辺が必中効果の代償かもしれないが……まぁそれはともかく。交換後に殴る蹴るは発生しても、交換時に危険性があるなら多分だけど不発すると思う。テレポートで有名な「生き埋め(いしのなかにいる)」が絶対に起こらないようにするって内容が含まれているんだろうな』

『結局何が言いたい』

『その術式、強力だけど割と繊細だよなってこと』

 

 交流戦後に結界と不義遊戯による座標交換について議論を交わしていた時のことを思い出す。

 少しでも綻びが発生すれば不義遊戯は成立しない。

 目の前の呪霊も東堂が不義遊戯を拘束技として使ってこない様子から、玻座真と同じような結論に至ったのだろう。

 

「確かに俺はあいつを実質入れ替え対象に出来なくなったと言えるだろう。だが、不利になったわけじゃない。俺の不義遊戯は特に術式の発動が察知し辛く展延を発動し続けると言うのがやつにとっての回答の一つだが、強力な術式を常に使えなくなる状況になるのはむしろ向こうが不利になるはずだ」

 

 もっとも、生得術式と展延を上手く切り替えてほぼ同時発動しているようなやつを東堂は知っているが。

 

「……向こうは不義遊戯に警戒して、展延を使い続けるから純粋な殴り合いになるってことか?」

「そうだな。やつを入れ替え対象に出来なくなったが、それ以外は基本的に今まで通りだろう」

「もーいいかい?」

 

 確認が終わったのか、真人は声を掛ける。

 それから上体を逸らし、口から大量の棒のようなものを取り出す。

 

「無為転変」

 

 虎杖と東堂がおしゃべりをしている間に、真人は領域展延で停止していた生得術式を温め直していた。展延初心者である真人は今のところ術式を完全停止させる必要があり、再起動に時間が掛かる。

 感覚的には車をブレーキやパーキングで止めるのではなく、エンジンを切らないと止められないレベルであり、動かすために再びエンジンを入れてドライブにシフトレバーを動かして……と全ての手間を掛ける必要があるのだ。

 これはさすがに慣れていくしかないなと頭の隅で考えつつ術式を発動し、勢いよく腕を広げて小さい物を投げる。

 かなり小さくて目を凝らさなくては判別がし辛いが、その形状は金平糖に近い。

 

「ちっ……。虎杖(ブラザー)! 俺のことは気にせず攻撃に出ろ!!」

 

 その光景に東堂は舌打ちしながらも虎杖と一番真人に近い改造人間を入れ替える。

 小型の改造人間たちは天井・壁・地面に突き刺さり、埋まる。

 撒菱(まきびし)もしくは地雷原と言う形になり、東堂は虎杖たちと分別された。

 すぐに東堂は小石を拾い呪力を込めて投げるが、改造人間の一体が棘を瞬間的に伸ばして石を砕く。

 このような展開になることがすぐにわかったため東堂は虎杖だけを跳ばしたが、このままだと遠回りが必須である。

 

(床や壁を壊すか? いや、壊そうとすれば改造人間が反応して被害が増大するだろう)

 

 東堂が求める破壊以上の破壊を発生させるだろう。

 その結果、崩落して虎杖と真人と離れることになる。

 

(さっきのこともある。コイツなら目の前の罠に対処しようならば、別の罠が発動するよう用意していてもおかしくない)

 

 被害のことを考えると遠回りは必須だ。だが、遠回りしていては真人に逃げられるだろう。

 なら、無理をする必要がある(・・・・・・・・・・)

 瓦礫を砕き大量の石片に変え、両手に握る。

 先程の真人と同じように呪力を込めた石を撒き散らし、一拍置いて東堂も防御の構えをしながら地雷原に突っ込む。

 

 東堂の呪力に反応し、改造人間たちが膨らむ(・・・)

 

 壁や床が壊れない程度の皹を作りながら風船のように膨らみ、石を軽く弾き飛ばし、さらにそれが裂けて東堂を石ごと絡み取ろうとする。

 視界を遮り、さらには呪力の流れを乱し、東堂を完全に封じるための人間花びらが開く。

 

「…………」

 

 東堂の近くには入れ替えられる対象がもう存在しない。

 無常にも東堂はその食人植物に呑み込まれてしまった。

 

 

 

 

 

「…………」

 

 花の改造人間の動きを横目に真人は領域展延を使いながら虎杖と殴り合っている。

 改造人間たちには不義遊戯対策に呪力を乱すよう仕込んでいる。普通なら呪力の無駄遣いになるところだが、改造人間と言う一時的な戦力である以上、後のことを考えず呪力を拡散させて探知精度を乱している。

 それでも東堂が一か八かで術式を使用し真人と位置替えをしてくる可能性がある以上、念には念を入れて展延を使用している。

 

(だけど、やっぱきついなー。このまま単なる殴り合いだと負けるな)

 

 虎杖に拳を振るうが防がれるどころか軽く肘で跳ね除け、逆に真人の頭を殴ってくる。

 腕を使って目隠しをして足を払おうとするが、動きを読まれてむしろ足を踏み潰される。

 東堂が捕まったのは虎杖もわかっているはずだが、信頼しているのか動揺した様子もなく真人に攻撃を続けている。

 体術と膂力は虎杖の方が若干高い。無為転変を使った物理攻撃と精神攻撃によってその差を埋めるのがいつもの戦いであるが、展延を使うとなると呪力強化だけで戦う必要がある。

 

虎杖(あっち)も術式持ってないから同等っぽく見えるけど、展延分の呪力消費もあるしなぁ。近接戦の優位性(アド)も向こうが上だし、どこかで無為転変(じゅつしき)を解放しなくちゃいけないな)

 

 東堂を拘束した花に関しては攻撃性を捨てる代わりに耐久性を上げる縛りで作られている。

 東堂を封じることに特化しているため処分は出来ないが、分断は出来た。

 このまま虎杖を離すことが出来れば一番良いが、劣勢である以上こちらの思惑通りには動いてくれないだろう。

 そう考えながら殴り合いを続けるが、ふと気が緩んだように真人から笑みが零れた。

 

「…………」

 

 怪訝な表情をしてくる虎杖が意識に入らないくらい、今の真人は機嫌が良い。

 使うことは無いだろうと思っていた物が今、真人を救っている。使ってみた結果だがやはり真人としてはデメリットが大きい。

 だがそれ以上に真人の心に去来している感情は、自分が使えないと思ったものすらもこんなにも活用出来ると言う感激である。

 領域展延で相手の術式を超えた瞬間、真人の視野が広がった気がした。

 世界が広がり、石ころにしか見えなかったものすら煌びやかに今は見える。

 これはこう使えないだろうか。もしかしたらアレはこう使えたんじゃないか。

 戦っている間にも頭の中に色々と思い浮かぶ。

 

最大値(デカさ)を削ることによって最小値(ちいささ)を下げられるようにする縛りは上手くいった。ただこの辺を細かく設定しないと一時的なものと思った縛りも、永久に発動してしまう縛りになったりしてしまうし。まぁ、この後も特にミスっても構わない縛りで実験していくか)

 

 上手くいっている自信はある。だが呪力量と言う懸念はある。

 渋谷に改造人間を放ち、五条悟との戦闘に加わり、玻座真護良と戦い、そして虎杖たちと殺し合いを始めた。

 特に玻座真護良に領域と分裂による身代わりを使わされ、釘崎野薔薇に致命傷を食らわされたのが最悪だ。自己補完でなんとかなる無為転変と違い、慣れない領域展延も消費に拍車をかけている。

 デカいことはもう一回、良くて二回までしか出来ない。

 財布の中身を見てもう屋台を巡れないことに気づいた子供のように、真人は祭りの終わりを感じた。

 

 真人が領域展延を解除したのを、虎杖は目にした。

 

「東堂!!」

「――無為転変・命脈」

 

 壁に片手を当てて何らかの細工をする真人を見つめながら、虎杖は小石を拾い呪力を込めながら目一杯叫ぶ。

 聞こえるかどうか不明であったが空中に石を投げた瞬間、こもった拍手の音と共に東堂の姿に変わる。

 だが領域展延を解除したと言うことは、真人の中で不義遊戯の対策以上に優先度が高い何かが生まれたと言うこと。

 虎杖と東堂が駆け寄るよりも先に、真人は口から改造人間を取り出す。

 

「コイツ、どれだけ……っ!」

「いいや、ストックはこれで終わりさ」

 

 尽きぬ改造人間に思わず虎杖は呻くが、真人は素直に告白する。

 そして両手で小型の改造人間を握り潰す。

 

「多重魂――撥体!!」

 

 不格好な蛇のような怪物が溢れるように真人の手から出現する。

 その巨体を活かして天井を壊し虎杖と東堂、そして真人を地下から押し上げるように連れ出す。

 虎杖と東堂は素早く改造人間から離れ地面に着地する。

 それを改造人間の上から見下ろし、両腕を広げながら、

 

「んじゃ、始めようか。俺たちの戦いの決着を」

 

 終わりを宣言した。

 

 

 




裏梅と玻座真は『うえきの法則』での「自分の声を冷凍ガスに変える力」と「旅人(ガリバー)」の相性のような感じ。


※追記
感想の方で原作の宿儺は不義遊戯対策で展延使って来なかったしこれに関してはどうなんだろう、と言う疑問の声がありました(否定的な声ではないです)。これに関しては領域展開後の術式の焼き切れ中もあって展延の使用条件満たせているのかどうかと言うこともあって、あんま答えられないんですよね。領域に術式を付与したパターンだと使っていますが、まだ十種が生きていた時ですし。
ただ東堂が呪力を捉えられないと不義遊戯が発動出来ないと言う内容が原作の方で出たので、展延による術式の中和はありなんじゃないかーと言う形で進めます。

なお、本編で無法者玻座真は術式焼き切れていても展延使ってますが。
玻座真と東堂による不義遊戯議論はまた出る予定です。


※さらなる追記
ついに原作の方で展延について触れられましたが、とりあえずこの作品はこのままで行きます……その分、上記で書いている通り玻座真と東堂が話し合う場面で補完します(大分後だけど)。
まぁ補完内容も大きく変える必要は無さそうかな、と言う感じです。
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