呪術世界の結界術師 作:ペンギンくん
霧の世界から更なる闇の世界へ踏み出そうとしたところで、玻座真は足を止める。
そして
「冬虫夏草だったっけ。キノコに詳しくねーから細かくはわからんけど」
大きな血豆のようなものが体を覆っており、まるで血の袋が動いているようにも見える。
その血袋が一人で動いている……いや、二本足で歩いている。
人間。
それは人間と言う生物であり、生きて動いているのだ。
ただし……それを見て
相互利益のために取りつく共生と違い、一方的に搾取するために取りつく寄生。
悪意を以て相手に取りつき苦しめ、奪っている……わけではない。単に寄生生物する生物とは、そういう生態をしていると言うだけの話だ。
ただし、悪意はなくとも悪質に見えることには変わりない。少なくとも死骸から突き出るその姿は、美しさよりも不気味や冒涜性を感じる者もいるだろう。例えそれが自然の摂理から生じたものだとしても。
……もっとも、
「ウゥ……」
ふと、異形化している人間が何かを言っているのを耳にする。
重い物を引きずっているかのように鈍足で歩きながら、それはとあることを口にしている。
「タスケテ……タス……ケ……テ……」
「…………」
助けを求める声を、その変質した口から漏らしている。
喉も変質しているのか非常に聞き取り辛いが、それでもその声は聞こえた。
それを聞き玻座真は、
「……そう言う創作生物いたよな。なんだけ。捕食対象の助けを求める声を真似て、さらなる犠牲者を呼び寄せるみたいな」
冷静に
肉体としては生きているだろうが、人としての尊厳を保ててはいない。
無理やり肉体を動かされているだけに過ぎず、しかも解放されたとしてもまともな精神が残っているかどうか非常に怪しい状態。
何より彼らはすでに災王臥馬の手駒なのだ。
生きているか死んでいるかの違いはあるが、真人の改造人間と変わりない状態である。
……殺した方がマシ、と言う部分も含めて。
「もっとも、今回は全部潰すしかないんだが」
呟きながらその人間に……
「『結』、『滅』」
結界で囲い、滅する。
それによりゾンビは消滅し……玻座真は眉間を歪める。
(……一瞬、結界が乱れた。ゾンビ動かしている呪病も、呪力を食べる特性を獲得したか?)
災王臥馬が使役している呪病の中には呪力を食らう疫病もいることは確認している。
ただそれは災王臥馬のエリア内を漂っているだけであり、わざわざゾンビに取りついているような感じではなかったはずだ。
原因は明らかであり……外国兵たちが大勢入ったことにより得られる呪力が増えたのだ。
(本当に面倒なことを……。どう考えても相手の術式は『操術』系統。本来なら俺にとって得意な分野だが、こうなると時間を掛けられないな)
術式は大体分野を二つに分けられる。
呪法と操術。
前者は直接攻撃・自身の強化に秀でている術式であり。
後者は間接攻撃・他の存在の強化に秀でている術式である。
呪法タイプは本人が攻撃するため火力が高いタイプが多い。裏梅の氷凝呪法や禪院家の投射呪法がわかりやすい。
操術タイプはわかりやすく自分以外のモノを操るため、事前の準備が必要なものが多い。夜蛾学長やメカ丸の傀儡操術による人形や、加茂家の赤血操術のための血液パックがわかりやすい。
(操術型は時間やコストを掛ければ掛けるほど戦力が増えるタイプだから、この場合はさっさと倒さないとマズいんだよな……)
操術タイプは物量型になりがちだから広範囲攻撃が出来る上に、遠距離攻撃で術者本人を攻撃出来る玻座真にとって優勢を取りやすいはずなのだ。それこそ呪霊操術の使い手である特級術師、夏油にすら優勢を取れるレベルだ。彼の肉体を使っている羂索が障害を取り除く術式を持つ呪霊を使役していなければ勝てるのでは、と思えるぐらいには。
そして同じく例外なのは今回、呪力を食らう呪病なんて存在を作られたことだ。玻座真に関わらず大抵の術師には利く厄介な手札であるため、言うほど例外ではないかもしれないが。
(真人の『無為転変』も操術タイプだが、あれは術式内容自体の殺傷能力が高すぎる上に対象が魂なんてものだから、範囲が広いんだよな。……だが、災王臥馬は本体強化が出来るタイプじゃないはずだ)
この世はプラスがあればマイナスが発生する。強い術式には何らかのデメリットが生じやすい。
五条の無下限呪術は実質『六眼』必須な上にあったとしても操作が大変だと言う。
真人の無為転変も、本来の手で触れる必要があると言う縛りがある。
はっきし言えば災王臥馬の術式であるウイルスや細菌を改変・強化出来ると言う能力は真人の無為転変に通ずるものがある。その上で真人以上の改変能力を持っていると言える。
だがそれだけ強い能力となると、この場合は本体が特級呪霊にしては脆弱と言うケースの方が高そうだ、と玻座真は考える。
「――『絶界』」
薄く体を覆う程度に拒絶の結界を展開する。
細菌だろうがウイルスだろうが生物的な動きをする以上、相手を害するには接触が必要である。であれば、接触するものを消滅させる『絶界』を使う必要がある。
その状態で霧の世界から……黒い靄が漂う世界に踏み出す。
(……なんか、原作の【結界師】を思い出すなぁ)
ふと、【結界師】の主人公が異界に侵入する際に自身を保つために『絶界』を身に纏う程度に薄く展開していたことを思い出した。
思わず苦笑しながら闇の中を進んでいく。
「…………」
そう、闇だ。
人間の目には見えないはずの微生物が目に見えるほど群れて、そして禍々しい呪力を纏っている。
黒く見えるほど濁った呪力。色合いだけではなく、その呪力の成り立ちを考えれば……玻座真の目の前に広がる光景はまさしく闇そのものだ。
瘴気、という言葉が頭に浮かぶ。
ファンタジー作品などでは魔物に関わる澱んだ魔力として登場することが多い名称であるが、元々は病気に関する単語である。
その時代に生きた人々は自分なりに呪いや祟りではなく、もっと現実的な原因が瘴気と言うものにはあると説を出していた。
「病気の呪い、は皮肉が過ぎるな」
嘆息を零しつつ、目の前の闇よりも黒い結界を身に纏い瘴気の中を進んでいく。
玻座真の身を侵そうと、喰らおうとする呪病が絶界に触れ……そして消滅していく。
呪力を食らう生物たちも、その黒き呪力に触れた瞬間に消え失せる。
「…………」
想定通り、絶界は食らい切れないことを確認して玻座真は肉体強化を施しながら進む。
彼は反転術式を使えるし、リカも反転術式で治療出来るが……懸念点は多く存在する。
何より外側からの侵入と言う追加の乱数がありうるため、災王臥馬の強化の件が無くとも出来るだけ早く済ませたい。
「……思ったよりもきついな」
進入してみてわかったことが二つある。
心棄弄の霧と同じで呪力が満ちた空間であるため、特定のものを探知するのが難しい。いつもであれば『黒姫』で濃い探知結界を展開するのだが、呪力を食らう呪病のせいで絶界以外の結界は目的のものを見つけるよりも先に途絶えてしまう。
それでもなお、玻座真の優れた空間に対する感度能力は瘴気の中に存在する強大な呪力の持ち主の位置を捉えていた。
……ただし、それが複数存在しているが。
(
災王臥馬のエリアは心棄弄に比べて狭いと言える。
ただしそれは全体図で見ればの話であり……一体の呪霊を探すとなると十分広い範囲である。
一番の問題は乙骨の安否と玻座真の呪力残量と言う時間制限があること。その状態でどこかにいる呪霊を探すのは、本音を言うと大変なんてものではない。
だが……それは幸か不幸か、その心境は力に変換されていた。
拒絶の心。
玻座真の絶界は拒絶の感情による呪力だけに絞ることによって成立させられている術式である。
絶界と言う絶対安全術式に身を守らせているが、それでも汚染環境地帯を進むことに拒絶感が湧き続けている。直接触れていないため害はないが、そこにいると言うだけで嫌悪感は発生する。心境としては手袋越しとは言えナマモノのゴミを片付ける時の、感触の気持ち悪さに近い。
さらにここは視界が極めて悪い上、いつもであれば把握出来ている空間感知範囲も狭められている。
そしてその狭まった感度の中ですら、この闇の中で起こっているクソッたれなことを十分感知出来ていた。……つまりそのクソったれな状況は、このエリアではありふれた出来事なのだと理解させられる。
そう言うことに対して一時的な不快感を示すことがあっても心が蝕まれ続けることがない玻座真にしても、さすがにストレスが溜まる。
負の感情による呪力の生成。
心配していた呪力の残量に関する問題は、忌々しいことだがクリアしていた。
――パンッ
――パパパパパンッ
突然、炸裂音が鳴り響き、玻座真は足を止める。
最初の音を開始の合図とするように、至る所から鼓膜を刺激する音が闇の中に鳴り始め……それがずっと続く。
「……そこまで出来るのか」
銃撃が玻座真を襲い続ける。
同じ位置から絶えず撃たれているのではなく、誰かが尽きれば他の場所から続くように銃弾が放たれる。
絶界で銃弾は遮られているが、問題はダメージではなく射撃出来ていると言う点。
「ゾンビども、銃器使えるのか」
普通のゾンビ系のように噛みつくや引っ掻くぐらいはするだろうとは思っていたが、原始的なものではなく現代的な武器を使えるとは考えていなかった。
(寄生元の体に残った知識や能力を操作している……? 敵対対象にオートで攻撃するようにしている、とか?)
微生物とは言え生き物である以上、本能ぐらいはあるだろう。だがさすがに武器の扱い方を理解出来るとは思っていない。例え術式で強化されていようとも、限界はあるはずだ。
パニックものであれば人間並みの知能を持った病原菌が人間を襲う、みたいな展開もあるかもしれないが……玻座真も一人の術師である以上、術式と言うものにはしっかりと限度があることを把握している。
ならば、呪病が銃器の扱いを理解出来ていると言うよりも、一応はまだ生きている人間たちの脳を刺激して動きを操作している、と考えた方が納得はいく。
「……『方囲』『定礎』。『結』、『滅』」
発砲音が多くする方に結界を展開し、滅する。
大きいが、いつもよりかは狭い結界。広すぎると全体が薄くなり呪病に呪力を食われて結界が解けてしまう。
発砲音は減った。減りはしたが、他の場所からの発砲はまだまだ続く。
「…………『結』、『滅』」
呪力を食われる感覚から、結界の質を調整してゾンビたちを消していく。
呪病に侵されている以上、頭だけを消しても倒せない可能性がある。全体を結界で圧殺する必要がある。
正直言って無視したいのだが……推測通りであればこのエリアにいる人間は全員、災王臥馬の呪力源となっているのだ。出来る限り潰せるのであれば少しでも潰していった方が良い。ついでに結界内に入ったゾンビだけではなく漂う呪病も消滅させられているから、少しずつ改善はされているのだが。
「……きつい」
思わず声が漏れる。
そう、きつい。ただただきついのだ。
時間が無い。急がなくてはいけない。だが強くもない敵を処理する必要がある。
延々と身にならない作業をさせられているような感じだ。
「…………」
次の展開も見える。
変質した犬が襲ってきたり、ゾンビが運転する車が向かってきたり。
襲撃方法はあの手この手で変わるだろうが、玻座真にはどうせ通じない。
どれだけ恐山結界に侵入してきた外国兵たちの装備が潤沢だろうが、玻座真の絶界は超えられない。
◆◆◆
超えられない。
ゆえに、戦い方を変える。
そのぐらいの知能は……災王臥馬にはあった。
◆◆◆
「――――っ」
空気が変わった。
いや、
「チッ……!!」
思わず舌打ちしながら玻座真は駆け始める。
まるでその姿は何かから逃げるようであり、今までのことを無視してただただ走る。
そして、
『ぐぇぇえええええ!!!』
玻座真の背後から何らかの奇声が発せられる。
動物の……鳥類の鳴き声にも聞こえる
だが玻座真の空間感知が捉えるその姿形は、確かに鳥の形をしているが……鳥ではなかった。
「……っ」
咄嗟に横へ跳び、転がりながらも回避する。
刹那、玻座真がいた場所を翼が生えた何かが通り過ぎる。
「…………」
翼は確かに鳥のものだ。
だが無理やり飛ぶためには一組の翼だけじゃ足りないらしく、何匹もの鳥の翼が使われている。
頭は一つしかないが、首から下は幾人もの人間の胴体を無理やりくっ付けられており、そこから生える腕に無理やり翼を付けている。そしてその一つしかない頭にも工具用ドリルが無理やり付けられている。
出来るだけ速度を出したいのか足は削ぎ落され、胴体にしても出来るだけ肉が削られており、最低限の内臓さえあれば構わないと言う形をしているのが見える。
血だけではなく黄ばんだ液体を撒き散らしながら、その異形の鳥人間は玻座真を襲うため、闇の中を高速で飛ぶ。
「本当に真人みたいなことを……」
話に聞いた真人の複数の人間を組み合わせた改造人間・幾魂異性体を思い出す。
はっきし言えば改造人間は真人の戦力であると同時に人間に対する
だがあの鳥人間を作った災王臥馬はそう言った悪趣味な発想から作っているのではなく……ただただ
(考えていなかったわけじゃないが、一番面倒なパターンを……)
消されると理解しながらも、一瞬だけ探知用結界を広げる。
想定通りすぐに呪病に食われて消えるが……それでもわかったことがある。
玻座真を目指して鳥人間たちが六体、飛んできている。
先程襲ってきたのを合わせて七体。
この七体は災王臥馬が……呪術連の術師を材料に作り上げた、異形人間。
真人の無為転変のように作り替えて整えたのではなく、細菌を使って無理やりくっ付けたゆえの異形。
嫌悪感を抱くような姿であるが、玻座真が気にしている部分はそこではなかった。
(こいつら術式使ってやがる。しかも奇声を発しているようにも聞こえるが、あれは呪詞だ。……兵士たちが静かになったってことは、使う呪力を鳥人間たちに集中するようになったな)
先遣してきたのはどう考えても貫通能力を持った術式持ちだろう。
結界に穴を開け、一気に攻撃を畳み掛ける予定だった。そして初手の奇襲を回避されたためもはや手札を隠さず攻勢に出てきた。
(さすがに全部が貫通や破壊術式を持ったやつとは考えにくい。術式持ちの改造体の完成ですら難しいはずだし。となると何体かはとりあえず一緒に飛ばしているだけだろうが……)
ゾンビたちと違って術式を持ってなくても、呪力強化は出来る怪物たちがこれから襲ってくる。
いつもであれば小さな結界や尖結などで牽制をしたり、領域展延を使って対処するのだが……今回は実質絶界以外使えない状態だ。
飛んでいると言うのも厄介であり、結界を使っての移動も今は許されない。ヒットアンドアウェイをされるか、攻撃が届かない場所から一方的に攻撃される可能性がある。
「…………」
進化を警戒して即座に玻座真は動いたが、想定よりも早く呪病で死なない侵入者への対処を作ってきた。
やり方と言い、その対応能力の高さに……思わず真人を思い浮かべてしまう。
(……真人、ね)
想定よりも攻略難易度が高くなってしまった。
乙骨のように呪力砲と言う直線状に高密度な攻撃を行えるのであればまた話が違ったのだろうが、玻座真には出来ない。
石流の手が欲しいとシミジミと思っていると、更なる変化が発生する。
「やべ。本当に来やがった」
鳥人間の位置を把握しながら走っていると、正面から何か来ていることに気づく。
その姿は四つん這いであり、玻座真が考えていた通り犬の変質体が何体も走ってきている。
犬の他にも人間もおり、筋肉が傷付くのを無視して限界を超えた速度を出しながら走っている。
「…………」
空中移動が出来ない状態で量による攻めを行う。
絶界の出力を上げ、範囲を広げさせて玻座真の消耗を加速させるための物量作戦。
正直な話、めちゃくちゃ利いている。
絶界の原理を理解しているわけではないだろうが、それでも特殊な縛りで成立させていることはわかっているのだろう。
地の利も時間も相手のものだ。時間が経てば経つほど、玻座真は削れ災王臥馬は強くなっていく。
複雑な戦術を立てられなくてもシンプルな作戦は実行出来る。つまり、時間を稼げば良いと理解しているのだ。
呪霊の強さの水準が、上がっている。
自分で乙骨に言ったことを玻座真は思い出す。
喋れるほどの高い知能がなくても、戦う力を身につけている。
他の
「……悪いな乙骨、リカ。時間切れだ」
呟きながら少しだけ絶界の出力を上げる。
呪病生物に邪魔されないよう、拒絶の力を上げる。
そして――左腕の再生を始めた。
今まで月曜深夜1時に投稿していましたが、もうちょい早い時間に変えるかもしれません。