呪術世界の結界術師 作:ペンギンくん
「…………」
片手で掴めぐらいの大きさである、白い玉。
渋谷の宿儺を虎杖ごと封印した時の物と同じであり、この中に万が入っている。
かつての真人による奇襲を繰り返さないためにも周囲を警戒しながら封印具を拾った。
「……なんか、生きていて疲れそうなやつだったな」
情緒が不安定過ぎて、なんか生きているだけで疲れそうなほど感情の振れ幅が激しい人間だった。
それが玻座真の感想だった。
同じく構築術式の使い手である真衣……ではなく、彼女と同校である東堂も感情の振れ幅が大きい類の人間である。
この手のタイプは自身の人生と言うモノに全力を注ぎながら生きているタイプであり、外から見るほど実は疲れていないことが多い。
つまり本人よりも周りの人間の方が見ていてむしろ疲れるタイプの人間なのだ。
溜息を吐きながら封印具を懐にしまう。
「…………」
疲れそうな人間と言うのが感想だとしたら、強いやつだった……と言うのが玻座真の総評だ。
万にも言ったことだが、自分が見たいものしか見ない。自分が聞きたいことしか聞かない。
それは傍から見れば非常識と呼ぶものかもしれないが、逆に言えば一本芯が通った人間とも言える。
何より他者に愛を教えるとまで口にしていたのだ。
つまり彼女は心に余裕がある側の人間であり、そして贈る側の人間だったのだ。
そう、彼女は強い人間であり――
「向いてないよな、術師に」
孤独だとか孤高だとか、そう言われると思い浮かぶのは五条悟だ。
そして平安の術師たちにとってはそれが両面宿儺と言う話だ。
きっと彼らは心に何らかの欠けが発生しているのだろう。
ただただイカれているとか非常識だとか外道だとか、そのぐらいの話ではない……欠け。
心に欠けがあると言うことは他の人より劣っていると言うことであり。
劣っていると言うことは……つまり弱いと言うことだ。
ただし、呪術とはマイナスの力だ。
心のマイナスとは呪力の源だ。
人間としては弱いとしても、呪術師としては強みになる。
心の強さは戦いにおいて必須なものであるが、ただただ強ければ良いと言うわけではない。
その点で言えば万と言う女性は全てを置いていけぼりにしてしまうほど……心が強かったのだ。
「女帝だとかの方が向いてたんじゃないか?」
苛烈な性格は元からのものだろう。
宿儺に何度も無理やり寄っていたのであれば何度も彼の攻撃を受けながらも生き延びてきた生存力もある。
何にせよ、過ぎた話だ。
色々な意味で万にとって宿儺との出会いは文字通り人生を狂わせるようなものだったのだろう。
「あー……やめやめ。深く考えてもしゃーない」
そこで無理やり思考を止める。
感知能力が高い玻座真はどうしてもその感度の高さから分からなくても良いことまで読み取れてしまうことがある。
感じ取れてしまうと言うのも面倒なことだ。
「…………」
溜息を吐きつつ東京第一結界の付近で待機している伊地知に電話する。
本来であれば伏黒津美紀の代わりになる予定だった彼は未だに結界に入らず、緊急事態と言うこともあって待機しているはずだ。
東京第一結界に入ったのは乙骨であり、玻座真は津美紀の方に分かれたので情報が入ってきてないのだ。
「……繋がらない」
伊地知も誰かと電話をしているらしい。
渋谷では補助監督や"窓”との連絡網を作っている時に襲撃を食らい、重傷を負ったらしい。また電話を掛けている途中で奇襲を食らっていなければ良いのだが、と思いながら念のため伊地知と伏黒のスマホに伏黒津美紀の肉体を確保したとメッセージを入れておく。
「東京第一は……ここから走って二十分ぐらいか」
呪力強化をしながら走れば二十分ほどで辿り着く。
車を頼んで来てもらい東京第一に向かうのとあまり変わらない時間経過な気もする。さすが憂憂をここで使うのは勿体ない気もするので、彼も待機のままだ。
どうするべきか、と考えているとスマホが鳴り響く。
「……んん?」
折り返しの電話かと思ったが知らない番号だった。
怪訝に思いながらも電話に出る。
「もしもし?」
『やぁ、玻座真君。知らない番号からの電話ってことで切らないでくれて助かったよ』
冥冥であった。予想外の人物に思わず閉口してしまう。
何故自分の電話番号を、と思ったが相手が相手なだけにツッコまない。
憂憂の回収をしに来たところをちょうど、と言う話だろうか。
『今は伊地知が病院の手配とかで忙しいみたいだからね。代わりに私が連絡を入れているんだ。あぁ、このお代は伊地知に貰うから心配しないで良いよ』
「電話代行サービスか何かですか。……病院」
『そう。話によると宿儺が虎杖君の中から抜け出し、伏黒君に移ったみたいでね。天使の少女は片腕を失うほどの重傷を負い、虎杖君たちも怪我をしていてね』
「――――」
魂の移動。
その考えが及ばなかったことに玻座真は苦々しく思う。
肉体から別の肉体への移動なんて、それこそ漫画やラノベであればよくある展開だ。
その可能性が頭に浮かばず宿儺の企みを見逃してしまったことを玻座真は恥じる。
「…………」
良くも悪くも、信じ過ぎてしまったのだろう……虎杖の檻としての絶対性を。
虎杖悠仁は檻として機能しているが、どちらかと言えば本質はその宿儺の毒性にも耐えられる器としての機能だ。
そんな人間が今まで存在してこなかったから、その可能性を見落としていた。
不甲斐ない気持ちを今は置き、続きを聞く。
「乙骨は……」
『残念ながら、宿儺が去った後に着いたらしいよ。とは言え反転術式で治療が出来るから全くの無駄ではないけど』
「……わかりました」
『病院の場所は――』
◆◆◆
「……結局来なかったか」
「なんだ。無駄足だったか」
「君の即身仏の回収は出来たんだから、無駄ではなかったでしょ」
日本を東西に分ける位置に存在する巨大浄界。
そこに安置されている両面宿儺の即身仏を回収しに羂索……それと彼と共に来た宿儺の姿があった。
伏黒の肉体を乗っ取り“浴”にて彼の魂を沈めた後、羂索に誘われて一緒に訪れたのだ。
現在は移動しながら宿儺と羂索は話していた。
「お前の話なら玻座真護良と憑霊の小僧が罠を張っているはずだが」
「んー
天元に聞いた限り、玻座真は宿儺の即身仏がここにあることは知らないはず。
だが結界術に関しては何でもありと見積もっているため、羂索の動きを逆算して守りに来ると考えていたが……高専組の姿は無かった。
羂索の提案に乗ってやったが、望んだ展開にならず分かりやすく宿儺は落胆していた。
「そんなに玻座真護良のことを評価してたんだ」
「奴を殺すと言うことは、奴の領域展開を超えると言うことだ。それが今の俺にとっての楽しみでな」
「……なるほどね」
戦闘力で言えば圧倒的に宿儺の方が上だろう。だが領域勝負においては宿儺でも負けてしまったことを羂索は把握している。
基本的に玻座真を倒すには彼の領域展開を許さないような状況を作るしかないのだ。
漏瑚には展開寸前に逃走すればなんとか、と言ったが……思った以上に彼の領域は広いし展開速度は早いしで、改めて考えると逃げ切れるとは思えなかった。それこそ五条の『蒼』による瞬間移動や不義遊戯による位置変えによって回避するしかないだろう……と言うのが羂索の結論だ。
観測出来ていない『絶界』による領域。だが見ずとも内容はある程度予想がつくため、残念ながら羂索ではアレを超えられないと判断している。
九十九由基によって結界対策の特級呪霊を失った今、透過能力を持つ彼に『うずまき』を上手く当てなくては勝つのも厳しいと考えていた。
だが……領域を使わせた上で玻座真を倒す、と宿儺は言っている。
それが両面宿儺と言う術師の人格だと言うことを分かっているが、理解してなお羂索は戦慄する。絶対に不可能、と思われることに対し挑もうとするその姿に羂索は表に出さないが……敬意を抱く。
「あ、そうそう。久本からの伝言」
「……貴様の手駒の密偵か」
「残念ながら指の一本は五条悟が確保しているっぽくて奪取が厳しいってさ」
「ふん」
それは予想がついていたことだ。
虎杖悠仁の死刑を回避するためには、『全ての両面宿儺の指を呑み込む』と言う条件を有耶無耶にする必要がある。そのためには『全部の指が集まり切らない』が一番楽なのだ。
誰でも思いつきそうなものであるが、他の有象無象な術師では奪われる危険性がある。
呪詛師はおろか呪術師たちをまとめている組織である総監部からも守る必要があるのだから、保有している者の強さによってその内容の実行難易度が変わってしまう。
だが最強の術師である五条が保有しているなら、奪われる危険性が最も無いと言える。
「久本にはこっちに合流したら指の捜索をしてもらうつもりだが……」
「無理だろうな。自身を狙う輩は多いのはわかっているのだから、管理下にある呪物を封じている忌庫に仕掛けをしているはずだ。自身が行動不能になった時は閉鎖されるようなものを」
「だろうねぇ……五条家は私も干渉してこなかったから全容は把握出来てないし」
五条悟の実力であれば自身が戦いで死ぬとは思っていないだろうが、それはそれとして五条家当主にはそう言う特殊な仕掛けを抱え持っているはず。
当主、あるいは当主の許可が無ければ忌庫が開けられない、と言うのは特に珍しくもない仕掛けだ。
「で、もう一つ伝言。出来れば強力な戦力を
「何故俺にそのことを言う」
「裏梅を貸して欲しいんだよ。君が出向くほどのことでもないかもしれないけど、それはそれとして君に関わることでもあるし」
自身に関わる。そのこと聞き宿儺は片眉を下げながら羂索を見る。
そして目で問われた羂索は笑みを浮かべながら、言う。
「呪術連の忌庫で見つけたんだって。君の平安時代の呪具の片割れ――『飛天』を」