呪術世界の結界術師 作:ペンギンくん
とある日のこと。
五条と玻座真が入れ替え修行をしていた時、休憩しているタイミングを見計らって乙骨が入ってきた。
「ん? 乙骨じゃん。ウッス」
「どうも。調子はどうですか?」
「まだお互いの体を慣らしているところだよ」
修行を開始してからそれなりの時間が経過したはずだ。なのにまだろくに動いていないと聞き、少し驚く。
どちらかと言うと玻座真の方ではなく、五条の方に。
「……僕も入れ替えの時、六眼に慣れるのに苦労したので先輩の方は分かりますが。先生は何でですか?」
「こっちも同じだよ。護良の空間把握能力の高さにちょっと参っていてね」
「そこまで……なんですか?」
額に手を当ててる五条の姿に、玻座真と次に入れ替える相手である乙骨は少々たじろぐ。
「憂太と先に入れ替わったから分かることだけど、例えば六眼から普通の視界に切り替わるのも……まぁ僕としては慣れない感覚だったよ。ただそっちは感覚が切り替わる……つまり見え方が変わる」
「そうですね。
普通の人間の視界以上に得られてしまう多くの情報。五条の肉体ごと入れ替えていることもあり慣れない視界程度に治まったが、違った場合は脳の処理の段階で疲労困憊していただろう。
「一方で護良の場合は感覚が増える、って感じだ」
「増える……」
「なんか空中によくわからない視点? が増える感じ。文字通り『客観的』『俯瞰的』って感じの第三の目が出来る感じ。ただ気持ち悪いのが“目”って表現したけど、なんかこう……一つの視点からじゃなくて自分を中心に『空間』ってやつが分かるようになる……いや、具体的に話すのが難しいね。マジで気持ち悪い。なんでこんなの使ってて問題ないの?」
「二回も気持ち悪いって強調しないでくださいよ」
「いやだって、マジで気持ち悪いんだもん」
「そんなに気持ち悪いんですか……」
何度も気持ち悪いを強調され、少し顔を変える。
そして、
「……まぁ、修行なんで。『黒姫』を使った広域探査もやってもらうんですが」
「あぁ、あの黒い鯉の式神ね」
「実際、無下限も空間操作系の術式なので、空間と言うモノに深く触れていくのは大事だと思ってるんですよね」
宿儺に関する資料は現代にはあまり残っていないが天使がいるので一定の情報は得られている。だが『炎』について知らなかったなど、隠し札や失伝した情報も多くある。特にあの宿儺であれば彼の戦いを見たモノを皆殺しにしていてもおかしくない。
つまり宿儺の手札をほぼ知らない状態で戦わなくてはいけない。
対して五条の手札は曝されている。
家に伝わっている無下限呪術に関するマニュアルを参照に術式を使っている。そしてそれは五条が高校生の時点で修め終えたと言っても過言ではない。……要するに歴史が築き上げてきた『無下限呪術』の限界位置に彼は立っている。
『落花の情』のような五条がもう使わなくなった技ならともかく、無下限呪術は虎杖の中から全部見ている以上、ここから五条は限界を超えた先に辿り着かなくてはならないため、少しでもが彼が強くなれそうなことを模索している。
無下限呪術と六眼はセットで語られることが多いが、六眼で得られる情報は呪力的なものであって空間に関するものではない。そのため空間と言う要素をより深く理解してもらおうとあの手この手で彼の空間把握能力を鍛えているのだ。
「まぁちょうど良いや。乙骨、術式の確認をするから立ち合い頼む」
「分かりました。五条先生は?」
「僕はもうちょっと見ているだけかな。なんかすげー車酔いや貧血になった時のように頭と視界がぐわんぐわんしている感じなんだよね……」
六眼に慣れた玻座真と違い、どうにも強い空間把握能力に慣れていない五条は珍しく弱々しい姿を見せている。
玻座真の慣れの早さから情報の取得量に関してはあまり変わりがないのかもしれないが、取得方法が違うせいで体調に影響が出ているらしい。
そして五条のこの姿は次に入れ替わる予定の乙骨の姿なのだ。内心そのことに怯えながらも玻座真に付き合う。
術式を確かめている最中、五条が復活し切りの良いところまで見学していたところ、玻座真の術を見て「待った」と声を掛けた。
「ちょっといい? 護良、今どうやったの」
「どうやったって……『蒼』の圧縮を使ったんですが」
「…………」
乙骨が持っていた武器を空間圧縮の『蒼』を使って奪ったのだが、それを見た五条は少し目を見開いていた。
玻座真としては感覚的に使ったので五条に質問されるとは思わなかったのだが、彼からすれば異様な光景に映ったらしい。
「えーっと、先輩の方が無下限を上手く使える……って言う簡単な話ではないですよね?」
「いや、少なくとも今のところは護良の方が空間ってやつの理解度が高いから、無下限呪術の空間操作を上手く回せるのは確かだよ。……つまり、この空間ってやつを僕も理解していけば同じことを当然のように出来るはずだ」
自分と玻座真の違いの差を経験則からすぐさま理解する。
「…………」
そして空間への理解度の差と聞き、乙骨は仙台結界での戦いを思い出す。
同じく空間干渉の術式を持つドルゥヴと烏鷺はその高い実力を以てしても、最高位の空間術師である玻座真にはまるで力及ばず倒されてしまった。
聞くところによると特別な術式や領域系の技術を使わずとも、呪力操作だけで玻座真は無下限の防御を突破出来るとのこと。
本来であれば『無限』と言う概念によって永遠に縮まらない距離を作っているはずなのに、その素材である空間と言うモノに干渉することによってその『無限』を逆に超えてしまう。
『無限』を中和しているのではなく、それを構成している空間を修正している……と聞いたが。
正直乙骨では分からない世界だが、この後の入れ替え修行で頭に詰め込まれるのだろうなぁと少しだけげんなりする。これからパソコンのプログラミングを一気に覚えろと言われている感じで気が滅入る。
「すり合わせる限り、俺の方が空間への干渉範囲が広いから故のものっぽいですね。無下限はそれこそ『蒼』による移動以外は短距離操作が基本ですし」
「まぁ実際、広く使うタイプじゃないしね……結界術とかも基本的に領域を使えるようになってからは、それ一本だったのもあるし」
結界を使って探知を行う玻座真であるが、五条は六眼があるため広く何かを探す……と言うことをすることはない。
ミクロとマクロ。
狭い世界で今までは済んでいたが、天井を超えるためには広い世界に出るしかない。
当然と言えるような感覚を、今更五条は味わう。早いうちに『最強』に至ってしまった弊害とも言えるだろう。
「…………」
まだ高校生の時、似たような状況になったことがある。
天与呪縛のフィジカルギフテッド、伏黒甚爾。彼との殺し合いの時に覚醒した五条であるが……なんとなくその時とは違う気がする。
あの時は自身の天井を超え、空が晴れ渡ったような感覚になった。
だが今回はどうにも違う。若干ぼんやりとした感覚を抱いている。
……今回は、と言うより。今は、か。
「なんだろうなー。何が違うんだろうなぁー」
「……?」
五条の呟きの意味を二人は理解出来なかったが、そこに深い意味は無いので五条も特に説明せず話を進める。
「ともかく……ちょっと予定を変更しましょうか。元から結界術を向上させて領域の強度を上げる予定でしたが、既存の術式を強化するよりも拡張手段を増やすためにも結界の特訓に比重を傾けますか」
「だね。こちらの手札は割れているし。…………」
玻座真の予定変更はつまり、彼の強化スケジュールも減らすと言うことを意味する。
彼の基礎体術や呪力操作技術を高めるための特訓も予定されていたが……。
「大丈夫?」
「呪力操作に関しては六眼があるので、こっちで何とかします。……体術はもう諦めてます」
「あのさぁ」
呆れたように言うが、ただでさえ忙しいのに自分の都合に付き合ってもらう以上、深くは追及しない。そして呪力操作に関しては特に問題視していない。
玻座真が学童期の時から付き合いのある五条は、彼の呪術センスが高いことをよく知っている。そのためそこは信用している。
逆に自分の方が正直微妙だと思っている。
肉体の鍛錬はともかく、術式を成長させる……と言う感覚は学生時代に終わってしまったのだ。
術式をどうすれば拡張させ、確立化させられるか。
いつもは自信家の五条であるが、置き去りにしてしまった感覚をまた復活させられることは出来るのか。
「……うーむ」
どこか、不安を感じている。
ただどうにもその不安は恐れているとか、そう言ったものとは違うような気がした。ではどう言う感情かと言われると……五条は言語化出来ない。慣れない状況と感情にどうしても上手く今の自分をまとめることが出来なかった。
ただ少なくとも――
「…………」
鍛錬の間に五条が望むレベルの拡張術式を修得することは無いと、確信していた。
◆◆◆
『
名前の通り加茂家相伝生得術式で発動出来る、血液を操作することによって身体能力を向上させる『赤鱗躍動』を意識したものである。
ただし内容はほぼ別物であり……似たような部分は『術式を自身の体内で回している』のところだけである。
――やっぱりそうか。
土壇場とも言える場面での術式の発動に、五条は笑みを浮かべる。
本来の意味での拡張術式としての成立・完成度としてはかなり甘い部分が多いが……そんなものは
はっきし言えば五条は術式精度の甘さを気にしていなかった。
そして――目の前の宿儺に対しても、彼はあまり意識を向けていなかった。
理解したのは、自身の今までの調子。
修行中、五条は慣れない不安を覚えていた。
『もしやこんな自分でも宿儺と戦うことに緊張や不安を抱いているのだろうか?』などと若干ナーバスにもなったりしたが、宿儺と戦っているうちに解消され、そして気づいた。
鍛錬の時に自身が拡張術式を作り出せるかと抱いた不安。
それは材料が足りないことに無意識ながらも分かっていた故の不安だったのだ。目には見えないけど、同時にそれをあの時は持っていなかったから確実に無理だろうなと分かっていた。
つまり、熱意だ。
昂揚や闘争心と言ったモノが今日まで欠けていた。戦おうとする意志が普段の五条からは考えられないのほど減り切っていた。
今なら理解出来る。
渋谷での大勢の一般人を巻き込んだ事件、そして親友の遺体を悪用した上での封印。獄門彊の中での時間、知り合いへの被害。解放されてすぐに羂索へ襲撃しに行ったが宿儺の横槍が入り止められ、結局夏油の肉体は放置気味だ。
五条と言えど冷や水を浴びせ続けられたのだ。どうしても気分が下がり、そして今日まで上がらなかった。
嫌な意味での冷静な状態をこの一ヶ月続けてしまった。頭も心も冷え切っていた。
思い出す、あの最悪と最高の瞬間を。
伏黒甚爾に殺されかけ、そして殺した。
覚醒した時の全能感。殺し、殺されと言うほどの……本当の意味での“戦い”。
心が滾る。脳が熱に侵される。
呪力が、術式が……回り始める。
「…………っ!?」
刹那、五条の姿が宿儺の目の前に現れる。
即座に拳を放つが五条の殴打は宿儺よりも早く、彼の脇腹へと到達する。
それも単発で終わらず、コンビネーションで宿儺を殴り続ける。ボディ、フック、ストレート。顔面、二の腕、脛と叩き込んでいく。
そしてそれらは……今まで以上に深く拳が入り込んでいる。
つまり、今の五条の速度は宿儺の反応を超えていると言うことだ。
(……なるほど)
体感としては今までの倍の速度に感じる。
それにより今まで宿儺が五条に対し積み重ねてきた経験値がどんどん崩れていき、テンポがズレていく。
(今までと違って『蒼』の吸い込みによる強撃ではなくなったが、感じ的に『赫』による拡散にシフトを変更したな。深みは弱まったが、速度向上に合わせて一定以上のダメージ量を優先し始めたか)
急速接近については今までの『蒼』と変わりない……はずだが、微妙に勝手が違う気がする。
『蒼』と『赫』を同時に使っているためだろうか、と一瞬考えるが即座に自身で否定する。
呪力の回り方が今までと違う以上、五条は術式の動かし方を変えてきたと見るべきだ。
問題は、この術式に関して宿儺は対処が出来ないだろう、と言うことだ。
見えてる結果がシンプル過ぎて五条が何を削って今の強化を成立させているのか判別がし辛い。
彼が使う無下限呪術は複雑な術式なだけに、メリットとデメリットについてしっかりと考えればどう対処すれば良いのかも見えていた。だが逆に今回はやろうとしていること自体は『強く、早く動く』だけに過ぎず、対応しろと言われれば同じくシンプルに『迎撃する』しかないのだ。
無論、深く考えようとすれば最終的には理解や推測が出来るだろう。
だが先程も思った通り、今回五条が仕掛けてきた手はシンプルだ。
宿儺の術式と同じでシンプルなモノほど『対処が防ぐ、避けるしかない』と言うものが多い。
そのため宿儺は思考のリソースを保つためにそれほど深く考えず……この接近戦の”次”に備え始める。
「――五条先生、自分の体内にも『蒼』と『赫』を使ってるな」
空間操作に詳しく、さらに入れ替え修行で無下限を触っている玻座真は画面越しでも、五条が行っていることを把握していた。
「無下限を利用して電気信号や血液の流れを加速させて、外側の『蒼』により圧縮移動だけじゃなく、自身の体の動きも無理やり早めているんだと思う」
「電気……」
「血液……」
玻座真の分析に鹿紫雲と脹相が反応し、虎杖も顔を上げて玻座真の方を向く。
「それって、赤血操術の『赤鱗躍動』みたいな感じ?」
「……下敷きは確かにそれだろう。五条悟は御三家である以上、加茂家の赤血操術の術式自体を詳しく知っていてもおかしくない」
六眼の驚異的な性能であることと、五条家がその最強である五条悟以外に関して影が薄いことゆえに忘れられがちだが、御三家が積み重ねてきた知識も彼の武器の一つなのだ。
五条家と禪院家の当主たちが御前試合で殺し合った過去がある上、加茂家から現れた史上最悪の呪術師のこともある。
それゆえに同じ御三家と言えど手と手を取り合い、肩を組んで並ぶ仲ではない。むしろ『身内なだけの敵』のようなポジション同士なのだ。
同格である別の御三家の内情を探っていてもおかしくなく、そしてその術式内容を効果だけではなく構成すら知っていても驚かない。
「だが、そもそも『赤血操術』は体内の血液を操る術式だ。それと違って無下限呪術は……あれは基本的に攻撃用の術式のはずだ。圧縮移動のケースもあるが、本来であれば他者を傷付ける術式である以上……五条の今の使い方は異質なのではないか?」
「て言うか五条の無下限は『集束』と『拡散』であって、結果がそう見えるだけで『引力』や『斥力』じゃないしな。引っ張る力による加速じゃない以上、クッソ面倒な力の使い方をしているはずだ」
脹相の推察に加え、日下部は五条が今までの無下限とは全く別方向の運用をしていることを推測し、それを口にする。
五条を中心に『蒼』や『赫』が発動するため勘違いされやすいが、引き寄せにせよ引き離しにせよ真っ直ぐの動きではなく、『五条に引き寄せる、五条から引き離す』動きなのだ。
分かりやすいものだと……遠隔で発動した『蒼』が周囲を巻き込む集束をする光景がしばしば見られる。
つまり『線』の動きではなく、『円』の動きをしている。
『円』の動きをする事象を体内で使用している……すなわち、
「…………」
五条の体内は今、既存の法則から大きく歪んだ動きをしていると言うことだ。
血管や内臓の中で『集束』と『拡散』を行い、血液や電気信号を無理やり動かしている。要するに血液が圧縮されたり散らばったりしていると言うことであり……当然だが五条の体内は荒れる。言うなれば小さな爆発を起こしてその勢いを利用し、加速しているようなものであり……必然、その爆発によって同時に傷ついている。
反転術式を回しているが、傷付いた分の出血はどれだけ穴埋めしようとも口から漏れる。
観戦している高専組はその様子を見て固唾を呑む。
大きな怪我ではない。何より攻めているのは五条だ。
だがその光景はどこか不安を募らせる。優勢に見えるだけで五条は無理をしているのではないか。
壊れていく機械を眺めているような心境になっていき、眉間に皺が寄っていく。
何より宿儺が静かなのが尚更不安を煽る。
宿儺があまり精を出して対応しようとしてないのが外からでも分かる。その余裕を感じさせる姿から、宿儺は次の手をすでに用意しているのか。もしくは五条が自滅するのを待っているのか。
冷静に状況を見定めているようとしているふうに見える。
そして――
「『解・落引』」
――予感は、的中する。
不可視の刃が五条の体を通り過ぎる。
無下限の防御は貫通されてしまうことから、五条はすでに肉体強化と反転術式に呪力配分を注力させている。ゆえに斬撃を最低限の動きだけで五条は回避するが……今、術の名がおかしかったことに気づく。
術式名が違う? そのことの理由を考えようとしたところで、自身の異変に気付く。
「あ?」
術式が解けていた。
いや、若干違う。五条の六眼は彼の術式がどうなったのか把握していた。
斬撃に『赫鱗疾蒼』が、持っていかれた。
五条の体を纏っていた『蒼』と『赫』の術式は宿儺の斬撃に引ん剝かれ、持っていかれた。そして術者の制御下から外れた術式は自然消滅した。
(無下限を突破出来るようになって……次は無下限自体を切り裂いてそのまま飛ばすまで行けるようになったか)
宿儺の成長速度……いや、
少しでも時間を置けば五条と言う術者への攻略がどんどん進む。話に聞く十種影法術の最奥、魔虚羅と戦っているような気分になってくる。
(まずいな。僕が新技を持って来ようとも、このままの流れだと無下限呪術自体を攻略されそうだ)
宿儺の今後の手に警戒をするが……残念ながらその考えは一手遅い。
術式を剥がされたことに驚いた隙に宿儺は迫り、五条に触れる。
その動作はもはや知られている『捌』の発動条件であり、
「――『捌・縁切り』」
そして、新たな『捌』の発動条件でもある。
野菜の皮を桂剥きにして中身を取り出すような『解・落引』と同じで、対象を怪我させるようなものではない。
「――――?」
術後、五条の視界が暗闇に染まる。
何をされたか一瞬分からなかったが、彼の戦闘勘はその答えを導き出す。
五条の体内を巡る、呪力の回路を切り裂かれた。
五条の視力が落ちたわけではないが、六眼は彼の呪力と連動している。そのため電力の供給を切られた機械のごとく強制シャットダウンをしてしまったのだ。
このことを宿儺は想定していた。
『解・落引』と同じで……対象の呪力を切る術式だ。ただし体外の呪力を切り裂く『落引』と違い、『縁切り』は内部の呪力切断に特化している。
呪力の回路を切り裂くことによって永続的に呪力を練れなくなるのであればまた話は違うのだが、残念ながら一旦断ち切ることにより体内を巡る呪力の動きを止めるような技で終わってしまっている。
他者の領域内では術が中和される。そのため相手の生得領域そのものである体内に向けて放つ場合、術式は物理的な破壊でも無い限り弱まってしまう。
だが、五条相手に対しては無駄ではない。
術師は呪力を練ることが出来る特異な体質であるが、五条悟と言う人間はさらに特異体質である『六眼』と言うものを持っている。
この眼はいわば呪力が肉体と繋がっていることが前提である部位だ。
壊れるとまではいかなくとも不良状態には陥るだろうとは考えていた。
(体質として発現しているが、どちらかと言えば呪力を供給することによって働くタイプの呪具に『六眼』は近い。昔の羂索のように領域後の術式の焼き切れによって体が不自由になるのと同じケースだな)
接続が切れたことによる一時停止。それにより五条の眼球は視覚としての機能を失った。
無論、すぐに回復するだろうが……この戦いにおいてはそれは大きな隙となる。ましてや五条はその強力な異能が眼球に宿っていると言うこともあり、他の術師たち以上に視覚に依存していると言えるだろう。
あの最強の術師、五条に一瞬と言えど出来た大きな隙。そこを突かないほど宿儺はお人好しではない。
「『龍鱗』」
五条の体を強く押し、自分から離す。
体勢を崩すことが目的ではなく……これから放つ大技に、自身を巻き込まないようにするためだ。
「『反発』」
どこから術を放とうとしているのか、どうすれば良いのか。
声量と自身から溢れる呪力を調整し、宿儺の位置を誤認させる。
「『番いの流星』」
掌印と呪詞を終える。
呪力を練り、終わりの一手を編み上げる。
これで死ぬか、もしくは死に繋がる致命傷を負うか。
どちらにせよ決着は見えた。
空間を切り裂く、と言う普通では聞くことが無い異音が発せられる。その音の発生源を五条が理解するよりも先に不可視の斬撃が現代最強の命を刈り取る――
「――?」
それを五条は回避した。
音よりも先に斬撃の位置を把握し、素早く動き横に逸れた。
想定していたよりも早く視界が回復していたかと考えるが、すぐに自身の中で否定する。
(いや、違うな。度重なる強力な術式の応酬で発生した残穢に紛れているが、五条悟の周りだけ他よりも呪力が若干だが濃くなっている。……六眼や術式に回すよりも優先して呪力を放出して、それをレーダー代わりにしたのか)
呪力効率を極めた宿儺だからこそ見逃さなかった、極めて薄く放出された呪力の波。
(このやり口は五条悟が持っていたモノではないな。玻座真護良……いや、渋谷で見かけた『簡易領域』を利用した居合い使いの者か)
結界使いが得意とする侵入者の感知、そして妨害と迎撃。
絶対防御の無下限呪術で自身を守っていた五条であれば引き出せなかった技だ。だが無下限呪術を超えてくる者が彼の前に現れるようになり、術式頼り以外の防御方法を持ってきた。
それはつまり――五条はこの展開すらも想定していた、と言うことだ。
「…………っ!」
瞬きと共に五条の姿が離れた位置に出現する。
『蒼』による移動……距離を作ると言うことは大技の準備を意味する。視力の回復のための時間稼ぎ、なんてことを彼はしない。
攻めあるのみ。それが最強の在り方だ。
「『位相』『波羅蜜』『光の柱』」
五条が宿儺の前で初めて行う、呪詞による詠唱。
その言葉の意味だけでは五条が何の術を使おうとしているのかは不明であったが、呪力の起こりからそれを『赫』のものと宿儺は判断する。
(――どっちだ?)
単に『赫』を放つのか。それともここから『蒼』を混ぜて『茈』にするのか。
五条の六眼は潰れたが、術式を使えるようになっている以上、六眼がもう回復しておかしくない。
『次元を裂く斬撃』を回避してからの動きが早かった五条に、次の一手を許してしまった。そのためどちらの手も取れる状況だ。
『赫』のままか、『茈』か。
後者であれば迎撃のために『次元を裂く斬撃』を放つ必要があるが……前者であれば『赫』に加えて何か仕掛けてくるパターンだ。
判断をミスれば呪詞が乗っている以上、今まで以上のダメージを受けることとなる。
「――『龍鱗』」
宿儺は決断する。『茈』だと。
そして……五条は『赫』を潰し、『蒼』を発動した。
(……?)
『赫』を上書きするよう、『蒼』の発動を始めた。『茈』の発動手順としておかしくはないが、発動方法としてはおかしい。
『赫』をわざわざ発動してから『蒼』を単体で運用することに違和感を覚える。『赫』を作った上でどこかに放出したわけでもなく、そのまま手元で消えた。
だがその疑問を解消させる時間はない。
今まで以上の圧縮を行うその『蒼』は小さく小さく纏まっており、既存の『蒼』とは違う結果を出すことが目に見えていた。
「『反発』『番の流星』」
宿儺の考えは半分正解で、半分不正解だった。
『茈』の手順と同じように『赫』と『蒼』の発動をしたが、異質な『蒼』の発動を選んだ。
『蒼』だからと言えど宿儺は油断せず……その『蒼』を『茈』と同等レベルに警戒する。
「――『解』」
『次元を裂く斬撃』が放たれる。
そして、
「術式順転『蒼』」
極限まで圧縮された『蒼』が放たれる。
圧縮された『蒼』は正面から見れば球状と言うよりも『点』に近く、傍から見れば光線のようであった。そして圧縮を続けながら迫るそれは加速の条件を満たしており、『赫』や『茈』と比べ物にならないほどの速度で宿儺に迫る。
(…………)
光線は、見えないはずの斬撃の横を通り過ぎる位置を走っている。
このままであれば斬撃よりも先に宿儺に『蒼』が当たる。
回避をしなければいけないのだが……。
(……なんだ?)
視界が……いや、世界が遅くなる。
主観時間の遅延。それを利用して宿儺の脳は、ある疑問に対し解答に辿り着く。
直感にも近いそれ。ただしこれは……走馬灯に近い現象だった。
『赫』を潰すように展開された『蒼』。
そして……『赫鱗疾蒼』。
その二つを思い出し、理解する。
(
『赫』と『茈』は速度が出ない。ゆえに、速度が出る『蒼』を使った。
そして放出された。……中に『赫』を入れたまま。
(先程の『
「――位相』」
極限時間の中にいた宿儺の耳に、五条の声が届く。
「『黄昏』『智慧の瞳』」
先程の『赫』とはまた違う呪詞。恐らく『蒼』を強化するための、後追いの詠唱。
そして宿儺の考えに対しての答え合わせと言うように、五条の呪詞は続く。
「『九鋼』『偏光』」
『蒼』の光線が五条の呪詞と共に、段々と速度を落としていく。
それはまるで別の何かに変質していく光景にも見える。
「『烏と声明』『表裏の間』」
線状だったそれは、宿儺に近づきながら小さくもどんどん膨れ上がっていく。
中から何かが飛び出してこようとしているようにも見える。だが、『蒼』の殻からそれは飛び出してこず、混ざり合っていく。
『蒼』の呪詞の詠唱を先に行わず後追いにしたのは、同比率にして中の『赫』と混ざらないようにしたのだろう。
頭の片隅でそのようなことを考えながら、
「――虚式『茈』」
宿儺の回避は間に合わず……圧縮された『茈』を喰らった。
Q.玻座真 in 五条って、本来の五条よりも色々と出来そうに見えるんだけど。
A.実は『赫』が使えず、派生して『茈』も使えない。理由としては玻座真は反転術式を『反転術式→術式反転』ではなく『術式反転→反転術式』の変な経路で取得している。そのため他の人たち以上に感覚で術式反転を使っていることから、改めて生成した正エネルギーを意識して術式に使うことが出来なかったりする。時間を掛ければ何とかなりそうだけど、入れ替え修行なので時間が無いので放置された。
あ、空港は無いです