呪術世界の結界術師   作:ペンギンくん

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そして閉じてしまう。


08.自獄

 

 結界術師、玻座真護良と戦うにあたり必要なのは万能性ではなく突破力である。

 中距離・遠距離の基本結界に、近距離の絶界。見逃さない探知。そして領域。

 それらも脅威であるが……何より厄介なのが大型結界を展開して塞ぎ、逃走を封じられることだ。

 五条も評価し、裏梅も喰らった戦法。

 自身より強い者に対し逃走を選ぶ者は少なくない。

 実際、最強の術師である五条も特級呪霊である漏瑚を追い詰めたが、花御によって逃亡を許してしまっている。

 要するに戦うにしても逃げるにしても、玻座真に対して必要なのは突き抜けた火力と速度である。

 

「尖結」

 

 様子見として細い結界を何本も当てる。

 その肉体に突き刺さることなく当たった時点で砕かれてしまい、万も先程までと違い気にするような素振りも見せず翅を動かしながら玻座真に接近する。

 

「……やっぱりそうなるか」

 

 ただ虫の強靭な肉体に結界が阻まれたのではない。

 鎧自体に結界を弾く性質が付与されている、と玻座真は感じた。

 

(構築術式は条件さえクリアすれば一部を除き呪具すらも作れるんだっけか)

 

 そもそもの話、構築術式で作られる物は呪力を宿している。そうでなければ武器を作って呪霊を祓うのに、追加で呪力を込めなくてはいけないと言うさらなる欠陥が出来てしまう。

 構築術式で作られる物は簡易(インスタント)呪具と言えるような代物であり、本来の手順で作られる呪具とは違い半永久的に呪力を宿せるわけではない。

 それでも呪具は呪具。

 虫の要素(パーツ)を使っている生物然とした見た目であるが、根本的には鎧であり道具である。

 つまるところ、あれは玻座真を倒すために作られた兵器である。

 

(虫の鎧自体は今までアイツが使ってきた最強の鎧だろうけど、それにプラスして結界を拒む能力が付けられているってところか)

 

 感触的に結界を完全に弾くわけではなさそうだが、戦況は万に傾いているだろう。

 そのことを理解しつつ玻座真は接近してくる万を見つめながら、

 

 ――『簡易領域』

 

 足下に極小の領域を展開する。

 接近してきた万に対し、簡易領域に組み込まれた日下部式プログラムによって迎撃する。

 探知能力による先読みを含めて玻座真は万に対応出来ている。

 結局のところ虫の鎧は呪具だ。

 万の筋肉自体を昆虫のモノに変えたわけではない上に、SF作品に出てくるような内部の人間自体を強化する機能を持った機構装甲はではない。

 どれだけ装備が優れていても中の人間が操作・操縦する以上、万の限界を超えた反応速度を叩き出すことは出来ない。

 とは言え、玻座真は虫の速度についていけているだけだ。

 残念ながら玻座真の呪力操作の質は低く、元から万の肉体強化の面で負けている。

 そこに大幅にプラスされた虫の鎧により、あっという間に玻座真の体はボロボロになっていく。

 

「…………」

 

 大きく腕を振り、玻座真を殴り飛ばす。

 それによって簡易領域の外に投げ出され恩恵を失う。

 口から血を零しながら地面を転がるが、結界を展開して自身の体を無理やり止める。

 

「――『無窓』」

 

 片手印を見せるように構えながら、呪詞を唱える。

 それと同時に半径20mの中規模の……薄白い結界が展開される。

 

(今までの結界とは違う……?)

 

 鎧がざわついているのを感じる。

 何らかの干渉を受けているのは分かるが、それが何かまでは分からない。

 警戒度を上げつつも追撃を仕掛けるが、体を起こし玻座真はすぐさま自身の足下に結界を展開して上に飛ぶ。

 

「逃がすか!!」

 

 翅を使い玻座真の後を追う。

 戦況が不利になったため逃げることにしたのかもしれない。この中規模結界も、術者であれば抜けられるものかもしれない。

 だがそれらは玻座真のフェイントかもしれない。逃亡に見せかけて正体不明の高速移動をするかもしれない。

 二度に渡る不意打ちによる翅の破壊。三度目を警戒しつつ玻座真を目指して飛ぶが、

 

「『苦界』『低温』」

 

 玻座真は逃亡でも不意打ちでもなく、真正面からの迎撃を選ぶ。

 

「――『湧き出る黒水』」

 

 空中で体勢を変えながら結界を展開し、それを蹴って今度は下へと跳ぶ。

 上へ飛ぶ万に対し、下に跳ぶ玻座真はぶつかる形となる。

 そして接触する直前に呪詞を唱え、術を発動する。

 

「『絶界』」

 

 自身を中心に球場の黒い結界を展開し、重力を味方につけながら万に衝突する。

 見たことはないが、想定していた近接用の攻性結界。

 結界を弾く性質が付与されている鎧であるが無効化ではない。位置の有利も合わさり、圧される形で万は後退させられていく。

 翅でなんとか飛行を維持しようとするが、想定以上に玻座真の結界は重い(・・)

 このまま落ちれば自分は玻座真の黒い結界と地面に挟まってしまう。そうなるとどれだけ鎧が優秀でも負けが見えてくる。

 結界を足場とした移動方法の玻座真と、翅での飛翔の万。

 今なら自分の方が空中戦は有利となっている。このまま空中戦を何とか維持しようとするべきか。

 頭の中で万の天秤が動こうとするが、それよりも先に展開が動く。

 

 パキリ、と腕から音がした。

 

 その音は判断を急かす音であった。

 玻座真の黒い結界は万が作り上げた鎧の性能を超えていた。

 

「…………っ」

 

 それを理解した万は張り合うのをやめた。

 体を傾け、玻座真の結界を受け流す動きをする。

 

(――受け流す?)

 

 ふと、自身の行いに疑問が湧く。

 玻座真の戦闘スタイルは相手の技・動きを封殺して自身の有利を確保すると言うもののはずだ。

 なのに万は今、自分がしたいことが出来ている。例え結界を弾く鎧を持っていても、ここまで上手く行くだろうか?

 自分が彼であれば……体を自由に動かせないよう壁となる青い結界も用意する。

 つまりこれは――相手の手の上。

 

「『絶爪』」

 

 万の目には玻座真の身を包んでいた黒い結界が消えたように見えた。

 だがそれは間違いであり、玻座真の右手……それも指に黒い呪力が収束していた。

 玻座真の体は受け流され万の横を過ぎようとするが、完全に落ちるよりも先に体を回して下から上へと爪撃を放つ。

 

「ぐぅ……!!」

 

 顔面は避けたが、胴体から顎に掛けて鎧が削られる。

 鎧が玻座真の攻撃を大きく弾いてくれたようで、万の体の傷も浅い。反転術式を使えない万としては正直良くぞ直撃は回避出来たと自身を褒めたくなった。

 

(今の技は攻撃距離を減少させて、さらに指先だけと言う限定条件を付けることによって貫通能力を向上させたもの。……この鎧すらも超えるか)

 

 そもそも、虫の鎧に付けられた結界を弾くと言う性質は……玻座真が青い結界を使っていた時のものを解析して乗せた能力だ。

 玻座真の攻撃が結界の拡張術式である以上、ある程度は弾けている。だが黒い結界の方はどう見ても青色の結界よりも質が上のもの。虫の鎧の能力では足りてないレベルのものをここで出してきたのだ。

 

(極小の領域……あれは全ての結界を問答無用で弾くのかどうかの確認。この白い結界も呪力操作の結界術は弾かれなくても生得術式によるものがどれだけ拒絶されるかの確認のために展開されたもの)

 

 白い結界は退路を阻むためのものと最初は思ったが、干渉能力を感じたことからすぐさま戦闘用のものだと万は考えを改めた。

 攻撃性は感じられない。大きな変化は見えないことから、極小の領域と同じように自己強化と敵対対象の弱体化が術式内容だろうと当たりを付ける。

 今は鎧が弾いているが、このまま削られて身が露出していくと白い結界の干渉度が強まっていくかもしれない。近接戦闘は有利だと思っていたが、もっと警戒度を上げた方が良いだろう。

 

「…………」

 

 着地し、玻座真は万を見上げている。

 指先にはすでに黒い呪力は纏われていない。

 玻座真の結界術は展開速度が速いとは言え、呪詞と掌印が入る。特に黒い結界は長い呪詞が必要なようだ。そこを注視していれば対処は出来るはず……と考えて、自身の思考に待ったを掛ける。

 ……相手の今までの性格を考えると、実は呪詞を使わずとも展開出来る可能性もある。

 警戒度を上げる、なんて易しいレベルでは駄目だ。相手の呪力の流れや消費を見逃さないくらいの注意を――。

 

「……?」

 

 そこで気づく。

 ようやく、気づいた。

 

(……呪力を消費し続けてる?)

 

 構築術式の発動自体が膨大な量の呪力を消費するため、万は他者の呪力消費に関して若干鈍感である。そのため今まで気付けなかったが、玻座真は多くの呪力を継続して消費している。

 一瞬先程の黒い結界の代償だろうかと考えたが、タイミングがずれているような気がした。

 ならば未だに展開している白い結界だろうかと考えるが、発動してからここまで呪力を費やしていなかったはずだ。

 

「…………」

 

 嫌な予感がする。

 相手の大きな罠の中に自分はすでに捕らわれているのではないか。

 そんな不安が万の心を溢れ出る。

 今すぐにでも、玻座真(コイツ)を殺すべきだ。

 そう……本能が叫ぶ。

 

「……これで、終わらせる!!」

 

 自分たちの戦闘速度に追い付けなくなり散らばせていた液体金属を集束させ、それを大斧のような形を整えながら握る。

 大きな斧――それもゲームに出てくるような異様に刃の部分が大きなものであり、その大きさは雑に扱えば鈍器としても使えそうな武器となっている。

 刃物であり、鈍器である。

 玻座真の結界を超えるための武器を作り、さらには空中を翔ける。

 すぐさま玻座真の元に飛翔するのではなく、旋回して加速する。

 先程の玻座真と同じように真上から攻撃を叩きつけることにする。

 限界を見極めながら加速していき、勢いを増していく。

 加速して、加速して、加速して――殺す。

 そして、この刃を玻座真に届かせる。

 

「いい加減、私の前から消えろぉぉおおおおおおおお!!!!!!」

 

 決める。

 決まった。

 決めれた。

 大きく振りかぶりながら結界の展開が間に合っていない様子の玻座真に対し、万は勝利を確信する。

 そして――――

 

「解除」

 

 ――万の体は、勢いよく地面を転がった。

 

 

   ◆◆◆

 

 

「あ……ぁ……あ……?」

 

 何が起こったのか分からなかった。

 殴られたことは理解出来た。それ以外は分からなかった。

 腹部の痛みに両手が反射的に動き、押さえてしまう。そこで鎧が壊れていることに気づく。

 殴打の痛みはあるが、先程の黒い結界のような削る攻撃ではないため重傷ではない。だが……だからこそ、万は自身の鎧が砕かれた理由が分からなかった。

 玻座真の体術と呪力強化の低さは一目見れば分かる。それなのに硬度も高い虫の鎧が壊されたことに万の頭は追い付かない。

 

「答え合わせをすると、もう壊れていたが正しい」

 

 ()てて、と手を振りながら玻座真は万に近づく。

 万の器である伏黒津美紀の体を必要以上に傷付けないよう攻撃術式ではなく殴打で仕留めることにしたが、鎧が想定よりもまだ(・・)堅硬だったのだ。

 

「周囲に展開している白い結界は壊れた物体を修復する術式が組み込まれていてな」

「しゅう……ふく……?」

「そ。俺の方に集中していたから気付いていなかったようだが、『絶界』で破壊したお前の鎧を戦闘中、瞬時に直していた。……形だけ、な」

 

 結界を弾く性質は元に戻らず、中身はスカスカの状態で玻座真は万の鎧を修復していた。それにより玻座真の拳でも壊せるぐらいに脆い状態で維持されていた、と言うわけである。

 修復術……『真界』に至ろうとした玻座真が中途半端に修得出来てしまった、『絶界』の術式反転。

 拒絶し破壊する『絶界』に反し、破壊を拒絶する修復結界。

 いつもは非戦闘時に使うものであるし鎧の性質もあって上手く行くか微妙なところだったが、作戦としては悪くない出来上がりと言えた。

 

「直感だとか戦闘勘だとか、そう言うのは万全な状態の時には働き辛い危機感覚だ。自分でも言語化し辛い情報を頭が瞬時にまとめ、それを体に伝え感覚として表したりする」

 

 バトル漫画の受け売りだが、と肩をすくめながら言う。

 

「だが、気付かなかった。普通だったら破損した鎧の隙間から入ってくる風とかで自身の状態を把握出来るはずだが、お前は感じ取れなかった。勝手に直されているとは思わず戦い続けた。……さっきの飛翔による加速なんて、鎧がちゃんとしてなくちゃ無理なパフォーマンスだっただろ」

 

 普通なら気づく。

 そう、普通なら。

 

「相手の性質に依存した策略なんて本来なら採用しないさ。だが、お前は構築術式の使い手だ。だったらやってみて良いな、と思ったわけ」

「……構築術式が他の戦闘系より劣っているってことぐらい、分かっているわよ」

「その言い方だと分かってないな。俺の知り合いにも構築術式の使い手がいるんだが、アイツとお前を並べれば見えてくるモノが三つある」

 

 三本指を立てながら解説をする。

 

「構築術式の特徴は『呪力燃費が悪い』、それによる『取捨選択』と『洗練』だ」

「…………」

「何でも創れる万能な術式だが、その燃費の悪さで結局は創る物が限定されていく。そして最終的にはそれを創ることに特化していく。要するに集中・集束していくってことなんだが……それは術者にも反映されやすいようだ」

 

 もっとも、そんな心の持ち主だから……そう言う生得術式が宿りやすいのか。

 もしくは術式に精神が反映されていくのか。

 玉座の間のごとき無下限呪術の五条悟や、近づいてきたものを全て切り捨ててしまう両面宿儺、他者を食いモノにする乗っ取り者の羂索。

 鶏が先か卵か先か、それとも両方ともなのか。

 頭の中で少しだけ考えるが、今は置いておくことにする。

 

「精神も集束と洗練されていくようで……見たいものしか視界に映らない、いつまでも見ていたもののために他を捨ててしまうほどの偏った思考になっていく。つまり思い込みが激しくなっていく。それを想いが強いだとか、芯があるだとか、そう表現して良いものかもしれないが……今回の場合はデメリットに働いたな」

 

 姉を見つめ続ける妹。

 彼女は否定するかもしれないが、それはいわゆる……愛と言うものなのかもしれない。

 

「見たいものしか見ないお前を騙すのは簡単だった。だからこうしてお前は地を這いずってる」

「…………」

 

 何が起こったのか、何をされたのか。玻座真の言葉で理解した。

 だが今度は、わざわざそれらを説明する理由が分からなかった。

 確かに万は鎧を壊され、攻撃を食らったが……重傷では全く無いのだ。

 まだ動けるし、まだ呪力はある。

 ……もう勝ったと思ってる? 極ノ番が打ち砕かれた以上、手がもうないと思っている?

 頭に思いが浮かんだ瞬間、沸騰した。

 

「舐めんじゃないわよ。……人を馬鹿にするのも、いい加減にしなさいよ!!」

 

 砕けそうなほど奥歯を強く噛み締める。

 何をされようが、何を言われようが。……いや、何もされなくとも。

 万の頭に巣食った熱は玻座真への憎悪へと変換され続ける。

 

 液体金属はもう効かないだろう。極ノ番も使った。呪力も心許無い……ではどうするか。

 

(きっと私の呪力は尽きる。そして宿儺ともちゃんと戦えない……)

 

 おめかしせずに人前に出るようなもので、女として許せないことだった。

 それだけではなく呪力が尽きている状態で会った時、宿儺からどう見られるのか。

 想像しただけでも恥ずかしく思うが……今はそんなことを言っていられなかった。

 目の前の男を殺す。

 それが宿儺と会うための……宿儺への愛を示す前提となる試練なのだ。

 

「見せてあげる……これが私の、貴方への……殺意の形……!!」

 

 ――構築術式――

 

 真球。

 黒き丸が空間に戦いの場に出現する。

 本来であれば宿儺のために用意した切り札を、目の前の男なんかに使うのは恥ずべきことだし、悔しいことであった。

 それでも万は自身の矜持と感情を今は捨て、玻座真に挑む。

 愛の証明のために。

 

「…………」

 

 完全な円の物体を見て、玻座真はその性質を読み取る。

 探知結界で解析するが、触れるだけで崩壊していく。

 正史と違い玻座真と仲良くしたいわけではない上にすぐさま目の前の敵を殺したいと思っている万は、その真球の効果を教えたりしない。ゆえに玻座真自身がその能力を推察する必要がある。

 とは言え、玻座真の術師としての性能以外だと普通の高校生とあまり変わらないため限界はある。

 そのため完全な真球であるため接地面積に対して無限の圧力を生んで消滅させている……なんてさすがに思いつかない。

 特殊な呪力を宿しているわけではないことからあの真球自体の特徴なのだろうが、それ以上は分からなかった。

 ただ何らかの玻座真が知らない物理法則が作用しているのではないか、ぐらいしか思いつかない。

 

(まぁ、要するに触れたらアウトな必殺技を出してきたってことだな)

 

 過程は不明だが、結果が分かりやすいため今回はそこまで解析の必要は無かった。

 術式の中身を探るためにいつもであれば観察などをするのだが……今回はこの後、何が起こるのか思い浮かぶので思考を中断する、

 

「領域展開【三重疾苦(しっくしっくしっく)】……!」

 

 檀陀印――大威徳明王の掌印を構える。

 そして……万の領域が展開された。

 

 

――拡張式領域展開【封身淵祇・獄門】――

 

 

 領域使いであれば玻座真に対し、領域で戦っては駄目だとすぐにわかることだ。

 何故なら目の前の高位結界術師には領域の押し合いで絶対に負けるため。

 だが……万は今回使った。

 自分であれば勝てると言う過信でもなければ、自棄になって領域展開したわけでもない。

 

 玻座真は領域展開をしない。その確信があった。

 

 先程の黒い結界……『絶界』を付与したモノが玻座真の領域だろう。

 そして今回、玻座真は万が器として使っている伏黒津美紀の体を殺すわけにはいかない。

 必中必殺の領域を使わないはずだ。だとすれば玻座真は先程見せた極小の領域……現代版の『彌虚葛籠』と思われる結界術で対処してくる。

 それを踏まえた上での罠を用意し、万は領域展開をしたのだ。

 そう……したの、だが……。

 

「…………」

 

 だからこそ、万は今の状況に呆然とするしかなかった。

 目の前に広がる光景は万の生得領域が反映された場所ではなく……真っ白い空間。

 真球が無くなっている。

 それはつまり……万の領域が壊され、術式が焼き切れている状態と言うこと。

 

「…………ん? 今の必殺だけの領域だったか? あぁ、となると簡易領域で防いでいたらお陀仏だった可能性あるな」

 

 一瞬で壊した相手の領域を使った作戦を、少ししてから玻座真は看破する。

 相手の手を深く見る前に潰してしまった。ゆえに一瞬、その内容を理解するのに遅れた。

 

「最初から必中必殺で組み上げる現代式じゃなくて、自身に有利なフィールドの用意としての旧式の領域だったか。となるとさっきの球体、わざと必中効果を入れてなかった。違うか?」

 

 術式を常に発動出来るようにしながら結界に仕込む現代版の領域展開は技術難易度が高い。ハードルは確かに高いが、現代式であれば防がれたとしてもまた術式を発動して攻撃が出来る。呪力が許す限り必中効果が乗った連続攻撃が出来る、と言うわけだ。

 対して自身にとって最強の一撃を用意し、必中効果を結界によって与え相手を絶対に倒す……と言うのが旧式の領域の使い方だ。

 虎杖と東堂が戦った植物呪霊が取ろうとした手や、石流の本来の領域の使い方だ。

 構築術式と言う燃費が悪い万も旧式の使い方を選び、その上で今回は使い方自体を罠として利用した。

 そう考え玻座真はしゃべり始めるが万は答えない。いや、答えられるだけの力がない。

 何故なら……

 

「お前さんの領域に対して俺は簡易領域で対処する。何故ならお前の捕縛が任務である俺が、必中必殺の領域を使わないと見たからだ。つまり必中効果を付けていないその球体で俺を簡易領域ごと殺す……それがお前の作戦だったわけだ。確かに結界術に自信があるからこそ、この策略に嵌まる可能性が高かったが――こっちの捕縛作戦に俺の領域展開が組み込まれていたことが作戦崩壊の理由だ。要するに事故だな」

 

 すでに、万は捕縛されていた。

 四方八方から細い結界が出現しており、万の体を貫いている。

 痛みはないし、体は傷付いていない。

 だが万の内側……そこにある万の本体(・・・・)を貫き、杭となっていた。

 

「俺の結界術の本質は空間支配だが……参考元(ベース)は膨大な力を持つ殿様(そんざい)を異界に納める封印術だ。んで、虎杖のことを聞いてから今後呪物に関する問題が出てくるかもしれないと考えてチマチマと封印術を練っていて、つい最近ある程度モノになってきたってわけだ」

 

 体は動かせないが、目は動かせる。

 周囲を見ると全体が白地で分かり辛いが、結界がドンドン収縮している様子だ。

 

「とは言え、だ。術師であれば魂を無意識のうちに呪力で多少は守っているらしい。この封印術は拡張に次ぐ拡張によって構築されている。領域を使ってなお色々と足りていない。ゆえに相手の呪力を極限まで削らないと封じることが出来ない。……そう言う意味では目的だった宿儺の封印は難しいな」

 

 結界が収縮するまでの間、説明を続ける。

 勝利宣言にも近い解説に聞こえなくないが……万にはわかる。

 これは、術式の開示だ。

 出来る限りのことをやってなお足りてない出力を補っている。

 

「つい最近、魂に触り人の形を変える術式に干渉された。さらには超抜級の存在すらも封印出来る呪具を観察することが出来た。それゆえに余分な魂(・・・・)と言うものを観測して拘束するって言う手段にまで辿り着くことが出来た。……ま、縛りが多すぎるし発動条件が厳しすぎるから、この技をまた使えるかどうか不明だが」

「…………」

「まだ魂の抽出とかは出来ないから拘束が限界だが……これで伏黒の不安は潰せたかな」

 

 万にとって今の体は自分のモノと言う認識であり、何をどう使っても構わないだろうの精神で動くはずだ。

 だから玻座真が動いた。

 肉体だけではなく、魂も拘束した。つまり玻座真が彼女の生死を手中に収めたと言うことであり。

 

 ――絶命の縛りを使う権利すら万は奪われている、と言うことだ。

 

 短い時間であるが、万と言う人間のことを考えると何かを宿儺に遺そうとするかもしれない。であればそれを踏まえた封印をする必要があった。

 

「…………」

 

 もうそろそろで封印術が完成する。虎杖たちの方へ行った乙骨のことを考えようとしたところで……ふと、万に対しあることを思った。

 万の人となりは知れたし、虎杖の証言と渋谷での会話から宿儺に関してもある程度理解出来た。

 だからこそ宿儺に愛が必要だとか言う発言に今でも違和感を覚えていた。

 そして自分で考えたことだが、何をしてでも宿儺に遺そうとしそうなその姿勢からして……とあることが浮かび、口を開いた。

 

「……俺の独自理論なんだが、お互いがお互い欠けている部分を補い埋め合い、尊重し合うことが愛し合うってことだと俺は思っている」

 

 先程まで一緒にいた乙骨とリカ――ではなく、真希と真衣を思い出す。

 真衣の方は過去のこともあり恨んでいるが、それでも姉妹愛がある。

 対して宿儺と万の関係。どう見ても一方的な関係であるが、

 

「だが、アイツ……宿儺は欠けていない。いや、アンタの目が間違っているとは思わない。だから欠けているが……埋まっている」

「――嘘よ! あの人は孤独。あの人は孤高。だからこそ、私が……っ!!」

「円や丸って言うのは象徴的に言えば『完璧』や『完全』を意味する。つまり一つの線で完結している」

 

 いきなり玻座真の話がズレた。

 だが万はこの話は連続しており……自身の真球のことを話しているのだと察した。

 

「漫画や小説が好きだからこう言うモノに伏線だとかを勝手に想像しがちなのが俺の悪い癖なんだが……つまるところ、アンタは一人で完結している。そのことを無意識のうちに理解していたんじゃないか? そう俺は考えていた」

「…………」

 

 今まで通り万の独り善がりだと言いたいのだろうか。

 そう聞こえなくもない発言だが、どこか違うような気がする。

 そして今まで無表情だったその顔に初めて困惑の色を滲ませながら。

 

「だが……そう、そうだ。アンタはちゃんと口にしていた。愛を教える……つまりアンタはずっと愛し合う側の人間じゃなくて、愛を教える側の人間だったんだ」

 

 そうだ。その通りだ。

 私は彼に愛を教える。そのためにも――。

 

「それってさ、恋愛感情なのか? 親から子への愛情寄りのものに感じるんだが。俺が今までアンタの事を勘違いしていたのか?」

 

 玻座真の純粋な疑問に、万は一瞬思考が止まる。

 愛と言うものは美しいものだとわかる。それが呪いに転ずるものであることも聞いた。

 だが玻座真は実感が湧かない。

 サスペンスや復讐モノ、果てはあまり読まないが恋愛モノで学んできた。

 だがそれは知識であり……本気で誰かに恋や愛を抱いたことがない玻座真としては、自分の考えた通りで合っているのか分からなかった。

 だから少しだけ気になり、言葉にしてみたのだが。

 

「…………」

 

 玻座真の言葉を聞き、万は……初めて笑顔を見せた。

 慈しみすらも感じさせる笑みを、怨敵に浮かべた。

 

「恋愛。親愛。家族愛。……どう思おうが構わないわ」

「……?」

「愛は素敵なものであり、素晴らしいもの。私はそれを分かっている。――愛と言うものを知らない坊やに愛について必死に説いていたなんて、私もまだまだね。大人気なかったかしら」

「…………」

 

 万の言葉に玻座真は少し口を引きつかせ、両手を挙げまるで降参のポーズをしながら嘆息を零す。

 

「……じゃあな」

「万」

 

 もう話すことは無い。

 そう思ったところで、言葉を投げられる。

 

「最後の会話は楽しかったわ。私は愛を教えるのは宿儺だけって決めているけど……お礼として私の名前ぐらいは教えてあげるわ」

「……改めて、玻座真護良だ。“閉界”」

 

 名乗られたから律義に自身の名前も再び教え、領域を閉じ始める。

 白き領域の中から玻座真の姿が消えていき、万だけが取り残される。

 そして結界が閉じられていくのと一緒に、万の意識も沈んでいった。

 

 

 

 

 呪物と成った泳者:万。

 器となった肉体:伏黒津美紀。

 封印完了。

 




『絶爪』も『絶槍』もどちらも読みは「ぜっそう」。
次回で死滅回游編の実質エピローグ。それ出して、そして渋谷事変編の最後に出した総評も出して、また書き溜め期間に入ります。まぁいわゆる蛇足と言う名の作者の自己満足のやつなんで、特に読まなくても大丈夫なやつです。今回の封印術に関する詳細もそっちに書きます。




ちなみに玻座真の領域展開もしっかりと万の後に文字化しています。透明ですが。
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