呪術世界の結界術師 作:ペンギンくん
「外国兵たちと話をつけてきた」
予定外の三大呪霊連続討伐の翌日。
心身共々疲れ切った玻座真と乙骨はリカに護衛を任せ、病院に戻ってすぐに眠り込んでしまった。
たっぷり十時間以上は寝たはずだが、疲れは取れていない。
それでも空腹に負け、もそもそとインスタント食品を口にした。
体はまだ寝たいと訴えていたがずっと寝ているわけにも行かないため、無理やり動いて恐山結界での後処理を済ませていく。
「まぁ正直なところ、南雲先生がいなかったら意思疎通出来ず脅迫だけで終わってたんだが」
「やっぱ日本への出兵だからか、日本語わかる人がいたのも助かりましたね……」
どれだけ兵士として潜伏技術に優れていても玻座真の探知呪術から逃れることは出来ない。
心棄弄の【霧幻包溶】から解放された兵士たちは術を食らい過敏とも言えるほどの警戒心を抱きながら潜伏していた。だがそれでも不意打ちを食らい、兵士たちを気絶させてから拘束して一つの大部屋に集めたのだ。
そこで現在、日本で起こっていることを説明した。
なお、呪病を治療していた医師の先生が多言語話者だったので、通訳してもらった。
災王臥馬が祓われたことで患者たちが快復してきたが、それでもまだ忙しいはず。それでも外国兵に暴れられると困ると言うのもあって手を貸してくれた。
そして話し終えたところで、拘束具に使えそうな物を探す手伝いをしてくれた久本が話しかけてきた。
「それで、話はどう言う風に落ち着いたでござるか?」
「落ち着いたと言うか、君ら死滅回游がされている時に入ってきたから詰んだよって話をしただけですね」
「コガネが外国語にも対応していたのが助かりましたね」
「死滅回游の総則に術式剥奪のやつがあっただろ? つまり脳に干渉出来るってことだし、相手の知識を覗いた状態で展開されるんだろうな。まぁ、そもそもが受肉型のような古い時代の人間が参加する以上、言語とかの問題をクリアする必要あるし」
受肉型は器の記憶や知識を閲覧することが出来るが、その機能自体どこまで羂索が用意したものか不明だ。
対して死滅回游は術者の実力以外は表面上、フェアを装ったルール設定となっている。
言語に関する補助機能が搭載されていてもおかしくない。
「参加者は19日以上、ポイントの移動が無ければ術式が剥奪されると言う項目。これは術師ではない外国兵たちには適用されないと思われるが……羂索のことだから正直どこまで信用して良いのか不明だ」
「ですが、ポイント移動用の総則を追加したでござるよ」
「後付けの総則だからなぁ。最初から用意されている総則の方は結界外でも適用されるが、後付けのモノは適用されない……とかありそうなんだよな。それだったら外国に逃げれば良いで終わるし。……まぁそれはともかく。問題は外国兵たちじゃない」
「……誘拐される日本人たちですか」
「そうだ。日本国外に連れていかれたら、保護だろうが
死ぬ確率が高いのに出兵されている。しかもその任務内容は外道のそれだ。人道から外れた行いに苦悩しながらも出兵を決意した首脳もいるだろう。
だが、連れて行こうとしている対象は水槽の中から出されたら生きられない遊泳魚。外に持ち出さなくていけないのに、外に持ち出せば死んでしまう以上、羂索の誘惑は空手形同然である。
……本当に羂索が謳う人間の可能性の追求とは無関係であり、生贄としてしか彼らは見られていないのだ。
「どっちにしろ
「……やっぱり、羂索は最初から外国人たちがここで死ぬ想定で誘導した感じですか」
呪霊の件が無くても外国兵たちは日本人からすればもはや敵も同然の存在となっている。火器があろうと抵抗されれば、この地で死んでしまう。
それこそ【結界の出入りを日本人だけ可能とする】みたいな総則が作られた場合、食糧問題を残したまま結界に残されてしまうのだから。
「とは言え、本当に俺らまで倫理ってーやつを捨てるわけにはいかないからなぁ。……やっぱり死滅回游を畳んだ後、どうやって国外と話し合いをつけるかが焦点だな。さすがにそこまでの政治力
「とりあえず、我々はいま自分たちが出来ることに専念するべきでござるな」
一旦話を締め括りもっと先のことではなく、すぐ目の前の話をし始める。
「それで、電話は繋がったんですか?」
「繋がった。死滅回游の結界の解析は出来てたから俺から送信する分には通話出来るようになった。それでさっき伏黒たちにポイント送った。あと呪術連の方にも連絡を入れておいた」
「助かるでござる。それで、手はずは?」
「まず死滅回游から離脱出来るかの総則の追加だな。これに関してはそのまんま追加出来ると思ってないから単に拒否されるのか、それとも何らかの条件を加えて追加出来るのか。その確認も含まれている」
本当は伏黒個人の私情が大きい内容であるが、関係者以外にはこのように説明している。
はっきし言えば玻座真が死滅回游を解体出来ればそのような総則は要らないのだが、やはり有るのと無いのとでは話は変わる。
「んで、その後は結界を出入りするための総則の追加だな。ただこっちはあと数日ってところだな。各結界の要注意人物に関してある程度こちらに有利な縛りを結ぶことが出来たらしいが……まぁ、外国兵の追加でぐちゃぐちゃになってる。そこら辺も含めてもう少し様子見だな。……ただし、何が起こっても良いよう結界のすぐ外に高専関係者を待機させている」
「なるほど。我々以外も結界の出入りに関する総則を追加する可能性があるからでござるな」
覚醒型にせよ受肉型にせよ、死滅回游の参加者は羂索の策謀によって戦わされている人間が多い。そのため戦う理由が無くなれば殺し合いを放棄する者だっているはずだ。
確かに高専側は人手不足であるが、非戦闘の声が増えてくれば治めるのは難しくなくなる。
とは言え、念には念を入れて動いた方が良い。
「まぁ、コガネのリストを見たところ今のところ100ポイント持っているやつはいないが……羂索側の人間が一気にポイントを集める以外は厳しいと思う」
懸念対象であった鹿紫雲一も秤が条件付きで勧誘出来たと言う。
かなり高専側が望んだ展開と言えるだろう。
外国兵たちの追加に関しても面倒であるが、羂索側に大きく傾くような要素ではない。
「…………では、ここは任せても平気でしょうか? 久本さん」
「えぇ。被害者の方たちは拙者たち呪術連がしっかりと保護させてもらうでござる」
乙骨の言葉に久本が頷く。
呪術連とは話が付いており、久本が保護した呪病被害者を治療してくれると。
死滅回游の参加者でもあるため彼らを北海道に連れて行くことはないが、結界外の病院を利用して保護施設にするとのこと。
恐山結界内は未だに災王臥馬によって改造された細菌たちが蠢いている。結界によって外部に出ることはないが早急に消毒・焼却する必要があると決定がされた。
そう言った話を呪術連と行い、恐山結界は任せて玻座真と乙骨は次の結界に移動することにした。
「次は岩手の御所湖結界でござるか」
「近かろうが遠かろうが、あの姉弟による移動の値段は変わらないんだよなぁ」
経費として落ちるが、それはそれとして領収書の金額を見て気持ちが沈むのは変わらない。
ちなみに値段が変わらないと言うのは悪い意味であり、移動距離が短くなろうが値段を安くしてくれない、と言う意味である。代わりに距離が伸びれば当然と言うように高くなる。
「……それじゃ、僕たちはこの辺りで」
「世話になったでござる」
「あぁ。
挨拶をして憂憂が待つ場所へ歩き始める。
その途中、思わず玻座真は溜息を吐いてしまう。
「……覚悟はしていたけど、さすがに仙台から激戦が続き過ぎだよなぁ」
「このクラスの戦いとなると、それこそ僕や先輩ぐらいが組んで対処しないと無理でしょうし、仕方ないところもありますが」
「正直、疲れが取れてないんだよな。そっちは?」
「まぁ、本音を言うと」
玻座真の言葉に乙骨は苦笑しながら返答する。
「反転術式で肉体的には平気だとしても、やっぱ精神的な疲れってのは抜けないよなぁ。戦闘中はハイになっていて感じないが」
「こう……終わった後にドッと来ますよね。激しい戦いが連続する時なんかは一息吐く暇もないので、尚更溜まった分だけ重く圧し掛かると言うか」
どれだけ強くなってもこの手の疲労からは逃れることは出来ない。
しっかりと休む以外の対処法はなく、そして今の彼らには長時間休む暇がないのだ。
コガネによるリストを見る限り強力な泳者との戦闘は当分無さそうであるが、休む暇も無いとなると移動だけでも沈鬱な気持ちになってしまう。
「スケージュールが過密な芸能人って、こんな感じなのかね。車の中で眠れてもなんか疲れが取れなさそうな」
「アイマスク付けて寝ながら次のロケに向かうやつですよね。僕もミゲルさんと行動するために外国行く時、飛行機に乗ってて座りながら眠っていたのに疲れたんですよね」
「プラス5、マイナス3ってぐらいの数値だよな。休んでいるけど同時に体力を消耗する的な」
雑談しながら結界の縁へ向かう。
外に出るまでの暇潰し。現状の現実逃避とも言える。
『『――泳者による死滅回游へのルール追加が行われました!! 泳者は身代わりとして新規泳者を結界外から招き、100点を消費することで死滅回游から離脱できる!!』』
「あ」
「お」
そろそろ結界の縁と言うところで、コガネが総則の追加を報告してくる。
先程の電話の時に玻座真と乙骨のポイントの大半を虎杖に送った。念のため誰かに分配する可能性も考えて二十ポイントほど手元に残してある。
そして死滅回游離脱の条件を聞き……二人は眉間に皺を作る。
「先輩が予想していた通りポイント消費が前提の総則内容になりましたね。にしても10ポイントや20ポイントならともかく、100ポイントはきついですね……」
「身代わりいても一人の離脱に総則追加レベルのポイントが必要になるのか……」
意地悪とかではなく、この殺し合いから安全に離脱するためにはまさしくルールを改変するレベルの力が必要だと言うことだ。
そのことを改めて理解させられ、思わず苦い顔をする。
「ゲーム離脱と結界の出入りの総則の追加に200。そしてさらに正式に離脱するために100点と身代わりが必要……普通じゃ厳しいな。場合によってはその結界内にいる他の泳者を皆殺しにしてもポイントの量が厳しいんじゃないか?」
「一人で全員殺せば……? ですが他の人が先に殺していた場合、得られるポイントも減りますから……やっぱり厳しそうですね」
死滅回游から離脱する、と言うことへの重さに辟易とする。
確かに命を握られていると考えると、死の縛りからの解放を達成するためには厳しい条件をクリアする必要があると言うのは理解出来る。にしてもポイント集めのために他者を殺し過ぎだが。
とりあえず高専側のポイントを集めはこれでほぼ終わりだろう。解析のために各結界へ行き、呪霊を祓う。場合によっては外国兵たちも制圧する。
今後のことを話し合いながら結界から出る。
そう、出た。
「――それで、五条先生たちはどうなりました?」
「天元様が言っていた天使と協力体制がとれたらしい」
そして結界内……いや、恐山結界内では話せなかった内容をしゃべりはじめる。
「ただ条件として宿儺を一緒に探し、殺すのを手伝って欲しいとのこと」
「それって……」
「まだ虎杖のことに関しては話してないらしい。ついでに言うと秤が交渉成立させた鹿紫雲の方も、宿儺と戦うことを条件に成立させていたらしい」
「前途多難ですね」
「あと……九十九さんが殺され、天元様が連れ去られた」
「…………」
「九相図……脹相が獄門彊・裏を持って逃がされたらしく、そっちは無事で他の高専面子と合流出来たらしいが……薨星宮が襲撃され、天元様を連れていかれたとなると俺たちにはもう安全な拠点がないことになる」
「と言うことは、西の方も……?」
「推測した通り加茂家が乗っ取られていた。西も東もアウト」
憂憂が来るまでの間に電話で教えてもらった内容を乙骨にも共有していく。
「――そして北も駄目だ」
◆◆◆
恐山結界に入る前、玻座真と乙骨は一つの合図を作っておいた。
玻座真が自身の胸を小突く。
これは――目の前の存在は自身が受肉型であることを黙っている泳者である、と言う内容だ。
つまり、敵の可能性がある。場合によっては羂索側である可能性も高い。
そう玻座真は乙骨に久本時則と言う忍者の恰好をした術師について教えていたのだ。
敵の可能性が高いならさっさと排除すべきだが、あの時は人質となる被呪病者がいた。
表面上は患者の治療の手伝いをしていたのもあり、さすがに手を出せなかった。
「一応呪術連にはそれとなく伝えたが……さすがに向こうも一般人がいる以上、排除が難しいだろうな。何も無いかのように装いながら一緒に恐山結界から出ていくだろうな」
「他の結界にも羂索側の泳者がいると思います?」
「さあな。だがアイツは明確に配置された存在のはずだ。呪術連の部隊壊滅にはアイツが関わってるだろうし。天元様の大結界の外側にいる呪術連を削るための駒だろうな」
すでに何人もの受肉型と接してきたため、玻座真は彼らの呪力が普通の術師とは違うことを理解した。旧い時代の術師の呪力と、器となった人間の呪力。器にされてしまった人間の呪力はほとんど感じなくなっているし乗っ取っている術師の呪力に覆い隠されてしまっているが、それでも玻座真は感知出来た。
基本的に呪力を二種類持つ術師はいない。それが覚醒型と受肉型の見極め方と分かり、秘匿することにした。
「…………」
そもそもの話、五条が虎杖に対して宿儺と入れ替わることが出来るか。そして戻ってこられるかのテストをしたと聞いていた。
虎杖の呪力と、宿儺の邪悪な呪力。
六眼を持つ五条であれば、宿儺が虎杖を装って騙そうとしていたとしても見破れる自信があったのだろう。
見分け方のヒント自体は、あったのだ。……もっとも、虎杖と違って肉体を完全に乗っ取られてしまっている者たちは呪力も上書きされてしまっているため、器の呪力を感じ取るのは難しいので、玻座真や五条以外だと難しいだろうが。
「自分が安全に結界から出るためにも、あの被害者たちには手を出さないと信じるしかないですね」
「戦闘能力は確かに低いんだろうな。高かったら罠に嵌めるようなことはしないだろうし。さっきも言った通り脱出出来るようになったら呪術連の術師たちが押し寄せてくるから、さすがに手を出さないだろ」
呪術連に対しては罠に嵌めるようなことはしたが、玻座真と乙骨には敵意を見せなかった。
思った以上に彼らが強いため敵対するよりも味方のフリをする方を選んだか。もしくは命ぜられた内容が呪術連の戦力削りだけであったためか。
玻座真としては想定以上に三大呪霊が強くなりすぎて自分の生存も危うくなり、祓ってもらおうと考え始めた辺りで二人が来たのではないかと推測している。
「…………」
そして、久本は死滅回游の総則に関して反応した部分がある。
それは死滅回游の結界を破壊した場合、強制参加させられていた覚醒型や受肉型は死亡してしまうのではないか、と言う玻座真の推測だ。
多分だが久本もその危険性を否定出来なかったのだろう。死滅回游の特性を考えるとそのぐらいはありそうだ、と。
羂索からの任務と、自身の生存。
そのため玻座真に結界を万が一にも壊されるわけにはいかないため、玻座真と乙骨を放置することに決めたのだろう。
「呪術連から教えてもらったことだが、久本……器となった術師の術式は『隠身』だ。呪力や姿、臭いや足音などを隠すことが出来る術式だったそうだ」
「……術師を器とした受肉型ですか。となると呪物となった術師も術式を持っていたでしょうし、二つ持ちですか」
どれだけ隠密能力に長けていようが、玻座真の探知結界は呪力の感知だけではなく物理的な接触も含まれている。結界に当たっても素通りされるが、そこに何かがいると言うことを玻座真の感覚は捉える。
術式による相性というものはどこまでも付きまとう。下手な暗躍よりも条件付きの安全の確保を暗黙の了解によって優先した形だ。
「今後はどう動くと思いますか?」
「今後は――」
「玻座真、乙骨」
話し合いをしていると声を掛けられる。
そちらを見ると憂憂が買い物袋を提げながら近づいてくる。
「言われた通り食糧と薬を買っておいたぞ」
「助かる。結界内で譲渡しちまったからな」
憂憂から頼んでおいた物資を受け取る。
さすがに物資が減少していく結界内で補うわけにはいかないため、外で用意する必要がある。
「んじゃ、さっさと他の結界に行って出入りの総則を追加出来るように――」
『『――泳者による死滅回游へのルール追加が行われました!! 泳者は結界を自由に出入りすることができる!!』』
「……え?」
買い物袋を受け渡ししようとしたところで、三人の動きが止まる。
突然のコガネの報告に事前の流れを聞いていた憂憂は思わずそちらを見て呆然とする。
無論、乙骨も玻座真もその大声に動きが止まったが、すぐに行動に移る。
「コガネ、5分以内に100点を消費した泳者を表示しろ」
『は~い』
玻座真の言葉にコガネは体を変え、胴体をリストに変化させる。
そこには伏黒恵の名前と……彼の姉である伏黒津美紀の名前が表示される。
それは半分想定通りの結果であり、同時に半分は異常事態を示す内容であった。
「二人だけ……それにこれ、津美紀さんの変更回数が1回に……!!」
「ん? んん?? どう言うことだ。予定を早めて結界の出入りを追加した、ってことじゃないよな……?」
悲鳴にも近い声を上げる乙骨と事情が未だに理解出来ず混乱する憂憂。
彼の混乱はわかる。玻座真と乙骨も直前まで久本の話をしていなければ混乱していただろう。
「つまり……伏黒の姉は覚醒型じゃなくて、伏黒を騙していた受肉型だったってことだ」
「は?……な、なっ!?」
「憂憂、予定変更だ。東京第一に飛ぶぞ。伏黒たちと合流する」
「……わかった」
伏黒津美紀の中身がどのくらいの実力者か不明である以上、早々に合流した方が良いと判断する。
伏黒のメンタルも心配であるが、それ以上に伏黒津美紀の術師が結界の出入りを自由にする総則を追加したのが気になる。
宿儺や羂索クラスではないと思われるが、死滅回游からの離脱ではなく結界の出入りを追加したと言うことは……戦闘の域を広げると言う意思があることを示す。
最低でも一級クラスはあると考えた方が良いはずだ。
何より相手が伏黒の姉である以上は殺すことが出来ない。
つまり、
「先輩……」
「向こうに行ったら乙骨は伏黒たちと合流。俺は伏黒の姉の体を乗っ取った受肉型を封印しに行く」
結界術師、玻座真護良が拘束する。
……一番最悪なのは、伏黒津美紀の術師が肉体を人質として伏黒たちを支配下に置くことだが。
「二人とも、飛ぶぞ」
憂憂が大きな布を取り出し、二人を隠すように被せる。
彼の瞬間移動の術式には必要な工程であり……まさしく消失マジックのように彼らはこの場からいなくなった。
◆◆◆
構築術式で
目的地は仙台結界。そこで自分は彼を待つのだ。
生まれ故郷である会津に一度立ち寄り、そして死滅回游のためにも仙台結界に行く。
彼はあそこにいた。そして彼はきっと自分の場所に来てくれるはずだ。
そう信じてながら伏黒津美紀の体に巣食う術師……『万』は嗤う。
「いーや、お前は何も出来ずここで終わりだよ」
「……は?」
上から声がした。自分はいま、空を飛んでいるのに?
不思議そうに顔を上げると……そこには器と同い年ぐらいの少年が降ってきた。
空を移動出来る者は少ない。しかも高い位置を飛んでいる万よりも上の場所から少年は現れた。ゆえに万は彼の存在に驚き、反応が遅れた。
背中を蹴られ、翅が壊される。蹴りの勢いと共に万は落ちていく。
「くっ……!」
残った翅でなんとか地面に叩きつけられないよう浮力を生み出し、なんとか着地する。
そして彼女の前に、少年も下りてくる。
場所はとある交差点。広めの場所であり、大きく動きながら戦うには申し分ないところである。
そう……これから殺し合える準備をしつつも、彼女は発言する。
「なによアンタ。消えてくんない?」
「…………」
泳者なのは確かだ。現れたタイミング的にも、彼ら……高専組の関係者だろう。
器である伏黒津美紀があまり呪術界とは関りが無かったため、そちらの界隈の人間の知識や記憶が全くない。そのため目の前に現れた少年が誰か万はわからず、ただただ睨み付ける。
対して少年の方もジッと万を見つめてから……肩眉を上げた。
「玻座真護良。それが俺の名前であり、お前さんの器となった人間の弟の先輩さ」
少年、玻座真は普通に名乗った。
そのことに万はあることを理解する。
それは玻座真が万の術式を看破した、ということ。
名前を呪う術式を持っている可能性を考えて一拍置いたのだろうが、すぐに名乗ったことから彼女の術式をちゃんと理解したことがわかる。
空を飛ぶ術式……と言う推測ではなく、もっと根本的な部分。
「覚えのある呪力の流れだと思ったが、構築術式だな。また燃費が悪いものを」
そしてそれを裏付けるように玻座真はしゃべった。
覚えのある、と言うことはどこかで構築術式を彼は見たことがあるのだろう。
弱点まで理解されており、思わず万は歯噛みする。
「もう一度言うわ。どきなさい」
「はっ」
特に何も無ければ万は玻座真と戦っていただろう。だが、今は宿儺だ。
宿儺と戦いたい。宿儺と触れ合いたい。
その気持ちが心を占めており、どうでもいい男となんて一緒にいたくない。
そう考えての言葉だったが、玻座真は挑発的に鼻を鳴らした。
不快そうな表情をする万に対し目を細めながら玻座真は、
「無理だよ。お前はここで倒され、会いたいやつとは一生会えず終わるのさ」
酷薄に言った。