呪術世界の結界術師 作:ペンギンくん
原作の方で展延について触れられましたが、とりあえずこのまま行きます。補完話でどうにか誤魔化します(この文章も7話のあとがきに記しているので、時期を見て消します)。
いやまぁ、普通にショックではある……。
乙骨は特級術師であるが、評価はあまり高くない。
そして乙骨もそれに関しては妥当だ、と思っている。
現在高専に所属している呪術師の中では呪力が一番多い。反転術式が使える上に、それで他者を癒せる。何より外付けの保管している呪力と
単体としても体術と剣術が優れており、その膨大な呪力に裏打ちされた肉体強化によって術式を使わない格闘だけでも高位の呪霊を祓える実力がある。
だが、中身を見ればまた評価が変わる。
呪力操作の精度が低い。それにより燃費が悪いため膨大な呪力も底が尽きることが珍しくもない。
模倣によって得た他者の術式もリカと接続しなくては使えない。使えるようになっても5分の時間が経過すれば繋がりが解けてまた術式が使えない術師に戻ってしまう。
リカと繋がっていない状態の乙骨は単なる反転術式が使える、近接戦闘が優秀な術師と言う評価に落ち着いてしまう。
これであれば彼の先輩である秤金次と玻座真護良の方が強いと言えるだろう。
とは言え乙骨の脅威度は変わらない。
外側から見ればその5分の制約が漠然としていると言える。実のところ5分以上も接続出来るかもしれないし、何だったら戦闘中に突如乙骨が呪術師として成長して時間が延びる可能性もある。そうじゃなくても縛りと言うものがある以上、その5分という言葉を信じてはいけない。
何より乙骨は呪術師になってまだ浅いのだ。
修行によって呪力効率が改善されるだろう。成長曲線はまだまだ上に伸びるはずだ。
今後のことも踏まえると、乙骨の『特級』と言う肩書きは相応しいと言える。
少なくとも彼のことをよく知る呪術師たちは、特にその肩書きが不当なものだとは思っていない。
……もっとも、『特級術師』と言う肩書きが、その実力だけで認定されているものなのかは微妙なところであるが。
「……さて。どうしようかな」
仙台結界強者の一角である烏鷺享子を見上げながら、乙骨は呟く。
彼女は術式を使用しながら空中に浮かんでいる。
特徴的なのは彼女が全裸であることであり、術式で空間を歪ませて局部が見えないようにしている。
乙骨には共感出来ないことだが、露出狂と言う素肌を晒すことに快感を覚える人種がいることは知っている。だが局部を隠していることから、そちらの気がないのだろう。
(となると術式のために服を着ていないってことだよね。……素肌で触れている、触っている空間を歪ませられる術式ってところかな)
範囲を広げるために羞恥を捨てて術式を行使している。
気にする必要がある部分は、彼女は常にこの状態のまま……と言うことだ。
(避難誘導しながらちょくちょく気にしてたけど、ずっとこの状態で空にいた。常在戦場の心を持っているとかじゃなければ……自己補完の範疇かもしれない。そう考えると尚更気を付けなくちゃいけないかな)
呪術の行使による呪力消費量よりも回復量の方が勝ることを自己補完と呼ぶ。要するにプラスマイナスゼロで完結する状態のことだ。
代表的なのは五条悟であり、彼はどれだけ大技を使おうと六眼による呪力効率によって消費量よりも回復量の方が上回っていることで有名だ。
(見る感じ
どちらにせよ術式の燃費が良いのか呪力効率が高いのか、そちらの方面に自信があるタイプと乙骨は見た。
乙骨が知っている自己補完出来る呪術師が大抵ランクの高い人たちなので、より警戒してしまう。
(呪力効率が良くて、それに上空に飛んで自分のペースで戦える。……さっき攻撃を受けたけど、防御も問答無用で突破してくる。呪力を放出する攻撃も曲げられるし。相性悪いなぁ……)
顔には出さないが内心気分が下がっていた。だが戦わないと言う選択肢は存在しない。
そもそも乙骨たちはここへ戦いに来たのだ。そうじゃなくても先輩である玻座真が戦っている中、自分だけが安全圏にいると言うのは乙骨の性格上ありえないことだった。
(先輩の方も相性が悪そうな泳者と戦っているみたいだから、合流が厳しそうかな)
「チラチラと向こうを気にしているみたいだけど、そんな余裕あんの?」
苛立ったように烏鷺が乙骨に声を掛ける。
少し前に彼と話をしたのだが、それにより彼を怨嗟の対象の子孫だと判断した。
何もかもがムカつく相手だと認識した烏鷺は「このクソ野郎だけは自身の手で潰す」と心に決めていた。
そんな彼がどうにも戦いの最中だと言うのに別の場所に意識を向けていることに気づく。
本来であれば相手の集中力が欠けている状態と言うのは戦いにおいて有利に働く要素なのだが、それすらも今の烏鷺にとっては理解していても苛立つ要因になってしまう。
「……無いですね。実際、僕の防御は突破され逆に攻撃は届かない。届く呪力攻撃ですら貴女は歪ませて返せる。このままだと僕は詰みですね」
「このままだと、ってことはアンタのお仲間の合流を待つってわけ?」
石流よりも高い位置から観察していた烏鷺は理解しているが、ドルゥヴとの戦いにおいて玻座真は高度な空間干渉能力を見せていた。そうじゃなくても手前の
空中戦も出来ることから、正直言って烏鷺にとって優勢を取れない相手であるのは確かだ。今は劣勢を強いられている乙骨でも彼と協力すればどんな相手でも圧倒出来るだろう。
だが……玻座真は目立ち過ぎた。それにより石流がちょっかいを出しに行ってしまった。
乙骨が市民の避難を優先させていたことから、それも作戦だったのだろう。
防御能力の高い玻座真が動いたのは探知能力によって各個撃破をするため。そして烏鷺は知らぬことだが、乙骨は反転術式で他者を治せるため市民の近くにいた方が良いのだろうと判断した。補足するとリカと言う自律戦力を持っていたのも理由の一つだ。
市民の避難に注力することに関して、別にとやかく言うつもりはない。曲がりにも烏鷺も暗殺部隊とは言え政府側の人間だったため、自分はもう人助けなんてしないが……人助けをしようとする人間のやりたいことは理解出来る。
それでも他人事として語るなら、乙骨たちの動きは甘いと言える。
ドルゥヴを撃破した時点で乙骨は一般人たちに自分たちで動けと指示して石流を探しに行き、強襲するべきだった。
空を飛んでいる烏鷺の方は玻座真なら戦えるとすぐにわかるはず。ならば姿が見えず不安要素がある石流を叩きに行くべきだった。動かなかった結果、明らかに相性の悪い烏鷺と戦うことになり何も出来ず手をこまねくことになっているのだから、相手の能力がわからずとも別の敵を積極的に探しに行くべきだったのだ。
「……いえ。僕が先輩の足を引っ張るわけにはいかないので、僕自身もしっかりと戦いますよ」
そう言ってからチラリと視線を、今度は仙台スタジアムの方に向ける。
コイツまた余所見をと思いつつ烏鷺も釣られて仙台スタジアムの方を見てしまう。
元々彼は仙台スタジアムの方から来たのだ。もしかしてあっちにこの状況を逆転出来る何かがあるのか、と思わず見てしまった。
そして……思った通り、仙台スタジアムに向けて乙骨は駆け始めた。
「チッ!!」
シンプルに面倒臭いと舌打ちをしながら烏鷺も後を追う。
戦うという言葉はブラフで逃げた、とは思わない。
結界の外から入ってきた泳者は乙骨たちが最後である。だがすでに仙台結界にいた者たちの中に、烏鷺の術式への対抗能力を持つ覚醒型の泳者がいないとは限らない。
自分一人だけなら無理だし戦いたくもないが、乙骨と戦うのであれば話は違うと前線に出てくる者もいるかもしれない。
(クソ、私より速い……!)
呪力強化で走るよりも飛行の方が烏鷺としては速度が出るが、それでも乙骨に遅れをとっている。空気抵抗の影響を減らすために空間を歪ませて加速しているが、残念ながら僅かに乙骨の方が速い。
先回りは出来ない。……逃げるか?
一瞬その選択肢が脳裏に過ぎるが、すぐに捨てる。
向こうには高度な探知能力を持っている術師がいる。忌々しいことだが烏鷺は石流が容易く倒される存在ではないと理解しているため、彼が戦っている乙骨の仲間が早々に合流出来るとは思っていない。
だが、ここで逃げると言う選択をすれば相手に時間を与えることになる。何より……烏鷺のプライドが許さなかった。
いや、矜持よりも――乙骨憂太への怒りが逃げると言う選択肢を消していた。
(領域を使うか……?)
ここで乙骨の行動を制限するためにも領域展開を行うかどうか。
結界術師の存在を考えればあまり領域を使わない方が良いと考えていた。それだけではなく石流の砲撃が流れ弾で飛んでくる可能性もあるため控えていた。
領域の結界は内側の方が砕かれ辛い仕様となっているため、外側からの攻撃に脆いと言う弱点がある。そのため石流のバカみたいな呪力砲が当たれば領域が壊される危険性がある。
領域が壊れれば、術式が焼き切れる。
その懸念もあり今までその手札を切らずにいたが……。
「……あ?」
次の一手に悩んでいて反応に遅れた。
地面を蹴り、乙骨が方向を急に変えた。
変えたと言っても大きく逸れた訳ではなく、少しだけ角度をズラした程度の動き。
だがその方向は仙台スタジアムから外れている。
何を――そう思った瞬間、乙骨は道路に放置されていた車に飛び込んだ。
窓は開いており、そこに足から飛び込む形で入り込み、そしてその勢いを維持したまま反対の窓から出てきた。
「……なるほどね」
少し考え過ぎたと焦って熱くなっていた頭を冷ますためにも、状況を改めて確認する。
乙骨の目的は仙台スタジアムにいる誰かと合流することではなかった。
だが戦力の追加と言うことは合っていた。
(私が強襲する前に武器を配置していたのね)
睨むように乙骨を見つめる。
車から出てきた彼の手には日本刀と……鎖鎌があった。
(呪力は感じるけど微量程度。低級の呪具って感じだけど……それをわざわざ持ち歩かないで隠していたのがウザったい)
乙骨は仙台結界に後入りしてきた泳者であるため、元々仙台結界内に放置していた自分の呪具を取りに動いた、と言うわけではないだろう。車も死滅回游が始まった結果、乗り捨てられた一般の物のはずだ。
仙台泳者たちの意識が玻座真に集中している間に
(そこの車以外の場所にも呪具を隠している? 呪具を使うのは術式を使えないから、もしくはまだ手札として切りたくないから)
生得術式を持っていない、あるいは呪術を使うためには何らかの条件が必要。
要するに呪力強化だけで戦うには心許無いと考える術師が、呪具を使うイメージはある。
とは言え、当然だがそう言った弱者側の術師だけが使うものではない。
便利だから使う。強い呪具を手に入れられたから使う。無駄に呪力を使いたくないから呪具を使う。
強い奴が、さらに強くなるために武器を使うのは当たり前。むしろ下手な拘りを持った方が戦いにおいて勝てないどころか生き残ることすら出来なくなる。
(どちらにせよ警戒度を上げるべきね)
どれだけの
等級が低そうな呪具を手にしたが、これも烏鷺を自身に留まらせておくための戦力調整の可能性があるため侮るわけにはいかない。
「シィ――!」
鎖鎌が烏鷺を目指して投げられる。
空間を歪ませる術式を纏わせた腕で弾こうとするが、腕を支柱替わりにして巻き付こうと折り曲がり始める。
それをもう片方の手でさらに空間を捻じ曲げ、鎖鎌の向きを乙骨の方へ向けようとするが。
「…………」
ぐいっ、と手元の鎖を動かすだけで乙骨は対処する。乙骨に向きを変えようとする鎌は大きく回り、烏鷺の体に巻き付こうとする。
鎖鎌なんて烏鷺は使ったことがないため、どうやれば空中で投げた武器を動かしたのかわからない。一瞬その動きに戸惑い、抵抗が遅れる。
「クソッ」
仕方なく術式を停止し、わざと落ちることによってその場から抜け出す。
烏鷺は術式を使い空に浮かんでいるが、飛行ではなく浮遊に近いものである。
『空』を掴み、操る術式。そのため鳥や虫のように羽を使って飛ぶ形とは違い、手を使って水中を泳いでいる形に近い。
呪力強化した足で空中を蹴って上に跳ぶことも出来るが、そうすると膝に力を入れるなどの行程が発生する。ゆえに上昇よりも落下の方を選択したが、
「ふっ……!」
跳躍して烏鷺に接近した乙骨が刀を振ってきた。
等級が低そうと言えど呪具は呪具だ。未知の力が宿っている以上、軽く触れてはならない。ましてや形が刀剣であるのであれば、内容も接触式の呪術が込められているはずだ。
空間を歪めて剣先を誘導し、そしてその手を乙骨に向けて突き出す。
「『宇守羅彈』」
空間を面として捉え、それを砕くように両手を押し出して……敵を吹っ飛ばす。それが烏鷺の『宇守羅彈』と言う技。
どれだけ体を硬くして防御しようとしても、烏鷺の術式に巻き込まれたモノは硬度を無視したダメージを与えられる。
鉄の塊を殴れば当然拳の方が痛くなる。だがその鉄がスライムのように軟体の性質を帯びており、なおかつ恩恵を受けるのは殴っている烏鷺の方だけとなれば、拳のダメージは丸々鉄に入る。
無論、呪力強化の分だけダメージは減少しているが、乙骨は肉体的には頑強と言えないのだ。彼女の技は特に効く。
「あ?」
だが、乙骨も伊達に特級術師と言う肩書きを戴いているわけではない。
吹き飛ばされると同時に鎖を手繰り寄せ、そのまま烏鷺の突き出した状態の両腕に巻き付ける。
「しまっ――」
勢いよく遠くの地面に叩きつけられようとしている乙骨は接地までの間に大きく腕を振って、烏鷺を振り回す。
建物や街路樹に叩きつけられ、さらに乙骨が地面に叩きつけられるのと一緒に彼女も地面へ体を思いっきり叩きつけられる。
片腕が空いている乙骨と違い、両腕を拘束されている烏鷺は抵抗出来ず叩きつけられた。
乙骨に与えたダメージは大きいが、烏鷺の方も同じだけダメージを食らった。そして未だに烏鷺の両腕は鎖によって拘束されている。
「クソッ」
腕に呪力を集中させて鎖を砕こうとするが、壊れることがない。
さもありなん。刀も鎖も、特殊な術式が刻まれた呪具ではない。
ただただ頑丈であると言う効果なだけであり、乙骨の莫大な呪力にも耐えられると言う効果しか存在しない。
特級呪具『游雲』のような内容であるが、それこそ格差があるためもう少し時間を掛ければ壊れただろう。
だが、そんな時間は存在しない。
「な、ぐっ!!」
体勢が崩れているところを狙われ、刀が振られる。
何とか剣先を術式で逸らしたが、手の中で柄をくるりと回して勢いを残したまま返しの振り抜きを行う。
峰の方を烏鷺に叩きつけ、続けて蹴り、距離が空かないよう鎖を寄せて二度目の蹴りを放つ。
「…………」
だが烏鷺も百戦錬磨の術師だ。
二度目の蹴りを拘束している鎖になんとかぶつけ、同時に自分も力を加えて何とか壊す。
無理やり引きちぎったため腕がズタボロになってしまったが、形振り構っていられない。
――『宇守羅弾』。
乙骨に突進するような形で接近し、体をぶつけるようにしながら術式を発動する。
無理な体勢からの突撃だったためダメージは微量であるものの、距離は作れた。
その間に残った鎖鎌を遠くへ投げつけ、次の攻撃の姿勢を取る。
また空中に移動してしまうと乙骨が再び呪具を取りに動くかもしれない。ならば相手が望む近接戦を維持し、逆に選択肢を狭めることにする。
それを読み取ったのか、乙骨も刀を構え駆ける……が。
「……え?」
「…………!?」
大地が大きく震え、轟音が鳴り響く。
思わず二人の動きが止まり、相手から音の方へ視線が向く。
離れた場所から強力な呪力を感じると同時に“超大砲”が仙台結界の中を直進する。
射線上にある全てを滅ぼしながら突き進み、それは仙台スタジアムの真横を通り過ぎる。
(……リカちゃん!)
(憂太……こっちには当たってない)
指輪を通じて仙台スタジアムを守らせているリカから状況を聞く。
当たらなかったようだが、想定以上の被害が出ている。遠目から石流の呪力砲は見えていたが、今見えた桁違いの呪力砲は危険過ぎる。
(聞いた限りなら
威力を考えるとリカですら倒されなくても避難民を守り切れないかもしれない。
それでも避難民を、そしてリカを今から動かすことは出来ない。
(どうす……っ!?)
思いっ切り殴られ、口を切った。
意識を他の場所に向け過ぎたようで、烏鷺の動きに反応が遅れた。
彼女も大威力呪力砲に驚いたが、事前に石流と何度か交戦していたため彼の実力は把握していた。
あれほどの呪力砲を放てるとは思っていなかったが、それでも考えることが多い乙骨よりも動揺は少なかった。
精神の乱れを突き、相手が落ち着く時間を与えない。
元々彼女は暗殺部隊に所属していた。故に隙を突くことに長けている。
(また両腕を拘束されちゃ堪ったもんじゃない。そしてさっきの問答からしてコイツは身内に対して甘ちゃんだ。なら、仲間の心配をして焦るはず。そこを潰す!!)
乙骨は知らぬことだが烏鷺の領域の掌印は両腕を交差させる形となっている。
あのまま拘束されていたらまともに戦えなくなるどころか、切り札さえ封じられたままだった。
そもそも拘束と言うのも最悪だった。烏鷺の術式は直接的な攻撃能力は乏しく、拘束から抜け出すには乙骨の攻撃を利用するしかなかった。
簡単に言えば烏鷺の術式は逸らし、曲げるものである。だが拘束された場合は逸らすも何も無くなってしまう。理解していたのか不明であるが乙骨は烏鷺に対しての最適解を出していたのだ。
まだ呪具があるかもしれない以上、取りに行かせるわけにはいかない。
畳み掛ける。
それが烏鷺の出した答えであり。
「…………」
そして、乙骨の答えであった。
仙台結界では玻座真が戦い続けてくれたおかげで乙骨の体力も呪力もまだまだある。
それにより反転術式をまだ見せていない。
(タイミングを計り、向こうが防御よりも攻撃に心が偏ったところを一気に突く)
確かに乙骨は呪力砲を見て冷静を欠いた。
だが烏鷺が思っているよりも早く頭は冷えており、焦っているような
彼女の考えとは違い、乙骨は
(先輩ならあの呪力砲に対し
玻座真の実力なら仙台スタジアムに向けて再び呪力砲が放たれるようなことはないはずだ。
次があるとしたら今度は防ぐはず。
そう考え、二人の術師はお互いの思惑を重ねる。
だが、再び戦況が変わる。
「……は? はぁ!?」
「――――」
乙骨も烏鷺も、先程と同じように……そして同じ場所へ視線が向く。
玻座真と石流が戦っているはずの場所。そこからまたも大きな呪力が膨らむ気配を感じた。
だが今度は……その呪力に二人も巻き込まれた。
◆◆◆
煙草に火を点け、一服を始める。
コガネが喚いていないと言うことはまだ死んでないはずだ。
だがわざわざ息の根を止める、と言うことはしない。
お互いがお互い本気の戦いをしたかっただけであり、その末に死ぬのであれば仕方がないが、それ以外なら別に殺したいほど憎いわけじゃないから……別に手を下さない。
ただ、何も処置をしなければ玻座真は死ぬだろう。
先に意識を取り戻し反転術式で治療をするならともかく、放置すれば死ぬぐらいには重傷を負わせた。
石流の経験則的にも、このままにしておけば勝手に死ぬだろうとわかる。
生前でも、そして死滅回游中にも同じような存在を見てきた。
楽しかったし感謝の気持ちはある。だけどわざわざ殺すつもりはないが……助けるつもりはない。
一服を終えれば、玻座真と一緒にやってきた彼の仲間の元へ向かうつもりだ。
烏鷺と戦っているようだが構わない。乱入してやるか、と思いながら吸い終える。
「あばよ」
携帯灰皿に吸い殻を入れて立ち去ろうとする。
そして最後に玻座真に一瞥しようと顔を向けて――殴られ壁に叩きつけられた。
(……は?)
血まみれの玻座真が突如起き上がり、石流の左頬を思いっきり殴ったのだ。
そのことに理解が一瞬遅れるが、石流の残った左目はしっかりと状況を把握するために動く。
玻座真の後ろには角度を付けて結界が展開されており、それによって勢いよく玻座真が立ち上がったのだろう。
よく見ると石流の背後には壁なんて存在せず、そちらも玻座真が展開した結界である。
石流ですら気づかなかったことから、出力よりも展開速度を重視した調整の結界なのだろう。
だが問題はそこじゃない。
「お前……ほぼ死んでただろ!?」
「あぁ、高度な死んだフリさ」
まさしくゾンビを見るような目で玻座真を見る石流に対し、彼は自身の胸に手を当てて話し始める。
「心臓を結界で囲い無理やり動きを止めた。無論、数分とは言え高い医学知識を持ってないやつが無理やり心臓を止めれば酸素だとか血流だとか血管だとかに障害が生じるが……そこは反転術式で無理やりカバーしたさ」
「……死んだフリをするために、体を治さずにいたのかよ」
イカレてやがる、と思わず石流は冷や汗を流しながら笑ってしまう。
それこそ放置していたら死にそうなぐらいの大怪我を治さず、追加で体内を傷付けながらも死んだフリをしていたのだ。それも石流が一服している時間も、だ。
完全に気が抜けた瞬間を待っていた。そのことを理解し戦慄する。
「さっきの威力底上げの縛りで肉体の呪力強化すら出来なくなってるだろ。ここでゆっくりしているのも、呪力戻るまで待ってたってわけだ」
「はっ! 大正解だよ!!」
玻座真の弱い呪力強化でもダメージが入るボーナスタイム……ではない。
現在の玻座真は右腕しかなく、さらに体はボロボロである。心臓の動きを無理やり阻害したからか呼吸も怪しい。
例え縛りによって短時間、呪力が扱えなくとも基礎体術と負傷の度合いによって、そこまで不利にはなっていない……はずだが。
(くっそ。思ったよりきっついな)
玻座真の拳撃を対処しながら石流は歯噛みする。
呪力が使えなくなったことにより今までの戦闘感覚に支障が出ている。
術師による戦闘とは、呪力強化をしているかどうかでかなり左右される。
術式依存型の術師である玻座真やドルゥヴですら、性能が低かろうと呪力強化はちゃんと行っている。そのぐらい術師の戦闘と呪力強化は密接している。
呪力が使えない今、長年の感覚が歪んでいる。
先程の結界による攻撃で負傷した右目のこともあり、今までまともに入らなかった攻撃が素直に入る。
「…………」
しかし食らったことにより気づいたこともある。
ただでさえ低い呪力強化に合わせ、反転術式での治療もあってダメージ量は少ない。
そのことを理解し避けるよりも上手く受けた方が良さそうだと考え、防御に専念する。
(……さすがってところか。消し飛ばした左腕が生え始めている)
反転術式によって玻座真の左腕が元の状態に戻ろうとしている
極めて早いわけではないが、戦闘中には治るだろう回復速度だ。
あまり痛みで動きが鈍っているようには見えないが、さすがに腕を失った状態で戦うのは初めてのようで、何とか倒れないようにしながら戦っている。
生え治ると言うと聞こえが良いが、腕一本分の変化によって歪な体重移動に襲われ苦労しているように見える。
それも空間把握能力で外側からの観測でバランスを何とか維持しているのだろうが、あまり高くない近接戦闘技術をより低下させている。
反転術式で玻座真が治るのが先か、石流の呪力が戻るのが先か。
不格好な
進路妨害のために展開される結界に気を付けながらも、攻撃だけを捌く。
「……『結』」
再びの結界。攻撃用ではなく妨害用の小技。
足下や背後、なんだったら頭上も注意するが……。
「は?」
目の前。
青色の壁が視界を阻むように出現し、石流の思考が一瞬止まった。
玻座真の汎用結界術は色付きであるが半透明であるため、向こう側が見えるようになっている。そのため玻座真の動きはしっかりと見えている。
攻撃をしているのは玻座真側なのに、その邪魔になる場所に壁を作った。
そのことへの思惑を読み取ろうと脳が勝手に動き始めるが……すぐに切り捨てる。
作戦、策謀。そう言った深いものはない。
ただただ一瞬だけでも、石流の思考を奪えればいい。そのための結界。
「ウッラ!!」
結界をそのまますり抜け玻座真は思いっ切り蹴りを放つ。
すり抜け設定も出来るのか、と頭の隅で考えつつ蹴られた石流はその勢いを利用して玻座真から距離を取ろうとする。
だが、それよりも先に玻座真は彼の左手を取った。
そう、左腕ではなく……左手。
手を組むように手を取られる。それによって指が無理やり押さえられる痛みに石流は顔を顰めるが、すぐに何かに気づく。
「お前、まさか――」
「男に手を握られても嬉しくないって? 俺もだよ」
珍しく笑みを浮かべながら玻座真はしゃべる。
極めて獰猛な、威嚇するような……笑み。
「領域展開――【封身淵祇】」
不動明王の印。
相手の手を使い玻座真は片手で掌印を組み、領域を展開した。
頭の螺子が外れた様子を見せてからが、実質呪術廻戦の始まり。
次週は確定で休み、再来週は休む可能性あり、ぐらい。
早いようですが、来年もよろしくお願いします。
(聞いた限りなら
>乙骨君は大分信頼してくれているけど、彼に話した内容は言うほど大丈夫じゃない。まだ出してない切り札だけど、全然大丈夫じゃない。ぶっちゃけギャンブル。